今回は補足編として、「高エンジョイ度」。すなわち
「使う事が楽しい」と思えるレンズを9本紹介しよう。
なお、全て過去記事で紹介済みのレンズにつき、
個々のレンズの詳細や長所短所等の話は大幅に省略し、
「使っていて何が(どこが)楽しいのか?」という説明、
又は「レンズに対して、どういう点を楽しむべきか?」
という視点での解説を主とする。
但し、今回紹介のレンズ群においては、トップクラスに
使いこなしが困難な物も多い。初級層等を対象とした
推奨製品には全てが成り得る訳でも無いので、念の為。
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では、まず最初のシステム

レンズは、LENSBABY 3G
(中古購入価格 10,000円)
カメラは、SONY α6000(APS-C機)
2000年代後半のティルト(アオリ)型レンズ。
「3G」とは「第三世代」という意味で、LENSBABYの
初期の製品である。
2000年前後には、いわゆる「ミニチュア効果」系の
写真がアマチュア・アート層や写真学生層等において
流行したが、その効果を得るには、とても高価な業務用
ティルトレンズを使う事や高度なレタッチ(編集)技能が
必要とされ、アマチュア層には、かなり敷居が高かった。
(しかも、そうやって、お金や技能で物事を解決しようと
するスタンスは「アート層」が最も嫌う方向性である。
彼らの求める要素、あるいは武器は、感性・感覚なのだ)
そこで、安価なティルトレンズにより、こうした層への
ニーズに向けての製品展開を始めたのが米国LENSBABY社だ。
LENSBABYのティルトレンズは、アート層等を中心に支持
され、ブームとなり、同社の弁を借りれば「フリーク」
(Freak、熱中する人)と呼ばれるユーザー層を生み出した。
「フリーク」は、日本でも外来語として使われているが、
海外においては、「少々異常なまでに心酔する」という
強い意味合いで使われるケースも多い言葉である。
本レンズの当時は、まだKenkoTokina社がLENSBABYの
販売代理店を務めていなかった時代であろう。であれば
本レンズを直輸入した人は、かなりの「フリーク」で
あったかも知れない。
KenkoTokina社が代理店となった以降、LENSBABYの
TILT系レンズは、Muse,Composer Pro/Ⅱ,Sol等、多数の
製品が販売されて現代に至る。私は次世代のMUSEまでは
所有しているが、いずれも同じ用途なので、それ以降の
製品は、現状ではコスパが悪いと見なし購入していない。

さて、「3G」は、現代のComposer系に比べると、かなり
無骨なデザインだ。支柱やバネが剥き出しとなった外観は
エレガントさは無いが、その逆に「いったいこれは何だ?」
という異様な印象を与える事であろう。
見る人は、その外観的な異様さに加えて、「いったい
これをどうやって使うのだ?」という疑問が沸いてくる
であろう、およそ簡単に使えそうなシロモノでは無い。
まあ、確かに本レンズは、外観の印象どおり、とても
使いこなしが難しいレンズだ。しかし、それゆえに、
テクニカル的な使いこなしの「エンジョイ度」が高まる。
(「なんとかしてこれを使ってやろう」という、向上心、
好奇心、チャレンジ精神が生まれる)
さらには、「これを使うのは、そう簡単では無いぞ」と、
他者に対する、一種のプライドやステータスのような
心理さえ生じる事があり、それもまた一種のエンジョイ度
に繋がっていると思う。
まあ、実用的にはComposer以降を買った方が簡便であろう。
・・と言うか、そもそもティルト系レンズを用いたアート的
表現作品等は・・ ビギナーかつ「Hi-Fi」志向が大半である
現代2020年代のカメラユーザー層には相容れない世界観だ。
まあでも、そんな時代だからこそ「君達には、この世界を
理解するのは無理だよね?」と、ここでも捻くれた優越感を
得る事も出来るレンズだ。
相当に屈曲している心理ではあるが、元々、マニア道とは、
そういう要素も多少なりとも含むものだ・・
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では、2本目の高エンジョイ度システム

