不真面目シリーズ(笑) その3である。
(もちろん、写真に、不真面目と真面目という定義はまったく無いので念のため・汗)
1回目では、不真面目なシチュエーションの「どっきり」写真をあげた。
2回目では、こんどは、不真面目の写真として加工した写真について述べた。
で、今回は、「もし写真ではなく完全に100%CGにしてみたら、どんなシチュエーションでも
何でも自由に作れるのではないか?」 という話である。
2回目で「自由度が高いことは不自由(難しい)」という話をしたが、何でもできてしまうCG
では、もうまさしく1から想像で絵を描くことと同じことになってしまうので、写真とは
まったく違ったアートの世界である。 けど、CGは絵心が無くても、自分がイメージするもの
がはっきりわかっていて、それを数値化するデジタルの思考があれば、それを画像という
出力に実体化できる。
まずは、作例を3点。

↑①雄大!グランドキャニオンの上を飛ぶ観光用ヘリからの空撮

↑②発見!巨大恐竜「テラザウルス」の化石化された背ビレ

↑③神秘!「静の海」~月面軟着陸宇宙船からの電送写真
これらの作例をCGで作る際には、パソコン内に仮想の空間を作り上げる。次にその空間に
まさに自分が入っていくようなイメージを持って、空間内で仮想カメラを持ち、そのカメラの
アングルや画角(ズーム)や露出補正を設定して撮影をし、その結果が計算され画像になる。
ただしこのソフトでは絞りは設定できないので、すべてパンフォーカス(全体にピントが合う)
ことになる。
これらのどこが不真面目なCGなのかといえば、一見写真として出来上がっているようだけど、
実際には、そんな状況はありえない。 もしくは、ありえそうだけど、実現は恐ろしく難しい、
というシチュエーションを演出して作り上げているからである。
砂丘の撮影の記事では「異星の探検」をイメージして実際の地形をカメラで撮ったのであるが、
CGでは想像の世界の中で仮想のカメラで撮影することになる。
しかし、良く考えてみると、その両者に大きな意識の差は無いのでは?とも思う。
このCGの不真面目な部分とは、「もしかして本物?」と思わせる部分であって、
逆にそれ以外は全部真面目なのである、イメージを膨らませて、明確な作画意図を持って
最終的な画像を出力する。 それは、道具が現実の世界でのカメラなのであるか、仮想の
世界でのカメラなのか、その違いだけだと思う。どちらも真面目に写真を撮る行為である。
現実の写真の世界でも、ストーリーと創造性を持って写真を撮ることが結局は、写真を撮る
人の自己表現になるのだと思う。
真面目な写真だとしても、「被写体をただ単に綺麗に撮る」という事は、写真の創造性の
楽しみの多くが、捨てられてしまっているの状態なのでは無いだろうか?