さて、久しぶりの名機対決は、
1970年代のメカニカル銀塩の最高峰のCANON F-1 vs NIKON F2だ。
1960年代にはすでに一眼レフは普及してきており、その代表的な大衆機は、
現在でもよく中古を見る PENTAX SP であるのだが、プロ用の最高級機としては
当時ではやはり NIKON F (1959) があげられるであろう。
しかし、そのNIKON F も元々はレンジファインダーの NIKON Sシリーズを
ベースとしており、シャッター速度(最高1/1000秒までしかない)や、シャッターボタン
の位置(だいぶ後ろよりになっている)、あるいは煩雑な底蓋式のフィルム交換、
さらに露出計を持たない(注:フォトミック・ファインダーは使用可能)事などで
改良が求められていた。
当時のフラッグシップ(=最高級機のこと)の開発サイクルは10年に1度程度で
あり、たとえばニコンであれば F(1959),F2(1971),F3(1980),F4(1988).F5(1996)
F6(2004) となる。 確かに最初のうちはまあ10年に1度程度、後半は少しづつ間隔が
縮まってきている。(この後のデジタルのDヒトケタシリーズでは、さらに間隔が
短くなってきている)
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NIKON F2の発売が十分に予想されている状況で、ライバルのCANONは
やや出遅れていた。
大衆機においては、すでにCANON FTなどを発売しており、一眼レフの技術的土壌は
十分にあるが、プロ機においてのシェアを獲得する事が、一眼レフの市場を広げる上で
どうしても必要だからである。
この状況は現在でも同じであり、プロがキヤノンやニコンを使っているから、
という理由で、カメラ入門者はそれらのメーカーの普及機をためらいもなく購入する。
「だって、キヤノンやニコンって、いいカメラなんでしょう?」と。
実際には、勿論、現在の各メーカーの技術水準であれば、性能に大きな差がある
わけでもなく、ましてや価格によるランクがあるから、プロ機がいくら高性能であっても
入門者が買えるような価格のカメラボディやレンズがプロ機と同等の性能を持つわけでは
無いのは明白なのであるが、それでもまあ、市場戦略はブランド信奉を推し進めた者が
有利になるという具合だ。
で、キヤノンが最高級機 F-1を開発したのはちょうどこのころの1970年前後であった。
露出計内蔵のメカニカル一眼。 シャッター最高速度は1/2000秒。(当時の最高速度)
プロ機として要求されるのは、スペックもさることながら、耐久性や信頼性、
そして必要に応じて様々なオプションパーツを追加できるシステム性、
さらには、従来レンズとの互換性や新レンズシステムの性能も要求される。
それまでのキヤノンレンズはFLと呼ばれる絞込み測光、あるいはプリセット型の
レンズであるが、ここでキヤノンは、マウントは共通のままFD型の開放測光タイプの
レンズを用意した。
FDは、スピゴットタイプと呼ばれるマウントに対してネジを締めるような装着方法
を行うのであるが、これは若干手間がかかるので、後年(New F-1の時代)においては
マウントが同じまま、New FD型に変更されている。
左がスピゴットタイプのFDレンズ、右がボタン式バヨネットのNew FDレンズである。
いずれもF-1やNew F-1で問題無く開放測光で用いる事ができる。
普通に考えるとNFD(New FD)の方がレンズ交換が簡単で便利なのであるが、
マニアは特にレンズ性能を問題にしない場合は、旧タイプのFDを好む事も多い、
何故ならば、スピゴットの方がしっかりと締め付けができる(気がする)ので、
特に大口径レンズなどでは安心である事や、レンズデザインがメカっぽくて格好良い
からである。
またFD系レンズはかなり性能的に優秀なものが多く、1990年代くらいまでは多くの
プロやハイアマチュアに愛用されていた。
ちなみに、FDレンズをF-1と同時期に登場させた際、キヤノンはFDレンズにおいて
「向こう10年間は性能トップの座を維持する」と宣言したと聞く、
その言葉はあながちウソでもなく、この時期(1970年代)の中古レンズを買う際には
FDレンズ群は同時期他社に比べ、性能面で比較的安心して購入する事ができる。
しかし、キヤノンは1980年代終わりからEOSシステムを新たに主力として、
このマウント(EF)は、旧レンズのFD系とまったく互換性が無かったため、
多くのキヤノンファンを失望させ、かつマニア離れを招いた経緯がある。
現代のデジタルカメラでこれらのFD,NFDレンズを使うのはなかなか難しい、
補正レンズ付きのFD→EOSアダプターが発売されてはいるが、本来のFDレンズ
