今回は補足編としてジャンクレンズ編の「その5」とし、
未紹介(ジャンク)レンズを5本、および過去記事で
紹介済みで重複するレンズを1本取り上げる。
まず例によって、「ジャンクレンズ」の定義だが。
故障、キズ、カビ、動作不良、付属品欠品等の理由で、
商品としての価値が殆ど無い物であるが、近年では
何ら瑕疵(欠陥)が無くても、単に「古い時代の製品」
という理由で、ジャンク扱いになっている場合も多い。
ジャンクレンズは、中古カメラ店やリサイクル店等で、
概ね300円~2000円程度で、安価に売られている
レンズの事を指すが、今回は、少し高価な3000円~
5000円クラスのレンズも含めている。
なお、それでも全般的に安価な為、本記事では
「オフサイドルール」(=高価なカメラに低性能な
レンズを装着し、カメラ側の高性能が十分に発揮
できない状態を戒める個人的ルール)は緩和する。
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ではまず、今回最初の(準)ジャンクレンズ

レンズは、MINOLTA MC TELE ROKKOR-QE 100mm/f3.5
(中古購入価格 3,000円)(以下、MC100/3.5)
カメラは、SONY NEX-7(APS-C機)
1966年頃(?)に発売と思われる、MF単焦点中望遠
レンズ。QE型番なので、これは4群5枚構成を示す。
(Q=Quattro=4(群)、E=5番目のアルファベット)
この時代のMINOLTAは、銀塩MF機械式(ただし
露出計は内蔵しているが、AE機能は無し)の
一眼レフ、「SRシリーズ」を主力としていた。
その代表機としては、例えば以下がある、
1962年:SR-7 (初の露出計内蔵機)
1966年:SR-T101 (2分割CLC測光露出計内蔵機)
上記2台は未所有であるが、SR-T101を改良した
SR-T SUPER(1973)は、銀塩時代に所有していた。
「CLC測光が良く合った」という記憶があるが、これは
上下2分割で逆光パターンを緩和する機能である為、
カメラを縦位置に構えると無効化する弱点があった。
(譲渡により、現在未所有)
この時代のMINOLTA交換レンズは、SR型(注:これは
正式名称ではなく、実質的には「無印」だ)から
MC(メーター連動、という意味)型に変化していく
途中(1966年頃~)であった。

MC型レンズでは、開放測光/TTL露出や、加えて
絞り優先AEにも対応しているが、SRシリーズカメラ
には絞り優先機は無く、それが実現されるのは後年の
MINOLTA X-1(1973年、銀塩一眼第4回記事参照)
および、続くXシリーズ(XE、XD・・等)である。
(1970年代後半~1980年代前半、銀塩一眼
第6回、第10回記事、およびカメラの変遷第6回記事)
この時代の世情だが、1964年の東京オリンピックと
それに関わるインフラ整備(新幹線や高速道路等)
があって、この東京オリンピックのTV視聴の為に
白黒TVの世帯普及率が90%以上に達していた。
(注:カラーTVは、一応存在したが、非常に高価で
まだ殆ど売れていなかったし、カラー放送自体も、
あまり無かった時代だ)
1960年代後半は、高度成長期のまっただ中であり、
戦後の「団塊の世代」は、およそ20歳前後の学生
で、「(学生)フォークソング」の一大ブームを
巻き起こしている。
1969年には、アポロ11号が月面に着陸、人類が
初めて月面を歩く、この世界的規模のイベントを
視聴する為、カラーTVの一般世帯への普及率が、
一気に立ち上がる。(この年で約14%、その後の
5年間で約90%にも達する)
しかし、写真においては、一応カラーフィルムは
この時代から存在はしていたが、非常に高価であり
(現代の貨幣価値で、1本約7000~9000円位
ただし、フィルム代と現像代を含む金額だ)
その比率はフィルム利用者全体の中の10%以下
程度であったと聞く。
(参考:上記は、あくまで安価なカラーネガの場合。
もし今2022年で、ポジ(リバーサル)フィルムを
使った場合、フィルム価格が2000円~4500円
程度、現像代が1500円~2000円程度、合計で
最低3500円~6500円程度と、現代でも高価である)
その後、1970年前後でカラーフィルム使用比率は
約40%に達する。しかし、まだ、この時代でのカラー
ネガフィルムは現代の価値で1本2500円(+現像代)
にも及ぶ贅沢品であった為、この頃に家庭等で
カラー写真を撮るのは、冠婚葬祭やハレの日等の
「非日常の記録」であった。(まあ、だから「写真
は重要な非日常を記録する為のもの」という感覚が
一般層に根付いてしまった。現代は、まだそこから
50年しか経っていないので、当時の人達はシニア層
としてご存命な方も多い。よって、現代のシニア層
等の撮る写真は「非日常を記録する為のもの」と
いう感覚から、良くも悪くも抜け出せていない)
もし、1970年の大阪万博を一般来場者層が撮った
写真を見かけたならば、白黒かカラーかをチェック
してみると面白いと思う。カラーであったら、それは
裕福な撮影者か、又は、その「世紀のイベント」を
見学するために、相当に「フィルム代を奮発した」
状態であっただろう。
(参考:現代においてカラーネガフィルムを
使った場合、フィルム価格が1000円~2500円
程度。現像代が最低800円から、プリント代等を
含むと2000円~3000円程度、合計で最低3000円
~5500円程度と、これまた高価である。
なお、モノクロ撮影は、もっと高価になる)
ちなみに1970年代後半では、カラー写真の比率は
80%を超え、同時にカメラの世帯普及率も、この
時代に80%を超えている。
つまり、1970年代後半で、やっと写真(カメラ)
は、一般層での身近なものとなったという歴史だ。
(銀塩一眼レフ第5~10回記事、および
銀塩コンパクト第1回記事参照)
さて、歴史の話が長くなった。
まあつまり、本MC100/3.5の時代では、まだ一眼
レフのカメラ等は「贅沢品」である。
当時の庶民の間で流行していたのは、OLYMPUS-PEN
等のハーフサイズカメラであり、これであればカメラ
も比較的安価(現代の価値で6万円程度)であるし、
高価なフィルム代も、ハーフサイズ機であれば
節約して使う事が出来た。

