さて、音響効果音装置のエフェクターについて、後編である。
エフェクトというのは、音響以外に映像効果の事も言う。
海外の専門家筋では、「FX」と省略されることが多い。
これは勿論、F(エフ)X(エクス/ェクツ)から来る、音感(=語呂)による
省略語であるのだが(特殊効果は、SFX=スペシャルエフェクツ)、まあ
専門家筋といったら、私も元はその類であったのだが、どうもエフェクターは
Eから始まる印象が強いので、FXという省略のしかたは気持ちが悪かった。
なので、海外でよく「EFX」という省略方法はどうか? と提案したことも
あったのだが、逆に「違和感がある」と言われて悔しい思いをしたこともある。
だって、これじゃあ、麻雀の「後ヅケ」みたいなものではなかろうか?
(歴史からくる)元々の意味を履き違えて、まったく違う意味の用語が定着してしまう・・
あるいは、マニュアルカメラが、マニュアル露出のカメラだと勘違いしている
ようなものなのではなかろうか・・?(・・ちょっと違うか・・苦笑)
しかし、まあ、言葉というのも常に進化しているものであるから、
たとえ間違った用法であっても(注:FXはそうではないのだが・・)
それが定着してしまえば、それが常識となる。
だから、そんな場合に、歴史や文化や伝統を振りかざして、「それは間違っている」
とか言っても、頭の固いオッサンと思われてしまうであろう(汗)
なのでまあ、気にしないことにしよう(笑)
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さて、音響のエフェクターには、様々な種類があるのだが、
それを大別していくと、残響系、変調系、空間系、周波数特性系、Dレンジ系、
歪み系、ピッチ系、などに分かれる・・

それぞれについて説明していくとキリが無いので、ここで少し音響を離れて
カメラ(写真)のエフェクターについて述べよう。
銀塩時代、エフェクターにあたる映像効果もいくつか存在していた、
もっとも、映像エフェクトは、動画(ビデオ)であれば時間軸が影響してくるので、
様々なエフェクトがありうるのであるが、静止画としての写真においては、
時間軸を含まない、スタティック(静的)なエフェクトしか無いのである。
最も簡単な例は、モノクロである。
写真はモノクロが従前にあり、そこからカラーに発展したように思う人が多いの
かもしれないが、元々自然物には色があって当然であって、色が無いという方が
むしろ写真としては不完全なものである。
しかし、カラー写真が出来てからも、モノクロというスタイルは過去のものには
ならず、ずっと生き残ってきている。 勿論現代においても、モノクロは重要な
写真分野であって、決して過去の遺物の不完全な写真というわけではない。
ここでモノクロの写真について語りだすとまた長くなるので、それは大幅に省略しよう。
ただ、銀塩時代は、カラーとモノクロのように、それぞれは対比された1ジャンルで
あったのだが、現在のデジタル時代においては、基本的に映像記録はカラーで
なされるわけであるから、モノクロというのは、たとえば、カラーに対してある種の
効果(エフェクト)をかけた状態である、という認識となる。
だから、カラーとモノクロという対比ではなく、カラーの元写真(原画像)に対して
モノトーン化、あるいはグレースケール化した処理の結果としてみなされる。
さらに言えば、セピア効果、あるいは
モノカラー(注:マイカラーなどの名称で
機能として実現されている場合がある)、ネガ(反転)カラーなどの、様々な効果の
1つとして見なされる場合がある。
モノクロ写真には根強いファン層があって、かつその奥も深いのであるから、
そんなに簡単にモノクロを「単なるカラー写真のエフェクトの1つ」と言い切ることは
できないのであるが、それでも、効果の原理的な視点から言えば、モノクロはカラーの
1効果である、という位置づけになってしまう。
冒頭にも述べたが、歴史や文化の重みを大切にするのはとても重要なのであるが、
それでも世の中の変化に追従し、考え方を柔軟に変えていかなくてはならない、
ということなのだろうと思う。
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さて、銀塩写真における他のエフェクトは、「フィルター」がある。
音響的には、フィルターとは、音声の(主に)周波数帯域の一部を通過させ、他を
遮断すると言う意味であり、
前編でローパスフィルターについて述べている。
映像においても(本来は)同様であり、光も音と同じように波動であるのだから、
そこには周波数(波長)という考え方が存在している。
だから、光線の周波数帯域の一部を通過(遮断)させるのが「フィルター」の本来の意味。
代表的なのは、UV、すなわちウルトラバイオレット、つまり紫外線、
