京都や奈良などの古都には多くの寺社がある。
関西圏に住む人で写真好きの方ならば、よくそうした寺社に行って撮ることであろう。
でも、寺社の写真は難しい・・
作画意図を入れようとしても、どうしたら良いのかわからないし、あったとしても、何を?
「荘厳?」、「侘びさび?」 仮にそうであっても、だからどうした? 何が言いたい?
・・・となってしまいそうである(汗)
そんなわけで、以前は、やはり寺社を多く撮りに行ったが、最近はめったに行かなくなった、
寺社自身は全然嫌いではないが、写真的な面では、個性や自己表現がたいへん難しい
からである。
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ある休日、京阪電車三条駅のバスターミナルから59番のバスに乗って
「竜安寺」に向かう。 実は京都でのデート前の空き時間なのである。
59番のバスは、40分もかけて目的地に向かう、これで220円は安い。
・・というか、今日はバスの1日乗車券を買ってある。
嵐山とか少し外れたところに行かないかぎりは、500円で何度でも乗り放題。
3回乗れば完全に元がとれる計算である。
京都観光ではかなり使いでがある乗車券であろう。
昨日は京都はだいぶ雪が降ったようだ。 今日は好天だが雪は積もっている。
雪景色が似合う京都の寺といえば、まずは金閣寺、そして清水寺、そのあたり
があげらるだろうか?
59番のバスは金閣寺を経由する。 始発に近いところから乗っているので上手く座たが、
後になるほどバスは非常に混み始めた。
金閣寺でドサっと乗客が降りる。
・・・ううむ、やはり金閣寺に行くべきだったか?(汗)
いやいや、雪の金閣なんてあまりにまともすぎる、
写真集や観光案内でいくらでも見たことがあるし、私はそのように撮るのが目的では
無いから、別に行ってもしかたがない・・・
バスが一瞬にして空になったと思いきや、それにも増して満員になるくらい乗客が
乗ってきた。 なんじゃこりゃ?と思うと、おそらく竜安寺と仁和寺に向かう乗客であろう。
・・・あちゃ~ 竜安寺は狙い目だと思ったけど、失敗だったか・・・(汗)
・・・以前のクリスマスの話ではないが、皆が同じように行きたがる所に同じ
ように行くのは面白く無い、人間も写真も個性的でないとつまらない・・
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すぐに竜安寺に着いた、有名な石庭はあいにく工事中でほとんど見る陰もなく、
料金所で「今こんな様子ですが、入られますか?」と説明がなされる。
1割くらいのお客さんは、「これじゃなぁ~」と、その場で帰っていく。
私は、石庭の写真なんかもあまり撮る気は無いし、平然と入場料を払って入っていく。
石庭の縁側に座って、ぼ~っと、いや、もとい、瞑想したかったのである(笑)
さて、写真であるが、予想通り、ほんとうに難しい。
お寺は好きだが、あいにく私は無宗教である・・・
気持ちを入り込ませることも難しいし、入り込んだとしてもいったい何を表現したいのか?
「無」か・・・? いや、自分がそんな心境に達するのは千年早い(汗)
いったいお寺で写真を撮っている人は何を思い、何故撮っているのであろう?
よくわからない、まさしく仏教的・宗教的な世界観か?
・・・まあいいや~、結局良くわからないから、何も考えずに撮ろう・・・
そんなわけで、写真も進まず、1時間程度の撮影で50枚も行っていない。
「え? 50枚で少ないの?」と言うなかれ、普段ならその2~3倍は行く。
今日は、その中から、5枚をピックアップして掲載してみよう。

↑①凍える西日

↑②静寂のゆらぎ

↑③冬の実り

↑④歴史の重み

↑⑤刻む時
・・・結局、なんだかよくわからなかったけど、「止まっている時間」を表現したくて
作例を選んだ。
古都の寺には、悠久の時の流れと、それ間に変わらないもの(寺や自然)と、その間に
うつりゆくもの(人間)の対比があると思った。
・・・難しいことはわからないし、わかったつもりになる事もしたくない、
もとよりそんな世界とは無縁の生活をしている。
・・・けど、ちょっとだけでも、そんな日常から離れて、古寺に来るとき、そんな
人間の儚(はかな)さや夢を知る瞬間があってもいいのではないかと思う。
私は、古寺を後にして、携帯を取り出し、待ち合わせの女性の元へと歩き始めた・・・
【追記】本日でブログ開設1周年になりました。
このクセのあるマニアックなブログに来訪してくださる皆様、どうもありがとうございます。
引き続き、もっと個性的なブログを目指しますので(笑)、どうぞよろしくお願いします。