レンズは、Voightlander NOKTON 42.5mm/f0.95
(注:変母音記載省略)(新品購入価格 90,000円)
カメラは、PANASONIC DMC-G5(μ4/3機)
2010年代のμ4/3専用MF「超大口径レンズ」である。
過去何度も紹介しているレンズなので詳細は割愛するが、
ミラーレス・マニアックス名玉編で、総合第2位となった
名玉(迷玉?)である。
諸収差が大きく、描写力という点では決して褒められない
本レンズであり、おまけに高価でコスパが悪い。
しかし、そんな弱点だらけの本レンズが、何故総合2位に
ランクインしたかは?恐ろしくマニアックでエンジョイ度
が高いレンズだからである。
特に、希少な「F0.95」の超大口径からなる「表現力」は、
中近距離の、目で見えているもの全てを、全くの別世界の
ように写真として収める事が可能だ。これはつまり、
被写界深度がとても薄く、肉眼でのパンフォーカス視点
とは、完全に異なる世界(観)である、という意味だ。

85mm/F1.4級レンズでも、そうした世界は得られるが、
昔から続く変な(正当では無い)常識(思い込み)により
「85mmは人物写真に使うべきだ」という心理的な縛りが
存在する。
この根源は、交換レンズの販売促進の為に、数十年前に
業界が作り出した「幻想」であるから、いつまでもこれに
拘る必要は無い。・・というか、これを積極的に壊していく
必要があり、さも無いと、例えば85mmレンズの評価記事
等では、殆どが綺麗な職業モデルを雇ってのポートレート
作例ばかりになっていて、レンズ自身の絶対的性能よりも
美人のオネイサンの魅力にばかりに視点が行ってしまう
という状況だ。これはレンズ本来の表現可能性を追求する
為の評価としては、あまり適正な方法論では無いであろう。
(つまり、新たな「用途開発」を阻害してしまう)
で、アマチュア層から職業写真家層にまで根付いてしまって
いる、この「呪縛」から逃れるのは容易では無いのだが、
最も簡単には「焦点距離を変えてしまえ!」という対策
がある。つまり70mm,75mm,77mm,90mm等のレンズ
であれば、「これはポートレート専用だ」等という錯覚や
思い込みを持つ事は、まず無い。
これで、ごく簡単に「85mmの呪い」を解く事が出来る。
本NOKTON 42.5/0.95も同様、これを「フルサイズ換算
85mmだから」と言って、人物写真に使おうとすると
またそれも「呪縛」から逃れきれていない。
実用上では、本レンズの浅い被写界深度や低い描写力から
すると、人物撮影に向いているレンズだとはとても言えない。
そもそも、そんなに簡単に使いこなせるレンズでは無い
訳であり、業務上の人物撮影に本レンズを使用したら、
納品できる品質の写真の、あまりの枚数の少なさに、
きっと愕然としてしまう事であろう。ピンボケはもとより、
浅すぎる被写界深度で、何を言いたいのかわからない
写真だらけとなる。つまり「歩留まり」が壊滅的に悪く、
業務(人物)撮影では、とても使えない。

結局、本レンズのエンジョイ要素としては、「85mm=
人物写真の呪縛から逃れ、見るもの全てを肉眼とは異なる
世界観を創造できる用途開発にある」という事であろう。
その用途が何か? というのは利用者(ユーザー)次第
である、自身が、それを創造する事に意味があるのだ。
それが本レンズにおける最大の「エンジョイ度」だ。
また、そうやって試していくと、本レンズが「とてつも
なく難しいレンズである」という実感も強くなるであろう。
その困難を克服する事もまた、テクニカル的なエンジョイ
度に繋がって行く要素となる。
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さて、3本目のシステム

レンズは、Kilfitt (Tele) Kilar 150mm/f3.5
(キルフィット キラー) (中古購入価格 3,000円)
カメラは、CANON EOS 6D(フルサイズ機)
1960年前後、およそ60年以上も前の、西ドイツ製の
オールドレンズである。
描写力は、お世辞にも褒められたものでは無いが、
本レンズにおいては「特別な使い方」を発見している。
それは、絞り開放、中近距離、やや逆光、といった
撮影条件において、球面収差を主体とする諸収差の
発生により、「非常に上品なソフト(軟焦点)描写」
が得られる事だ。
(注:この用法は、本レンズ紹介の過去記事で何度か
紹介している)
まあ勿論、純粋に軟焦点効果を得てコントローラビリティ
を高めたいのであれば、「ソフトフォーカスレンズ」を
用いた方が簡便であり、かつ表現力の自由度も高い。
だが、本レンズの場合は、本来「箸にも棒にもかからない
低性能なオールド・ジャンクレンズであったものが、
その使い方次第で、表現力の高いレンズに変貌する」所が
とても面白く、エンジョイ度が高まる所以となっている。

