3回シリーズの作画のバリエーションについての後編。
今回の撮影地は、佐久島(愛知県)である。
「島」という限られた場所を、シンプルな機材で、できるだけ多くの作風で撮ってみる。
匠「・・・じゃあ、引き続きどんどん行くぞ」 カシャ。

↑意外な組み合わせによる作画表現技法
霜月「なぜこのイスはお寺らしき建物の前にあるんだ?」
匠「・・・その通り、それが作画意図だよ」
霜月「むう、それはクイズを出しているということか?」
匠「・・・ちがう。 いつも言うように、作画意図は、これという正解が無くても良いんだ
アナタはこう思って撮ったでしょう? 合ってますか? 間違ってますか? という
やりとりはしなくても良い。 自分が撮る時に思ったことに対し、見る人はまったく
別の解釈をするかもしれない。 そりゃあ、ある確固たる、こう見せたいという
イメージがあって、それが伝わらない場合はまずいよ。 でも、一般的な表現写真の
場合、そこまで明確に意味を持たない写真の方がむしろ多いと思う。
そんな時は、だいたいのイメージを伝えるのか、あるいはその写真から様々な
イメージを想像してもらうのか・・ もしくは、色々考えてもらうこと自体が
作画意図の場合もあるんだ。」
霜月「ううむ、ちょと難しいな・・(汗) じゃあ、この場合、ここに何故イスがあるのか
考えてもらいたいということなのか?」
匠「・・・そんな風にクイズにしたところで正解なんか出るわけもない。 ・・というか
私自身、何故ここにあるのかわからない・・ でもな、ここでは、ああでもない、
こうでもないと色々考えるところが面白いと思った、だからそれが作画意図だ。
まあ、霜月はこんなややこしいことを考えなくてもいい、もっとストレートに撮れば
いいんだ、それが霜月の持ち味だ・・」 カシャ。

↑季節感表現を2重にして主従の関係を持たす技法
霜月「これはオレにもわかる、コスモスと稲刈りだ、ただ、稲刈りはややわかりにくい、
何故ボカしてあるんだ、それと、そもそも何故道路に稲が干してあるんだ?」
匠「・・・背景を適切なボケ量でボカすのは、先にも述べた通りだ、
ここでボケラーになって背景を大ボケさせてしまったら、単なるコスモスの写真だ、
コスモスは秋の花、そこに秋をイメージさせる脇役を配置して、さらにはその主従
関係もはっきりさせておく。
そして、何故道路に稲が干してあるか? それは私にもわからない、何か理由が
あるのだろう、でも、これは1つ上の写真でも述べたように、わからないなりに
想像する楽しみがあるんだ。」
霜月「ややこしい事を考えて撮るもんだな・・ もっとストレートなのはないのか?」
匠「・・・作画バリエーションがテーマの記事だからしかたないだろう?(苦笑)
じゃあ、もう少しシンプルにいこうか、こんな感じだ」カシャ、カシャ、カシャ。

↑被写体の存在感を増す点景技法
霜月「なんで鳥をもっと大きく撮らないんだ? ズームはまだ余裕があるはずだし、
最悪はトリミングをしてもいいはずだろ?」
匠「・・・それには2つの理由がある。 まず第一に、飛んでいる鳥を大きく写しました
などというのは、今時の機材を使えばそんなに難しい話じゃないんだ。
デジタルでの連写、撮像素子の小ささによる望遠域の増大、トリミング、手ブレ補正、
銀塩時代では失敗する確率が多く特殊な機材を必要としていたのが、デジタルでは
簡単に撮れるようになった。 で、だからこそ、鳥を単に大きく写しました、じゃあ
何も珍しくもないし作画意図にもならない。 なので逆に点景(添景)として
鳥を捉えているんだ。 つまり周囲の状況を入れて意味を出すわけだな。
もう1つ重要なポイントがある。 大きく傾いた構図だ。
これはもしこの写真を水平に補正したらわかると思うが、全然飛翔感が無くなって
しまう。 進行方向が大きく上向きに昇っているから、鳥が頑張って飛んでいる
ように見えるというわけだ。 もうひとつちなみに、この時、鳥の位置を右側や
中央に置いたらダメだぞ。 あくまで左側にあって、これから先の飛んでいく時間の
流れや空間の広さを表現できる位置になくてはならない。 もっと厳密に言えば
鳥の首が構図上の画面の右上の頂点を向いているから、一番長い仮想線を想像する
ことができるんだ。」
霜月「そんなことまで考えて撮るのか? そんなのオレには無理だ・・(汗)」
匠「・・・数枚だが連写しているのは、鳥の形や位置が良いものを選ぶためだ、
100%自分が思う通りに撮れそうも無い場合は、連写で成功確率を増やすという
意味がある。 ちなみにこの写真はごく僅かのトリミングをほどこし、さらに自分の
思う通りの構図に近づけているんだ」
霜月「ふむ・・ そう考えればできそうな話だな。 傾きの角度とかはともかくとして、
動きものの被写体の配置の位置とかは、まさにその通りだと思う。」
匠「・・・よし。 じゃあ、次は静止被写体だよ」 カシャ。

