「匠さん、ニコンのマニュアル機が欲しいんですけど・・」(撮影仲間の男性が聞く)
・・・ん? 何を狙っているの?
「FM3a か FM2です」
・・・うん、いいんじゃない? 買ったら・・
「匠さん、OM-1 っていいカメラですか?」(撮影仲間の女性が聞く)
・・・うん、いいカメラだよ。 一緒に買いに行こうか? (<女性の場合は対応が違うな・・笑)
まあ、年に何回若い人達から同じ相談を受けることか・・
それも決まって同じカメラだ。 まあ、予算が限られているというのもあるが・・
ニコンだったら、FM3a,FM2 のいずれか。ごく稀にFE2。
また最近だとF3が安くなってきたのでそれが欲しいという人もいる。
オリンパスだったら OM-1かOM-2 のいずれか。
OM-3(Ti)は超レアだし、OM-4(Ti)は高価で人気が無い。
キヤノンだと、ごくまれに New F-1という場合がある。 けど、普通は若い人の財力では
New F-1は買うことができない。 で、A-1という人もたまにいるけど、そろそろ耐用
年数が厳しいので、たいがい誰かが止める場合もある。
ペンタックスだと、まれにMX。 そして、LXは高すぎて若い人は手が出ない。
コンタックスは何故か人気が無い。 というかレンズの高さを聞いて敬遠するのであろう。
コシナのベッサフレックスも興味を持つ人は多いが、新品のみなのでなかなか手が出ない。
(新品の安売りの店はあるが、そもそも若い人達はそこまで調べない)
ミノルタやコニカ、フジカ、マミヤ、ヤシカ、このへんのカメラを欲しがる人もまずいない。
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以前も書いたが、じゃあ、マニュアル機を欲しがる若い人が、以下のことをきちんと
理解しているケースは皆無である。
①マニュアル機とはそもそも何がマニュアルなのか?
②マニュアル露出というのは、自動露出に比べてどんなメリットがあるのか?
③そのマニュアル機のマウントは何と呼ばれていて、どんな規格のレンズが使えるのか?
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じゃあ、若い人が何でマニュアル機を欲しがるのかというと、以下の理由があげられる。
X A:マニュアル機を使うと、自由自在な写真表現ができるから。
B:マニュアル機を使うと、自分でカメラを操作しているという実感があるから。
C:マニュアル機は安価に買えるから
D:外観や操作が機械的で、格好いいから(メカやモノとしての魅力があるから)
X E:オマエはマニュアルを使ってしばらく勉強しなさいと言われたから
X F:(若い人向けの)雑誌でマニュアル機が良いと良く書かれているから
ちなみに、これらの理由で前に X印が付いているのは、あまり正当とは思えないもの、
誤解かあるいは誤った指導や単なる(作り出された)流行によるものである。
・・・まあ、それは良い、買う時点で誤解してようが、知識がなかろうが、私自身は
MF機の購入に反対をしたことは無い。 しっかり使えばとても良いものだし、それに
私は著名なMF機の多くを所有しているので、操作や注意点を教えることもできる、
さらにはほぼ全てのMF機の中古相場も把握しているし、中古購入を手伝うのも容易だ。
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・・・ところが、彼(彼女)達が、MF機を購入する際、常に致命的な問題を抱えている・・
それは、97%の人が「そのカメラにつけるレンズの事など何も考えていない・・・」ことだ。
最初からレンズの事を考えているケースは、ほぼ100人あたりに対して2~3人。
そして、「こういうレンズを使いたいんですが、どのカメラがいいですか?」と聞いて来た
人は、皆無・・0%である(汗)
もちろん写真撮影において重要なのは、カメラではなくレンズである。
これはこのブログの読者の多くの方は理解していることであろう。
で、要は繰り返しの説明になるが、まずどんな被写体を主に撮りたいのか、という写真を
撮る主要なジャンルがある。 それで必要なレンズが決まり、さらに必要なカメラが決まる
のである。
初級者ではそんな事は決まっていないと言うなかれ・・
そういう場合は「未定」と答えればそれはそれで対応するレンズがある。
つまり大きな誤解は、(一眼レフ)カメラ本体を買えば写真が撮れると勘違いしている
ことである。(笑うなかれ・・ これは事実である)
・・で、それでもまあ、カメラの購入計画と予算を念入りに打ち合わせしていると、
途中でハタとレンズの事に気が付く。
「匠さん、どんなレンズがいいんですか?」
まあ、検討の結果、たいがいの場合は、いわゆる標準レンズ、50mm/F1.4 あたりに
落ち着く。
で、この手のレンズはMF機とセットで売られていることも多いので、買いやすいし、