上写真は、あまりソフト効果を強めてはいない。絞り値
の変更によりコントローラビリティはある状態なのだが
母艦がミラーレス機であれば、そのあたりは容易だ。
しかし、一眼レフでは、その効果はファインダーでは
良くわからない。
で、単にソフト効果を得る事のみならず、望遠焦点距離と
あいまって用いる事にも意味がある、何故ならば、
望遠ソフトフォーカスレンズは、市販品としては、殆ど
存在しない(皆無?)からだ。
ソフト効果の話ばかりであるが、基本的に、軟焦点化の
原因は収差であって、例えば「球面収差」は、絞り込む
事で急速に減少する。一眼レフのスクリーンだと、その
様子はわかりにくいが、ミラーレス機で高精細EVFの場合
見た目でも、だいたいそれはわかる。
だから、絞り値で軟焦点化の度合いを上手く抑制して
あげれば、本レンズは意外にも普通にちゃんと写る。

結局、望遠での軟焦点化や、そのコントロールによって、
「本レンズでしか得られない表現」が、そこに生じる
可能性がある。
これも「用途開発」や「作画意図」と絡めて、そう簡単な
話では無いが、これはテクニカルなエンジョイ度に加えて、
クリエイティブなエンジョイ度も高まる、という意味となる。
現代では入手困難なレンズであるし、無理をして入手
したとしても、ユーザー各々の用途やスキルに合致する
保証も無い。つまり、誰にでも推奨出来るレンズとは
とても言い難い状況であるが、それもまた、「この
レンズは自分専用」という、一種の心理的な満足感に繋がる
部分もある、このあたり全般を含めて、楽しいレンズだ。
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さて、4本目のシステム

レンズは、Lomography (xZenit) (New) Petzval (85)
(Art) Lens 85mm/f2.2(中古購入価格 50,000円)
カメラは、SONY α7(フルサイズ機)
2010年代の「ぐるぐるボケ」レンズである。
このレンズについては、最近の本シリーズ第37回記事
「ペッツヴァール対決」編に詳しい。
というか、当該記事の大半を出自や原理の説明に費やして
しまう程に「ややこしいレンズ」であり、上級マニア層
や実践派アート層以外には、非推奨のレンズである。
基本的には「ぐるぐるボケ」が出る事が、本レンズの
特徴であり、その特異な描写を「どのような写真表現に
繋げていくか?」という、クリエイティブな用途開発が
本レンズ利用の主眼となるとは思うが・・・

最近私は、本レンズが「常に、ぐるぐるボケが発生する
訳でも無い」という特性(上写真が一例)に、非常に
興味が出てしまっている。
すなわち原理的には、像面湾曲と非点収差により、この
特性が生じるが、「これは、一般レンズにおける”ボケ質
の破綻”とも、密接な関係があるのではなかろうか?」
という仮説だ。
「ボケ質破綻」は、多数の交換レンズ(中には、名玉と
称されるものもある)において、稀に発生する事は、
古くからマニア層間で知られてはいたが、その発生条件を
特定する事は非常に困難であり、特に銀塩機やデジタル
一眼レフでの、その特定や解析は不可能に近い状況でも
あった。
しかし現代、ミラーレス機を使えば、高精細のEVFと
実絞り測光により、その「ボケ質破綻」の発生条件を
特定する手がかりが掴めるとも思っている。
(匠の写真用語辞典、第13回記事参照)
一般レンズでは、ボケ質破綻を出すのが難しいケースも
あるが、「ぐるぐるボケ」レンズで、「ぐるぐるボケ」
(=すなわち、ボケ質破綻と等価であるという仮説)
を出す事は、さほど困難では無い。

さらに加えて、科学的な解析をも進めている。
下写真は、自作(独自)画像処理アルゴリズムによる
ボケ質解析ソフト「Trans Focus」による、ぐるぐるボケ
を解析中の画面である。

こうした様々なアプローチから、「ボケ質とは?」
という部分を研究していくことは、とても興味深い。
これも、ある意味、サイエンス的なエンジョイ度を
高めている状況だと言えるであろう。
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では、5本目の高エンジョイ度システム

