2022年、年明けの最初の記事となるが、今回は
静岡県のマニアックなスポットを巡るシリーズ
記事【遠州駿州紀行】である。
典型的な「行って来ました」記事であり(汗)
このタイプの記事は読者の興味をそそる要素も
少ないし、あまり情報量が多い訳でも無いが、
まあ、新年なので軽めの記事という事で・・
何故「静岡県」なのか? と言えば、個人的な
理由だが、静岡県ではいくつかのドラゴンボート
系の大会が行われていて、その観戦撮影の為に、
静岡県に出向く事が多いからだ。(注:これは
概ね、コロナ禍以前の話だ。近年では台風や
コロナで、ボート大会が中止となる事が続き、
今回は、およそ数年ぶりの静岡訪問となった)
よって、大会の前日に静岡県のマニアックな場所
を巡る事も良くある。知らない土地に全くの
初回の訪問であれば有名観光地等に行くケースも
あるだろうが、訪問を重ねるに連れ、どんどんと
マイナーな場所を探すようになる事も、まあ
よくあるだろう成り行きだ。
しかし、1日だけでは、あまり遠出をするだけの
時間もない、概ね、範囲としては、静岡県の中部、
昔の名称(国名)で言えば、遠州(遠江)と、
駿州(駿府)あたりだ。
今回は、駿州(駿府)に、2021年11月に訪問、
「静岡~東静岡~清水」の狭い範囲である。
移動は、もっぱら徒歩とJRだ(注:この区間
には並行して「静岡鉄道」(静鉄)も存在する
が、駅でのコインロッカー使用の利便性もあり、
JRを選択した。
又、「静岡鉄道」については、2016年の
本シリーズ記事で詳しく紹介している)

現在の静岡県の面積は広く、昔の国名で言えば
西から「遠江、駿府、伊豆」となる。
(注:ぎりぎりで「三河」(現:愛知県東部)の
一部を含むか? ちょっと昔の時代での境界が
曖昧なところもあり、現代でも電話の市外局番が
共通な状態で隣接しているとも聞く)
「遠江」(とおとうみ)とは、まず、昔(室町時代
から安土桃山時代)の都(みやこ、現:京都)から
見て、近い「淡水の湖」が、「琵琶湖」であり、
それを「近淡海(ちかつおうみ)」と呼び、
これは後に「近江(おうみ)」という国名となる。
(=現在の滋賀県)
対して、遠い湖が「浜名湖」であって、これが
「遠淡海(とおつおうみ)」と呼ばれ、さらに
「遠江」(現:静岡県西部)となった事が由来だ。
ちなみに、淡海(おうみ)という淡水区分において、
旧来、浜名湖は淡水湖であったが、室町時代での
大地震により、太平洋と繋がって、現在のように
「汽水湖」(淡水と海水が混ざる)となったそうだ。
又「遠江」と「駿府」の境界は、昔(江戸時代等)
は、明白に「大井川」により隔たれていた。
それは、「越すに越されぬ大井川」の故事(歌詞)
で有名なのだが、大井川は川幅が広く、江戸時代等
での土木技術では橋を掛ける事が困難であった。
あるいは、軍事・防衛的な意味から、あえて橋を
掛ける事を禁じていた時代もあった模様だ。
だから、東海道を歩く旅客は「川越人足」に賃金を
払って渡してもらう事となるが(注:軍事的な意味
での架橋の禁止と同様に、舟による渡河も禁止
されていた時代もある)しかし、大井川は氾濫が多く、
渡河困難、または川留めとなるケースも多かった。
旅客は、何日も川の前で足止めとなる事もあり、
「越すに越されぬ大井川」と呼ばれたのであろう。
(川留め(渡河禁止)となると、大井川の東西の
宿場は多いに賑わった、と聞く)
文化的な背景や、国境的な区分も、この「大井川」
が影響している事は間違い無い。
戦国時代の「戦国大名」としては、「今川氏」が
著名であろう。当主の「今川義元」は、桶狭間
(田楽狭間)で織田信長に討ち取られてしまった
為に、なんだか弱小大名のイメージもあるのだが、
実際には遠江と駿府の守護大名であり、後には
松平氏が統治する「三河」の地にも勢力を伸ばし、
高い政治力と軍事力を持っていて、「海道一の
弓取り」との異名を誇った大大名だ。
桶狭間の後は今川氏は没落し、後には徳川家康
(冒頭写真に銅像)がこの地を治める事となる
のだが、地元では、今川義元は人気武将であり、
今川家家紋や今川義元バッジなどの土産品も
色々な場所で販売されている。(↓写真)

