所有している古いデジタルカメラ(オールドデジタル機)
を、順次紹介していくシリーズ記事。
今回は「ミラーレス編(4)」とし、紹介機は、
2013年~2015年の期間に発売されたミラーレス機を
4台とする。
装着レンズは、2010年代に発売されたミラーレス機
専用のAF/MFレンズを選択する。
この時代のミラーレス機は、まだ発売後10年を経過
しておらず、「仕様老朽化寿命」にも達していない。
まあつまり、いずれも「オールド」という呼称は
似合わず、私にとっては、どれも現役使用機だ。
まあ、本シリーズも終盤であり、裏のテーマである
「オールドデジカメとは何か?」についての分析を
記事内容の主体としていく事にする。
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では、今回最初のミラーレス機。

カメラは、PANASONIC DMC-G6(μ4/3機)
(2013年発売、発売時実勢価格約6万7000円)
(中古購入価格 23,000円)
紹介記事:ミラーレス・クラッシックス第10回
及びデジタル一眼レフ・クラッシックス第15回
レンズは、七工匠 7Artisans 55mm/f1.4
(2018年発売)を使用する。
既に、セミ・オールド・ミラーレス機となっている
様相なのが本機DMC-G6ではあるのだが、私にとって
「最良のMFオールド望遠(ズーム)母艦」である
のが本機の最大の特徴だ。
その理由は長くなるので本記事での説明は割愛する。
*ミラーレス・クラッシックス第10回「DMC-G6」
*デジタル一眼レフ・クラッシックス第15回補足編
*レンズマニアックス+第19回「ワンハンドズーム」
において、本機DMC-G6の長所等を詳しく述べている。

で、理由はさておき、本機DMC-G6のように、特定の
時代の特定の機種(注:前機種でも後継機でもNG)が
特定の仕様を持つレンズ(例:MF望遠ズーム)と
「極めて相性が良い」という事態が稀に発生する。
そうなった場合、本ブログでは、そういう機体を
「XX母艦」と呼ぶ場合があり、本機DMC-G6には
「望遠母艦」という愛称を与えている。
他にも「オールドレンズ母艦」「ピンホール母艦」
「赤外線撮影母艦」「トイレンズ母艦」「特殊レンズ
母艦」、はては特定のレンズ専用の「ノクトン母艦」
といった分類も個人的には行っている。
ここで重要なポイントは、いずれも「弱点相殺型
システム」となっている事であり、弱点が無い場合で
あったとしても「相乗効果により長所が強調される」
という、多大なメリットを得る事ができる訳だ。

で、この効果は、新型機であれば性能が優れているから
それを使うべきか? というと、必ずしもそういう
話では無い。まずは、「オフサイドの法則」により
バリバリの新鋭機に性能の劣るレンズを付けてしまう
と価格的な価値感覚のアンバランスに加えて、新鋭機
の高性能が活かせない(例:AF性能に優れたカメラに
MFレンズを付けてしまう等)ケースがある事。
そして、もう1つは、ある特定の時期の機体にしか、
特徴的な機能が搭載されておらず、後年の新機種では
それが撤廃されてしまっているケースがあるからだ。
その例は非常に多く、銀塩時代では、PENTAXのハイパー
操作系とか、RICOH R1系機のパノラマ(改造)機構、
NIKON F4での非Aiレンズ使用互換性であるとか・・
デジタル時代では、PENTAX K10Dのプロトコル汎用性、
SONY NEX-7の「動的操作系」とか、本機DMC-G6の
「ファンクションレバー」とか、いくらでも、後継機で
撤廃された機能や性能仕様が存在する。
ちなみに、K10Dのプロトコル汎用性とは、その機体
においては、PENTAX Kマウントの殆どの時代の仕様
に対応でき、無印(K,P)のMFレンズも使えるし、
旧KAF2仕様のパワーズーム(注:KAF2は、銀塩時代に
パワーズームのプロトコルであったが、これはデジタル
時代になって、レンズ内モーター用のプロトコルに
転用されている)のレンズも付けられる、という事だ。
後年のPENTAX機では、ここまでの汎用性が無く、
つまり、昔のPENTAXパワーズームレンズを持ち出して
遊ぼうとしたら、K10D(および限られたPENTAX機)
でしか使用できない事となる。
同様に、NIKKOR(NIKON)の非Aiレンズは、現代機
ではNIKON Dfでしか使えない(注:単純にそうとは
言い切れないが複雑すぎるので割愛する。詳細は
デジタル一眼レフ・クラッシックス第17回記事参照)