さて、ここまで当時の世情(市場)を理解した上で、
本レンズだが、まず、その当時では100mmレンズ
という機材への一般ニーズがまだ存在していないと
思われる。すなわち高価な贅沢品である一眼レフを
買った上で、さらに交換レンズは、まず買えない。
カメラに最初に付属してきた、MC50/1.7または
MC50/1.4を使うだけで、せいいっぱいであろう。
(特殊レンズ第43回「MINOLTA ROKKOR 標準レンズ」
編記事を参照の事)
その他の焦点距離の単焦点レンズも、一応広角から
望遠まで、きっちりとラインナップはされているが
(注:この時代のMINOLTAでは、ズームレンズは
まだ数機種のみしか発売されていない)
それらの各単焦点は「一応存在する」という程度で
よほど、それらが業務上での撮影で必要になるとか
金満家層が見栄の為に買うとか、そんな状態しか
あり得ない。
(注:「見栄でカメラを買う」というのは、当時
1960年代での、普遍的な消費者ニーズだ。
現代では、カメラは身近になりすぎて、こういう感覚
そのものが理解しずらいであろう。しかし、現代に
おいてもシニアの写真同好会等では、「高価な撮影
機材の自慢会」のような風潮があり、好ましくない。
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なお、この時代か、やや後には、「3C」という言葉
が流行している。これは、前述の「カラーTV」と
自家用車(Car)、クーラー(Cooler/エアコン)の
「3つのCを揃える事」が、当時の消費者層の夢で
あった次第だ。(注:宣伝的要素も含まれている)
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1970年代では、団塊の世代層が家庭を持つ時代に
なり、「3C」の普及が加速する。その背景には
団塊の世代の特徴として、「横並び意識」が強い
事がある。隣家や近所が「3C」を買うと、業者も
又、納品の際に、あえて目立つようにし、「よし、
ウチも買うぞ」という意識を高める風潮もあった。
それと、3Cに「Camera」を加えた「4C」も
有りえると解釈するのも良いかもしれない。
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この価値観が、50年経った現代においても残り
70歳台の団塊の世代層が中心の写真同好会等で
「彼がロクヨン(=600mm/F4の望遠レンズの事、
定価百数十万円と異常に高価である)を買ったぞ!
よし、ワシ(俺)も、それを買ってやろう」等と
横並びの対抗意識を、むき出しにしてしまい、
結果的に、そうした同好会は”高額機材の品評会”
のような、酷い有様になってしまう訳だ)
さて、上記の理由で、MC時代の各焦点距離の単焦点
レンズは、殆ど誰も買ってはおらず、その後の
時代でも、あまり中古品も流通していない訳だ。
で、この時代のMC100mmには、F2版が存在して
いた模様だが、一度も見た事が無いレンズだ。
恐らく高価であったから、誰も買えなかったの
だろうと思われる。(推測だが、50mm/F1.4レンズ
の2倍スケールアップ(拡大)設計であろう。
他社にも類例がある。そして、こういう設計手法
ならば、写りもあまり悪くはならない道理だ。
(なお、後年のα用AF100mm/F2とは、レンズ構成
が異なり、同等のレンズでは無いと思う)
その100mm/F2の廉価版として、本MC100/3.5
および後年のMC100/2.5(1976年、特殊レンズ
第69回記事等)が存在する。
ただ、正直言って、MC100/2.5は優れた描写力を
持つレンズでは無く、さらに、それよりも古い
本MC100/3.5も、ぶっちゃけ言えば低性能だ。
ボケ質破綻が頻繁に発生し、軽い「シャボン玉ボケ」
傾向もある。(注:「シャボン玉ボケ」または
「バブルボケ」とは、背景点光源の円形ボケ等の
際に、円形のフチに高輝度の輪郭線が出る描写の事。
(上の写真) 3群3枚(トリプレット)構成等の
オールドレンズにおいて、球面収差等を起因として
稀に見られるボケ質だ)
また、逆光耐性が低い。
マルチ(多層)コート化以前の製品だから、ある程度、
逆光に課題があるのは承知だが、本MC100/3.5
では、さらに内面反射による「虹のゴースト」が出る。
(注:レンズ構成にも関連するであろう。本レンズの
4群5枚は貼り合せ面が少ない。恐らくはビオメター
(クセノター)型であろうか?その詳細は不明だが、
内面反射の発生は防げないようにも思われる)
「虹のゴースト」、つまり強い光線(直射日光等)
をレンズに直接、ある角度で入射させた場合に、
ゴーストが「円弧状」に発生する現象は、1960年代
以前のオールドレンズで稀に発生する。
面白い現象なので、嫌いでは無い特性なのだが、
MINOLTAレンズの場合、MC以前の無印のROKKORだと、
多少、これを発生させやすいレンズもあるのだが、
本MC100/3.5では、あまり出ない(下写真)

