本シリーズでは、やや特殊な交換レンズを、カテゴリー
別に紹介している。

今回は「CONTAX PLANAR」(コンタックス プラナー)
編という主旨で、ヤシカ/京セラ製を主とした、プラナー
銘を冠する国産レンズを6本紹介しよう。
時代背景は1975年~2002年の、およそ30年間弱である。
なお、「プラナー」(注:レンズ上の表記は、Planar)
の意味や出自については、記事中で追々説明する。
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ではまず、最初のプラナー

レンズは、CONTAX Planar T* 50mm/f1.4(Y/Cマウント)
(中古購入価格 19,000円)(以下、P50/1.4)
カメラは、SONY α7 (フルサイズ機)
1975年に(ヤシカ)CONTAX RTS(銀塩一眼第5回記事)
の登場に合わせて発売された大口径MF標準レンズである。

さて、「Planar」とは、英単語においては「平面」という
意味がある。ドイツ発祥の命名なので、「平坦」という
意味の独語「Plan」から来ているそうだ。
元々の命名は1897年と古い。カール・ツァイス社の
著名な設計者の「ルドルフ氏」の手によるものであり、
レンズの収差の殆どを、良好に補正しているという
高性能レンズ(アナスチグマートと呼ぶ)に与えられた
称号だ。この発明(設計)時点でのプラナーは、前後
対称型の「ダブルガウス構成」である。
ただ、発明後、一般的なレンジファインダー機や一眼レフ
用のレンズ名としては、殆ど使われておらず、産業用等の
特殊な用途で存在していたにすぎない。
その理由は恐らく、設計上では高性能ではあったが、実際
の製造上で技術的な課題が残っていた為ではなかろうか?
(例:レンズの貼り合わせ数が少なく、コーティング技術が
まだ無かった時代では、レンズ内面(内部)反射による、
光線透過率の減少が防げない等。注:推測につき詳細不明)
あるいは、完全なダブルガウス型構成では、(特に一眼
レフ用の場合では)バックフォーカスの確保が難しかった
のかも知れない。
プラナーが写真用交換レンズとして一般的になったのは、
(・・1960年代のContarex用があるが、これは非常に
高価なシステムであった為、あまり普及したとは言えず)
やはり本レンズP50/1.4の発売が契機となったと思われる。
まあ、とは言え、プラナーとはつまり、ダブルガウス型
構成であるから、本レンズ登場(市販)以前の1950年代~
1960年代においても、元祖のプラナー型構成を元にした
「変形ダブルガウス型」構成の一眼レフ用レンズは、各社
から色々と登場していた訳であり、その発展期において、
やっと本P50/1.4が、「こちらが本家プラナーだ!」
という感じでの、遅れ馳せながらの参入であった。
その間、本家カール・ツァイスは何をやっていたのか?
と言えば、第二次大戦後の東西分断のゴタゴタがあって、
その後、西側のツァイスおいては「コンタフレックス」や
「コンタレックス」等の一眼レフを販売してはいたが、
プラナー銘の交換レンズは少なかった(数機種程度か??)
と思われる(注:レンズ交換式や固定式があって、かなり
ややこしい状況だが、殆どがテッサー型等だ。またレンジ機
や二眼レフ用においては、Sonnar型構成の物も多かった。
コーティング技術が未発達な時代ならば、レンズ構成での
貼り合わせが多いゾナー型が有利だろう。ただ、ゾナーは
バックフォーカスを保たなくてはならないので、一眼レフ
用での「広角のゾナー」は、ズームを除き存在しない)
よって、プラナー銘(構成)のレンズは、本家ツァイスに
おいても、殆ど発展していなかったように思える。
そして1970年代には、ツァイスは、写真用カメラ事業から
撤退してしまう。(まあ、日本製一眼レフの台頭が主因だ)
その事により、1970年代前半に日本のヤシカはツァイス系
の「商標」の使用権を獲得し、1975年には「CONTAX」や、
「プラナー」等の交換レンズ名称も使えるようになっていて、
それらの製品が発売された訳だ。
でも、本P50/1.4は、元祖プラナーの設計とはずいぶんと
異なっている。まあ、元祖はこの時点でも、既に80年近くも
前の設計であり、その間の技術的進歩(例:屈折率や色分散の
異なるガラス素材の種類の増加や、多層コーティング技術の
発達等)もあった訳であるし、そもそも元祖プラナー型の
完全対称型構成では、一眼レフ用にバックフォーカスを稼ぐ
事は難しい。だから、国産の一眼レフ用標準レンズでは、
プラナー型の構成をベースに、時代と共に改良が続けられて
来た訳であり、それについては例えば、本シリーズ第43回
「MINOLTA ROKKOR標準レンズ」編でも説明したように、
1950年代~1980年代にかけて、変形ダブルガウス型
構成標準レンズでは、様々な改良の歴史があった訳だ。

