さて、今日は毛馬(けま)に行ってみよう。
毛馬は、大阪の北東部、最寄り駅は地下鉄堺筋線(/阪急)、および谷町線の
天神橋筋六丁目駅である。
余談だが、「てんじんばしすじろくちょうめ」というのは、なかなか長い駅名、
谷町線には、さらに「夕陽丘四天王寺前(ゆうひがおかしてんのうじまえ)」などの
長い駅名もある。
日本一長い駅名というのをどこかの地で聞いたことがあったが、まあ、それは
(日本一を)意識して付けられたものであるという話も聞いたこともある。
毛馬は淀川に隣接する区域。 また毛馬閘門(こうもん)というものもある。
閘門とは、河川や水面の高低差がある最に、水面の高さを調整する仕切りを設け
そこに注水することで船舶などの運航を可能にする施設である。
有名なところでは、パナマ運河がこの仕組みを採用しているが、毛馬閘門においては
今は使われていないが、その昔は、淀川と大川の水面の高低差をここで吸収する為の
施設があった。(今でもその設備は残っている)
あと毛馬には、まあ、河川敷があるくらいである・・

↑*istDs TAMRON SP90/2.8Macro f=9.0 ISO200 1/800秒 上下トリミング
解像度などは、150万画素JPEG、中圧縮率(☆☆) アフターレタッチは、 極僅かの
明るさとコントラスト調整程度。(この条件は以下同じ)
で、今回の名レンズは、定番のタムロンSP90/2.8Macro である。

このレンズは、旧f2.5タイプを1本、新f2.8等倍タイプを都合3本買ったのであるが、
まあ、いわゆるスーパーレンズではある。
ただ、あまりに有名なので、あえて最近では殆ど持ち出す事もなかった、
ちなみに、Di (デジタル対応)以前のタイプであるが、まあ実用上では、デジタル
対応なんて何の意味も無いことは、もうユーザーも賢くなったので、最近では何も
言われることが無くなった。
このレンズの良さは、近接撮影域でのシャープネスと、ボケ質のバランスである。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=2.8
ちなみに、レンズの記事というと、たまに撮影データを載せることもあるのだが、
よく言っているように、これはほとんど意味の無いことだとも思っている。
だって、例えば絞りを同じf2.8にしたところで、撮影距離、被写体距離、
被写体と背景の距離差、背景の絵柄、などの様々な撮影条件によって、
レンズの描写なんて全然変わってくるのである。
写真は、花やビール瓶を、70cmなら70cmの一定の距離に置いて絞りを少しづつ
変えて撮って「う~ん、このレンズはf5.6での描写がなかなか良い・・」などと言う
世界では無いのである、実は私も以前はそんな事も結構やったのであるが(汗)
ぶっちゃけ言って・・ つまらない・・(苦笑)
まあ、考え方が狭い、と言い換える事もできるであろう。
実際のフィールド(=屋外=撮影現場=撮影環境)においては、撮影条件なんて
それこそ無限に存在するのである。 ある特定の条件下においてのみ、レンズの
描写をチェックして、さもそのレンズの性能がわかったように言う、これは本当に
意味の無い行為である。
だから、同じレンズを買って、同じ絞りやシャッター速度や露出補正をしたからと
言って同じ写真なんか撮れるはずも無いのだし、そもそも人と同じ写真を撮って
楽しいか? いや、そんな事は無いだろう・・
だったら、人の写真の撮影データなどをいちいちチェックしても意味が無い事である、
そもそも参考にならないのである。
まあ、それでも参考にしてもらいたい場合は「これは、これこれこういう作画意図
があって、こういう撮影条件であるから、このようにカメラを設定した」と言って
あげれば良いであろう。 だったら、それを見る(読む)人には考え方を含め十分に
参考に値する。 しかしそれをせずに「ほら、ここに撮影データを載せてやるぜ、
それかEXIFを見ろよ、それで参考になる筈だぜ」という考え方は、ちょっと、
いや、かなりカチンと来るのである。
「意地でも同じ撮りかたなんか絶対にするものか!」と思ってしまう。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=3.2 露出補正 -0.3
ボケ味テストのような撮り方・・
「ああ、面白くない、つまらない、くだらない・・」
だって、私は「毛馬」の地を撮りにきているのだよ、レンズのテストをする為に
わざわざ電車を乗り継いできているわけでもなんでもない。
毛馬のイメージ、毛馬の雰囲気、毛馬のドラマ、そんなのを表現したいが為に
名レンズ、すなわち優秀なレンズを持ってきて、より「表現の可能性」を広げよう
と思っているだけだよ。
性能の良いレンズを持って来たら良い写真が撮れるのか?
