スーパーマニアックな「名レンズ」シリーズの第五回目。
今回の目的地は、京都の東山のあたりである。
豊臣秀吉の妻「ねね」を祭ってあることで有名な「高台寺」および、
静かな散策道として人気のある「哲学の道」あたりを歩いてみた。
手にしたレンズは「CONTAX Carl Zeiss Sonar T* 85/2.8」 である。
(Y/C-EOSアダプターを用いて APS-CサイズEOSデジタル一眼で使用)
これは、1975年から約30年にわたって生産された「京セラCONTAX]用のレンズである。
このゾナー85/2.8について語る前に、いくつかこのレンズの作例をはさみながら、
歴史的背景を振り返ってみよう・・
↑高台寺近く。「作品が沢山できますように」の短冊が・・ 絞りは開放近く。
京セラは、CONTAXとほぼ同時期にヤシカブランドも買収して、国内外向けの安価なボディ、
レンズ、コンパクトカメラなどには、「ヤシカ」のブランドネームをCONTAXと平行して
用いていた。
国内において、1960年代~1970年代には、ヤシカブランドは普及機を中心として売って
いたため、あまり高く評価されていなかったのだが、先般からM42シリーズ等で何度か
紹介しているヤシカの「ヤシノン」レンズの一部は、現代の数十万円の高級レンズに
勝るとも劣らない写りをするのは、すでにご存知の通り。
(ちなみに、実質的な価値観を重んじる海外においては、ヤシカのブランド評価は高かった
故に、京セラも、海外向けに、国内未発売のヤシカブランド製品を多数生産している)
そして、京セラに買収された後でも、ヤシカの技術者あるいはヤシカ製レンズを作っていた
伝説の「富岡光学」は残っていて、CONTAXと同一マウントで、安価でかつ超高性能な
ヤシカML35/2.8などのレンズを生産しつづけていたのである。
つまり、京セラは、高級ブランドに「CONTAX」 普及機ブランドに「YASHICA」を
使い分けていたつもりだったのが、実際に、ブランドネームに踊らされたのは単に
消費者の側だけの話であって、実際には、CONTAXのレンズも YASHICAのレンズも
全体的な視点で見れば大差無い性能のものを作っていたにすぎない。
(ちなみにこれを、Y/C マウント、つまり、ヤシカ/コンタックス マウントのレンズと言う)
↑高台寺入り口。 絞りは開放近く。
そのブランドネームに踊らされるという話である・・
元々CONTAX は、ドイツの超有名光学機器メーカー「カールツアイス」のブランドであって
今から70年~100年前は、世界でもトップクラス、いや完全にトップの性能と品質の
光学機器やレンズを作り続けていたメーカーなのである。
京セラに買収された約30年前以降でも、その「有名ブランド信奉」は、そのさらに40年以上
前の当時のドイツのツアイスの威光を信じる、ツアイス党なる、一種の宗教的な思想が
主にシニア層のアマチュアカメラマンの間で広まっていった。
「ツアイス最高! 日本製レンズは皆ダメだ!」・・と。
今でも「ブランド信奉」の人は非常に多い。 特定のメーカーの物は良いとか、悪いとか、
壊れるとかである・・
・・・まあ、20世紀の1960年代くらいならいざしらず、今時の複雑な電子製品の生産で、
完全に1つのメーカーだけで1から10までモノを作れるわけもない・・
どこのブランドでも、みんな部品の出所は殆ど一緒というのが実体である。
だいたいレンズだって、それを作れるメーカーなんか数えるほどしか無いのだし、
貴方が「このメーカーのレンズは最高!」と宗教のように信奉するLや、Zや、Nなどの
レンズは、みんな国内のいくつかの工場でブランドに係わらずまとめて作っているんですよ・・
単に需要と供給の関係だけ・・・ 同じメーカーでも(コストダウンしたりして)手を抜いた
製品はそれなりの作りでしか無いわけであって、優秀な(あえて高価とは言わない)製品は、
それなりに良いのである。