なお、「今川焼き」という食べ物がある。これは
回転焼、大判焼、太鼓焼、天輪焼、御座候、等
日本各地で様々な名称で呼ばれる事も多いのだが、
「今川焼き」については、静岡県の発祥では無い
模様であり、江戸時代に神田・今川橋の店舗が、
桶狭間の今川氏と関連づけて命名したと聞く。
今川→徳川と治世が変化した事により、家康が
築いた「駿府城」(新幹線静岡駅より徒歩10数分)
は、旧来、今川氏の「今川館」として存在していた。
・・が、後に武田氏が一時的に、この付近を攻略・
支配した際に、戦火により焼失してしまっていた。
家康は、ここに「駿府城」(天守つき)を築城し
その後、一時的には江戸に移るが、最終的に隠居の
地として、ここ駿府城を選んだ。
(余談:何故、徳川家康が駿府城を築き、そこに
隠居したか?は、時代小説「影武者徳川家康」
(隆慶一郎、著)において、とてもユニークな
説が展開されている。これは元々は「静岡新聞」
に3年間に渡り連載されていた長編小説であり、
後に書籍化、漫画化(1990年代)やTVドラマ化
(1998年、2014年)もされた人気小説だ。
時代考証が精緻であり、発想も非常に面白い)
現在(2021年当時)、数年前より始まった駿府城
の発掘調査により、今川家時代の石垣と、家康の
時代の石垣との作りの差異を見比べる事ができる。
(注:見学は無料。↓写真)

で、この時期(11月下旬)は、紅葉のシーズン
である、特に、訪問時の週末(2021/11/20~
11/23)は、22日(月)を休むと四連休となる為
全国各地の、紅葉あるいは観光スポットは、
かなり酷い混雑となったと聞く。
特に、京都は凄い人出であり、JR京都駅あたり
を見たが、ほとんど通勤時間帯でのラッシュの
ような様相(混雑)であった。
恐らくは、京都駅からほど近い「東福寺」あたり
の紅葉を目指した人が多かったのであろう。
記事冒頭に「初めて来る人たちは有名観光地に
行きたがる」と書いたが、コロナ禍で実質は
2年ぶりの紅葉見物となっただろうから、殆どの
観光客等は、有名観光地に行きたがったのかも
知れない。又、TVのニュースや特集番組等でも、
そういった紅葉名所ばかりを紹介していた。
この時期、コロナの感染拡大は、かなり収まって
いたとは言え、あるいは、打撃を受けた観光産業
を立て直す ・・とは言え、ちょっと感染再拡大に
不安が残る状況となった。
ただし、この年の11月は温暖な日が続き、かつ
雨が少なく乾燥していて、紅葉には少し時期が
早く、何処もあまり色鮮やかという状況では無い。
(例年よりも色付きが悪い。なお、観光チラシ等
では過去の写真を掲載するので、当年の状況では
無いし、過剰に画像加工(編集)している事も
通例であるから、あまり、その(パンフレット等)
写真を信用する事は禁物だ)
紅葉が、そんな状態(あまり綺麗ではない)だし、
コロナが収まっていたとは言え、個人的には、
あまり混雑する観光地には行きたくないので、
かなりすいている静岡のマイナースポットは、
そういう意味でも適切だと思っていた。
ちなみに、ここ静岡でのコロナ新規感染者数
は、前月2021年10月以降、ずっと一桁(数人)
の日が続いていて、旅行前では数日間、ずっと
ゼロ人(新規感染者無し)の状況であった。
(追記:2021年12月下旬より、若干の増加
傾向だ)