そんなことはあるまい。
そもそも良い写真って何なんだ? 被写体が綺麗に撮れている写真か? 技術的に
優れた写真か? そんなのは今時のカメラ機材を使えば簡単だよ、誰にだって撮れる。
絞りをf2.8の開放でなくf3.2に僅かに絞ったから、あるいは露出補正を僅かに1/3段
だけマイナスにしたから、技術が優れているのか?
いや、そんなのは技術でもなんでもない、実は、ISOをこのカメラの最低の200にしても、
シャッター速度が高速限界近くにはりついていたし、標準露出では「てかり」が出た
のでちょっとマイナスに補正し、その時に1/4000秒近くになったから安全の為に
ちょっとだけ絞ったに過ぎない。 作画意図(作画表現)ではなく、単にカメラ側の
性能的な限界を回避したにすぎないのである。 そんなのは自然にやっている事であり
むしろこの条件で絞り開放にできない、このカメラの性能の低さ(シャッター速度の遅さ)
を呪っているだけの話なのである。
こんなこざかしい事を、技術と勘違いしてもらったら困るのである。
もし、露出の原理とかカメラの性能とか、そういう基本的な事がわかっていないならば
もうそれは技術以前に、知識が足りない、という事になってしまう。
レンズの性能をうんぬん言うならば、少なくともカメラの基本原理くらいはすべて完全に
理解してからそうして欲しい。
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さて、少々脱線したので、本来の記事の内容に戻るとしよう・・(汗)
マクロレンズを装着した(デジタル)一眼は、基本的には、常時MFのモードとする。
これはまあ、ノウハウである。
何故ならば、マクロを使った時の視点というのは、平面的な画角感覚ではなく、
奥行きを含めて被写体を探す視点に変化する、というのは、ここのところのマクロ
モノの記事でいつも述べている事である。
「AFにしないと、とっさの時や動く被写体に対応できないのではないのか?」
・・・いや、そうでも無いであろう。
確かに静止被写体では、絞りや露出補正をブツブツ呪文のように唱えながら
設定して撮っていてもまあ、間に合う。
でも、写真は止まっているものばかり撮るわけでは無いので、たとえMFであっても
動体や瞬時の被写体の状況変化に常に対応できるようには準備しておかなければならない。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=8.0 ISO200 1/400秒
例えば、鳩がいて、そこに人間が近づいていけば飛んで逃げるのはあたりまえ、
・・・子供でもわかる事である。
だったら、あらかじめ鳩のいる距離に、MFでピントを合わせておけば良い。
被写界深度を考えて、中間絞り(f8.0あたり)に設定しておけば良い。
その場の明るさに応じて、その絞りで、もし鳩が飛んだ時でもそれを止めて写せる
適切な値にシャッター速度がなることを確認しておけば良い。
1/500秒前後以上のシャッター速度が得られないのであれば、動体はブレて写る恐れが
あるので、適宜ISO感度設定を変えておけば良い。
すべては撮る前にどう撮りたいかは、決まっているのである。
そのようにカメラを設定しておけば良いだけ。 あとはもし鳩が飛んだら、その飛んだ
瞬間にシャッターを押すだけ。 何も設定する必要も無い、AFよりはるかに早い。
いつも「グルメシリーズ」で言っているように、料理をするには物事の手順をちゃんと
考えないと料理をきちんと作ることができない。 その手順の組み立てが出来ない人は
料理が出来ない、あるいは下手な人である、ということである。
写真でも同様だといつも言っている。
あらかじめ状況が予想されているのに、何故そのようにカメラを設定しておかないのか?