レンズは、OLYMPUS OM-SYSTEM ZUIKO 90mm/f2 Macro
(中古購入価格 50,000円)
カメラは、OLYMPUS OM-D E-M5 MarkⅡ Limited(μ4/3機)
こちらは、1980年代頃のMF中望遠(1/2倍)マクロ
レンズであり、普通のレンズだ。特に本レンズ独自の
強いエンジョイ度を持つ要素は少ないのだが、描写力
も高く、使っていて楽しいレンズである。

弱点は、現代の視点からは、解像感が低く、逆光耐性も
やや低く、さすがにオールド設計である事を隠せない
「仕様的老朽化」状態だ。
それと、入手性が極めて悪く、場合により、投機対象で
プレミアム相場化している事も大きな課題である。
どうしても本レンズでなければならない必然性は無く、
例えばTAMRON SP60mm/F2をAPS-C機で代用すれば、
全ての面で現代的な描写力が得れる。
(注:ただ、それでは「エンジョイ度が高まらない」
という判断もある事は事実だ。何故ならば、あまりに
安直であり、レンズ性能に頼った状態だからだ)
本レンズは入手困難につき、非推奨としておく。
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さて、6本目のシステム

レンズは、清原光学(KIYOHARA) VK70R 70mm/f5
(新古品購入価格 14,000円)
カメラは、SONY NEX-7 (APS-C機)
1980年代の「実験的製品」としてのソフトレンズ。
何が実験的か? と言えば、これは、ある雑誌の企画で
「VPK(ヴェスト・ポケット・コダック)や、ベス単の
フード(絞り機構)外しの改造による、
ソフト(軟焦点)描写を、現代に蘇らせる」
というプロジェクトがあり、それに基づき、普段は写真
用レンズを製造販売しない光学機器メーカーで開発され、
数機種が短期間だけ限定で販売されたものであるからだ。

上写真のように、本レンズを中間絞り(F7~F9)
で使うと、上品なソフト効果が得られ、これが本来の
「VPK(ベス単フード外し)ライク」な使用法である。
私は、さらに特殊な本レンズの使い方を「用途開発」
していて、これは、絞りをF11以上、目盛りを超えて迄
絞り込むと、まるで輪郭をなぞったような「パキッパキ」
の独特の描写となる事だ。(下写真)

なお、全てのソフト(フォーカス)レンズでこの効果が
出る訳では無い、そこはレンズ構成と仕様によりけりだ。
このように、製品の仕様的または設計上での「想定外」
の新たな用法を探し出す事は、決して「邪道」では無く、
アート的な視点では、ごく普遍的な話だ。
著名な例としては、1970年代、アナログ・ミュージック・
シンセサイザー(電子楽器)が一般に普及した際、
VCF回路のレゾナンス(倍音調整)つまみを、一杯にまで
廻して(上げて)しまうと、この回路は「自己発振」し、
調整中の元の音とは無関係の、「ピー」という変な音が
するようになった。
ある楽器メーカーでは、「これは設計上では想定外の
状態だから、その発振が起こらないようにしよう」と
安全対策を行ったが、多くのメーカーのシンセは、
その(変な音が出る)仕様のまま、製品が発売された。
だがこの「異常な音」を、ミュージシャン達は、上手く
加工して「口笛の音」にそっくりな音として活用したのだ。
発振状態なので音程も不安定だ、でも、それが、ますます
「人間が吹く口笛の感じに良く似ている」と評判となった。
これは当時の電子音楽界でブームとなり、国内のシンセ
奏者の巨匠「冨田 勲」氏(1932-2016)も、当時の彼の
アルバム作品の中で、「レゾナンス発振による口笛の音」
を有効に活用している。
このブームにより「口笛ミュージシャンが廃業する!」
という噂も音楽業界に流れたのであるが、まあそれに
ついては、口笛ミュージシャンなる「専門職」が実際に
居たかどうかは、さだかでは無い。
で、この「レゾナンス発振」がついていない(つまり
技術的な安全対策を施してある)シンセは逆に不人気に
なってしまった、という歴史である。
その後、1980年代にデジタル化されたシンセサイザー
では、ごく初期の物を除き、「レゾナンス発振」は
標準機能として(シミュレートされて)搭載されている。
まあつまり「アートの世界」に「邪道」は存在しない、
使えるものは何でも使う訳だ。そして、それにより
他人と異なる「新しい表現」を求めていかないかぎり、
そもそもアートには成り得ないのだ。
音楽や絵画では、それは当然の話であり、写真だって
勿論そうである。
(この話は、同時に、メーカー側による過剰な安全対策は
アート表現上では「有害である」という教訓になっている。
特に現代の一部のメーカーのカメラについては、ビギナー
層が誤操作を行わない為の、過剰な迄の安全対策が施され
ていて、上級層にはとても不評だ。まあこれは「過保護」
と言うよりは、「クレーム対策」の意味合いが強い訳だが、
あらゆる機材・機械を扱うのは、基本的には自己責任で
ある。それをそうと思わないで、メーカーや機材に責任を
押しつける現代人の風潮も、また大きな問題であろう。
例:”このカメラは色味が悪い”とか→調整すれば済む)
で、初級中級層が、他人と横並びの「Hi-Fi」(高忠実性)
写真を撮る事だけを目指しているならば、写真の本質に
対しての理解が、まだまだ足りない事となる。
他人と違う事を「邪道」だとか言って、他者と同じ事を
なぞっている状態では、それは「習い事」の世界であり、
決して「アート」や「表現」では無い。
まずは、その「思い込み」を壊す事から、始めないと
ならないであろう。
基本的に、「アート」とは、それまでの常識を壊す事
から始まる訳だ。
そうした事を楽しむ(つまり、エンジョイ度)と思えない
ならば、ずっと「習い事」を続けるしか無い状況だ。
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では、7本目のシステム