どのメーカーのどの50/1.4のレンズを買っても、まず(性能的な)ハズレは無いので
安心して勧められる。
で、彼(彼女)等は、喜んで、マニュアル機と50/1.4を買っていくのである。

・・・そして、彼(彼女)達は、2度とそれ以降レンズを購入する事は無い・・
『ヲイヲイ、一眼レフだぞ、せっかくレンズ交換できるのに意味ないじゃないか!』
・・・まあまあ、きっとレンズの交換のボタンがどこにあるのかも知らないよ。
『写真を撮るのに、標準だけだと表現の幅が狭まるのではないのか?!』
・・・まあまあ、きっと、表現はしたいんだけど、それを実現する技法なんか何も知らないよ。
『MFレンズは中古だったら安いんだから、買ったらいいのに・・』
・・・それ以前に、何マウントかも知らないし、中古屋なんか入ったこともないよ。
『う~む、まあ標準一本あれば、広角的にも望遠的にも使えるから、それでもいいかもな・・』
・・・でも、広角も望遠も見たことないんだから、その意味はわからないよ。
『ボケ表現が自由だから、絞りの練習になっていいのでは?』
・・・50/1.4なんかいきなり持たせたら、開放にして背景ボカした写真しか撮らなくなるよ。
『匠がちゃんと教えないから悪いんだ!』
・・・教えているよ。 特に若い女性には念入りにね(笑)
でも、欲しがらないからしょうがないじゃないか。 そろそろ広角買ったら? と言ったら
たいがい答えはこうだ「まだ、この(標準)レンズ、ちゃんと使いこなせてないから・・」
それより、レンズ以前の問題だよ。 M露出モードしか無いメカニカル機を買った人は
いちおう「露出を合わせるには、針(またはLED)を中央のゼロに合わせて撮る」という
ことはすぐ理解できるよ。 でも、それがゼロ(適正)になる絞りとシャッター速度の
組み合わせはいくつもある。 じゃあ、彼(彼女)達が、絞りやシャッターによる作画表現を
正確に使いこなせているかというと、答えはNOである。
ここは原理をいくら説明しても、絞りがどんな場合にどれだけの効果があるかという
被写界深度の見積もりと、シャッター速度がどの場合に、どれだけの動感効果を出せるか
という見積もりの両者を経験的に理解していなけれればならず、それが身に付いている
初級・中級者は皆無であるから、結局マニュアルで「テキトー」に絞りとシャッターを
合わせているにすぎないのである。
『だったら、AF機で「P」(プログラム露出)で撮っているのと同じじゃないか?』
・・・そう、その通り。 で、Pモードよりタチが悪いのは、常に露出計をゼロ(真ん中)に
あわせないといけないという脅迫観念を持っているから、露出補正ができない。
おまけに、レンズやカメラの絞りやシャッター速度の限界値を知らないから、たとえば
シャッター速度が最高速度をオーバーして露出が合わないとパニックになったり、
誤って超低速シャッターで露出を合わせて、スーパー手ブレ写真を撮ったりする。
さらには、Sunny16とか感度分の16とか言われる、40年前の適正露出技法を守ったりして
いる人がいてややこしい。 それはとりあえず露出計が不正確あるいは無くても
(ネガなら)いちおう適正な露出で写真が撮れる、という昔の技法にすぎないのであって、
その技法では任意のシャッター速度に合う適正な絞り値はいくつか?とか、被写界深度を
設定するのにはシャッター速度をどうするか? といった作画表現に必要な最低限の露出値
設定を決めることすらできない。 だからそんな技法にこだわると、いつも静止被写体を
中間絞りで凡庸にしか写すことしか出来なくなってしまうのである。
(その技法はもう忘れた方が良いので、あえてどんなものだかはここには書かない)
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『そんなこんなは、匠がちゃんと教えれば済むことだろう?』
・・・ちゃんと教えているよ。普通はカメラ買ったら2~3時間はちゃんと講義しているよ、
オネイサンだったら、バーとかまで連れていってちゃんと教えているのはバーシリーズで
おなじみだよね?(笑)
・・・でも、最初に何もわからない状態では、教えてもあまり効果は無いんだ。
で、外に出て写真を撮り始めたら、特に女性の場合には、カメラを操作する事よりも、
写真を撮ることが第一優先の目的に変化するから、技術のことなんか、いくら説明しても
頭には入らない。 それより目の前にある綺麗な被写体に、「キャー」といいながら
近寄っていって、滅茶苦茶にシャッターを切るだけだ。
『う~ん、カメラより写真か・・ まあ男性は普通そうでは無いが、それはわかる気がする』
・・・男性だってそうだよ。 だって、彼等はメカとしてのカメラに興味があって写真を
はじめた人種ではないんだ。 だから、写真を撮りたい欲求が大きい。もっと言えば表現の
欲求を持っている人達なんだ。 その点では女性と同じだよ、さすがに「キャー」とは言わない