そして本機DMC-G6(と前機種DMC-G5)だけに備わる
「ファンクションレバー」は、マウントアダプター
使用時でも、デジタルズームの操作子として機能し、
これにより、(MF)光学ズームレンズと、デジタル
ズームの自由自在な組み合わせが実現し、例えば
被写界深度を維持しながら撮影倍率を変えるとか、
ボケ質破綻を回避しながら構図を変えるとか、
そうした高度な撮影技法が自由自在に使える。
だが、残念ながらこの操作子が後継機では廃止されて
しまった為、本機DMC-G6が、ずっと「最良の望遠
母艦」でありつづける状態が続いている。
(注:PANASONIC DC-G9(2018年)にある、同名の
「ファンクションレバー」は、本機DMC-G6での、
それとは全く効能が異なる操作子である)
まあつまり、「オールド・デジカメで無いと使えない
レンズがあったり、成り立たない撮影技法がある」
という訳である。
これもまた、私が「オールド(デジタル)カメラを
使い続ける理由」の1つとなっていて、これは、とても
重要なポイントだ。
話の途中であるが、ここでカメラを交替しよう。
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では、2台目のミラーレス機。

カメラは、SONY α6000 (APS-C機)
(2014年発売、発売時実勢価格約6万8000円)
(新古購入価格 31,000円)
紹介記事:ミラーレス・クラッシックス第16回
レンズは、安原製作所 ANTHY 35mm/f1.8
(2019年発売)を使用する。
従前のNEXシリーズの進化系として、α6000
シリーズが存在する。NEXの最終機は、NEX-7、
NEX-6(いずれも2012年)であり、この両機のみ
にEVFが搭載されていて、そのEVF搭載機、かつ
APS-C機というシリーズが、続くα6000系機体だ。

操作系は、前年2013年に発売されたα7系機体の
ものを踏襲していて、旧来のNEX-7のような
動的操作系を持たず、安易な静的操作系である。
操作系が平凡な点はさておき、性能的には何も
出し惜しみしておらず、高性能だ。1例としては
本機の連写性能は秒11コマであり、当時としては
ミラーレス機、一眼レフを合わせて最速クラス、
かつ、普及価格帯の中級機としては勿論トップの
連写性能(速度)であろう。
面白いのは、ここからのα6000系機体の製品
展開である。(注:いずれも日本国内での発売機)
2014年:α6000(ILCE-6000、以下同様型番だが省略)
2016年:α6300、α6500
2019年:α6400、α6600、α6100
まあつまり、後継機になる程、型番が上がっていく
訳では無く、機種のランクにより型番が構成されて
いて、かつ、多くの機種が併売されている。
なので、量販店の店頭等に行くとα6000、α6100、
α6400、α6600等がズラリと並んでいて、
消費者層は、どれを買ったら良いものか?と悩むと
同時に、スペック的な微妙な差異により、上位機や
新型機の購入に誘導されてしまう訳だ。
(この話は、従前記事でも書いていて重複する)
だけど、私が購入したα6000系機体は、本機α6000
のみである、何故ならば、「コスパ」という要素が
私がカメラやレンズを買う上での、最も重要な
価値判断基準となっているからだ。

コスパを考えると、ここで説明している時点(2019年)
では、選択肢はα6000しか有り得ない。
他は、僅かな性能差しか無いのに、新鋭機であるが
故に高価すぎて、コスパに劣る訳だ。
で、この説明時点ではα6300が落ちて(生産完了)
いる為、次に狙う機種はα6300だ。
さらに後年では、α6500が落ちているから、それが
適正な後継候補機体となる。
つまり必ず、1世代古い時代の機体を中古で買えば
コスパ的に効率的だ、という流れになる訳であり、
これで、「非常に巧妙なSONYの販売戦略」に対して、
「消費者側の負け」とはならない、購買戦略が実施
できる。
この話もまた「オールド(デジタル)カメラを買う
理由」の一環である。すなわち、コスパを最優先に
考えていくと、最新の機種は、必ずコスパが悪い。
手ブレ補正が入った、測距点が増えた、とか言われた
としても、そういうカタログスペックに目を奪われる
のは初級中級層だけであり、上級層であれば、手ブレ
を回避するスキルは持っているし、どうしてもそれが
必要な撮影状況といった場合には、他の手ブレ補正が
入っているシステムを持ち出せば済む。
そういうカメラやレンズは20年以上も前から存在
してるから、上級層は必ず何かしらの手ブレ補正入り
機材は持っている事であろう。
測距点数もどうでも良い話であり、1点AFでも撮れる
訳だし、いざとなればMFで撮っても何も問題無い。
むしろ、ビギナー層がAFの測距点選択で、あたふたと
している間に、MFで瞬時に撮れ、撮影機会を逃さない。