の描写性能が若干犠牲になるので、マニアは好まないのである。
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F-1のカメラ本体であるが、重量級ではあるものの、非常に堅牢で良く出来たカメラだ。
ファインダーの見えは、New F-1に比べるとだいぶ見劣りするが、これはNF-1が優秀
すぎる為であり、F-1でも特に他機種に比べると酷いものでは無い。
むしろメカニカルシャッター独自の、レリーズボタンがシャッターと直結しているような
感覚や、シャッター音などはかなり好ましく優秀な様子だ。 シャッター(レリーズ)
タイムラグも十分に短い、これは感覚的には恐らく現代の最高級デジタル一眼よりも
速いであろう(注:現代のデジタル一眼では最速でも30mS台の前半)
巻き上げの感触も重要なファクターであるが、これはNew F-1よりも滑らかで良い。
尤も、NF-1はモードラ(モータードライブ)の使用を前提としていた節もあり、
手巻きの感触はあまり設計上のポイントではなかったのかもしれないが・・
(これはNew F-1と同時期の NIKON F3が非常に精密なメカで手巻き感触にかなり
こだわっているのとは対照的な設計思想であるが・・)
さらに言えば、F-1の巻上げ感触は、(最後にひっかかりがある)NIKON F2よりも上で
あり、逆にこのあたりが F3でのこだわりを生んだ原因になっているのかも知れないが・・
F-1のデザイン上の特徴としては、その背が低く直線的なファインダーである、
このあたりは男性的デザインとして、New F-1よりこちらの F-1を好むマニアも多く、
露出計(フォトミックファインダー)をつけることで不恰好になった NIKON F/F2
シリーズよりも好まれるポイントである。
ただ、この時代にはファインダー上部のホットシュー(注:フラッシュやその他の
アクセサリーをとりつける部品)は無く、フラッシュを使う場合には、巻き戻し
レバー上に、カプラーを取り付けなくてはならない。 これはかなり不便なので
(安定性が悪く、被写体の正面からフラッシュが当たらず、フィルムの巻き戻しは
フラッシュを外さなくてはならない) F-1も F2も、このあたりの時代のカメラでは
現代での使用では基本的にフラッシュを使わない利用方法が良いであろう。
(もっともシンクロ速度も遅いし、外光オートで無い場合は、GN計算を厳密に
やらないと使え無いので、あまり使いたいと思わないであろうが・・)
F-1とF2の外形上の大きさや重量には大差は無い、ただ、どちらも重量級であり
50mm標準レンズなどの単焦点を1本装着した状態でも、1kg前後とかなり重い。
(本体のみで800g強。 注:モデルにより異なる)
実は、その後のフラッグシップ(例:NIKON F4,F5, CANON EOS-1シリーズ等)は
さらに重くなっているのだが、このあたりのカメラはそれらの後期銀塩フラッグシップよりも
ずっと小さいので、金属の塊のような密集した重量感がある。
ただ、この重量感は心地よい重さのバランスがあるので特に欠点とはなり得ないが、
それでも、近年は若い女性などでも、このクラスのカメラを好んで使う場合も多々
あるので、彼女達は重いと言うのであるが・・
(ちなみに、女性が男性に比べそんなに体力的なハンデがある訳では無いので、
単にカメラというものの自身の持ち物の中での位置づけ(女性は持ち物が多い)とか、
重量への慣れの問題であると思うが・・)
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そして、F-1も F2もメカニカル機ということで基本的は露出計のみに電池が使用される、
つまり、電池が無くてもシャッターが切れるということで、手動で絞りとシャッター速度
を設定すれば、撮影は可能である。
勿論マニュアル機だから電池があろうとなかろうと、手動で絞りとシャッターは設定する
のだが、現代の自動化されたカメラに慣れた向きには、写真が、絞りとシャッターを設定
するだけのシンプルな仕組みで撮れることが、どうも信じられないらしい。
まあ、だからこそ、「こういうマニュアル機で練習すると、絞りとシャッターの関連が
わかりやすい」という事を言う人もいる。 私が思うに、それは確かに事実ではあるが、
そんなのは、この手のマニュアル機で1日撮るだけで十分に理解できる事であり、
わざわざそれを買って何年も練習するまでも無いかとも思うのであるが・・
で、電池の話であるが、F-1はHD/MR-9系の電池を利用する。 これは水銀電池であり
現在では環境問題で入手する事はできない。