↑ストレートな構図優先技法
霜月「特に奇をてらったものではないな・・ せいぜい露出補正くらいか・・?」
匠「・・・非常にストレートだ。 露出補正はわずかにプラス、背景の光があるからな。
ピントも深めだ。 注目点は郵便局のマークだよね。 これはもしかすると一般の
人の家に郵便局の自転車が置いてあるのかも。 まあ、それはそれで島の暮らしの
ほのぼのとした感じが出ている。 技法的には他には何も使っていない、単に
被写体の力に頼っているだけだ。 ただ気をつけるのは、写真とは、このように
なにか珍しいものを探して、被写体の力だけでは作品にしてはならない、ということだ」
霜月「何?珍しいもの、つまり自分の心に訴えるものを探して撮るのが写真じゃないのか?」
匠「・・・初級者の場合はそういうのでもいい、というかやむをえない。
ただな、それじゃ、写真の優劣はどうつけるんだ? 珍しいものを探した人が勝つのか?
中にはずっとそうだと勘違いをしているベテランもいるんだ、だから日本全国、世界各国
を歩きまわって、誰もみたことのない物や景色を探して写真を撮りたがる。
でもな、それじゃ金と時間の勝負じゃないか・・ そうじゃないだろう?
写真は見たままを撮るものではないんだよ。 ありふれた景色であっても、たとえ
地元や家の中であっても、ある作画意図を込めてストーリーを「創造」して撮るのが
写真表現だろう? だから、珍しい被写体を探したもの勝ち、というわけでは
全然ないんだ。 どんな被写体であろうが、その状況だけではなく、自分が感じた
気持ち、意思、感情、そんなものを掛け合わせて、創造的に仕上げるのが写真なんだ。」
霜月「ううむ・・ それはよくわかる。 オレもなにげない被写体を上手く撮りたいと思う」
匠「・・・霜月の場合にはちょっと違うかもしれないな。 霜月は、誰も注目しないような
被写体を力づくで技巧でねじ伏せて写真にしてしまうような事を好むだろう?
それはな、作風というよりもアンチテーゼに近いと思う。
アンチテーゼというのは知っていると思うが、何かの考え方や価値観に反対する思想だ、
だから、霜月は、お金と時間をかけて撮った写真を嫌い、その正反対のやりかたとして
ありふれた被写体を上手く撮ろうとする。
どうだ、これがオレ流の技術だ、とばかりにな・・」
霜月「ぐう・・(汗) そうかもしれない・・ でも、まあ、以前のオレなら100%
そうだったかもしれないが、今はそれでも少しは考え方を変えてきているんだ」
匠「・・・まあ、EMAとの対決も、もしかしたら、アンチテーゼ気持ちが強いのかも
しれないな。 しかしそれも繰り返している間に、少しづつ霜月も成長しているん
だと思うぞ。 だから、そんな小さい事を言ってないで、もっとマクロな視点を
持とうとしているのかもしれないぞ。」
霜月「めずらしく匠のオッサンがオレの事を誉めている? どうした、熱でもあるのか?」
匠「・・・ホメているんじゃないさ(笑) そうなれよ、という期待だよ(苦笑)
じゃあ、無駄話はこれくらいにして・・ 次だ」
霜月「なんだ、オレの事は無駄話なのかよ!(苦笑)」
匠「・・・まあまあ・・(笑) じゃ、撮るぞ」 ダダダダダ・・