余談だが、撮影者の腕前(スキル)の差が最も出易い
のは「構えてから撮影するまでの時間」であり、
上級者の場合は、どんな場合でも数秒以下で撮る事
を基本としている。何故ならば、そこを少しでも
短縮する事が、「重要な撮影機会を逃さない」となり
それによる失敗経験や練習経験を多数有しているからだ。
コンマ1秒でも早く撮る為に、カメラを構える前での
カメラ設定などを予め(予想して)済ませておく等も
上級撮影技法として、ごく当たり前の話である。
そういう撮影技法を極めれば、構えてから1秒以内の
抜き打ち(早撃ち)撮影も、撮影条件においては
出来ない話では無い。(例:パンフォーカス設定の
MFレンズによる、半ノーファインダー撮影等)
対して、構えてから数十秒、下手をすれば1分近くも
あるいは、それ以上の時間を経過してもシャッターが
切れないのは、明らかに初級者層である。
だから、観光地や撮影スポット等で遠くから見ていても、
だいたい、その撮影者の撮影スキルは類推できる訳だ。
この余談は、まあつまり、カメラの性能で撮れる写真
が依存する訳では無く、むしろ撮影者の技能により
写真撮影機会自体が変わってきてしまう、という事だ。
よって、カメラがオールドであっても、それを適正に
使えるのであれば、カメラ自体の性能は、究極的には
あまり関係が無くなる。
よって、「オールドカメラは本当に性能が低いのか?」
という質問の答えとしては、
「カタログ的な性能としては、そういうケースも多々
あるだろうが、そういう性能を活かして撮るのか、
はたまた撮れないのか?は、あくまで撮影者次第だ」
という結論となる。
まあつまり、「超音波モーターが入ってなくちゃ、
連写性能が高くなくちゃ、測距点数が多くなくちゃ、
手ブレ補正が入ってなくちゃ、フルサイズでなくちゃ、
画素数が多くなくちゃ、超高感度でなくちゃ・・・」
(いずれも、それらが無いと上手く撮れない、という話)
とかを言っている人達は、完全なるビギナー層であり、
少なくとも中級者以上であれば、そんな泣き言や言い訳や、
無い物ねだり等は、誰もしない。
何故ならば、「そんな事は撮り手次第だ」という事は、
中級者以上ならば誰もが知っているからだ。
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さて、3台目のミラーレス機。

カメラは、OLYMPUS OM-D E-M5 MarkⅡ Limited Edition
(μ4/3機)(2015年発売、発売時実勢価格約18万円
ただし、レンズキットの価格)
(中古購入価格 83,000円)
紹介記事:ミラーレス・クラッシックス第17回
レンズは、OLYMPUS M.ZUIKO DIGITAL 45mm/f1.8
(2011年発売)を使用する。
趣味性の高い限定販売機である。
OLYMPUS OM-3Tiのテイストを復刻させた機体であり
その「サンチ」(OM-3Ti)は、希少機であるから、
それを知るマニア層向けに企画されたものであろう。
このあたりの詳細は、ミラーレス・クラッシックス
第17回記事に詳しいので今回は割愛する。

「希少価値の高いオールド(銀塩)名機を復刻する」
という企画戦略は、オリンパスが僅かに行っている
程度で、他社ではあまり同様な例は無い。
まあ、あえて言えばLEICA各機や、NIKON Df、Zfc
等もフィルムカメラのテイストを踏襲した機体では
あるが、特定の機種の復刻という訳では無い。
また、オリンパスでも、本機E-M5Ⅱ Limitedや、
PEN-F(2016年)くらいであり、珍しい措置だ。
電子楽器の世界でも、アナログ楽器の名機をデジタル
(サンプリングやデジタル音声処理技術)で復刻や
再復刻をした例はよくある。
(例:ROLAND JUPITER-8:1981年→JP-8000:1996年
→JUPITER-80:2011年→JUPITER-X:2020年)
カメラの世界でも、そういう復刻版(例えば
NIKON F3デジタルとか、CANON NEW F-1デジタル、
PENTAX LXデジタル等)が、もっと出て来ないものか?
と、常々期待しているのだが、まあ、楽器よりもカメラ
は趣味性が下がる(つまり、誰もが日常で使うものだ)
という点で、あまりにもマニアックな企画は行い難い
(=どうせ多数の販売数が期待できるものでは無い)
のであろう。
なお、2021年発売の「PENTAX J limited 01
LX75」は、PENTAX LXのデジタル版に近いのだが、
微妙に何かが違う。まあなので、未購入なのだが、
どうせ、そういう企画をやるならば、徹底的に
LXのコンセプトに似せてくれた方が有難い。
(参考:銀塩一眼レフ第7回「PENTAX LX」編)
また、同様に、2021年に発売されたNIKON Zfcも、
一種の復刻機とも言えるが、それは、別の見方では
Zマウントでの「エントリーカメラ」(魅力的な製品
を安価に販売し、ユーザー層を増やす/囲い込む戦略)
でもある。