鳩が飛んでから、あわてて「え~と、絞りはどうなの? シャッター速度は?」
とか言っても間に合う筈も無い。
おまけに、AFや連写性能が低いカメラだから撮れないだと?
いくら性能の良いAFだってこんな状況でピントが合うのはむしろ奇跡だ。
飛ぶことがわかっているのだからAFはいらない、連写もいらない、
実際にこの写真も単写で1枚しか撮っていない。
高速連写ができない *istDs だから、というわけではなく、たとえこの場に
高速連写機である D2Hとかを持って来てたとしても、私は同じようにMFに設定
して鳩が飛ぶ瞬間を単写で撮るのみである。 飛んでからMFを回しながら連写
するという高度なテクもあることはあるが、そんな事をやっても歩留まりが悪く
メモリーとシャッター耐久性と時間の無駄遣いに過ぎない。
上にも書いたが、絞りや露出補正を微調整するなんてのは「技術」では無い、
そんなのは単に基本であり、それを神経質にやりすぎているだけの話。
むしろ状況を予測して予めカメラ設定を最適にしておくとか、そんな方が
よほど「技術」らしい。
グルメシリーズでも書いたが、写真表現に優劣をつけて上手い下手と言うのは
どうかと思う、むしろ好みかそうでないか、と言うべきであろう。
けど、「やるべき事」ができてないのは、明らかに「下手」であると言えると。
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さて、またしても大幅に脱線したので(汗)
SP90/2.8Macro の描写のポイントである。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=18.0 露出補正 -0.3
「エ、f18.0だと? 何故そんなに絞り込む?」
・・・いくつか意味があるんだよ、1つは作画表現的な面、さらには
レンズの性能上の問題を回避する意味もある。
「あまり絞ると回折現象が出て、シャープネスが・・」
・・・何を言うか? そういうことは、実践が伴わない頭でっかちの知識だけなんだよ。
じゃあ、今回は大サービスだ、意図通りにならなかった写真を載せる。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=7.1 露出補正 -0.3
構図も同じ、違うのは絞り値だけだ(勿論関連してシャッター速度も変わるが)
でも、OKテイクの写真に比べこちらはどうだ?
絞りを7.1まで開けているから、素人考えではボケが綺麗になるように思える、
しかし、ボケ質はみごとに破綻して汚い。
これは、1つは撮影距離と背景距離との関連があり、さらにはその状況での
レンズのボケ質の性能的変化がある、具体的に言えば、下の写真は悪い条件に
ハマり込んでしまっているということだ。
それを回避するには、当初想定したf7.1という中間絞りではなくて、
もっと絞りを開けて背景を大ボケさせてしまうか、今回のようにf18あたりまで
絞って背景の形がある程度はっきりさせるようにするか、どちらかだ。
ちなみに、当たり前の事であるが、このレンズを絞りf7.1に設定したら描写が
悪くなるということではない。 撮影距離、被写体と背景との距離差、あるいは
背景の絵柄、そんな条件が重なると、ある絞り値では望むような描写力が得られない、
この場合には、ボケが汚くて見てられない、という状況に陥るというそれだけの話だ。
それを絞りで回避するのは作画表現に影響するから本来はやりたくない行為なのだが、
それはしかたない、完璧なレンズなんて無いのだから、そのレンズの性能や特性に
よっては、想定した表現を変えざるを得ないという事なわけだ。
そして、だから撮影データ掲載なんて意味が無いと再三言っている。
「f7.1で良い描写が得られると、どこかに書いてあったからそう設定したら酷い
写りだ、なんだこのレンズは? それともf7.1が良いというのはウソか?」
・・・もし、そんなことを言われたらかなわない(苦笑)
撮影条件が変われば描写も変わるんだよ、そんなの当たり前だろうが・・
写真というものは、そんな風に自ら視野を狭くしたらつまらないだけであろう、
そもそも撮りたいものは何なんだよ? 何が表現したいんだよ?