これを意図的に発生させたり、消したりする事が、
技能(テクニカル)的に可能であり、それがまあ
楽しい訳なのだが、本レンズの場合では、その
発生のコントロールは相当に難しく、よほど上手く
条件を整えないとならないし、その虹のゴーストが
「作画的に意味がある状態」に整える事も困難だ。
(=自在に、綺麗に出せるならば、情景において、
「虹」をアクセントとして加える作画が出来る)
まあでも、それ以前の時代のレンズよりもゴーストが
出難いというのは、これでも性能的には、改善されて
いるのであろう。
ちなみに、現代のレンズでは、そうした変則的な
形状を持つゴーストが出る製品は、まず無いと思う。
他には、目だった長所や特徴は無い・・
まあ、実用化以前の古い時代のレンズだ。細かい
弱点等については、それを挙げても無意味であろう。
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では、2本目のレンズ

レンズは、OLYMPUS ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm/f3.5-5.6
(中古購入価格 5,000円相当)(以下、ED14-42)
カメラは、OLYMPUS E-520 (4/3機)
2006年頃に発売されたと思われる、フォーサーズ機
(4/3機)専用の小型軽量AF標準ズーム。
単品発売もあった筈だが、多くはOLYMPUS E三桁
シリーズ機(E-410、E-520・・等)での「ダブル
ズームレンズキット」として販売されたと思われる。
E-410(2007年、デジタル一眼第8回記事)は、
恐らく当時では世界最小・最軽量のデジタル一眼
レフであり、その前機種E-400も発売当時最軽量だ。
それらの機体のキットレンズとしては、勿論、
小型軽量なものが要望された。
従前の、ZUIKO DIGITAL 14-45mm/f3.5-5.6
(2004年、E-300のキットレンズ、「4/3レンズ
マニアックス」記事等参照)は、写りは悪くは
無いのだが、若干大型の標準ズームであったので、
(ユーザー層の評判も、そんな感じであった)
これをそのまま小型軽量機のキットとする事は
製品戦略上、まずかったのだと思われる。
そんな事情から、小型化された本ED14-42は、
実に軽量(約190g)であり、発売当時での標準
ズームの、サイズ・重量の小型軽量記録を更新
していたと思われる。
また、最短撮影距離は25cmであり、かなり寄れる
(約1/5倍、フルサイズ換算約0.38倍)事は、
長所だと言えるであろう。