で、楽器がマニアックだ、という話をさらに言えば、
ちょっと前述したような、JUPITER-Xといった新鋭
機種では、アナログ名楽器の音を(デジタル技術で)
そのまま出す事のみならず、何と、アナログ部品の
経年劣化により、「音が悪くなった状態」をも
シミュレーションできるそうだ。(この話を聞いて
その楽器が欲しくなってしまったが、JUPITER-X は
超巨大な鍵盤楽器なので置き場所が無くて無理そうだ。
それに、従前の復刻機JP-8000を所有しているが、
それすらも置き場所が無くて困っている状態だ・汗)
まあつまり、電子楽器では音が悪くなる事は、それは
弱点ではなく、むしろ長所なのだ。楽器の世界では
デジタル化が、カメラよりも15年も早くに行われて
いたから、という理由はあるにせよ、しかし発想の
進歩性には驚く。すなわち楽器がデジタル化した頃
には、皆、「いかに綺麗なホンモノの楽器らしい音
を出すか」という点に注目していたが、1990年代
には既に「もうデジタル楽器の音が、みんな良すぎて
面白くないから、わざと音の悪いLo-Fiの音を使うよ」
という風潮が出てきて、すぐに、その概念は一般化
した訳だ。
しかしカメラの世界では、デジタル化して20年も
経つのに、いまだに「綺麗な写真を撮りたい」と、
初級中級層の誰もが言う。これでは、あまりにも
狭くて偏った価値観ではなかろうか?
で、もしデジタルカメラで意図的にレンズが経年劣化
をしていく「画質劣化機能」を搭載したとしても、
恐らくは殆どの初級中級層は誰も興味を持つまい。
だが、一部のマニア層は泣いて喜ぶかも知れない。
私もその機能があれば欲しい。まあ一応は、エフェクト
機能等でレトロっぽい描写とする事は可能ではあるが
お仕着せすぎる点がある、もっと自由にパラメーターを
いじくりたい訳だ。私は、元々楽器は専門家と言える
立場(旧職)であったし、楽器マニア的な習性も強い。
(参考:この為、別途「プログラミングシリーズ」
第21回記事では「画像シンセサイザー」と称して、
写真画像を様々に加工変換するソフトウェアを自力
開発した例を紹介している。注:掲載予定記事)
で、そういったマニア向けの製品戦略や技術開発は
残念ながら、現代のカメラ界の世情では出来ないので
あろう、何故ならばユーザー(消費者層)が、そこまで
マニアックで無い一般層が大半だからだ。
であれば、オールドデジカメ、というモノの存在意義が
ここで出てくる。経年劣化こそ無いものの、オールドの
デジカメが開発された時代は、デジタル画像技術的には
未成熟な部分が沢山あり、それは、場合により低画質と
なってしまうケースもあるだろうが、現代機のように
「綺麗に写りすぎる」という、一種の「不満事項」は
無くなる訳だ。
これは「個性的な描写を求めてオールドレンズを使う」
という意味と、あまり変わらないのではなかろうか?
「個性的な描写を求めて、オールドデジカメを使う」
この考え方は十分にアリだと思う。