レンズは、smc PENTAX-FA 77mm/f1.8 Limited
(新品購入価格 74,000円)
カメラは、PENTAX KP (APS-C機)
2000年代の変則焦点距離AF小口径中望遠レンズであり、
言わずと知れた「レジェンド」と言える名玉中の名玉
の「ナナナナ(通称)」である。
「ナナナナを買わずして、どのレンズを買うのだ?」
とは、もう本ブログでは何十回書いた事であろうか?

弱点が殆どなく、バランスの取れたレンズとして、
「エンジョイ度」は全レンズ中、トップクラスである。
ただ、他の、特殊な機能を持つレンズ(例:ティルト等)
のような、そういう類の「エンジョイ度」では無く、
正統派レンズをオーソドックスに使っていて、なおかつ
楽しい、という観点の評価である。
発売後20年を超えるロングセラー製品でありながら、
地味なスペック故に(初級中級層は誰でも85mm/F1.4
を欲しがるから)、上級マニア層以外には、あまり注目
されていない不遇なレンスだ。
だがまあ、2000年代であれば、本レンズは確かに
イチオシ(最も推奨できる)製品であったのだが、
2010年代ともなると、基本設計の古さによる「仕様的
老朽化」も目立つようになってきてしまっている。
現代において、ぶっちゃけ言えば、似たスペックで
あれば2010年代のTAMRON SP85/1.8(フルサイズ対応)
とか、OLYMPUS ED75/1.8(μ4/3機用)の方が、一部、
ナナナナよりも性能が上回る面もある。
だけどまあ、だからと言って、本レンズがもう使えない
程古い、という訳では無い。上記ライバルレンズには
存在する小さい弱点も、本レンズでは総合的なバランス
として、目立つ弱点は皆無であるからだ。
まだまだ、しばらくの間は、現役で頑張って貰いたい
レンズである。
(追記:2021年に、約20年ぶりの後継型が登場。
「smc→HDコーティングとなり、円形絞り機構を採用」
との事だ。光学系が同一ならば、新型は多分買わない
と思うが、選択肢が増えるのは良い事だ)
ちなみに「エンジョイ度」が低いと評価されるレンズ
(やカメラ)は、必然的に趣味撮影における使用頻度が
低下していく、つまり、あまり使わない・持ち出さない
機材となってしまうのだ。
逆に言えば、「エンジョイ度」が高い機材は、それは
使用頻度が高まる。勿論ここで「エンジョイ度」の定義は
利用者毎にそれぞれではあるが、自身における利用頻度が
高い機材が「何故エンジョイ度が高いのか?」と考察する
事は、それなりに意味があると思う。
(つまり、自身が機材に求める要素への理解に繋がる。
これを理解していないと、「他者が良いと言ったから」
といった受動的な理由でしか、機材を選択できなくなる。
他者と自身は、撮影目的も利用環境もスキルも好みも
違うのだから、他者の意見が参考になる筈も無い)
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さて、8本目のシステム