ただまあ、写りは平凡だ。ED(特殊低分散)
レンズや、2枚の非球面レンズ使用の、贅沢な
設計思想は、その全てが「小型軽量化の為」に
注がれていて、画質の向上は2の次(第二優先
事項)だった、と想像できる。
高度な技術を採用している割に安価であるのは
(単品発売時定価は31,000円+税)
E-400以降の数年間の、ほぼ全ての4/3機での
キットレンズとして使われた為、膨大な生産数
があった訳だから、開発経費等は軽く償却でき、
大量生産でのコストダウンも、十分に図られた
事であろう。(注:一般に高価になりがちな非球面
レンズは、球面レンズに、レジン素材を貼り付けた
「複合非球面」製法で低価格化していたと想像できる。
ただし、この製法は大量生産しないと効率的では無い)
4/3システムは、2010年頃に終焉してしまって
いる。そこから10年近くが過ぎての2010年代末、
4/3システムの中古相場は、もはや二束三文の
状態であった。
その頃に、今回使用機のE-520と、ダブルズーム
キット(本レンズを含む)を、中古購入したので
あるが、このフルシステムでの中古価格は、何と
約15,000円と安価だ。カメラとレンズ2本を、
各々5000円相当、と所有機材リストに記帳した。
4/3レンズは、今回のようにオリジナルの
4/3機に装着する他、OLYMPUS純正等の電子
アダプター(例:MMF-1~3)を介して、任意の
μ4/3(マイクロフォーサーズ)機でも、使用
する事ができる。
μ4/3機で使う際においては、
・電源を入れないとMFが回らない、とか、
・電源OFF時にヘリコイドが引っ込まない、とか、
・像面位相差AF搭載機でないとAFが低性能、とか、
色々細かい課題があるのだが、そういう弱点は
全て「価格が非常に安価な事」というメリットで
相殺できる事であろう。
また、これは、殆ど背景をボカす事ができない
(=被写界深度が深い)システム仕様であるから、
これを弱点と見なさず、長所とするならば、
イベント等でのスナップ撮影で、ピントを外さない、
又は、集合・複数人物写真で一部が被写界深度外
(ピンボケ)にならない、という多大なメリット
になり得る。(注:少し絞り、中距離以上の撮影)
つまり「撮影に失敗しないシステム」となる。
(事実、この用途/用法で、従前のZD14-45は、
10年間以上もの実用実績を持っている)
また、システムが安価なので、過酷な撮影環境に
おいて使い潰してしまっても問題は無い。
(今回も雨天の撮影で使用している)
要は、機材は、利用者の使い方次第である。
ビギナー層等が、「フォーサーズや、マイクロ
フォーサーズは、背景がボケないからダメだ!」
等と言っているのは、様々な機材の長所と短所を
よく把握できずに使ってるからであり、そういう
風に、応用ができないから、結局ビギナーレベルに
留まってしまっている訳だ。

どんなカメラやレンズにも、必ず有益な使い道が
存在する。
それがわからなければ、わかるまで、考えたり
色々と試してみたりするしか無いではないか・・
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さて、3本目のジャンクレンズ

レンズは、TAMRON 35-135mm/f3.5-4.5(Model 40A)
(ジャンク購入価格 24円)(以下、40A)
カメラは、FUJIFILM X-T10(APS-C機)
1985年に発売された、MF標準ないし中望遠ズーム。
勿論、アダプトール2仕様であるから、各社のMF
マウント機(一眼レフ)に装着できる。
ジャンク購入価格が24円! と異常に安価なのは
誤記ではなく、これはハードウェア・リサイクル店
の新装開店で「500円以下の商品1点、95%OFF!」
のクーポン券を使って買った物で、480円(税込)
のジャンクレンズは、何と24円、となった訳だ。
カメラ側との価格差は、それが高級機であれば
5000倍から1万倍!の比率にもなる。この比率は
「オフサイドルール」への抵触が甚だしい。
これは本来、「カメラには、本体価格の半額以上の
高級(高性能)レンズを装着しないと、カメラ側の
性能が活かせず、勿体無い(=してはならない)
つまり、カメラ側の性能が単独(一人)で突出
してはならない」という、個人的なルールである。
(注:2000年代までは、カメラ価格<レンズ価格
の不等式を満たすルールであったが、2010年代
からは、カメラ全般の「不条理な値上げ」の為に、
そのルールを遵守する事が困難となってしまった)
まあでも、今回の記事では、オフサイドルールの
遵守は緩和している。
なお、オフサイドルールには、その性能バランス
による実用上での意味の他、ビギナー層への啓蒙の
意図も含まれている。
すなわち、ビギナー層では、まずカメラ本体の事
(性能や価格)にしか目がいかず、交換レンズ側に
無頓着(交換レンズを知らない、買わない。買ったと
しても、用途やスキルに見合わない的外れなもの
ばかりを買っている)という状況があるのと、
その際のカメラの価値への過剰な期待感、すなわち
いくら高性能で高額な新鋭カメラを買ったとしても
それは数年で古くなり、10年もたてば二束三文の
価値にしかならない事、を伝えるための意図もある。
そういった好ましくない状態を理解・解消する為の、
1つの「覚えやすいルール」としての発案だ。
つまり「それ、カメラが高すぎる。オフサイドだ!」
という風に、常に意識してもらえれば良い訳だ。

さて、本40A型レンズだが、かなり低性能である。
解像感が低く、低コントラストな描写であり、
実用レベルに満たない。
特徴としては、広角端35mmにおいてマクロモード
に切り替える事ができる。通常撮影での最短撮影
距離が1.5mと平凡(というか不満)であったのが、
マクロモードでは最短26cm、最大撮影倍率1/4倍
までに、がらりと変化する。
ただし、マクロモードでは、さらに低画質化する為、
これもまた、実用には少々厳しいかも知れない。

