準地元とも言える、自宅から30分で移動できる圏内で撮るシリーズ。
1つは、あまり時間が無くて写真を撮りに行く暇が無い、という向きに対して、
それからもう1つは、地元を再発見しようという意図を持つシリーズである。
最近、実生活での友人達にたまに会うとき、彼等/彼女達が言うことがある
「匠さん、こないだブログ見たけど、色々なところに行って撮ってますねえ・・」
「そうですか? 私は、そこまで、わざわざ写真撮りに行っている事も無いんですが・・」
でもまあ、そう思われているという事は、下手をすると、写真というものをあまり撮らない
友人達が「写真とは遠くに行って撮るもの」という風に誤解してしまうのも良く無いと思った。
写真は別に、いつでも、どこでも撮れるんだよ、そんな主旨もこのシリーズにはある。
さて、今日は天王寺の2回目、とは言っても、実は
前回の天王寺編とは別の日に
行ったもので、歩いているルートは全然違うのである。

新・関西の楽しみシリーズなどで、ある土地の写真を紹介すると、
その土地に住んでいる、あるいは住んでいた方などから「全然見たことない場所です」
という感想やコメントをいただくことがあった。 実は、これはちょっと嬉しい・・
まず、その土地の名所名跡の観光写真、これはよほど説明的な意図が無い限りは
撮ることが無い写真であろう、で、そうなると、ある視点を持ってその土地を歩き
写真を撮ることになるのだが、奇をてらって、あえて誰も注目しないような場所や
被写体を探して撮るという事ではなく、その土地から自分が感じるイメージや感覚
そのあたりを意識して撮るのが良いと思っている。 どんな風にその土地を感じる
のは個人の差があると思うから、そうして撮った写真には個性が出てくると思う。
そして、さらに言うと、その視点の持ち方というのは、自分1人の中でも、様々な
パターンがあり得ると思う。 たとえば近代的に発展した街を歩いていても、
あえて古い町並み、あるいは歴史、そんなものに注目して写真を撮れば、それは
もうその街の一般的なイメージからはかけ離れたものになる。
天王寺を歩いていても、この街の、近代的なターミナル駅としての側面、
あるいは古くから続く歓楽街としての側面、または、再開発で色々と社会的な問題を
抱えていそうな側面、はたまた、この地に多い、お寺や宗教にかかわる要素の側面、
それぞれにどう着目していくかによって、撮る写真も大きく変わっていく。

天王寺のあたりを少し歩いていくと、狛犬ならぬ狛虎(こまとら)がある神社がある。
阪神タイガースファンが非常に多い大阪人が、これに気を止めぬはずが無い(笑)

しかし、阪神タイガースというのはなんとも庶民的な球団だ。
大阪ももちろん日本第二位の人口を抱える大都市であるから、近年は庶民的な
イメージも習慣も文化もどんどん減っていって、残念ながらたとえばマンションでは
隣に住む人の顔も知らないというような事も良くある。
けど、大阪の下町などを歩いていれば、そこには庶民文化が根強く残っている事にも
気が付くであろう。
私はむしろ大阪のそういう側面が好きで、この地に住み続けているのかもしれない。

天王寺は複数の文化や環境が交錯する街だ。
でも、ターミナルから少し離れていくと、また違う側面を見せるというのは
この前回の天王寺編でも述べたとおりだ。
そこには、都会の中の小さな自然もあるし。

あるいはまた、もっともっと庶民的な文化もまた色濃く残っている。

歩いていると大きな神社に到達した。
大鳥居を見上げると、これを建立(寄贈)した人の名前が・・・
おっと、これは・・

サントリーの創業者の鳥居さんの鳥居であった(笑)
まあ、関西出身である名士の方であるし、神社に鳥居を寄贈していてもおかしくない、
おかしくないのだが・・ なんとなく、大阪っぽいノリで楽しい。
やはりこういうのも庶民の街、大阪なんだろうなあ、と思う。
例によって、何等技術的な解説も無いこのシリーズの記事であるが、
自分の近くの準地元の土地であっても、十分に写真を撮る楽しみがあるという点に
気が付いてもらえれば幸いである。