本機、OM-D E-M5 MarkⅡ Limited だが、これは
「仕様老朽化寿命」が、起こり難い機体であると
思っている。何故ならば、OM-3Tiの復刻版、などと
いうカメラは、もうこの先、出てくる可能性は極めて
低いからだ。趣味性の高い楽器分野であれば、名機
JUPITER-8へのオマージュ(敬意)による復刻版は
何度も出てきたが、カメラでは、そこまで何度も
繰り返して通用する製品戦略では無さそうである。
「仕様老朽化寿命」が起こり難いならば、長期に
渡って使用する事ができる。この仕様老朽化寿命の
目安は、通常のデジタル機ならば発売後10年程度まで
なのだが、本機であれば、発売後20年、2035年
あたりまでは(心理的に)使えるかも知れない。
その際、本機の持つ絵(画)作りなどは、その時代
ともなれば完全にクラッシック、いやもう「博物館
行き」のしろものだろう。だが、だから古くてダメ
なのか? といえば、むしろ「一周廻って新しい」
という感覚になるのかも知れない訳だ。
「2035年まで待っていられないよ」とも言われる
だろう、勿論だ。であれば、現時点で既に発売20年
以上を迎えるデジカメも世の中には存在する。
例えばオリンパスならば、E-1(2003年、未所有)とか
CANON EOS D30(2000年、デジタル一眼第23回)
あたりは、そろそろ面白いかも知れない。
なにせ、E-1は、元祖「オリンパス・ブルー」で
著名だった機体であるし、EOS D30は、巷では
「黄色く写る」と不評であったが、実はそれは
液晶モニターのカラーバランスが悪い事が理由で
(注:2000年時点では、皆、デジタルの原理が
わかっていなかった)実際のEOS D30が吐き出す
画(え)の傾向は、オリンパス・ブルーにかなり
近いものがある。(この時代のデジカメの多くは、
そうやって青色発色を補正していたからだ)
まあ、このあたりもまた
「何故オールド(デジタル)カメラを使うのか?」
という理由の1つになっていると思われる。
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では、今回ラストのミラーレス機。

カメラは、SONY α7S(ILCE-7S) (フルサイズ機)
(2014年発売、発売時実勢価格約22万円)
(中古購入価格 97,000円)
紹介記事:ミラーレス・クラッシックス第19回
レンズは、SONY FE 100mm/f2.8 STF GM OSS
(SEL100F28GM)(2017年発売)を使用する。

α7シリーズ機体(2013年~)には、3系統の
モデルが存在する。
*基本的(ベーシック)な仕様であるα7系、
*高画素、ローパスレスのα7R系、そして
*高感度仕様のα7S系であるが・・
(注:小型軽量機のα7Cは、2021年末より
受注停止中(販売していない)なので除外している)
α7S系は高感度化の為に画素数を下げているので
(→画素数が低いカメラは写りが悪いと誤解する)
初級者層に不人気であるからか? 後継機α7SⅡ
(2015年)の後は、α7SⅢ(2020年)があるが、
他系統(7/R/9)に対し、スローペースの商品展開
となっている。
本機の最大感度はISO40万9600である、本機の発売
当時は最高レベルではあったのだが、一眼レフ陣営
ではさらなる高感度化を目指し、数年後の機体では
ISO80万、160万、320万という機種群が存在
するから、もう本機のISO40万の数値的な優位性は、
失われてしまった。だが、依然ミラーレス機の中では
本機α7S(やα7SⅡ/Ⅲ等)のISO40万は、トップ
クラスであろう。
だが、本機α7Sは、その超高感度特性の他の性能は、
たいした事が無い。
例えば、1200万画素という画素数は、2010年代の
他のどの一眼レフやミラーレス機よりも少ない。
2000年代にまで遡れば、
*CANON EOS 5D(2005年、未所有)が1280万画素、
*PENTAX K10D(2007年、デジタル一眼第6回)が
1000万画素。
*NIKON D300(2007年、デジタル一眼第9回)が、
1200万画素であり、それらと同等の画素数だ。
(注:あくまでカタログスペック上の話であり、
低画素仕様による、ピクセル開口面積の増加による
高ノイズ耐性、高Dレンジ化、および低解像力の
レンズとのマッチング性、等の優位点は、ここでは
考慮していない)
又、連写性能(秒コマ数)を見てみよう。
本機α7Sは、通常連写で秒2.5コマである。
これは2000年代の一眼レフと比較しても厳しく、
最初期のデジタル一眼レフと比較するしか無い。
*CANON EOS D30(2000年、デジタル一眼第23回)が
秒3コマ
*KONICA MINOLTA α-7 DIGITAL
(2004年、デジタル一眼第3回)が、
秒3コマ
*NIKON D70(2004年、デジタル一眼第4回)も、
秒3コマ
つまり、これら最初期の(第1世代と定義している)
オールドデジタル一眼レフにも、本機α7Sの
連写性能は負けてしまっている。
(注:α7Sやα7の連写が、あまりにも遅いので、
私の場合は、いくつかの機能制限が生じる
速度優先連続撮影モード=最大秒5コマで、
これらの機体を使う事が大半だ)
では、画素数も連写性能も、古い時代のカメラにも
負けてしまっている本機α7Sは、性能が低いから
ダメカメラなのだろうか? いや、単純にそうとは
言い切れない事は、本機のオーナー層は、当然ながら
わかって買っている訳だし、世間一般でも、勿論
「画素数や連写性能が低いからダメカメラだ」等と
本機を評価したレビューは1度も見た事は無い。
(注:「価格が高価だから、良いカメラだ」という
誤解が世間では多すぎるが故に、高価なカメラに
どんなに性能/仕様的な弱点があろうとも、それを
指摘するケースは皆無、という大きな問題点もある。
ちなみに、流通市場に属する専門的評価者層等に
よるレビュー記事等では、高価な商品を悪く評価
する事は、市場倫理的に許されていない。
そして、そうした過剰に高評価された記事を信じて
しまった、初級中級層等では、ますます「高価な
カメラは良いカメラ」と、誤解を強めるばかりだ)
・・で、そういう風にカメラの長所がわかっている
ユーザー層であれば、カメラの欠点を、重箱の隅を
つつくように気にする事は無いであろう。つまり
欠点等は、なんとでも回避してカメラ(やレンズ)を
使おうとするからだ。
だが、そうだとするならば、「α7Sは使えるのに
どうして古いデジタル一眼レフ、例えばNIKON D70
やCANON EOS 5Dは使いたくないのか?」という話に
なる。連写性能とか画素数は、本機α7Sと、それら
オールドデジカメは同等だ。
「そりゃあ、それらのオールド一眼レフは、色々と
後継機があるから、そっちの方が良いに決まっている」
という答えが返ってくるだろう。

