勿体無いと言えば、これほど勿体無いカメラは珍しいのかもしれない。
CONTAX AX 、悲運の名機である。
今をさかのぼる1990年前後、すでにその数年前にミノルタはα-7000で実用的な
AF一眼レフを世に送り出し、少し出遅れた他社も1990年ごろまでには順次追従。
ニコン、キヤノンの旗艦ですらもAF化された F4 やEOS-1を投入し、AFが全盛期と
なっていた。
そしてPENTAX もマウントを変えずにAF化に成功。
オリンパスは残念ながらAF化に商業的に失敗したが、MFのOMヒトケタシリーズは
依然高い人気を誇っていた。
そしてCONTAX は・・と言うと、MFのカールツアイスレンズは非常に評価の高い
ものもあり、一種の神話化された中で独自のファン層を持ちつつも人気を継続していた。
いちおうキョウセラ・ブランドでのAF機はあったのであるが、これも残念ながら
商業的には失敗。 さすがに定評あるブランドネームのCONTAX を横目で見て
KYOCERAの一眼を買う人は少なかったのであろう・・
ツアイスレンズは高い、と言われていたのは、もうそれより遡る事1970年代後半の話。
1990年代前半ではAF化・新設計でニコンやキヤノンのレンズは軒並み価格が急騰し
オリンパスもそれに追従して従来のOMのMFレンズを大幅に値上げした。
ところがツアイスMFレンズは20年近くも値上げをせず、かの有名なプラナー85/1.4
の定価は10万円程度と、むしろ他社の85/1.4クラスのレンズと比較しても最も安価な
部類になっていたのである。
さらには名玉だが使いこなしが難しいプラナー85/1.4の中古は、豊富なタマ数で出回り、
従来のように「CONTAXはお金持ちのシステム」というイメージは崩れかけていた。
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そして1990年代も中盤に入ってくると、すでに設計から20年近くを経過したCONTAXの
ツアイスレンズ群は、どんどんAFの新製品が出てくる他社に比べ、あまり変わり映え
しないものになっていた。
1970年代後半にツアイスに憧れて大枚を叩いて購入したミドルエイジのユーザー層も
すでに50代~60代の年齢に達し、視力の衰えなどから「MFが辛い」という声も
市場では多く聞くようになっていた。
しかし、実際には近視や遠視などは、視度補正などを適切に行えばMFのシステム
においては致命的な問題にはなりえないのであるのだが、ツアイスの名前に憧れて
買うユーザー層は、必ずしも全てがカメラに関する知識を持つわけでもなく、
周囲に良いと言われたから、という理由だけでツアイスとCONTAXを選んだ初級層も
大変多かったと聞いている。 また、CONTAX ボディのファインダー・スクリーンは
ピントの山が掴みにくかった機種が多かったのも原因の1つかもしれない。
しかし、まあ、それはそれとして、CONTAX としてもいつまでもMFのシステムを
ひっぱるわけにはいかないし、そろそろデジタル化のムーブメントも直前に見えて
いるわけである。 CONTAXは新鋭RXが好評であり、また、高級コンパクトの
Tシリーズも好調、さらには、期待の新星レンジファインダーのGシステムの
前評判も大好評であり、こうした体力のあるうちに大英断が必要であったのであろう。
そこで、CONTAXは極秘裡に「Nシステム」の開発をスタートさせた。
従来のY/Cマウントを切り捨て、新たなNマウントを採用。
Nマウントは35mm一眼のみに留まらず、645(中判)のNシステムと、
デジタルのNシステム(Nデジタル)との互換性まで見据えた一大プロジェクトであった。
ただ、その開発が終了する1990年代後半まで、現行のシステムを引き伸ばすわけには
いかない。 最高機種RTSⅢもすでに5年を経過している。
ニコンはF5の発売の噂があり、キヤノンも1Nがすでに市場に投入されている。
RTSⅣは、そのままY/Cで出すよりも、Nシステムで行った方が戦闘力がある。
そこでAFのパイロット的な目的と、現行Y/Cマウントの延命を図って発売されたのが、
冒頭の CONTAX AX。 1996年の事であった・・
Nシステムはまだ恐らく時間がかかるであろう(注:N1の実際の発売は2000年)
それまではマニアックかつ斬新なAXで中上級者層をつかみ、さらには相対的に
安価になってきたツアイスMFレンズを生かす道として、Tシリーズなどで
新たなユーザー層を開拓したように、軽量一眼レフをビギナー向けに投入して
いけば安泰であるという戦略だったと思われる(注:Aria が1998年に発売されている)
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そして、AX。
非常に斬新なアイデアとしては「すべてのMFレンズをAF化してしまおう」という
発想である。 それまでも、ニコンよりTC-16シリーズのAFテレコンバータや
PENTAXからも同等な製品が発売されていたが、これらは、レンズとボディの間に
装着するコンバータであるから、焦点距離が伸び、開放f値が暗くなり、かつ
補正レンズによる画質の劣化が心配された。
ツアイスレンズのユーザーは、その神格化された画質に異常なまでに神経を払い、
「ツアイスレンズには保護フィルターをつけることすら許さん!」という勢いの時代である。