価格も安価(発売当時49,000円の定価であり、
勿論、ここから大きな新品値引きがあったであろう)
・・なので、売れていないレンズでは無かったと
予想できるのだが・・
まあでも、こういうオーソドックスな仕様の
ズームは、当時のTAMRONとしては、普及価格帯で、
コストダウン型の製品を、他社に対する価格メリット
で販売するしか無い状況であったのかも知れない。
(すなわち、性能やブランド力では勝負できない)
まあだから、この時代には、たとえば、まだMFの
システムのままで(注:「αショック」1985年と
同年の話だ)例えばNIKONのFE系やFM系を使っていた
中級ユーザー等が(注:当時であれば、戦前生まれ
のシニア層、または、30歳台後半の団塊の世代層
等であろう)
「TAMRONやSIGMAのレンズ(実は廉価版ズームの事)
を買ったが、どうも写りがいかん、しょせんは
”安かろう、悪かろう”だ。もう、こりごりだ、
今度は、ニコンの純正レンズを買う事にしよう」
などと、サンプル数(=知っている数)が、1つや
2つという狭い範囲で、あたかも”全てお見通し”
のような事を言い出す訳だ。(ましてや、その
同じ事を、何十年間経っても、繰り返し口にする)
きっとこの時代から既にあるTAMRON SP90mm/F2.5
(52B、1979年。これは高性能マクロとして、
あまりに著名な製品)を見ていたら、TAMRONに
対する印象も大きく変化した事であっただろう。
だからまあ、結局「レンズの事を知らない」状況
が、ビギナー層での最大の問題点である訳だ。
本40A型レンズ等は、当時のTAMRONが事業を継続
していくための商品、まあつまり「食っていく
為の商品」である。SP(高性能)シリーズの
ズームレンズは、当時のTAMRONでも存在しては
いたが、それらは、ガクンと高価になるので、
あまり一般層で買えるようなものでは無い。
それに、ぶっちゃけ言えば、1979年~1980年代
におけるTAMRONの「SP」銘のMFレンズ群は、
現代のTAMRONの「SP」銘が「高画質・高性能を
示す、一種のブランドである」概念や印象とは
全く異なり、その当時の「SP」は、単純に言えば
「特殊(特異)な仕様のレンズ」という意味だ。
よって、その当時のSPレンズを色々と所有して
(例:SP17/3.5,SP500/8,SP60-300/3.8-5.4
等)評価していても、それらが高性能(高描写力)
だと感じた事は、残念ながら無い。それらSPは
「単に、特殊(スペシャル)な仕様(スペック)を
表すSPである」という結論にしかならない。
レンズの性能は、価格やブランド(メーカー)名
だけで決まる訳では無い。まず、そのレンズが
どんなコンセプトで生まれてきたのかを知り、
個別のレンズで、どんな長所や短所があるのかを
探り、その長所を活かし、短所を出さない技法や
被写体選びを、開発習得することが大事である。

あるいは、あえて短所を強調しLo-Fi的な用途に
用いる事すらも、あり得る話だ。(例:冒頭の
MC100/3.5は、酷いゴーストが出るが、それを
「虹のゴースト」として制御し、作画意図に活かす)
まあ要は、「TAMRONのレンズはダメだ」とか、
「レンズはどこのメーカーのものが良いのか?」
とか言っているのは、完全なビギナー層でしか無い
という訳である。そんな事を聞いている暇があれば
「どんなレンズでも、それを研究し、使いこなせる
ようにする事が、ユーザーの責務である」という
ストイックな方針を貫き、精進しようとする方が
よほど前向きであり、建設的でもあり、スキルアップ
の為の近道ではなかろうか?
こういう事を何もしないから、本レンズ発売時の
40年も50年も前の感覚のままで、いつまでたっても
永久にビギナーな状況が続いてしまうのであろう。
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では、4本目のジャンク

レンズは、TOKINA AF100-300mm/f5.6-6.7(EMZ130)
(ジャンク購入価格 500円)
カメラは、SONY α99(フルサイズ機)
詳細不明、恐らくは1990年代前半頃の発売と思われる
AF望遠ズーム。
ただし、これは、本シリーズ第59回記事で紹介した
レンズと完全に重複してしまっている(汗)

要は、間違って重複購入してしまった訳だ。これは
自己責任ではあるのだが、この時代のTOKINA製品には、
後継のⅡ型(EMZ130AFⅡ)が存在するし、前時代にも
同様なスペックのMF版RMC TOKINA 100-300mm/f5.6
(本シリーズ第49回記事参照)も存在する。
また、未所有のレンズを多く含み、この時代のTOKINA
には、実に多数の望遠ズームレンズが存在する模様だ。
つまり、とても、ややこしい状況であるので、私も
知識が混乱したまま、ジャンクのワゴンから本レンズ
をサルベージ(引き上げる)した状況であった。
まあ、これはもう一種の「くじ引き」であり、たまたま
珍しい、あるいは特徴のあるレンズが当たればラッキー
であり、万が一、既に所有していたレンズを(間違って)
購入してしまったならば、やむなく「外れ」だ。
・・が、もう二度と同じミスを繰り返さない為には、
その時代の各機材の名称、スペック、発売年等を、
事細かに記憶しておく必要がある。それを調査する
段階で、恐らくは、だいぶ覚える事ができるだろうし、
ますますレンズ知識の習得に役に立つ事であろう。
自分のミスを、逆にポジティブなモチベーションに
転換できるならば、それはそれで良いことだと思う。
まあ、僅か500円の商品だ、大騒ぎする必要は無い。
今回は、フルサイズ機のα99に装着し、これで
「限界性能テスト」を、やる気になっている。
スペック的には「とても軽量な300mm級ズーム」
という印象だ、重量は実測値で464gしか無い。
1990年代当時の同等スペックの他社製品と比べると、
この時点では軽量のメリットがあったが、この時代は
ズームレンズの改良が進んだ為、後年1990年代末
には、例えばTAMRON 186D(本シリーズ第59回等)
では、354gと、本EMZ130を遥かに下回る軽量化が
実現されている。