これを遮断するのがUV(カット)フィルターである。
銀塩写真における有害紫外線のカットと、デジタルにおけるその差異については
詳しく調べたことは無いのだが、銀塩時代からも、すでにUVフィルターは、
その効果よりも、一種のレンズ保護(プロテクト)フィルターとしての扱いであった
ように思える。
(ちなみに、化粧品や防紫外線グッズなどのSPFは、LPF(ローパスフィルター)
のようにフィルターの一種の名前ではなく、恐らくサン・プロテクション・ファクター
つまり「太陽から守る値」を示すものだと思われる)
そして、カメラ用のフィルターは、音響のエフェクター同様に非常に多くの効果を
持つものが独自に発展してきた。
保護系、色温度系、クローズアップ系、輝度調整系、偏光系、ソフト系、
コントラスト系、クロス(光条)系、特殊効果系、などである。
これも細かく説明しているとキリがないので、またの機会にして大幅に省略する。
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銀塩では、他には、現像、プリント時の効果として、モノクロ写真における、
焼き込みあるいは覆い焼きなどの効果があり、はたまた、カラーにおいてもCYMK
(=カラーバランスや輝度)の調整やら、コントラストの変更、またプリント紙の
選択におけるトーンの出し方、あるいは、クロスプロセス、エマルジョントランスファー
などいくらでも技法が存在し、さらに広い意味ではトリミングだって効果の1つである
と言ってもおかしくない。 そもそもフィルムを選んで、高彩度のものや軟調のフィルムを
選択するのだって、効果(エフェクト)の1つと言えよう。
銀塩では、一見何も手を加えないように見えても、実際には、撮影、現像、プリント
の各プロセスにおいて、実に様々な効果が使われている。
さらに映像のエフェクトとしては、近年では、ソフトウェアによる、レタッチ効果が
存在していてる、これはデジタルであろうが、銀塩をスキャンしようが同じこと、
少なくともPC、あるいはインターネット、ブログという世界においては、映像は
モニターを通じて多数の人に伝達されるわけであるから、プリントで仕上げる写真
とは若干概念が変わってきている。
レタッチにおけるエフェクトを使わない、というのは各個人のポリシーとして
自由なのであるが、それとて、デジタルにおいては、そもそもカメラに画像処理
エンジンが存在したり、ネット上のUPの為にソフトウェアを通した時点で、何も
手を加えていない、という画像は存在していない。
だから「何も手を加えないから偉いんだ」という理屈は意味が無いものになっており
単なる潔癖主義のように思えてしまう、言い方が悪ければ、いつも言っている
「(自己)レギュレーションの美学」と言い換えても良いであろう。
これも冒頭の、歴史や文化や伝統に拘りすぎず、世の中の変化に柔軟に追従する、
という事と同じだと思う。
あまり写真、あるいは写真を撮る行為を美化しすぎずに、気楽に考えれば良いだけ
の話なのである。
(あまり写真を撮る行為を美化し、それを大義名分と考えると、いわゆる「三脚族」の
ように自己中心で周囲や他人への迷惑も顧みない考え方になってしまいかねない)
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音響のエフェクトであるが、これも今や使うのが当たり前、
電気を通して演奏を行う以上、完全に生の音、というのはありえない。
本当に生の音が出したい、聞きたいのであれば、自分でアコースティック楽器を
演奏するか、あるいは、ごく数人の目の前で、小音量のアコースティックなライブ
演奏を行うしかないのである。
小ホールだって、そこに音響的な反射、すなわち残響が存在している以上、
生の音を聞くというわけではない。 そして、そもそも無響室、つまり完全に
残響をゼロにするように調整された実験用の部屋などで聞くアコースティック楽器の
音は、ボソボソと実に味気ないものなのである。 何も手を加えないという世界は
音響においても存在しえない、という事を痛感させられる事実である。
さて、残響の話しが出たので、たとえばホールなどにおける残響をシミュレートする
エフェクターには「リバーブ」があるいのだが、これはどんな原理で動作するので
あろうか・・

これは、代表的な「リバーブ」のブロック・アルゴリズム(ダイヤグラム)である。
専門用語などわからない、と言うなかれ。 アルゴリズムなんていうのは、もう
デジタルの世界では、一般的・常識的な用語なのであって意味を知らない方が
むしろおかしいのである。 それにいつも言っているようにわからなければ、
ネットで検索すればたちどころに意味はつかめるであろう。