そんな風に考えてしかるべきであろう・・

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=10.0
工事現場にある柵を、ある角度から切り取って撮影してみた。
まるでロボットのカップルが話をしているように見えてこないであろうか?
まあ、普通はそんな事すらいちいち書く必要も無い、
撮影データを書くと同様に、表現の内容というのも、見る人によって千差万別
であるから、それをいちいち書かなくても良いのである。
あえて表現したい方向性が明確であるなら、タイトルかキャプション(文章)
でそういう内容を書けば良い、それで表現したい事は伝わりやすくなる。
あとは、その映像表現に対する、共感や時には反発といった、そういう
映像コミュニケーションが得られる、それが写真の面白味である。
一人で写真を撮り続けていて、誰にも写真を見せないでいたりすると、
そういう映像コミュニケーションという部分の写真の奥行きがいつまでも
理解できないでいる場合もある。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=6.3 露出補正 -0.3
絞りや露出補正やそれに伴うシャッター速度等をこまめに調整して撮っているのは
「技術」でもなんでもない、言うなれば「表現」である。
表現をしたいが為に、絞りや露出補正やシャッター速度を調整する。
繰り返すが、レンズの描写を最適にする為にそれをしているのは本末転倒だ。
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さて、毛馬のあたりを歩き続けていたら、JRの「城東貨物線」の走っている
あたりに来た、滅多に貨物列車は通らないのであるが、運良く、ちょうど列車が
走って来る様子があった。
実は、ここに到着する直前、ちょっとイヤなモノを見たのである。
この貨物線のところで、数人のカメラマン、うち一人は脚立と一脚を立て、
おそらくはキヤノンEOS 1Dクラスの最高級デジタル一眼レフを2台、
1台には白玉である、EF300/4LISもしくは EF70-200/2.8LISの高級レンズ、
もう1台には恐らく標準ズームと大型ストロボといった完全装備。
他のカメラマンもそれなりの高級機材で武装している。
「あ~あ・・ できるだけ近寄らないようにしよう・・っと」
もし、当のカメラマン氏達がこのブログを読んでいたら気を悪くするかもしれない、
それについては申し訳無いのであるが・・まあ、実際の所、彼らは、いわゆる「三脚族」
のようにマナーが悪く周囲に迷惑をかける連中ではなく、ごく普通の中上級カメラマン
であるから何ら問題は無いのである。
でも、私は近づくにつれちょっと、その機材や撮り方に疑問を感じていた。
列車が近づく・・ まだ500mかそれ以上ある、その時点で望遠レンズ+一脚で
シャカシャカと連写である、
「いったい何Gのカードを持ってきているんだ? こっちなんか256(MB)だぞ(汗)
それでも私の持っている最大容量のカードだよ(苦笑)
まあ最近は大容量も安いけど(笑)
それに、そもそも、いったい何をどう撮りたいんだよ・・?」
ガタン、ゴトン・・・列車が近づいてきた。
私のいるアングルは彼らカメラマンのボジションの反対側だ、鉄橋が邪魔になり
列車の姿は見ることが全然できない。
シャカシャカシャ・・ EOS 1Dクラスの高速連写音が聞こえる。
「そういえば、この城東貨物線は、数年後に大阪第二環状線として、新大阪から
東大阪まで繋がるんだったよなあ・・ 単線だけど大丈夫なんだろうか?」
暇だったので、そんな事を考えていた。
暇を持て余したので、鉄橋の一部にMFでピントを合わせる、いわゆる置きピンである。
こっちは高速連写なんかできない *istDsである。
「電車が来たら一発勝負だろうなあ・・」
列車の姿は見えないので、音だけ聞いてタイミングを計る、絞りは中間からやや絞り
気味のf10 シャッター速度は1/640秒と十分だ、あとは列車が来た瞬間に
シャッターを切るだけ。
ガタン、ゴトン・・
「来た、ここだ!」 カシャ。