また、この時代1990年代では、300mm級の望遠
ズームの望遠側(望遠端)の描写力が、良いものと
悪いものが混在している。
(本レンズは、良い方の類であろう)
これは、設計上の僅かな差異や、企画・仕様上の差
(販売価格含む)により、望遠端までの画質設計に
配慮したものと、そうで無いものが混在していたか?
あるいは、それに加え、この1990年代で、ズーム
レンズの設計技法および硝材等に、何らかの技術的
進歩があったのだろう、と推測している。
まだ、詳しくはまとめきれていないのだが・・
1990年代の各社AF300mm級ズームを、メーカー毎、
および世代(発売年代)毎に、ずらりと揃え、
それらの試写を繰り返せば、この時代の技術発展に
何があったのか?を、研究および推測する事が
可能だろうと思っている。
とても時間と手間と予算がかかり、かつ中古品の
めぐり合わせにも関係があるだろう・・ しかし、
500円~1000円のジャンク望遠レンズを、20~
30本程度集めたところで、概ね1万円台の予算
しか掛からない。
無駄に高級すぎる高額レンズを1本買うよりも
遥かに安価な投資で、かつ遥かに内容の濃い研究や
練習を行う事ができる訳だ。悪く無い話である。
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次は、5本目の(準)ジャンクレンズ

レンズは、OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 17mm/f2.8
(中古購入価格 5,000円)(以下、MZ17/2.8)
カメラは、OLYMPUS OM-D E-M1 MarkⅡ(μ4/3機)
2009年発売、OLYMPUS最初のμ4/3機である
「E-P1」のキットレンズである。

最初期のPENシリーズ(E-P5、2013年まであった)
は、近年では、PEN-F(2016年)以外は絶滅して
しまっていた。(注:2021年に、E-P7で復活)
で、本来であれば銀塩PENのテイストを味わうべく
小型軽量レンズとして企画された本MZ17/2.8は、
PEN/PEN Lite/PEN-F等の薄型機体に装着する事が
望ましい。
だが、今回はひねくれて、旗艦(ハイエンド)
高性能機のOM-D E-M1Ⅱに装着している。
様々なカメラとレンズの組み合わせ(=システム)
を実験的に試してみて、その中から、なんらかの
「相乗効果」が得られるか?を調べる事は、私は
日常的に行っている事だ。それを繰り返す事で
カメラやレンズの「真の性能を知る事」にも、
少しづつ近づけるだろう、と思っている。
ただし、今回の組み合わせはNGである。性能的な
相乗効果も殆ど得られず、あるいはデザイン的な
相乗効果(例:大型機に小型レンズを装着する
「大小効果」や、黒色機に銀色レンズを装着する
「パンダ効果」を得る等)も、特に得られなかった。

では、本レンズMZ17/2.8の話に進む。
最初期ミラーレス機の、低性能な「コントラストAF」
の問題点を緩和する為に、AF精度が必要とされない
レンズとして企画開発されたものだと思われる。
実焦点距離17mm(μ4/3で34mm準広角画角相当)
という短い焦点距離、F2.8という暗い開放F値。
(注:本来ならば、常用レンズとしては、だいたい
F2以下の開放F値を持ち、被写体汎用性や表現意図
の汎用性を持たせる、というのが正当な設計思想だ)
最短撮影距離は20cmと、ほぼ焦点距離10倍則
どおりで、特に「寄れる」という訳では無い。
小型(フィルター径φ37mm)、軽量(71g)
である。軽量化は4群6枚の軽量レンズにおける
AF駆動負担の低減にも役立っている事だろう。
まあ、全て凡庸な性能ともいえるが、実用的に
不足している部分は殆ど無い。
安価な価格。しかし本レンズは近代のカメラ製品と
しては非常に珍しく、2013年に値下げされている。
(47,500円→30,000円、いずれも税抜き)
まあ恐らく、当初の定価は、一種の「フェイク」で
あり、本MZ17/2.8をキットとしたカメラ(E-P1等)
でのセット価格の”割安感”を演出する為の高値で
あったのだろう。・・考えてみれば、μ4/3機は
新規マウントなのだから、それが出始めた2010年
頃において、本レンズを単体購入する消費者は殆ど
居る筈が無いと思う(まあ、Panasonic DMC-G1
2008年、を持っていて本レンズが欲しいと思う
場合くらいだろうか? しかし、レアケースだ)
だから、定価が高くても誰も文句を言わない訳だ。
(ほぼ全員、E-P1等とのキットで購入するからだ、
むしろ「セットで安く買えた」と、喜ぶであろう)
総合的には、OLYMPUS初のμ4/3機用レンズとして
歴史的価値が高く。かつ、実用性を最優先として、
良く考えられて企画されたレンズだと思われる
で、上記のスペック群から、本レンズは、初期
μ4/3機の貧弱なAF性能でも、実用範囲となる。
しかし、それが、AF性能が圧倒的に向上している
今回使用の旗艦OM-D E-M1Ⅱを使った場合において
「AFが超優秀になる」という訳でも無かった。
後年の機体でも大きな性能アップが無いならば、
まあつまり、「初期μ4/3機でも実用的」という
点を、むしろ長所と考えるべきレンズであろう。
であれば、今後はE-PL2(2011年、ミラーレス
第5回記事)や、Panasonic DMC-GF1(2009年、
ミラーレス第3回記事)等、古いミラーレス機用の
常用レンズとして、小型軽量化システムに特化して
しまえば良さそうだ。
母艦もレンズも高価なものでは無いので、ビジネス
バッグ等にしのばせておき、ビジネス記録用途
(打ち合わせの記録、展示会、出張記録、報告書等)
の撮影に使ったり、通勤や移動時の趣味的な撮影
(例:「桜が咲いたから、ちょっと撮るか」等)
とするのが、最も適正な感じである。