コメント欄に「△△って何ですか?」と聞くより、自分で、△△と、google なり
yahooに打ち込んだ方が速くて楽なのである。
幸いこのブログには、そんな質問をする読者は皆無なのであるが、いたるところで
そんなコメントのやりとりを見かけるが、まさに時間の無駄であり、答える方の
負担も考えると、(無駄な質問は)やってはいけない行為に等しいとも思っている。
さて、リバーブのアルゴリズムでは、初期反射群というブロックが存在しているが
ここは、ディレイ(遅延)ラインによって成り立ち、すなわち、ホールにおける
発信(音)源(一般に楽器や音声)が、ホールの複数の壁にぶつかり、異なる距離で
反射して返ってくる音をシミュレートする。
初期反射群は、さらに別の壁にぶつかり、そうなると、音量的にも周波数特性的
にも減衰しつつも、渾然一体となり、多数の細かい反射音となって耳に到達する。
これをシミュレートするのは、後部残響音の生成ブロックであって、ここでは、
一般にディレイラインを複雑にからませたループ(循環)が用いられ、必要に
応じてループ内に周波数特性を変更するための「フィルター」が加わる。
また、この前段において、周波数特性を変更せず位相特性と遅延のみを制御する
「オールパスフィルター=APF」が加わる場合もある。
これ以上の説明は専門的になりすぎるので控えるが、要は、音響における
エフェクト処理とは、現実の「物事」や「原理」をいかに物理的に分析し、
そのポイントを完全では無いまでも「再現」する、すなわち「シミュレートする」
ということが基本となっている。
映像におけるエフェクト処理も、もっと幅の広い部分もあるし、また逆に
(時間軸や空間定位などの面で)幅の狭い部分もあるのだが、基本的な考え方と
しては、音響のエフェクトと共通する部分が多い。
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今回のこのエフェクターの話では、極めて専門的な部分が多いように感じるかも
知れないが、あくまで聞きなれない、あるいは今まで考えもしなかった事が
多いから、それはつまり専門的な事と思えてしまう事もあるだろう。
でも、言いたいことは、映像とか音響とかの区別はなく、物事には、その「事象」の
原理というものが存在するのであって、その原理を理解しないと、なかなか「技術」や
「操作」をすることは難しい、ということなのである。

色々なツマミやボタンがついていて、一見なんだかわからないように見える
キーボード(シンセサイザー) でも、原理を理解してしまえば、自分の求める
音響表現を得るために、プレーヤーは様々な音の効果を選んで演奏を行う。
ぶっちゃけ言えば、楽器のプレーヤーで、自分の持つ楽器の、色々なボタンや
スイッチの効果を知らないなんて人はほとんどいない。 だって知らなければ
演奏もできないわけだし、わからないまでも普通ならば興味を持って色々と
押してみたりして、音の変化を学んでいくものである。
昔の(アナログ)シンセサイザーなんて、原理を完全に理解していないと、
音を出すことすらできなかった。 巨大なパネルに、数百のツマミやスイッチが
ついていて、コード(ケーブル)で、それらの機能のブロックを接続する。
数10分も時間をかけて、やっと1つの音が「ピー」と出る、なんてのが当然であった。
シンセサイザーの原理を知る人は、プレーヤーではなく「マニュピレータ」(操作者)
と呼ばれ、初期は特殊技能に近かったが、そのうちシンセが普及すると
たいがいのプレーヤーは、シンセの原理も覚え、それくらいは平気でできるように
なっていった。 その後、シンセもケーブルでつながなくても音が出るようになったが、
それでもツマミが沢山あるアナログ操作系のシンセは、全体の設定状態が一目でわかり、
すぐに音を変更できるので、デジタルより便利な面があり、いまだに愛用者が多い。
けど、カメラの場合はどうしたものか・・ 自分の持つカメラの機能なんて
何も知らなくても写真が撮れてしまうものだから、全自動Pモードで他は何も怖くて
触れないという自称フォトグラファーがいくらでもいる。
それって、恥ずかしい事だとは思わないのであろうか?
カメラは少なくとも自分が写真を撮るための道具であって、
ミュージシャンにとっての楽器と同じ、表現の為の道具である、
その操作がわからない、なんて、いうのは、もう言い訳にもならず、
写真を撮るという行為を根本的に勘違いしているようにも思えてしまう。
カメラも一度、ケーブルをつないで、絞りとシャッターなどの機能を連動しないと
写真が撮れないようなものを作って見るのも面白いかもしれない。
今時のカメラはあまりに安直に写真が撮れてしまう分、ユーザーの勉強に対する
努力というものを喚起しない方向に走りすぎているのではないか、とも思ってしまう。