勿論そんな事で画質が大きく劣化する筈も無いのであるが、そこらへんはまあマニアの
心理というのは、いつもそういうものだろうと思う。
(実際に私も、ツアイスレンズには超高級・高性能保護フィルターをつけてたりした・・)
だからツアイスレンズにAFテレコンバータなどをつけることは、それこそ「許さん!」
という雰囲気であったのである(汗)
で、AXであるが、なんと、レンズを動かさずにフィルムを前後させてピントを
合わせるという、信じられないようなメカを搭載して発売されたのである。
まあ厳密に言えばフィルムが動くわけではなく、バックフォーカスを移動させる
というわけで、このシステムはABF(オートマチック・バックフォーカス)と
名づけられている。 このメカを実現するために、ボディは簡単に言えばカメラの
中にまるまるカメラが入っているような2重構造、したがって、AXのボディは
非常に大柄であり「弁当箱」などと悪口を言われていた。
けど、この大型のボディは決して重くはなく、RTSⅢのようなずっしりと腕が痛くなる
ような事もなく、同時期に発売された大型機ニコンF5よりもずっと軽く感じられた。
CONTAX 一眼のボディに初めてAFと刻まれたボタンができた。
このAF駆動ボタンというのは、他の一眼でも一部存在し、さらにAF/MF切り替えは、
後にミノルタα-7等でも採用されたが、シームレスにAFとMFを切り替えて使う際に、
意外に便利なボタンである。
シームレスというのは、たとえばキヤノンUSMのように、AFの最中あるいは後でも
ピントリングで直接MF操作ができる事、あるいは、後のミノルタαのDMFのように
AF合焦点後に直接MF操作ができる事等の方式があるが、このAXのシームレスの
AFは純粋にMF操作と、必要に応じてAFのアシストとの組み合わせである。
MFのピントリング位置によっては、AFのABF機能が十分に動作しないのは
これの原理を考えてみればわかるであろう。 ただ、それはわかって使えば問題無いし
ボディの中でボディが動くようなギミックにおいて、他社のフラッグシップのような
高速多点AFなどというものを期待してはならない。
あくまで中央1点の、しかもAF初期のような低速動作にしかなりえないのである。
このAF性能にがっかりしたユーザーも多いと聞く。
まあ、そりゃあそうだろう。 視度補正も知らなければ、ABFの原理や性能限界
について理解できるわけも無い。
しかし、それでも現行MFツアイスレンズが全てAF化されるという事については
その恩恵を十分に感じる人も多かったというのも間違い無い話だろうと思う。
まあ、実際のところ、ABFの構造を考えてみれば、このAFはかなり速いと思う、
鈍重な動きを想像すると、意外に速く合うので、ちょっと驚く。
さらに言うならば、ちょうど当時から流行しはじめた「マウントアダプター」の存在がある。 CONTAXのY/Cマウントは標準的なフランジバックの長さと比較的大きめの
マウント径を持ち、M42をはじめ、いくつかのマウントアダプターが発売された
(される)訳であるが、その際に、恐ろしいことに(笑)、このAXはマウント
アダプターを介して装着したほぼ全てのレンズをもAF化してしまうのである。
この事実にマニアが飛びつかないわけが無い・・
AXを使えば、タクマーが、フレクトゴンが、ジュピターが、ヤシノンやフジノンが全て
AF化されるのである。(注:コシナ・フォクトレンダーはこの時点でまだ発売されていない)
こうしてAXは、発売後10年以上を経た今もなお、マニアが「これだけは」と残して
愛用する、隠れた「御用達名機」となったのである。
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AXの、カメラとしての、その他の基本性能としてはあまり見るべきものは無かった。
いちおうマルチモード(注:P,Av、Tv,Mの露出モードを備える)であり、
PやAv(絞り優先)モードでは、1/6000秒のシャッター速度が使えるが、
TvやMモードでは、1/4000秒に制限される(シャッターダイヤルの構造上の問題)
ただし、CONTAX 伝統のボディ左肩のシャッター速度と、右肩の露出補正ダイヤルは
Av(絞り優先モード)のみで使う事を強く意識していて、M(マニュアル)露出や
Tv(シャッター優先)で使うには、絞り環とシャッターダイヤルの同時操作が
できないため(カメラを持ってみればわかる)適していない。
まあ、このあたりは、CONTAX が、そのレンズの特性(大口径で絞りを厳密に決める)
とあいまって決めた設計ポリシーであるから、それはそれで良いのであるが・・
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だが、前述のABFつまりボディ内AFのシステムは、基本性能以外に、意外な
副産物をもたらしたのである。
それは、マクロモードである。
当時の普及一眼レフにあった、絵文字の「花」のマークのマクロモードは、
何ら実際的な効果は無かったのであるが、こちらのAXのマクロモードは、
絵文字とはまったく原理を異とする、非常にユニークな機能であった。
ABFの機能は、バックフォーカス、つまりフィルム面までの距離を変える事で
AFを実現している。 ここで、もし、バックフォーカスを長く取った位置に
固定したらどうなるか?