旧来、この「ビジネス記録」という用途には、
デジタルコンパクト機が最善であったのだが、
生憎、2010年代からは、市場縮退の影響を受けて、
コンパクト機は殆どが高付加価値型の高価な商品と
なってしまっている。それらは「贅沢品」だから
買えないし、買ったとしても、ビジネス記録等の
「消耗用途」には決して使えない。
だから、現代での選択肢はスマホ・携帯内蔵カメラ
か、または小型ミラーレス機(上記の機種群の他
RICOH GXR+S10ユニット等も有益であろう)しか
適正な撮影機材は無い。
まあ、携帯系カメラでは、いかにもカメラファン層は
満足できないから、結局ビジネス記録機材の選択肢は
小型ミラーレス機しか存在しない訳だ。
また、次善の用途としては、大型レンズ(大口径
や望遠レンズ等)を持ち出す趣味撮影においては、
そのシステムだけで、カメラバッグもいっぱいだし
重量負担も大きい。それに加えて、何かのレンズを
持ち出すならば、そういう「サブカメラ」としての
小型ミラーレス機+本MZ17/2.8のセットは、
被写体汎用性が高く、これも悪く無い。

その結論が出た(=つまり「用途開発」が出来た)
だけでも良かった。今後はそういう風に、本レンズを
システム化して使っていく事としよう。
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では、今回ラストのジャンクレンズ。