だけど、もう一度聞くが、後継機での、スペック的な
性能が上がっているから、といって、それが良いカメラ
の条件であり、古いカメラは、スペックが低いから悪い
カメラなのか? もう、性能が低い(古い)カメラでは
写真を撮ってはいけないのか?
もちろん、そんな論理が通るはずも無い事は誰にでも
理解できる事だ。
では、何故、皆、「古いカメラは性能が低い、だから
それらで撮る訳には行かない(撮れない、撮る気が
しない)」と言うのであろうか?
何かが、根本的に間違っていないだろうか?
まあつまり、カメラの実用性とは、カタログ上に書かれた
数値スペックとしての性能とは、完全に無関係な訳だ。
だけど、殆どの消費者層・ユーザー層においては、その
カタログスペックからでしか、カメラを選ぶ事が出来ない
から、「性能が高い=高価な=良いカメラ」という
単純な(単純すぎる)三段論法しか、評価基準を持って
いない事になる。
カメラの本質がわかってくるならば、そういう「数字」
の性能はあまり気にする必要はなくなる。
例えば、本機α7Sの画素数が1200万画素しか無いから
と言って、「画質が悪い」といった思い込み評価は
まず見かけないであろう。つまり本機を買うような
中上級ユーザーであれば、画素数=画質、などという
単純な思い込み評価は誰もしないのだから当然だ。
では、そこまでフレキシブルな考え方を持っている
のであれば、オールド(デジタル)カメラにも、
一度向き合ってみると良いと思う。
単にカタログスペックだけが性能の基準である訳では
無い事が、良くわかっているならば、先入観無しで、
古いカメラの事を理解する事ができるだろうからだ。

ただ、課題としては、本シリーズ記事で紹介している
ような、古い時代のカメラは、もうだんだんと入手性が
低まってしまっている点だ。
入手できないのであれば、それを評価する事も出来ない。
けど、もし偶然、それらを中古市場で見かける事が
あれば、それらは恐ろしく安価だ。
例えば、前述のNIKON D70(デジタル一眼第4回記事、
本シリーズ第2回記事)などであれば、中古相場は
数千円、という二束三文である。
だが、実用性は十分だ、画素数が小さいとか連写速度
が遅いとか、そんな事を問題にしなければ、D70で
「写真が撮れない」などと言う事は、全く無い筈だ。
数値性能だけがカメラ(やレンズ)の実用性では無い。
この、ごくごく基本的な事を理解するのは、簡単な
ようで、現代のユーザー層には、とても難しいのかも
知れない。
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では、今回の「オールド・デジカメ(10)」編は、
このあたり迄で、次回記事に続く。