↑被写体の特性を活かしたシャッターチャンス生成技法
霜月「あはは、可愛らしいネコだ」
匠「・・・実はちょっとしたトリックがある。
右側にねこじゃらしとかエノコログサって言うのかな、フワフワっとした草を持って
ネコの気をひいている人がいた。 だから、ネコはねこじゃらしが気になって
短時間で実に色々な表情をしたんだ。 そこを高速連写したわけだ」
霜月「なるほど、人為的にシャッターチャンスを作り上げているわけだな」
匠「・・・まあ人間に慣れた島のノラネコみたいだし、遊んでもらって喜んで
みたいだったぞ、都会などではノラネコへの無責任な餌付けが社会問題に
なっているケースもあるが、小さい島の閉鎖空間ではノラネコも飼い猫も一緒だよ。
さて、じゃあぼちぼち大詰めだ、次いくぞ。」カシャ。

↑露出コントロールによる表現技法
霜月「夕陽か・・ でもフツーだ。 そういえばこないだの森田さんの仮想ブログ記事の
夕陽の写真はアセったぜ。 女性のシルエットを入れて、全然森田さんらしくない、
色も綺麗だし、ロマンチックだし、いったいどうしたんだ、上達したのか?」
匠「・・・ふふふ。 霜月も森田さんに追いつかれる危機感を感じてきたな、
いい傾向だよ。 森田さんはレベルアップしたんだ、さあ、霜月も頑張らんとな・・」
霜月「匠のオッサンも意地が悪いなあ・・ オレ達は本来は仮想キャラだから、どんな写真も
匠のオッサンの撮り方で決まるじゃあないか・・ 勝手に森田さんをレベルアップして
オレをどん底まで突き落とす気だなあ・・ そりゃないぜ・・(苦笑)」
匠「・・・それを言うなら教育方針と言ってくれないかなあ(笑)
んで、この夕景だけど、単にマイナス補正しただけだ、色温度もいじくってない、以上」
霜月「ごまかしたな・・(苦笑) で、写真の方はそんなの当たり前じゃないか?
WBくらいいじくってもいいだろう? 手抜きか?」
匠「・・・色をいじくり出すとキリが無いんだよ。 デジタルで簡単に色がいじくれる
ようなってから、どうもその傾向が強い。 しかし、それよりもまず重視するべき
基本的なテクニックがあるだろう? たとえば露出補正だよ。今日の段階では、
まずそこまでの所で留めておいた方が良いと思った。 色まで触ったら、やれこの色は
オレの好みだ、とか、ワタシの好みじゃない、とか、混乱するばかりだ。
おまけに見るPCのモニターでもプリンターでも色調は変わる、カラーマネージメント
はアマチュアのレベルではあまり神経質になる必要はないと言いたいんだよ。」
霜月「なるほどな・・ そうかもしれない」
匠「・・・もう1つ重要なことがある。組写真だ。実は今回の3つの記事はわざと組写真には
していない、だってテーマはバリエーションだからな。 だから逆にわざと順番を
バラバラにしているような節もある。 そして組写真を作ってみなさいと言うと、
それこそ小学校の絵日記のように、「朝おきて電車に乗っていきました、島の海が
綺麗でした、ネコがいました、夕陽も綺麗でした、おしまい。」といった風に
ただ単に時間軸で並べただけの日記風組写真になってしまいかねない。
そりゃあ、その場所に行った本人は、その間にあった出来事も色々なことも
体験し記憶しているから感動もひとしおかもしれないが、見ている方は全然面白く
もなんとも無い。 とくに夕焼けのシーンで終るのがもっともよくない、あまりにも
当たり前すぎるので、「組写真の最後は夕陽にするべからず」という暗黙のルールも
あるくらいなんだ」
霜月「なるほど、なるほど、確かに夕陽で終わりって、やっちゃいそうだなあ・・」
匠「・・・余韻が残りそうで、実のところ、もっとも残らないのが夕陽だよ。
撮る者と見る者との間で大きなギャップもあるのも夕陽だ、
撮る者の感動が極めて伝わりにくい、そればかりか、夕陽を好んで撮る人達は
自分の体験したその感動が写真にあまり出せない事を悩んで、シチュエーションを
求めてより特別な場所や条件を必死に探したり、機材の問題かと思って必要以上に
高性能な機材を買い求めて使ったりする場合もある、つまり先にも述べたような
金と時間をかけた写真の方向性にとらわれやすいという傾向もあるから注意しなければ
ならない・・ 何故写真に感動が出てこないかというのは、条件や技術や機材のせいでは
ない。 撮る者と、見る者(たとえそれが自分自身であって、その場所、その時間の感動
は後で見ても同一視することはできない)の感動ギャップが主な原因なんだ。
だから夕陽の写真は難しい、そして、撮るばかりではなく見るほうも難しいんだ・・」
霜月「じゃあ、組にした場合のラストの1枚は何を選ぶんだ?」
匠「・・・もともと時間軸で並べるというシナリオが組としたら単調なんだよ、
日記じゃないんだから順番に並べる必要も無いし、同じ日や同じ場所で撮った写真では
なくてもかまわないんだ。 そこも創造力だよな、あるシナリオやストーリーに沿った
写真をイメージ的な要素も含めて組として表現するんだ。」
霜月「むう・・ 以前から組写真のシリーズで言っていることでもあるな」
匠「・・・まあ、そんなわけで、たとえ組じゃないとしても夕陽で終るのは
本能的に避けてしまう・・(笑) なので、最後の1枚は連絡船にて・・」カシャ。