レンズは、CANON FD 24mm/f2.8 S.S.C.
(中古購入価格 2,000円)(以下、FD24/2.8)
カメラは、FUJIFILM X-T1(APS-C機)
1973年発売のMF広角レンズ。
S.S.C.(Super Spectra Coating=多層コーティング。
又は、マルチコーティングとも)仕様である。
旧型の「S.S.C.無し」版(単層コーティング。他は
本レンズと同仕様)は、1971年の発売であったが、
同年、PENTAXがSMC(Super Multi Coated、これも
多層コーティング技術の意味である。後にレンズ名の
先頭に付き小文字化した「smc PENTAX」表記に変わる)
仕様のレンズ群を発売した。
そのSMC技術は、逆光耐性やコントラスト特性の向上の
効能があり、市場等からの評価が非常に高かった為、
各社においてもSMC以降、同等の多層コーティング技術
への追従を、その後の数年間で速やかに行う。
もっとも「多層コーティング」、すなわち「光学薄膜」
は、カメラメーカーが開発した技術ではなく、恐らくは
ガラスメーカー等により、製造上での蒸着薄膜技術の
進化により生まれてきたものであろう。
だから、SMC登場後の僅か数年間で「各カメラメーカー
のレンズが多層コーティング化された」といっても、
恐らくは、各ガラスメーカー等が主体となった技術で
あろうから、「全社が速やかに同等の技術を採用して
デファクト化する(≒当たり前となる)」事は当然だ。
その為か? カメラメーカーによっては、多層
コーティング技術の採用を、例えば自社が中心と
なって研究開発の主導を取ったのか? はたまた単に
ガラスメーカーの既存の技術を(レンズごと)買って
それを使ったのか?により、その技術のアピールの
度合いに、各カメラメーカーにより温度差があった。
具体的には、強くアピールをしたのは、SMC(PENTAX)
T* (CONTAX/Carl Zeiss)、S.S.C.(CANON)、
RMC(TOKINA)あたりであり、その他の各社においては
控え目に「MC」や「C」の型番がレンズにつくだけ
であったり、あるいは全くの無印(OLYMPUS等)の
場合もある。(まあ、ガラスメーカーの技術であり、
自社の技術では無いから、あまり堂々とは主張しない、
という理屈だろうか? だとすれば公正な考え方だ)
で、特に「T*」や「S.S.C.」は、実際のレンズ上の
文字が赤色で強調して記載されている為、アピール
度合いが強く感じる。
(もっともCarl ZeissのT*は、多分にツァイス社の
主導の研究開発だった、と想像されるので、それを
強く主張するのも当然であろうが・・
ちなみにCANONにおいては、S.S.C.技術採用により
「様々な交換レンズ間の色再現性を統一する」という
試みと、先進性があった事を主張しているのだが、
確かに、それはその通りではあると思うが、当該技術
が同社の主導で研究開発されたか否か?については、
詳しくは語られていない。
もし、S.S.C.が同社の主導による技術で無いならば、
「S.S.C.とは、良いものだ」と言った、銀塩時代での
マニア層の評価(後述)は、まるっきり的外れだ)
また、1970年代後半には既にこの多層コーティング
技術は、デファクト(≒当たり前)になった為、
各社では、その採用をレンズ型番(名称)等で
アピールする事も、やめてしまっていた。
CANONにおいても同様であり、S.C.やS.S.C.の表記
は、1979年頃から発売が開始されたNew FDレンズ
(又は、ニューFDと称す場合も。これは正式には
New FDというレンズは無く、単なるFDレンズだから
である。それには、余り愉快とは言えない事情(理由)
があるが、多数の過去記事で説明している為、今回は
その経緯は割愛する)・・においては省略されている。
すなわち、全てのレンズがS.S.C.型となり、他社の
ほぼ全てのレンズも(注:当時での、NIKON SERIES E
は除く)多層コーティング化された為、それの優位性
を謳う事が無意味となったからである。
よって、例えば、銀塩時代の中級マニア層等が良く
言っていた・・
マ「CANONのFDレンズでS.S.C.と書いてあるものは・・
良く写る/希少である/価値がある」といった
評価や噂話等は、全く根拠や意味が無い。
つまり、数年後にはNew FDレンズで全てS.S.C.型に
なった訳だし、従前のS.S.C.無しのFDレンズでも
「単層コーティングだ」という理由だけで、写りが
滅茶苦茶に悪いとか、そういうものでも無い訳だ。
(そもそも殆ど全てが、同一のレンズ構成である)
ちなみに、CANONのS.C.型(Spectra Coating)
については、現存する情報が殆ど無く、技術的な
詳細がわからない(恐らくは二層コーティングか?)
また、S.C.もS.S.C.も、英文の省略記号であるから
必ず「.」(ピリオド。省略を示す)が入る。
(実際のレンズ上等の表記も、勿論、同様である)
よって「SC」「SSC」表記としているWeb記事等は
全て誤りである。

さて、肝心の本FD24/2.8の話に進もう。
まず1970年代前半では、24mmという広角レンズは、
一般に、あまり普及していなかったと推測できる。
まあ、普通は28mm迄であり、あるいは35mmレンズ
でも広角/ワイドと呼ばれる事も多々あった。
実際に、一眼レフ用の24mmレンズの初出は、
PENTAX、NIKON、MINOLTA等で1960年代後半位、
CANONにおいては、1971年頃であろう。
価格も当然高価であり、
FD50mm/F1.8が14,800円。
FD35mm/F3.5が18,900円。
FD28mm/F3.5が24,000円の定価に対し・・
本FD24mm/F2.8 S.S.C.は33,000円となっている。
標準レンズの2倍以上の定価は、ちょっと買い難い
だろうと思われ、上級層以上や富裕層向けであろう。
もっとも、この1970年代は複数のオイルショック
等を起因とした物価高騰の時代であり、その10年間
で、物価は約3倍にも上昇、一時期は「狂乱物価」
とも言われていた世情だ。よって、ほんの数年間
変わるだけで、レンズ(やカメラ)の価格が大きく
高騰している場合もある。
さて、本レンズの描写性能だが、残念ながら
カビの繁殖により、正しく評価をする事が出来ない。
まあ、順光条件で、かつF5.6程度以上まで絞れば
ある程度の解像感を得る事ができる。特筆すべき
高描写力では無いが、半世紀も前の時代のレンズ
とは言え、甘々な描写力でも無い。

最短撮影距離は30cm。絞り開放では軽く背景を
ボカす事も、かろうじて可能だが(上写真)
その際のボケ質は、諸収差の発生で「ザワザワ」と
汚く感じる為に、そういう用法は、行わない方が
賢明であろう。
逆光耐性は、カビ発生レンズの為に低め。これは
S.S.C.だろうが無かろうが、もうやむを得ない。
まあ、ジャンクレンズなので、あくまでも
性能研究、歴史研究、弱点回避の練習用途である。
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さて、今回の第98回記事は、このあたり迄で・・
次回記事に続く。