良いものは良い、悪いものは悪い・・ そんなのは当たり前の話だ・・ ブランドと関係無い。
だから、私はどこのメーカーにもこだわらない。
初級者に、「どこのメーカーのカメラが良いのですか?」と聞かれても
「貴方がどのような写真を撮りたくて、機材にどれくらいお金をかけられるかで決まりますよ」
と、いつも答えることにしている。
↑高台寺渡り廊下。 絞りは開放近く。 マイナス補正。
・・でも、正直言って、CONTAX ブランドの日本製カールツアイスレンズの中には、
名レンズが多かった・・ そりゃあそうだ、京セラが売っているとは言え、これは
一種の「ブランドビジネス」なんだから、あまり手を抜いた製品は立場上は作れない・・
だから、CONTAX ブランドの(ツアイス)レンズは当初(1975年以降)はとても高価でも
あった。 ・・・しかし、ツアイスはあまり値上げをしなかった・・
1990年以降、つまりAFレンズが各メーカーとして普及しはじめ、AF化とともに値上げした
レンズに比べると、MFのままで押し通したY/Cツアイスは、その名目での値上げができず、
相対的に、他社と比較して安くなってきたのであった・・
ただ、結局私も沢山のY/Cマウントのツアイスレンズを購入したが、やはりその中でも
良いものは良い、悪いものは悪いと、言う風に評価は分かれた・・
各メーカーのAF化とともに、ズームレンズが急速に発展し、単焦点レンズの開発が
置き去りになっていたのも、ある意味、長い間にわたってY/Cツアイスの性能的な
優位性を保てた理由になっていたのであろう・・
しかし、たとえば、2000年以降の、コシナ・フォクトレンダーやペンタックスの最新設計の
単焦点レンズなどと比較してしまうと、さすがのY/Cツアイスも古さを隠せない・・・
でも、ツアイス信奉者は、わざわざそんな「マイナーブランド(?)」のレンズを購入して、
自慢のCONTAXボディに付けて使うわけではないから、 いつまでも「ツアイス最高!」
と言い続ける・・
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1990年代後半に、他社に10年遅れてAF化されたNマウントで商業的に失敗した
CONTAXは、2000年以降にもNデジタルの失敗で、デジタル化にも乗り遅れてしまい、
ついに2005年にカメラ事業から事実上撤退してしまった・・・
何故AF化が遅れたかというと、そのツアイス信奉者のニーズが、AF化を不要として
それまでのMFのツアイスレンズ群に拘り続けたからだ、という見方もある。
どこまでが真実かわからないが、私とて、当時はツアイスのAF化は不要と思っていたの
だから同罪かもしれない・・・ そして、結果的に京セラはCONTAXから撤退した・(汗)
今は、カールツアイスのブランドを受け継いだのは、皮肉なことに、1990年代まで、
高い技術力を持ちながらも自社のブランド力がまったく無くて苦戦していた「コシナ」である。
(ソニーも一部ツアイスブランドを使っているが、まあ、これも、今やブランドの意味が
まったく無くなった事の象徴であろう・・)
↑高台寺にて。 絞りは開放近く。
Y/Cツアイスの、名レンズは中望遠域に多い・・ プラナーやゾナーと固有名詞を付けて
呼ばれるレンズ群がそれである。 広角系のツアイスの名レンズは、ビオゴンなどの
対称型設計のものが主体であり、それは、一眼レフでは実質的に設計が不可能なので
レンジファインダー用として、現代に至るまで、さらに新鋭コシナ製ツアイスも加わり
その高性能ぶりを見せ付けているが・・・ Y/Cツアイスの一眼用レンズで、広角用は
やはりレンジ用にくらべどうしても見劣りしてしまう。
Y/Cツアイスの、中望遠の名レンズは、プラナー85/1.4、プラナー100/2.0、
マクロプラナー100/2.8、ゾナー135/2.8、ゾナー180/2.8 などである。
限定生産の、プラナー85/1.2や、プラナー135/2.0も評価は高いが、残念ながら現在は