まあ、そんな時代の中で、本P50/1.4の位置づけであるが、
既に一眼レフ用の大口径標準レンズの変形ダブルガウス型
構成の改良が進められて来た状況において、それら新技術
を参考にしながら、さらにその1歩上を行っていたと思う。
具体的には、他社の同等仕様品が、5群6枚、または稀に
5群7枚の構成であったのが、本P50/1.4は、6群7枚である。
少し贅沢な設計が許されたのは、「CONTAX」のブランド
力があったからであり、当時の国産標準レンズでは、
「一眼レフカメラの市場への普及」の大命題もあった為、
そうした贅沢な設計の高額レンズを作りたくても作り難い。
(=高いカメラ・レンズを売る訳にはいかない、ただでさえ
1970年代は、物価が大きく上昇した時代である)
だが、「新生CONTAX」の市場での地位を磐石にする為にも、
そして既に神格化される程に著名であったツァイスのブランド
イメージを維持する為にも、あまり中途半端な製品を作る事は
許されなかったのであろう。
当時としては、頭ひとつ飛び抜けている高性能レンズだ。
(参考:本レンズの5年後の1980年には、CANONよりNew FD
50mm/F1.2Lが登場している、本P50/1.4の市場での好評価を
意識したか? これを超える6群8枚、内非球面1枚という
贅沢な設計として、打倒P50/1.4を狙ったのかも知れない。
(注:単にFD55/1.2ALの改良版かも知れないが・・)
だが、少々高価すぎたかも知れない。NFD50/1.2Lの販売数は
伸びず、後年にはコレクターズ・アイテムとなってしまった。
→本シリーズ第35回、CANON新旧標準レンズ編参照)
まあ、しかしながら、現代の視点からは本P50/1.4は、
「使いこなしが難しいレンズである」とも言える。
その最大の理由は「ボケ質破綻」が頻発するからである。
(下写真に実例)

当時、他社一眼レフ・システムより高価であったCONTAXの
システムが購入できたのは、一部の富裕層が主であろう。
・・で、相当に写真をやっていない限りは、ボケ質の判断や
評価をする事は困難だ。
それと、マニア層もまたCONTAX一眼システムのターゲット
ユーザー層である、しかし、目の肥えたマニア層の中には、
このP50/1.4のボケ質問題にいち早く気がついた人も居て
その状態を「プラナーボケ」と評した事もあった。
まあ、当時からCONTAXやツァイスは神格化されていた為、
「プラナーボケ」と言うだけでは、長所とも短所とも言えず
普通に会話していても何も問題にはならない訳だ。
つまり、「ツァイス党」に対して気をつかわないで済む
(忖度する)という事だ。
けど、マニア間では、これは明らかにネガティブな用語だ。
マ「あちゃ~、せっかく良い写真が撮れたと思ったのに、
プラナーボケが出ているよ、困ったものだ」
という感じである。
銀塩時代の機材環境では、ボカ質破綻回避の技法は、まず
使えない。だから偶然、写り(ボケ質)が良くなっている
写真を選別する事しか出来ず、それ以外の「問題あり」の
写真は、皆、全て隠し通した。まあ、せっかく(高価な)
プラナーを使っているのだから、あまり酷い写りの写真を
周囲に見せる訳にもいかない。周囲から、「さすがに
ツァイスのプラナーだ、とんでもなく良く写る!」と
言って欲しい訳である。
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さて、ちょっと話が長くなりすぎた、そろそろ次の
プラナーに進もう。

レンズは、CONTAX Makro-Planar T* 100mm/f2.8 AEJ
(中古購入価格 82,000円)(以下、MP100/2.8)
カメラは、OLYMPUS OM-D E-M5Ⅱ Limited (μ4/3機)
1980年代後半に発売と思われるMF中望遠等倍マクロ。
こちらも「神格化」されたレンズである、
その理由は、約20万円(注:1990年代時点、税別)
という高額な定価だ。これだけ値段が高いと、誰しもが
「良く写る」と思い込んでしまうだろうし、こうした
高額レンズを購入したオーナーも、高価で購入した弁明や
周囲への自慢の要素もあるから、「凄いレンズだ!」と
しか評価しない。だから、評判がどんどんと高まり、
結果的に、「憧れのマクロプラナー」のような状況と
なってしまった。