関西(神戸、大阪、京都等)から静岡地区への
移動は、「ぷらっとこだま」(JTBの、こだま号
専用安売り新幹線乗車券)が安価で便利だ。
しかし、課題も4つほどある。
1)事前予約制で、かつ日程の変更は効かない。
2)旅行日の1ヶ月前から予約できるが、週末等
は、すぐに売り切れて(満席になって)しまう。
3)旅行日の直前に台風等で旅程が中止になった場合、
キャンセル料の比率が高い(あまり戻ってこない)
4)数年前に、大きく値上げされている。
今回静岡への遠征の主目的は、ドラゴンボート競技
の観戦撮影であった、しかしコロナ禍の中での
開催の為、比較的日程が迫るまで、開催が確定せず、
旅程の1週間ほど前にJTBに行くと「ぷらっとこだま」
は、もうグリーン車しか空席が無かった。
だが、「ぷらっとこだま」でのグリーン車の運賃は
なんと、チケットショップで「新幹線自由席回数券」
を購入するより、むしろ安価であったので(つまり
割引率が非常に高い)、これで行く事とした。
チケットショップも、近年においては、ネット予約
割引等の普及で、乗車券の販売が厳しい模様であり
殆ど定価(通常運賃)と変わらない状況である。
ただまあ、旅程をガチガチに事前に決める事なく、
臨機応変に動きたい場合には、チケットショップも
依然、便利であるとは思っている。
「こだま号」のグリーン車は、一応N700系であり、
あまり一般車両と変わるものでは無い。違う点は
座席が若干広い、雑誌(持ち帰り自由)がある、
足置きがある、座席にACコンセントがついている、
程度だ。(内、足置きはむしろ邪魔な気もした)
ちなみに、この車内雑誌へ広告を出す料金は、
120万円程度と、どこかのサイトで見た事がある。
「グリーン車に乗る富裕層向けの広告に最適」と
説明があったのだが、どっこい、チケットショップ
の回数券と価格の比較をして、少し安かったグリーン
車に乗るような層もここに居る(笑)
なお、「こだま号」の車内販売は、確か10年程
前に廃止になっていて、現在では何も来ない。
飲食が心配な向きには、駅等で事前に何か購入して
乗るしかない。ちなみに「ぷらっとこだま」では、
ソフトドリンク等の飲料1本の「無料券」が
ついているので、新幹線駅の売店で、その券を
見せてドリンクと交換できる。
それと、東海道新幹線静岡駅は、1時間に1本程
「ひかり号」が止まる、これで関西方面に帰る
ならば、「こだま号」を使うよりも40分間以上
も時間を短縮できる。ただし、「ひかり号」は
自由席が少ないので、指定席とするか、または、
自由席を使うならば、時間帯や日程に注意する
必要があるだろう。具体的には、行楽日和の
連休の中日の午後の時間帯に新大阪方面に帰る
ならば、たいていの場合、自由席は混雑しない。
(この場合、「こだま号」は、ガラガラだ)
なお、ドラゴンボートチームの遠征等では、
荷物や多人数という観点で、乗用車に分乗して
来る場合も多いだろう。だが、もし1名や2名で
遠征する場合には、新幹線は楽で良いと思う。
(この時期、ガソリン価格も酷く値上がりして
いる状況であったし・・)
上記は、新幹線を使って静岡に移動する際の
参考まで。