↑明るくても手ブレ補正と高速シャッターが必要な揺れ止め技法(+特殊加工)
霜月「こんな写真簡単に撮れるんじゃないのか?」
匠「・・・実はこれでもギリギリだよ、あと3~4枚撮ってみたがすべて大きくブレていた、
高速船は、かなり強力なエンジンで・・ そうだな、時速50km/hくらい出ていた、
その縦ゆれは、写真撮影という面から考えると、ほとんど困難な状況だよ。
以前ドラゴンボートの記事で、揺れる救命艇から揺れるドラゴンボートを超望遠で撮る
という難易度の高い撮影の事を書いたが、今回の方がもっと難しかった。
私は船のレーダーが珍しくて撮りたかったのだが、レーダーの映像は、ブレて
丸くなったり△になったりしていたんだ。こういう場合はもうできるだけ高速シャッター
で手ブレ補正も利かせて・・ それでも上手く撮れるかどうかはまぐれに近い。」
霜月「ふうむ・・ で、注意する点は?」
匠「・・・無い(笑) やれるだけやったらあとは偶然だ(汗)
でも、設定をちゃんと少しでも撮れるような方向に向けて行わない限りは、
その偶然すらもつかむことは出来ない、成功確率0%だよ。
だからまあ、写真の基本的な原理は必要だといつも言っている、こんな場合、初級者が
シャッター優先で撮ろうが、絵文字のスポーツのマークに合わせようが、何をやっても
全部お手上げだよ、絶対にブレる。 過酷な条件になればなるほど、カメラの説明書や
技術本を読んだだけの知識では役にたたないということだな。 あくまで物事の原理を
理解して、カメラを設定しなければならないんだ。」
霜月「ああ、よくわかった」
匠「・・・さて、シリーズの3記事もこれで終わりだ。 都合20枚の写真を解説
してきた、技法というのは様々なバリエーションがあることがわかったと思う、
また今回はやっていない、流し撮りだとか、望遠マクロとか、あるいは機材の特性を
用いた、超広角や魚眼、あるいはドマクロ(超近接)、それとかEMA風の
チョコラーやらフェンサー、はたまた特殊フィルターや、特殊レタッチ加工、
まさに星の数ほどの作画バリエーションがある。
だから言いたいことは、レンズが1本だけだから同じような写真にしかならないとか、
被写体に恵まれなかったから良い写真が1枚もとれなかったとか、そんな事は全部
言い訳にすぎないので、絶対に言ってほしくないということである。
たとえ単焦点のレンズ1本だって、同じような写真にしかならないということは
絶対に無い。そして画角が1つしかないから、撮れない被写体だらけだ、ということも
絶対に無い。 今回はズーム機である Dimage A2を併用して作画バリエーションの幅を
広げてはいるが、それとて Dimage A2の特殊な機能や性能に頼っているわけでもない、
だから、撮るものが無い、見当たらないとか、同じ印象の写真ばかり、というのは
機材の問題ではなく、あくまで自分自身の側の問題だと思ってよい。
被写体を探す目、その感覚、そして作画意図の創造力、さらには表現するための
知識や技術や経験、勿論機材もある、それらのバランスにより、最終的に写真という
ものができあがってくるのだと思う。」