だが、本レンズも現代的視点からは「極めて使いこなし
が難しいレンズ」である、と断言できる。
その理由は長くなるので割愛するが、参考記事としては
「レンズ・マニアックス第11回~使いこなしが難しい
レンズ編(前編)」で、比較的詳しく述べている。
まあ、ともかく難しいレンズであり、銀塩時代に、この
MP100/2.8を正しく評価する事は当時の機材環境を鑑みても
とても難しい話であっただろう。まあつまり、ぶっちゃけ
言えば、誰も本レンズを使いこなしていない状態において
「とても良く写る」と思い込み、あるいは「神格化」して
いたに過ぎないと思う。
基本的な描写力は悪く無い。けど、操作性の悪さと、重量
の重さと、浅い被写界深度と、露光(露出)倍数による
シャッター速度の低下と、ボケ質破綻、といった課題が、
複合的に押し寄せて来るので、恐ろしく困難なレンズだ。
この手のレンズの事を「修行レンズ」と、本ブログでは
呼んでいる。まあつまり、良い写りを得る為に、修行または
苦行とも呼べる努力をすれば、それが報われる場合もある
だろうが、その労力は、あまり楽しく無い事。それに加えて、
高いスキル(知識や技能全般)も必要とされるし、頑張って
そうしたとしても、良い写真が撮れる確率は極めて低い。
まあ、実用的観点からは、歩留まり(成功率)が低すぎて
あまり使いたく無い類のレンズであるとも言える。
(=「エンジョイ度」評価点が低いレンズとなる)
人気の高いレンズでありながらも、銀塩時代から中古市場
では良く流通していたレンズである。まあ、高い評判を
聞いて買ったものの、使いこなしが難しいと思ったか?
そもそも、それ以前の段階で、ピンボケや手ブレを頻発し、
全く使いこなせずに放出してしまったユーザーが多かった
のであろう。高価なレンズであるが故に、収集型のマニア
や富裕層等の、あまり沢山写真を撮らない人達が買っても、
まず、使いこなせなかったのだろうと思われる。

後年、デジタル時代に入ってからも中古流通は活発であり、
現代においては、4万円台前後という安価な中古相場で
購入する事が出来る。全てのミラーレス機において、マウント
アダプター経由で装着する事は可能ではあるが、前述のように
使いこなしが難しいレンズである事は、現代の機材環境でも
一緒である。一度「修行レンズ」なるものが、どんなもの
であるかを「怖いもの見たさ」で体感してみたいのであれば、
まあ、値段もこなれているので購入を慰留する事はしないが、
かなり大変な事になってしまう状況は確かであろう。
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では、3本目のプラナー

レンズは、Carl Zeiss Planar T* 85mm/f1.4 ZF(コシナ版)
(新品購入価格 101,000円)(以下、ZF85/1.4)
カメラは、NIKON Df (フルサイズ機)
本レンズそのものは、2006年にコシナより発売された
異マウントでのリバイバル版だが、元来のRTS版P85/1.4は、
前述のCONTAX RTSと同時期1975年に発売されたものだ。
(注:その直前1974年に、本家の西独ツァイスより、
Contarex用のP85/1.4が発売された模様だが、販売数が
少ない「幻のレンズ」であり、またRTS版P85/1.4とは、
レンズ構成も異なっていたと聞く→未所有)

本P85/1.4(元祖)も、前記P50/1.4と同様に、国内市場
での「新生CONTAX」の地位を磐石にする為に投入された、
スーパー・ウェポン(兵器)である。
ただ、このレンズ、あるいは元祖となったRTS P85/1.4は、
前述のMP100/2.8以上に使いこなしが困難なレンズだ。
元祖RTS P85/1.4は、MP100/2.8程に高価では無く、
発売当初から、10万円を切る価格帯であったと思われる。
(注:当時の詳細な資料が、もう殆ど残っていない)
だから、CONTAXとしては比較的良く売れたレンズであり、
CONTAXを、そして「プラナー」を代表するレンズであった。
けど、中古市場に玉数が溢れかえっていた事も確かだ。
何故ならば、まともに使う事が難しいレンズであるからで、
その理由については、「レンズ・マニアックス第12回~
使いこなしが難しいレンズ編(後編)」で、詳しく解説
しているので、今回は割愛する。