静岡散策の当日だが、昼前にJR静岡駅に到着、
翌日のボート大会撮影用の機材が重いので、
まずはコインロッカーを探す。
観光日和の週末の為、駅のコインロッカーは
満杯になっているが、慌てず、近隣の商業施設
等に行けば、そこに空きロッカーは見つかる。
財布等を入れた小バッグ、コンパクトカメラを
1台だけ首から掛け、他、本日は11月にしては
暑い(最高気温20℃以上)ので、ペットボトル
飲料を首から下げれるひも付きホルダーを持ち、
荷物は、たったこれだけの軽装だ。
JR静岡駅から、駿府城(公園)の横をとおり
「静岡浅間(せんげん)神社」を徒歩で目指す。
帰路には駿府城公園にも寄ったので、これで
往復距離は4km程である。荷物を軽装とした
意味がここにあり、徒歩での機動力を向上する
為だ。また写真を撮りながら、その土地を感じて
歩くことに主な目的があるのだから、目的地に
バスやタクシーで直接向かっても意味が無い。

浅間(せんげん)神社(注:浅間は、地域に
よっては「あさま」とも読まれる)は、主に
富士山を信仰対象とする神社群である。
富士山の周辺、静岡県には、
「富士本宮浅間大社」(注:ここが総本山)
「静岡浅間神社」(注:今回の訪問地)や
「富知六所浅間神社」等、多数があり、
他にも山梨県にも、いくつもの、高い社格を
持つ浅間神社(群)があると聞く。
2013年に富士山が世界遺産に登録された際
周辺の約10社もの浅間神社も同時に世界遺産と
なっている。(というか、世界遺産については
富士山そのものが対象ではなく、「富士山と
信仰・芸術の関連遺産群」という名目である)
また、これらは、比較的社格が高く規模も大きい
神社であるが、「浅間神社」と呼ばれる神社は、
一説には、全国で1300社もあるそうだ。
ただし、富士山が見えない地域(近畿等)では、
その数は激減する。
富士山信仰は、「浅間神社」のみならず、
静岡県全般でもポピュラーであり、様々な意匠
(デザイン)や商品等でも、富士山をあしらった
ものが非常に多数ある。
(というか、むしろ静岡県民のみが、富士山の
存在をアピールし過ぎるようにも個人的には感じる。
ちなみに、富士山は静岡県と山梨県の県境に跨って
位置するし、富士山山頂(8合目以上)の土地の
所有権は、過去、いろいろないきさつがあったが、
現在では、一部は「富士山本宮浅間大社」が持つ)

静岡浅間神社は大きな神社であり、その参道は
長く(約600m)、ほぼ商店街でもあり、多数の
飲食店や土産物店等が並ぶ。
しかし、コロナ禍からか? あるいは参拝客が
あまり多く無い時期だからか? 多くの店舗は
営業していなかった。
静岡浅間神社からの帰路は、前述の駿府城(公園)
によって、発掘現場等を見学。ここからは一旦
JR静岡駅に戻り、コインロッカーから荷物を取り
出して、さらにJR在来線で東静岡駅に向かう。

東静岡での目的地は「護国神社」である。
行き先に神社が多いのは、信心深くて参拝する
という訳ではなく、地方独自の珍しい授与品
(おみくじ、お守り、ステッカー等)を収集する
為だ。
護国神社には、「ジョウビタキ」や「セグロ
セキレイ」といった、都会ではあまり見ない
(注:人口密集地には居ないが、都市部の公園
や河川等でも、稀に見かける)野鳥が居た。
(↓写真は、ジョウビタキのオス)