↑TAMRON SP90/2.8Macro f=10.0 1/640秒
連写は効かないので、すぐさま振り向きざまに、手にしているGR Digital に持ち替える。

↑GR Dgital Pモード (f=3.2 ISO=64 1/125秒)
「まあこんなもんか・・ 十分だよね・・
でもまあ、こういう写真で何が言いたいのだろうか? 滅多に来ない珍しい列車を
綺麗に撮れました、以上・・ それじゃあつまらないよね・・」
列車が通過してから、この城東貨物線に併設している仮歩道(簡単な板張りで結構怖い)
を鉄橋沿いに渡ってみることにした。
カメラマン氏達の前を通る・・ 彼らはここで1時間に1本かその程度しか通らない
列車をずっと半日あるいは1日待って撮影を続けているように思えた。
三脚こそ立てていないものの、脚立やらをしっかりすえつけているので彼等の前を
通るのはこっちが神経を使う、だって前に立ったら「邪魔だからどけ」と言われかねない
のである。 そんな無言の圧力が、間接的にマナーを犯しているという事を彼等は
わかっているのであろうか? 世の中には色々な人がいる、そして写真を撮る事を
「大義名分」と勘違いしている、カメラマンと呼ぶことすらはばかれるような
マナーの悪い連中をいくらでも見てきた。 そんなヤツらとはかかわりたくは無い。
幸いにして彼等はあまりマナーは問題無し。
だったらとばかり、私は、鉄橋のあたりで手にしたドングリを欄干に置き
新技のEMAの「ドングラー」の作例を撮ったり、GRDをサクっと撮り出して
ものの1秒で鉄橋の写真を撮ったりしていた。
1~2分して数枚の写真が撮れたので、鉄橋の仮歩道を歩き対岸に進んだ、
鉄橋の長さはかなりあり、写真を撮りながらでは、15分、あるいは20分もかかる
であろうか・・ 自転車の通行は降りて渡れ、と書いてあるにもかかわらずひっきりなし
に狭い仮歩道を自転車が通り過ぎる。 こちらはそのたびにカメラやカメラバッグに
自転車があたったりひっかかったりしないか、などとヒヤヒヤであるが、自転車に
乗っている方はそしらぬ顔、こういうのも間接的なマナー侵害であると気分が悪い。
機嫌が悪いのは、腹が減っているせいもある。 朝食は殆ど食べて無いに等しく、
それから3時間もそれ以上も撮影を続けているのである。
対岸に渡れば定食屋の1つもあるかと思ったら、そこには何も無い・・(苦笑)
「しかたない、もう一度橋を渡って戻るか・・」
同じ道を引き返すのはしゃくだし、まだ自転車も不愉快だし、仮設歩道は怖いし、
おまけに終点にはまた例のカメラマン氏達がいる・・(苦笑)
でも、戻らざるを得ない・・ 早足で軽く写真を撮りながら10分程で戻った。
例のカメラマン氏達はまだそこにいた、かれこれさっきの列車通過から40分は
経っている、その間彼等は写真を1枚も撮らずに、ただそこに立って待っていた
のであろうか? 私には、何故そういう考え方で写真を撮るのか、よくわからない・・
帰路も、我が者顔でベルを鳴らしながら通り過ぎる危険な自転車達がやはり不愉快で
あったので、鉄橋の終点で、そこにあった「自転車は降りて渡って」という看板と
たまたまそこに止めてあった自転車をローアングルノーファインダーで0.5秒で撮る。

↑GR Digital (撮影データどうでも良い・・笑)
傾いているが、まあそれもどうでも良い・・(笑)
と、その瞬間、目の前で私の撮影の様子を見ていた、カメラマン氏達の1人が
私に声をかけてきた。
「あの~、失礼ですが・・」
ヤベえ・・ 私は何か彼等の気に障ることをしたか?(汗) いや、何もしていない。
まあ写真1枚撮ったが、0.5秒しかかかってないし、いちおう邪魔にならないように、
しているし・・ それがまあ間接的にこっちに気遣いさせているという事に気づいて
くれるような事は全然期待していないのであるが・・ だいたい彼等だってその場に
不相応な機材を持って、しかもずっと待っているよう撮影スタイルでは、私とは写真に
対する考え方で、ただの1点でも交わる部分は無いからな・・
匠「はい・・」
いちおう無視せずに反応してみた。
「今日は鉄橋を撮りにこられたのですか?」
・・・ん? 「鉄橋」を撮りにくる? それどういう事なんだよ?