本レンズを紹介する際、近年では、たいていNIKON Dfを
母艦としているが、これは最適の組み合わせとは言い難い。
総論としては、本レンズ、または元祖RTS P85/1.4は、
一眼レフにおいて、光学ファインダーと開放測光で用いる
のは、少々無理がある状態だ。
一眼レフでは無く、ミラーレス機+高精細EVF+実絞り
測光+各種MFアシスト機能で用いるのが妥当だと思う。
それにより、本レンズの使いこなしの難しさの課題の
大半はクリアできる筈なのだが、まあ、そうしたとしても、
ビギナー層では、お手上げであろう。
有名なレンズではあるが、あまり推奨は出来ない状況だ。
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では、4本目のプラナー

レンズは、CONTAX N Planar T* 50mm/f1.4 (Nマウント版)
(新品購入価格 33,000円)(以下、NP50/1.4)
カメラは、PANASONIC DMC-GX7 (μ4/3機)
2001年に発売された、Nマウント専用AF大口径標準レンズ。
本レンズの発売時、Nシステムは市場で超不人気となっていた。
京セラCONTAXが社運を掛けて開発したNシステムは、価格の
高さや、製品ラインナップの少なさが仇となり、結果的に、
京セラCONTAXは、Nシステムの商業的な失敗から、数年後に
カメラ事業から撤退してしまう事となる。
本NP50/1.4の発売も、マニア層に歓迎された訳では無い。
6群7枚という、26年前のP50/1.4と同じレンズ構成を見て、
一部のマニア層からは、以下のような噂話が流れた。
マ「NP50/1.4は、P50/1.4にAFの側(がわ)を被せただけだ。
だから大きくなった、昔のP50/1.4を持っていれば十分だよ」
この話は、またたくまにマニア層全体に伝播、それを聞いた
マニア達は皆、Nシステムを買い控えした。

ただ、本NP50/1.4はP50/1.4と全くの別物のレンズである。
それは両者を同時に保有し、比較してみれば容易にわかる。
まず、後玉等の外観からしてまるで異なるのだ。こちらは
デジタル時代を見据えて、テレセントリック特性を高めている
事が良くわかる。さすがに、26年前の設計をそのまま使う訳
にはいかないであろう、時代や市場背景が違いすぎるのだ。
まあ、それにしても根拠の無い噂話は怖いものだ。メーカー
のビジネスそのものを崩壊させてしまう程の力がある・・
今更本レンズを買うのは酔狂であろう。中古の玉数は少ない
レア品であるし、現代において、この電子接点型のレンズを
正しく使える機材環境も無い。
本記事においては、機械式絞り羽根内蔵アダプターを用いて
なんとか使用しているが、絞りの構造・効能がまるで異なる。
(本来の「開口絞り」が使えず、「視野絞り」となり、光学
特性が異なる他、コントローラビリティが無くなってしまう)
まあ、なので、本レンズの評価は早々に切り上げよう。
時代の狭間に生まれた、非運のレンズであるのだ。
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さて、次のプラナー

レンズは、CONTAX Planar T* 100mm/f2 MMJ(Y/C版)
(新品購入価格 106,000円)(以下、P100/2)
カメラは、CANON EOS 6D (フルサイズ機)
1980年代後半頃に発売されたMF中望遠レンズ。
本ブログでは何度も紹介している「名レンズ」であるから、
今回は説明は大幅に省略する。

RTS系Planarの中では、個人的に最も高く評価している
レンズであり、様々な撮影条件においても安定した描写力を
提供してくれる(例:ボケ質破綻も少ない)
弱点は、販売されていた時点での定価が178,000円(+税)
と高価すぎた事であり、この結果、所有者も少なく、本レンズ
における正当な評価の情報も殆ど存在していなかった。
幸いにして「投機対象」にはなっておらず、現代においても、
中古市場では稀に適価で見かける事がある。
まあ、RTS版のPlanarを買うならば、本P100/2が、最大の
推奨レンズである。