この2本はプレミアがついて高価になりすぎ、私も入手する機会に恵まれていない事からも、
ここでの評価は控える。
↑高台寺にて。 絞りは中間絞り。
対して、ゾナー85/2.8は、実に地味なレンズである。 これと、ゾナー100/3.5の2本は、
それぞれ名レンズ、プラナー85/1.4と、プラナー100/2.0の影に隠れ、まったく目立たない。
実は、プラナー85/1.4は、使いこなしが難しいレンズとして有名である、
ツアイス信奉者なら必ず入手しなければならないレンズ・・・
しかし、このレンズでまともな作品が撮れる可能性は非常に少ない・・
私も比較的長期にわたって使っていたのだが、比較的歩留まりが良いプラナー100/2.0の
入手と引き換えに手離してしまった・・
マニアの多くは、このレンズを手離してしまい、結果的にこのレンズの現在の中古相場は、
その性能や知名度から比べたら恐ろしく安価な4万円台という価格で取引されている。
(ちなみに、Nプラナー85/1.4は、トップクラスの性能でかつ実に使いやすいレンズである。
また、コシナより、ニコン用ZFプラナー85/1.4が発売されたところで、先般これを入手し
作例を紹介したが、あいかわららずややクセがあって使いにくいが、面白いレンズである。
さらには、もうすぐソニーよりα用のSAL プラナー85/1.4が発売されるので、今後この4本の
プラナー85/1.4の特徴比較が実に楽しみである・・とは言え全部揃えるのはコストがかかり
すぎてアマチュアレベルでは不可能に近いが・・汗)
↑鴨川にて。 絞りは中間絞り。
ゾナーの85mmというと、有名なD・D・ダンカン氏の逸話がある。
米国の著名な商業カメラマンのダンカン氏が、戦前の日本を訪れた際、当時2大メーカー
の1つであったキヤノン(カンノン)カメラを訪問しようとしたが、その日は休日で
キヤノンの工場は閉まっていた(苦笑) なのでニコンを訪れたのであるが、レンジ用の
ニッコール85/2.0を借りて(貰って?)帰る事になるのだが、その写りに驚愕し、
日本製のレンズも捨てたものでは無い、ということで、それ以降ニコンを愛用し続け、
それから海外の報道カメラマンの間でニコンを使うことが常識となったのだとか・・
でも、ニッコール85/2.0は、実は、ドイツ製カールツアイスのゾナー85/2.0の
コピー製品であった・・ 同様に、現在、ブロガーを中心に人気の高いロシア製の
Jupiter-9 85/2.0 のレンズも、ツアイスのゾナー85/2.0の、デッド・コピー製品である。
しかし、本家ツアイスは、京セラ・ツアイスに変わった後、一眼レフ用のレンズとしては
その伝統の85/2.0を販売することは無く、ゾナー85/2.8という製品が作られたのであった。
↑哲学の道にて。 絞りは絞り込んだ状態。
ぶっちゃけ言ってしまうと、ブランド信奉のアマチュアマニアの多くは、意外に、カメラや
レンズの絶対的な評価ができなかったり、どこかの本や雑誌、今時だったらネットなどに
書いてある些細な情報を盲信したりで、自らの絶対的な評価眼や、価値観を持たない
ケースがかなり多い。
絶対的な価値観を持たないから、数値上のスペックや性能をも、盲信してしまう・・
なのでF1.4の開放F値を持つレンズは、開放F2.8のレンズより優れている、と思ってしまう・・
特に、ブランド信奉者が多いCONTAXにおいては、プラナー85/1.4がマニア必携のレンズ
であった故に、このゾナー85/2.8は、下手をすると「廉価版レンズ」と思われ、極めて
所有者数の少ないレンズとなっている。
もちろん、プラナーとゾナーではレンズ構成が違うし、当然、それぞれの特性に向いた
被写体も違うし、撮り方も違うのは当たり前であるが、下手をすると、プラナーはF1.4
だからと言って、開放でばかり撮り比べたり、中距離で平面的構図で背景を大ボケさせた
写真ばかり撮って比較してしまう。
マニアが、真のマニアであるか、単なる機材オタク、スペックオタクであるかどうか