野鳥を見る事は冬場には多いのだが、コンパクト
カメラ1台では、なかなか撮り難い。望遠域が
全く足りないからだ。一応はカメラバッグに
ボート撮影用の超望遠システムが入っているが
取り出して組み立てるのが面倒だし、そうこう
しているうちに、野鳥は何処かへ飛んでいって
しまう。今回は、コンパクト機のデジタルズーム
拡大機能(注:画質は大きく劣化する)で、お茶を
濁しておこう。
「護国神社」の本殿までの距離は、東静岡駅から
およそ700mだ。さて、東静岡駅に戻り、さらに
JRで清水駅に向かう。
清水駅が、翌日に行われるドラゴンボート大会
「ツナカップ」の最寄駅であり、ここに宿も取って
いる。まずは宿に向かってチェックインし、荷物
を置いてから、街を散策するとしよう。
「清水」は、以前は静岡県清水市であったのだが、
2003年に静岡市と合併し、現在では静岡市清水区
となっている。
この地で著名なものというと、まずサッカーの
「清水エスパルス」、そして漫画&アニメの
「ちびまる子ちゃん」の舞台となっている。
さらには、「清水(の)次郎長」も名前は聞いた
事があるだろうが、何をやった人なのか?は、
余り知られていないかも知れない。
「清水(の)次郎長」は、元は清水を縄張り
としたヤクザ(侠客)であるが、後に実業家と
して、清水地区等の発展に尽力した人だそうだ。
様々な実績や逸話があるが、長くなるので割愛する。
ちなみに、清水次郎長の本名は「山本長五郎」
であり、その生家は清水の「巴川」のほとり。
昨年末の「ツナカップ」ドラゴンボート大会の
観戦記で紹介した「巴バーガー」は、この地名に
由来する。
それと、「寿司くいねぇ」のセリフは清水次郎長
ではなく、その子分の「森の石松」だ。
この「森」とは、遠州の「森」の地名(森町)の
事であり、そこが石松の出身地と言われている。
現在では「森町」に行くには、天竜浜名湖線の
「遠州森」駅がある。ここ清水からは遠いが、
2012年の本シリーズ記事「掛川紀行」前編で、
遠州森町の町並みを少し紹介している。
ちなみに、天竜浜名湖線の駅名には「遠州xx」
というものが多い。「遠江(とおとおみ)xx」
では読み難い、というのも理由かも知れない。
清水の話に戻って、清水次郎長ゆかりの土地は
この「江尻(宿)」であろう、この名称は
東海道の宿場としても著名だ(第18次)

それから、清水あるいは静岡県全般には多数の
「グルメ」があるのだが、それについては、
昨年末の「ツナカップ」の観戦記事で、色々と
紹介しているので、適宜参照されたし。
・・と、このあたりで、使用していたコンパクト
カメラのFUJIFILM XQ1(2013年)が不調となった。
カメラ自体は、以下写真のような外観である。

不調の状況は、カメラ背面にあるダイヤル
(ロータリーエンコーダー)の接触不良だ。
絞り優先AE(Aモード)では、このダイヤルで
絞り値を調整するのだが、逆廻りが効かず、
どんどんと絞り込む方向にしか動かない。
これでは夕刻になっていくと、絞りF11等では
シャッター速度が遅くなり、手ブレ必至だ。
で、これはもう、応急修理は効かず、帰宅後等で
接点復活剤等をダイヤルの隙間から注入するしか
無い状況だ。
だましだまし使うには、背面ダイヤルを非常に
ゆっくりと1段階づつ廻し、たまたま上手く自分が
望む方向へ接点が動作するのを待つか、あるいは、
絞り優先を諦め、プログラムAEとすれば、まあ
一応、その場の露出値(輝度)に応じて、絞り値は
適当(適切)な値になってくれる。
カメラを騙し騙し使いながら、江尻宿の商店街を
抜けて、JR清水駅の反対側の清水港(江尻港)に
向かってみよう。
ここでは、たまたまだが富士山を見る事が出来た。

静岡に行けば富士山はいつでも見れる、と思って
いるかも知れないが、実は、見える機会は、そう
多くは無く、夏場では、ほとんどいつでもモヤが
かかっているようにコントラストの低い富士山しか
見る事ができない。例年では、夏場にボート大会が
行われたり、遅くとも10月の来訪なので、ほとんど
富士山は見る機会が無かったのだが、今年はコロナ
禍で大会が11月に延期となった為、冠雪をしている
富士山を(澄んだ秋の大気の中で)見る事が出来た。
それでもコントラストは低いので、コンパクト機の
XQ1に備わるエフェクト機能で、メリハリを強調
して撮る事にしよう。
富士山が見える状況は希少なので、JR清水駅から
名勝「三保の松原」(富士山を観るスポット)迄
バスで向かう事も一瞬考えたのだが、バス自体は
30分も乗らないものの、バス待ちや徒歩等で都合
1時間は、かかってしまうだろう(それに、バス
料金も比較的高額だったように記憶している)
今からは残念ながら時間切れだ。さすがに半日の
旅程で、あれもこれも、と詰め込む事はできない。
(それでは、まるで、京都に観光に行って、
「金閣寺に行きたい。それから嵐山にも清水寺にも
寄ってみよう」と考えるようなものだ、それらを
全て1日で巡るのは、まず無理である)
そして、案の定、富士山は、ほんの数十分で
ここ清水港からは見えなくなった。
やはり、「三保の松原」に向かわずに正解だった。
(注:翌日も、清水港からは富士山は見えず)