よって、LR-9などのアルカリ互換電池を購入して使用する。 このタイプの電池は
少量であるが輸入されていて、大型量販店などでなんとか今も購入することができる。
(定価は、100円~400円)
対して F2は、LR44/SR44系の電池を使い、これは100円ショップなどでも購入可能な
ポピュラーな電池なので、いざという場合の電池切れ問題にも融通がきく。
ちなみにNIKON F3もLR44が使用可能であり、F4やF5では単三型電池が利用可能なので
歴代のニコンフラッグシップは電池の入手性も意識していると思われる。
さらにちなみに、CANON New F-1は、4LR44/4SR44というやや特殊な電池であり、
これもまた入手性に若干の問題がある。
(もっとも、LR44の4個重ねテープ巻き+詰め物という裏技があるが・・)
次に NIKON F2 であるが、このカメラには多くの派生型が存在する。
写真は フォトミックAという比較的ポピュラーな形式であり、Aという名前の通り
Ai型レンズが使える。
この他、NIKON F2アイレベルは、露出計を搭載しないシンプルな小型ファインダー機
であり、Fの直線的なイメージ(三角ファインダー)から一転、丸みをおびた女性的な
デザインで好まれる。 一時期は、中古市場でこのアイレベルファインダー単体で8万円
とか10万円とか高価なプレミアムがついていたことがあった。
今ではそれは収まったが、それでも下手をすると5万円程度する場合もあり、これは
F2本体の価格よりも高い場合がある(汗)
露出計を搭載しなければ実際に写真を撮るときに不便であろうと思うのであるが、
こういうのを欲しがるのはあまり写真を沢山撮らないマニアであるので、あまり関係無い
のであろう、まあ、それにしても、素のF2(つまりアイレベル)は不恰好なフォトミック
よりも遥かにデザイン的に格好良いので、人気のカメラではある。
さらにはアイレベルにフォトミックファインダーを換装した「フォトミック」タイプがあり、
これはAi連動爪がなく、レンズ交換が面倒 (つまり、通称ガチャガチャと呼ばれる
カニ爪をカメラ本体に噛ませる操作を行う) なので、あまり人気が無く安価である。
もっとも、非Aiタイプのニッコールレンズを使うには、このF2フォトミックが
実質上の最高機種であり、露出計内蔵で使うならばニコマートかF2フォトミックが
選択肢であるので、F2フォトミックも十分実用価値は高いのであるが。
あと、後期モデルでは、露出計が針式からLEDに変わったS/SB/ASタイプ、
それから派生型として限定品のチタンボディのF2があるが、チタンは高価なので
まあ実用よりコレクター向けであろう。
そして、このF2フォトミックA型では、カニ爪(外部露出計連動爪)は不要であり、
内爪(Ai爪)により、レンズの開放F値をボディ側に伝達する。
写真の丸印がAi爪であるが、いちおうこれが無くてもレンズは装着できるし
シャッターも切れるが露出がバラバラになるということである。
現代のデジタル一眼でも、かろうじてD2シリーズやD200(そしておそらく新機種の
D3/D300でも)、Ai爪があれば、手動レンズ情報入力により、正しい露出で
かつ開放測光で写真を撮ることができるが、中級、普及デジタル一眼では、CPU内蔵
の新型レンズでないと内蔵露出計が動作せず、簡単には写真を撮ることができない。
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さて、NIKON F2本体の性能であるが、スペック上ではほぼCANON F-1と同等である、
メカニカル一眼で、最高シャッター速度1/2000秒。
フォトミックタイプでは、露出計を内蔵し、(同時代のレンズで)開放測光が可能である。
ファインダーの見えはまずまずで、この後のF3よりも優れている。
視野率は当然100%となっている。
シャッタータイムラグは極めて短く、歴代の一眼レフの中でF2が最短と言われる。
この速さを1度体感してしまうと、いくら新しくても、現代の普及デジタル一眼などが
すべて玩具のように遅く実用的に劣るように感じてしまう。
加えて、ミラーの戻りが非常に速く、ファインダーを覗いていて像消失時間が極めて短い。
この点については、F2も F-1もほぼ同等であるのだが、どちらも小気味良い動きをする。
現代の高速連写デジタル一眼(D2Hや、D2X,D3,EOS-1Dシリーズなど)では像
消失時間がかなりその性能の体感的な要素にからんできて、同じ秒8コマだとか
秒10コマと言っても、一部のカメラでは像消失時間が長く感じ、感覚的は連写が
遅く感じたり、実用的には、(やや特殊技法だが)連写中のMFでのピント合わせの
やりやすさに影響が出る場合もある。