これはすなわちレンズとボディの間に中間リングを入れている事に等しい。
中間リングとはレンズもなにも入っていないただの筒、しかし、これをつけると
レンズの最短撮影距離が短くなり、通常のレンズをマクロレンズとして使用できる。
ただし、この際に、レンズのピント位置を無限遠にしても、無限にピントを合わせる
ことはできない、つまり近接撮影専用の仕掛けになってしまうのである。
マクロレンズがまだ普及していない頃からこうした中間リングは各社存在していたが、
実際の使用においては、マクロで花や小物を撮っているときに、いきなり遠距離に
被写体が出現したときはお手上げであった。 あわててレンズやリングをカメラから
外して組みなおさないと遠距離の被写体は撮れない。
だが、このAXのマクロモードでは、やはり無限遠にピントは合わないまでも
スイッチ1つで、すぐに遠距離にもピントが合う通常のレンズのモードに戻す事が
可能である。
おまけに、高性能と評判の高い、ツアイス・プラナー85/1.4やプラナー100/2、
あるいはゾナー135/2.8やゾナー180/2.8、これらのレンズが「マクロプラナー」や
「マクロゾナー」に変身するのである!
さらには、最短撮影距離が60cmと長いテッサーも「マクロテッサー」に・・
安価で高性能な標準レンズプラナー50/1.4やプラナー50/1.7まで「標準マクロプラナー」
あるいは「Sプラナー」となるわけである。
そして撮影距離による露出倍数はかかるのではあるが、まあ見かけ上は開放f値も
明るいままで使える。
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ただし、原理的にはフロントフォーカス(つまりレンズの前玉が前方に繰り出して
ピントを合わせる形式)であれば、このバックフォーカスを長くしてマクロにする
という仕組みは有効だが、リアフォーカス(レンズの後玉を移動させてレンズ全長
を大きく変えずにピント合わせをする)や、フローティングシステム(レンズ構成
上の複数のレンズ位置を移動させてピント合わせをする)では、バックフォーカス
の移動により設計画質が出ない場合がある。
具体的には、最短30cmを誇る大口径のディスタゴン35/1.4等はフローティング
システムであるので、これを「マクロディスタゴン」としてさらに近接で使った場合は
画質劣化が大きくなる可能性がある。 それ以外にも一部のレンズで同様の問題がある。
ただ、それも「画質劣化」をどう捉えるか、という問題だけであり、実際に
ピントが合わないわけでは無いので、実用的に使えないわけではない。
またそれらのレンズ構成の違いにより、最短撮影距離は異なってくるわけだから、
すべてのレンズが「等倍マクロ」のようになるわけでも無い。
で、このAXのABFによる、ほぼ全てのツアイスMFレンズのAF化や、
マウントアダプターを介したオールドレンズのMF化、さらには、マクロモードによる、
ほぼ全てのレンズのマクロ化というのは、マニアにとって非常に魅力的なコンセプトである。
後年、ミノルタα-7のDMFにより、ほぼ全てのαレンズがシームレスAF化し、
また、同様にコニミノαによってボディ内手ブレ補正が搭載され、ほぼすべての
αレンズが手ブレ補正で使えるようになった、さらにはペンタックスKデジタルにより
アダプターを利用したオールドレンズでもボディ内手ブレ補正が効くようになった。
これらのマニア受けする仕様と同様に、AXでは既にMFツアイスやアダプターを介した
レンズ群をAFやマクロレンズとして利用できるのである。
そうだなあ・・ まあ、Y/Cマウントは、M42とニコンのアダプターがポピュラーなので、
今で言えば、フォクトレンダーSLレンズや、同コシナのZS/ZFツアイスはどうだろうか?
アポランターがAFでマクロになる。
あるいはZSディスタゴンが、ZFマクロプラナーまでもがAFスーパーマクロとなる。
さらには、ジュピターがマクロジュピターに、フレクトゴンがAFスーパーマクロに、
う~ん、頼むからデジタル判のAXを作って欲しい・・そんなところであろうか(笑)
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ただ、この画期的なAXも、もはや陰り始めた京セラ・コンタックスの運命を
止めることはできなかった・・
その後、高級コンパクトT3が小ヒットを飛ばしたが、G2の後継機はついに出ず、
社運をかけたNシステムも鳴かず飛ばず・・
N1は優れたカメラだとは思うが、時すでに遅し・・
商業的に失敗したNシステムは、ダメージを大きくしてしまったのであろう、
21世紀以降、京セラCONTAX は何ら大きな新製品を出すこともなく、
2005年にその30年の歴史を閉じる。
CONTAX のブランドはどのメーカーも買うことは無く、ツアイスのブランドは
コシナが主に、そして一部はSONYなども使っているのであるが、
ブランド戦略を重要視するコシナですら、ツアイスイコンは欲しいがCONTAXは
いらないという選択肢・・このままCONTAX の名は永久に消えてしまうのであろうか?
そして、画期的なアイデアにより作られた幻の名機 CONTAX AX このカメラもまた
歴史の上に大きな足跡を残すこともなく、忘れ去られてしまうのであろうか・・?
勿体無いと言えば、これほど勿体無いストーリーも無いのかもしれない・・