カメラマン同士がすれ違えば、ベテラン級ともなれば、お互いの持つ機材や撮り方を
瞬時に「値踏み」する事はよくある。 そしてすでにこちらはそれをしている。
じゃあ、あちらから見て、私はどうなのか?
*istDs に タムロン90マクロ・・ まあ初級・中級機材である。
GR Digital これは、初級中級機材では無い、ベテランか、いわゆる「おマニア」の
持ち物である。
撮り方・・ まずは貨物列車を撮っているところを見られている、さらには、
ドングリを欄干に置いて撮ったところも、そして、GRDで秒殺の早撮りをしている
ところも見られているのである。
私は瞬時にそこまで判断して・・
「これは機材談義、すなわち 彼等の機材自慢の話に付き合わされるな」と思った。
そりゃあ、彼等の持つ機材の総額は、100万円かそれ以上である。
こちらの機材は、定価ベースで考えてもせいぜい20万円。 でもこだわりの機材だから
カメラを知らないわけでもあるまい、だから彼等としては自慢のネタになりうる。
そして「鉄橋を撮る」という質問のその真意は何なんだ?
私は毛馬を表現する写真を撮りたいのであって、鉄橋や列車なんぞ、そんな、
単なる「被写体」を撮りたいわけでもなんでもない。
ややこしくなるだけだ・・ 係わらないようしよう。
一呼吸置いて、私はこう答えた。
匠「いえ、鉄橋の撮影ではないです、ただ散歩しているだけですよ・・」
「ああ、そうですか・・・」
その場を去りながら、GRDを持ち、後ろ向き肩越しノーファインダーでさらに
「鉄橋」を1枚撮った。
・・・多分、写真というものを、何か勘違いしていらっしゃるのだろう・・
繰り返すが、彼等の撮影マナーは全然問題無い。「三脚族」などでは無いのである。
でも、まあ、こちらが気を使ってしまうのは確かであるのだし、そもそも写真という
ものは、滅多に来ない列車を待って撮って、開き時間は何もしないで、そのへんを
通るカメラマンに声を掛けて暇つぶしをするような行為では無いと思う。
それは「悪い事」ではなくて、「勿体無い」のである。
せっかく良い機材を持っているし、恐らく技術や経験も高いのであろう、
だったら、なおさら、「被写体」とは何か、ということについて、あるいは
写真の「表現」とは何かについて、いまいちいど考えて欲しいのである。
そうすれば、カメラ機材の性能に任せ、シャカシャカと連写することも無いだろうし、
滅多に来ない珍しい「被写体」である列車だけを狙って撮るということも無いだろう。
今の一瞬、一瞬が、すべて写真になりうる、という事を、今一度考えて欲しいのである。
機材中心主義・・ その気持ちは良くわかるのであるが、
写真の楽しみは、もっともっと色々あって、奥深いものであることを考えて欲しいのである。