けど(笑)無言で被写体に向かって突進して写真をパシパシ撮っている。
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『なるほど、よくわかった・・ じゃあ聞くが、何故彼等はそこまで表現の欲求があるのに
標準以外のレンズを買って、もっと表現力を増そうとは思わないんだ?』
・・・すばらしく良い質問だね。 鋭いよ! ・・・じゃあ答えを言おう。
・・・なぜならば、彼(彼女)等は表現したい事が上手くできない場合、それはカメラや
レンズのせいではなく、自分がまだ「写真」というものをうまく撮れないからだと思い込む。
「撮れない」というのは、それが表現するための技法であったとしても、たとえば構図が
悪いとか、アングルが悪いとか、被写体を探す目が無いとか、写真を撮る気持ちが充実して
いないとか・・ 仮に技術的な面に踏み込んだとしても露出補正が良くわからないとか、
もっと漠然と、カメラやこの(大好きな)50mmレンズ(の絞りや特性)をうまく使い
こなせてないからなんだ・・ と思い込むんだ。
『う~ん、なるほど・・ 道具のせいではなく自分の責任(未熟)だと思うのか・・・』
・・・うん、このへんは、一部の男性にある極端に機材に偏重したマニアとは正反対の
考え方だ。
つまり、機材マニアは、自分のせいではなくすぐに道具のせいにする。
だから次々に機材を売って、新しい機材を買い続ける。
この機材はここが気に入らないといつも言い、その機材の長所を活かし弱点をわかって
使いこなそうとする気持ちはまったく持たない場合が多々ある。
そして、最高級の機材を購入できるような恵まれた環境の人達(その多くはシニア)の
場合は、写真がうまく撮れないと、機材のせいにはできないから、もちろん自分のせいにも
できないから、「被写体が悪い」、「撮影条件が悪い」と他に責任を転嫁する。
酷い場合は、「ワシが三脚を立てている前を誰かが横切ったから集中力が途切れた」
「ワシを教えている師匠が、露出補正をプラスにしろと言ったから上手く撮れなかった」等と
もういいがかり的までに、人の責任にしようとする場合がある。
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『それが真実か・・ だんだんイヤになってきて、情けない気持ちになってきたよ・・』
・・・まあ、それはいい、だんだん時代が変化していけば、また一部の問題は解決される。
けど、また別の問題が出てくると思うよ。 現に最新のデジタル機材を使っている人達は
今までみたいにプリントに失敗したら「写真屋が悪い」と言う言い訳はできなくなって
いるから、これも考えを変えざるを得ない。 それと、カメラやレンズのクオリティが
上がって誰しもが「キレイ」な写真を撮れるようになった現代では個性やその表現を
どうやって出していくのだ、ということに、焦点が完全に動いてきていることは、
もはや間違いの無い事実だろう。 それはこのブログをいつも読んでいる人ならわかる
事だと思う。 ただ、そうした考え方の変化についていけず自分自身の今までの経験則や
価値観を変化させる事への葛藤がある場合も未だにある場合もあろうが・・
また「写真は楽しんでできればいいんだ、難しい事を考える必要が無い。」という意見とか
も、その裏では様々な時代の変化や新しい事を覚えたりする事への拒否反応が
その原因となっていることも多い。
・・・ちなみに、何故拒否反応を起こすかと言うと、今までの世界での価値観であれば自身が
持つ経験や知識が周囲あるいはコミュニティの中での優位性を持っていたのが、新しい世界
では、またイチから周りと競争をしなければならないと思い込むからである。
別にそれは本当は競争では無いのであるが、本人はそう思っていない。もし覚えが悪ければ
あるいは上手くできなければ周囲から、馬鹿にされるのでは無いだろうか?と恐れてしまう。
だから彼等はこう言う「デジタルなんか全然ダメだよ。 写真は銀塩が一番だよ」と・・
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・・・さて、今回の主題から大幅に脱線した(汗)
今日の話は「何故50mm(標準)レンズしか使わないのか?」という点である。
ぶっちゃけ言ってしまおう。 今時、わざわざマニュアル機を買ってなんらかの写真表現を
したいと考えるならば、ましてや、そこにある、あるいはすでに持っているAF機やデジタル
一眼を使うのを止めてまで、ある意味不便なMF機に走る人の一部には、必ずしもポジティブ
なモチベーションで写真の道を極めようという考えを持って無い場合が多々あると思う。
マニュアル機でできる事は限られている。速写もできない、連写もできない、夜間撮影も
苦しい、マクロを持たなければ接写もできない、超望遠撮影も超広角撮影もできない。
でも、できない事をデメリットとは感じてはいない。 むしろ、何を撮ったらいいのか