レンズは、PENTAX 07 MOUNT SHIELD LENS
11.5mm/f9 (中古購入価格 4,000円)
カメラは、PENTAX Q7(1/1.7型センサー機)
2010年代の、収差発生型トイ(ユニーク)レンズ。
本レンズは、凸レンズが1枚入っているだけの簡素な
構造であり、その描写傾向は、「虫眼鏡」を見れば
とても良く理解できる筈だ。(注:人間が虫眼鏡の
映像を見る場合、目は無意識的に焦点調節を行って
いるが、カメラ(写真)の場合では焦点調節が必要で
あり、このレンズにはピント機構が無い為、厳密に
言えば、虫眼鏡での映像感覚と等価では無い)
写真撮影上での使いこなしを感覚的に述べれば、
自分の視野内に、野球で言う「ストライクゾーン」の
ような直方体(立方体)を想像し、その空間に入った
被写体は、比較的くっきり写り、その周囲の画像は
大きく「流れて」写ってしまう状況を意識する。
よって、基本的には「ストライクゾーン」の空間に
入る被写体を探して撮る訳なのだが、ここで、いつも
「ストライク」を投げる必要はなく、たまにはボール球も
投げるのも面白い。すなわち主要被写体を、あえて描写が
流れる「ボール空間」に置いて、関係の無い二次被写体や
背景を、くっきり見せる、という変則用法も興味深い。

また、エフェクト(フィルター)機能を併用する事で
さらにその表現力の組み合わせは増大し、これまで
見た事も無いような、特異な描写表現を得る事もできる。
このあたり全般のコントローラビリティ(制御要素)と
アンコントローラブル(制御不能)な要素のバランス感が、
本レンズにおける「エンジョイ度」が高まる骨子だ。
まあ、前述のように写真の本質は「表現」であるから、
その道具としてのカメラやレンズには、そうした自由度
が、できるだけ高い方が望ましい訳だ。
しかし、ただ闇雲に、あるいは偶発的に、変な写真を
撮っているだけでは意味が無い。それでは単なる「遊び」
にしかならないからだ。
ちゃんと、カメラ機能やレンズの光学的な原理を理解し、
それをどう表現に活用すべきか? を考えて撮らないと
ならない訳だ。
世間では、「何かデタラメをやっている事が、芸術だ」
と勘違いするような節も一部に見られるのであるが、
そういう考えや見方をしてしまうのは、芸術分野に全く
関係や見識が無い人達であろう。
たとえデタラメに見えても、「意味のある表現」を目指して
いるならば、それが世間的に評価されるか否かはさておき、
それは間違いなくアートであり、逆に、ただ単にデタラメを
やっているのであれば、それはアートには成り得ない。
あの「ピカソ」だって、若い頃は、とても精緻で上手な絵を
書いていた事は、良く知られた事実であろう。
決して、デタラメで「キュビスム」(=後期のピカソに
代表される絵画の技法)を完成させた訳では無いのである。
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では、今回ラストの高エンジョイ度システム

ミラーは、TOKINA Reflex 300mm/f6.3 MF MACRO
(中古購入価格 18,000円)
カメラは、PANASONIC (LUMIX) DMC-GX7 (μ4/3機)

2010年代のミラー(レンズ)である。
銀塩時代に超望遠レンズの代替として流行したミラー
(レンズ)の新鋭版であるが、新設計だけあって、
銀塩ミラーには無い、多くの長所が搭載されている。
1)超小型軽量で換算600mmの超望遠画角が得られる。
(注:μ4/3機専用、但し、うまくすれば性能制限は
あるが、Eマウント機にも装着できない訳では無い)
2)前部に通常フィルター(φ55mm)が装着可能。
(旧来のミラーは、これが不能か、又は後部フィルター)
3)電子接点を持ち、EXIF対応、内蔵手ブレ補正焦点距離
設定自動対応、MFアシスト(自動拡大、距離指標等)
に対応している。
4)銀塩時代のミラーより高画質(但し、リングボケは出る)
5)最短撮影距離の短縮(最短80cm)撮影倍率1/2倍以上
として(超)望遠マクロの代用となる。
これらの特徴的要素を活用できる事から、「エンジョイ度」
が高いレンズとなり、特に、昆虫、野鳥、小さい草花等の、
フィールド(自然観察)全般に向くレンズである。
いや、それらの撮影に特化する事で、本レンズの有用性を
最大限に高める事ができるようになるであろう。
さほど高価では無いので、μ4/3機ユーザーには推奨だ。
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さて、今回の「高エンジョイ度レンズ編」は、このあたり
迄で、次回記事に続く。