ここ清水港は、広範囲に広がっている。JR清水
駅近くの清水港を「江尻(港)」と呼ぶ事があり
「エスパルスドリームプラザ」のある、およそ
1.5kmほど南の清水港を「日の出(港)」と呼ぶ
場合もある。両者間は歩いても行ける距離だが、
連絡船が出ていたり、「ドリプラ」の営業時間内
であれば、JR清水駅~新清水駅~ドリームプラザ
間の、無料シャトルバスも運行している。
て、清水港(全体)は、(冷凍)マグロの水揚げ量
が日本一である事で知られている。
ただ、コロナ禍で状況が変わっていて、もしかすると
ここ数年間は、マグロ漁獲量日本一は、清水港では
無いかも知れない。ただまあ、日本有数のマグロ
漁港ではあり、有名水産会社の冷凍倉庫や缶詰工場
等も多数存在し、大きな「清水魚市場」もある。
例年10月には、ここJR清水駅周辺では「まぐろ祭り」
が行われ、多数の屋台やイベントでにぎわう。
本来ボート大会の「ツナカップ」も、「まぐろ祭り」
と連動して行われているのだが、2020年はコロナ禍
で中止となり、2021年では、両者は別々の日程に
延期されていた。(12月に「マグロ博」として
開催されたそうだ)
カメラであるが、帰宅後に「KURE 接点復活剤」の
スプレーをロータリーエンコンダー部に注入すると
幸いな事に、瞬時に復活した。

(参考:KURE CRC 5-56DXは、一般的な5-56
に対して、拡散力と浸透力が高い事が特徴だ。
いくつもの種類の類似したスプレーを持っている
のは、電気・機械類の種類や不調の症状により、
これらを使い分ける事にしているからだ)
私は、銀塩時代より多数のFUJIFILM製のカメラを
所有して来たが、正直、他社製カメラよりも耐久性
が低いものが多い。数百台の所有カメラ数において
他社機での(自然)故障確率は、数%にも満たない
事が普通だが、FUJIFILM製のものは、概算だが
30台前後の内、6台以上が故障してしまっていて
約20%の故障確率だ、これらは廃棄処分となって
しまっている。ちなみに、今回の接触不良ごとき
では故障とは見なしていない。ここで「故障」とは、
もう修理も効かず、完全に使えなくなってしまう
状況を示す。
さて、清水の町の散策だが、もう夕刻である。
例年ならば、「エスパルスドリームプラザ」にて
翌日の大会に参加する為に、全国から集まってきた
選手達による100人規模以上での「大懇親会」が
行われ、大いに盛り上がっている時刻である。
しかし、今年は、コロナ禍での感染拡大防止の
観点で、当然ながら懇親会は中止だ。
1つの楽しみが無くなってしまったのだが、これは
もうやむを得ない、清水駅周辺で何か食べて
ホテルに帰って、大人しく野球の日本シリーズ戦
でもTVで見ているとしよう。
(注:大谷選手がMVPに選出された直後の頃だ)

なお、翌日の「静岡ドラゴンボート第11回
ツナカップ」については、無事に開催されていて、
2021年12月に、前後編として本ブログに観戦記
を載せている。
では、本【遠州駿州紀行】記事は、このあたり迄で。
本シリーズは、不定期での連載となっている。