わからず途方に暮れていた時からは、なんらかの進化があるように思えてしまう(勘違い)
そして、何でもできるカメラを持つことは、なんとなく現代社会のなにかせせこましい
レースの中に身を置き続けているような気持ちになることに対する、アンチテーゼの要素
もある(スローライフ、スローカメラという考え方)
つまり可能性をあえて絞り込むことで、不必要な迷いを減らそうとしているのだろう。
『そればかりではないだろう? MF機にはモノとしての魅力がある』
・・・あはは、それはそうだ。 でもなあ、1台や2台のカメラを触ったくらいで、
そんな事がわかるか? 何十台、何百台とカメラに触れて、やっとそれはわかる事なのでは
なかろうか? 現にMF機を買った人達は、それが何であれ、大満足しているケースがほぼ
100%だ。 FM2やOM-1の欠点なんか、書こうと思えば何十枚でもレポートできるぞ、
でも、そんな事は絶対に考えない。 何故ならばそれを理解する経験も持っていないからだ。
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『ううむ・・ まあそうだとしよう。 じゃあ何故、標準しか使わないのか?』
・・・だから、今まで述べた事の集大成だよ。
せっかくなんだかんだ理由をつけて、「自分のできることはここの範囲まで」と
あえて制限をつけた事で、一種の安堵感を得ているんだよ。
だから、そこに広角やら望遠やらで、できる事を増やしてしまったら、せっかく制限したのに
また余計に考えなければならないこと、やらなければならない事が増えてしまう。
だから絶対に広角も望遠も買わないんだ。 標準しか持ってなければ、いつまででも
「この1台のカメラとレンズを使いこなせば写真は上手く撮れる」と安心感を得ることが
できる・・ たとえそれがネガティブな原因や誤解に基づくものであったとしてもだ。
『それでも、行き詰る事はあるだろう?』
・・・うん、ある。 じゃあ、そんな場合はどうするのか?
簡単だ、また、彼(彼女)等は別のMF機と50mmレンズのついたカメラを買い足すんだよ。
『同じことではないのか?』
・・・う~む。 機材の面からは同じだよ、でも、たとえば、不純な言い方かもしれないけど、
今までの腐れ縁の彼氏や彼女と別れて、新しい彼氏や彼女を作るような感覚に近いのかも
しれない。 少なくとも精神面ではリフレッシュできるし。 実際に異性とのおつきあいで
それをするのは色々大変だけど、新しいカメラを新しい恋人として、古い恋人(カメラ)は
とりあえずどこかにしまっておく場合は、別に倫理・道徳に外れるわけではないし、捨てて
しまうわけではないから、心も痛まないんだ。
さらには、一時的にトイカメラに走ることも多いな・・
それも行き詰まりの打開策という理由でやることが多い。
『標準レンズではなくて、AF機やデジタル一眼で、おまけズームしか使わないのも同じか?』
・・・微妙に前提条件が異なるが、共通点は多いと思う。
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『う~ん、今日の話の筋は通っているが、どうも信じられない、これは事実なのか?』
・・・事実だよ。 しかも、該当するほとんどの人はそれを認識していない事実だ。
不審に思うなら、一度近くにそんな人がいたら、この記事の内容はナイショにして
理由をとことん聞き出してみれば良い、本人もおそらくわかっていないと思うが
会話の中に、きっとこの記事で思い当たる節がゴロゴロ出てくると思う。
『わかった、じゃあ、最後に聞く、このことは良くない事なのか?』
・・・いや、さして悪いことじゃないよ。 現代における単なる価値観や考え方の一種だ。
だから否定する事は何も無い。
『じゃあ何故書くんだ?』
・・・話がかみ合わない可能性があるから事実を述べたんだよ。
「広角を買いなさい!」「いや、買わない!」・・普通に考えたら理由がさっぱりわからない
だろう? だからあえて、内面を書いてみた。
・・・もうひとつは、気が付いてもらいたいからだ。 勿論機材偏重は良くないのだが、
だからと言って、何年も同じカメラ写真を撮っていて、いつまでも「使いこなせていない」
というのはあまりにも「甘い」言い訳ではないのか?
「私は初心者ですから・・」と何年も言い続ける人も多いが、だから何かが許されると
思っているのだろうか? いや、あまりそれをアピールされると、むしろ逆に
「この人は何年の間も、何も努力をしてこなかったのだろうか?」と思ってしまう。
『う~ん、わかったけど、今日の記事は書かなかったほうが良かったのではないのか?』
・・・そうかもしれないな・・(汗)
・・・でもこの記事は私の他は誰にも書けない、だから書かなくてはならないように思った。
隠された内面に気が付いてショックを受ける人もいるかもしれないが、それは長い目で
見れば決してマイナスにはなるまいと信念を持っている・・・