見分けるのは、その作例(もしくは作品)を見たら簡単である。
単に「作例は、被写体をフツーに撮りました」としているマニアは、正直言って
「カメラ」はともかく「写真」のことが、まったくわかっていない。
まあ、そりゃそうだ「写真」が撮れるならば、わざわざ「マニア」になろうとは思わない、
マニアは、沢山の(聞きかじりの)情報を知っていることで、周囲に対して自己表現を
しようとするのであるから、「写真表現」を苦手とする場合が非常に多い。
↑哲学の道にて。 絞りは中間絞り。
そりゃあ、上の写真みたいな、テスト撮影はするよ・・ でも、こういうのは、これを見て
このレンズが良いとも悪いとも言えないし、このレンズが欲しいとも、この場所に行って
写真を撮りたいとも、何とも思えない・・
それよか、酷いマニアになると、まったく写真を撮らない・・
単に、カメラやレンズを集めているだけである、それはコレクターとも言えるのだが、
コレクターは少なくとも、自分のコレクションに対し、これは良いとか悪いとか薀蓄を
語ることはしない・・・
写真を撮らないマニアは「このレンズの性能は、こんな時に、こんな風になる・・」などを
ゴチャゴチャ言うだけなので、ある意味、そうした話を聞くのが辛い場合もある。
・・・だって、そりゃあ、ほとんど聞きかじりの知識だろう?
自分で、その限界状況ともいえる、特殊な状況を作り出して、ちゃんとした「写真」を
撮れるだけの腕前を持っているのか? そもそも、手ブレやピンボケや露出ミスなどの
初歩的な課題を抱えている状態で、知識ばっかりついている状況では無いのか?
いつも言っているように、写真は、知識、機材、技術、経験、そしてソフト面(あえて
感性とかセンスとかは言わない・・言うならば、作画意図や表現や作風や創造性等である)
のバランスによって成り立つ。
ここのところ、いつも「表現派の人は知識や機材や技術が足りない」という話ばかり
しているのであるが、それら(機材や知識)を持っている人も気を抜いたらいけない。
単に知識と機材だけあって、それを扱う技術、経験、ソフト面が、大幅に欠落していたら
何もならないであろう? 写真はバランスで成り立つ・・ 口先だけでは写真は撮れない。
↑哲学の道にて。 絞りは中間絞り。
さて、このゾナー85/2.8は、何度も言うように非常に地味なレンズである。
しかし、それは、誰も注目しない・・ とくにブランド信奉マニアが注目しないレンズ
であるが故にであって、実際には実力派のレンズであると言えよう。
私は、このレンズを銀塩で使っていて、その時の評価では、絞り込んで使うのが有効な
レンズだと思っていたのであるが、今回、その絞りをわりとシビアに設定して、しかも
本来苦手と思われた開放側の値(F2.8,F4.0,F5.6)を主体として撮ってみた。
その結果は、「思ったほど悪くない・・ というか、なかなか良い」
というのが今回の収穫である。
↑平野神社にて。 絞りは中間絞り。
いつも言っていることであるが、銀塩時代とデジタル時代の評価は、同じレンズであっても
大きく異なる。 それは、言ってみれば、銀塩は「撮りっぱなし」であって、デジタルは
レタッチなどによって、そのレンズの長所を残しつつ、短所を補正する事が可能になった
からである。
今回の作例は10枚。名レンズシリーズでは例によってレタッチなどは非常に控えめにして、
ほぼレンズの素性をそのまま出している。
もう、このレンズのどこが良い、とか、どこが悪い、とかも特に書きたく無くなってきた、
何故ならば、レンズの評価は、あくまで自分自身でするものだと思っているからである、
作例は、あくまで作例、参考にするも良し、気にしないのも、それでも良し・・
基本的なレンズの素性をわかっていれば、作品創りにおいても、非常に有利であるのだが、
レンズの仔細な性能を、重箱の隅をつつかんとばかりに、ゴチャゴチャ言っているだけでは
写真なんぞ、撮ることすらできないという事も、また事実であるのだから・・