もっとも、秒8コマクラスになると、レンズの絞り値を大きくした場合などは、
絞りの挙動が追いつかず、またシャッター速度を遅くした場合なども同様に高速
連写ができず、それが使える条件というのは限られているのではあるが・・
でも、まあ、NIKON F2の、シャッターの体感的な速さは特筆するべき点であろう、
定番アクセサリーの「ソフトシャッターレリーズ」(シャッターボタンアタッチメント)を
装着する、これはシャッターボタンを押しやすくする意味もあるのだが、
F2においては、フォトミックタイプで背が高くなったシャッターダイヤルの高さと
シャッターボタンの高さの差を緩和する意味もある。
この状態でやや重いシャッターボタンに指をかけると(半押しなんか無いから)
ある程度の遊びの後「シャキ」っとすばらしい速さでシャッターが切れ
同時にミラーが瞬時に戻り、すべてのメカを指一本で操作しているイメージの心地よい
感触が得られる。
まさしく銀塩の、そしてメカニカルカメラの醍醐味がここにある。
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以前も書いたことがあるが、その昔、といっても10年ほど前であるが、
「ニコンは奇数番号が優秀で偶数番はダメだ」と巷で囁かれていたことがあった。
その時は、ちょうど中古バブルでニコンFの価格が高騰、さらにF5が出たばかりで
F3もロングセラーで神格化されていたから、市場の人気がたまたまFの奇数番号に
偏っていただけの話だ。
私の意見は正反対で、その後冷静にニコンのFヒトケタを見てみると、
F2、F4、F6の偶数番号を持っていれば、ことたりるという気がしている。
Fは高騰は収まったものの、実用的には苦しいものがあり、F3はコンパクトに
よくまとまった名機ではあるが高い評価と裏腹に、ファインダー廻りに問題点を
多数かかえ、実用的とはいいずらい。 F5は高性能ではあるが重厚長大でこれも
またフィールドでの実用面では厳しいであろう。
対してF2は、メカニカル機の最高峰であり、完成形とはいいにくいが、
初期のニコンレンズのプラットフォーム機には最適である。
F4は、AFは鈍いがMFで使う事により、最大級のレンズ互換性と、MFレンズでも
多分割測光の効く高い露出性能により中期のニコンレンズのプラットフォームとしては
最適である。おまけに今は不人気で価格も安い。
F6は残念ながら所有していないが、優秀な感触性能とほど良いコンパクトさと
Aiレンズ手動情報入力機能で互換性も高く、ニコン最後の銀塩カメラとして高い価値を
持つ。 まあ、この3台があれば広範囲なニコンレンズを使いこなすプラットフォーム群
としては十分だという事だと思う。
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さて、最後に価格であるが、F2はその多くの派生型により中古市場の相場は大きく
ばらつく、ただまあ現実的に実用的なF2フォトミックやフォトミックAタイプであれば
4万円~7万円というあたりであろう。 ニコンの人気機種はなかなか相場が下がらない。
対してF-1は、後継機のNF-1が人気機種であるので現在では相場は下がっている、
3万~4万円で十分程度の良い機種を入手できるであろう。
レンズ相場は、FD系が圧倒的に安価である、これはニコンのレンズが現代でもまあ
利用できることに比べ、FDは利用価値が少ないからであろう。
ただ、性能的にはどうであろうか・・ 私は、総合的にはFD系の方が粒が揃って
いるようにも思うが・・ そんなわけで仮に性能は同等としても価格の安いFD系の方が
銀塩で使うならば有利、デジタルでも使うならばニコンAi系が有利ということだ。
また。付属パーツは、F2の方が多く出回っている。
F-1のオプションパーツは、スクリーンとかを含めかなり入手しずらい。
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CANON F-1 と NIKON F2 、ボディ単体の性能からするとほぼ互角、どちらも名機である。
どちらかを入手したいのであれば、その他の利用環境が大きく影響するであろう。
銀塩のみで使うならば、ボディも安価でレンズも入手しやすい F-1に軍配があがる、
もっともその場合は、NF-1との選択で大いに迷うことになると思うが・・
デジタルや他の銀塩ニコンと併用して使う場合は、F2に軍配があがるであろう、
F3と迷うところもあるかもしれないが、F2の方が優れている部分も多々あり、
どちらか1台ならばF2の方を推奨する、
(ちなみにF3も欠点はあるものの十分に名機なので購入を反対する理由は無いが・・)
参考過去記事:
【玄人専科】名機対決 NF-1 vs F3