さて、ここでCONTAXのレンズ型番について説明しておく。
T*:ティー スターと読み、ツァイス方式の多層コーティング
技術を採用しているという意味。1970年代から付けられて
いるが、他社の、例えばPENTAX SMC(1970年代初頭~)や
CANON S.S.C.等と類似技術であり、このT* 技術そのものに、
他社と比べての大きな性能的優位点は無い。
なお、2010年代後半のCOSINA製ツァイスレンズでは、
T*の記載は外れている。(もはや、多層コーティング技術は
「当たり前」という事で、省略されているのだろうか?
あるいは、2000年代のSONY製ツァイスでも、T*銘は記載
されていないので、ツァイス社から「T*を名乗りたければ
我が社から技術ライセンス供与を受け、お金を払いなさい」
という交渉があったのかも知れない。
しかし、多層コーティング技術は、現代の日本でも進んで
いるので、そうした申し出は受けない事であろう・・)
AE:カメラ側の露出方式での絞り優先とM露出に対応している
という意味。逆に言えば、自動絞り機構では無いという事だ。
MM:1985年のCONTAX 159MM(銀塩一眼第12回)の、マルチ
モード露出機能搭載に合わせ、レンズ側でもシャッター優先
やプログラム露出に対応した自動絞り機構を搭載した物。
現代において、CONTAXレンズをマウントアダプターで使用
する場合には、AE/MM、どちらでも問題無い(差異が無い)
また、銀塩時代においても、CONTAXシステムは、絞り優先
露出での使用を推奨していたので、MM型であると言っても
人気や実用性が高い訳では無かった。
J/G:Jは日本製造版、Gは西独(後に東西統一)製造品、
ただし、使用部品や製造規格は全く同じと思われる。
CONTAXが全てが日本製になってしまうと、ブランドイメージ
が低下する事を避けての措置であろう。また、西独ツァイスが
1970年代前半にカメラ事業から撤退した事で、残った関連
工場等での操業を確保する為の理由もあったかも知れない。
Gの付くレンズ機種は最初から少なく、後年には皆無となる。
(まあ、ツァイス系工場が操業を辞めたと言う事であろう)
いずれにしても、JでもGでも性能は全く同じであるが、
銀塩時代では、輸入関税が乗る西独版は若干高価であった
事から、初級マニア層等では「独国版の方が良く写る」と
信じられていた。(勿論、そのような差異は無い筈だ)
焦点距離と開放F値の記載:
CONTAXシステムでは、1.4/85(1:1.4 f=85mm)のような
表記をする事が通例だ。しかしこれは各カメラメーカー毎で
異なる表記法である(ドイツ式、アメリカ式、独自式、等
色々ある) カメラ界では、これの記法が統一されている
訳ではなく、CONTAXの場合は下手をすると、1930年代に
「ライバル他社と同じ書き方をしたく無い」といった理由で、
意図的にこの記法を採用した可能性もある。
現代においても、依然、各社で記法はまちまちではあるが、
それでもだいたい、焦点距離→開放絞り値の順で記載する
事がデファクト・スタンダード(事実上の標準方式)と
なって来ている。近代のSONY版ツァイスレンズでも、
焦点距離→絞り値の順だが、本家ツァイスにレンズを
供給する立場のコシナでは、絞り値→焦点距離の順だ。
ややこしく、かつ、いつまでもカメラ界全体での「標準化」
が出来ていない状態は、個人的には賛同できない為、
本ブログでは、開設当初から 85mm/f1.4といった記法で
各社のレンズスペックを記載している。この記法は必ずしも
正しいとは言えないが、世に公式の標準規格(記法)が存在
しない以上、やむを得ない措置である。
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では、今回ラストのプラナー

レンズは、CONTAX N Planar T* 85mm/f1.4 (Nマウント版)
(新品購入価格 115,000円)(以下、NP85/1.4)
カメラは、PANASONIC DMC-G6 (μ4/3機)
2002年に発売された、京セラCONTAX最後のプラナー。

この後、2005年には、京セラはカメラ事業から撤退して
しまう、そして、その後は、CONTAXの名称(商標)は、
どこも使用していない。
1975年から、僅か30年の国産CONTAXの歴史ではあるが、
カメラ界、そしてマニア層に与えた影響は大きかった。
カメラのAF化、デジタル化という大きな時代の変遷において、
京セラが上手くそれらに対応できなかった事が主因だとは
言えるのだが、変わる事を拒んだのは、ユーザー側での
ニーズや志向に責任が無かったとは言えず、京セラ側
そのものにも、技術力的な問題点があった訳では無い。
良くも悪くも「CONTAX」というビッグブランドの魔力に
誰しもが翻弄されてしまった時代であったのだろう。
本NP85/1.4についての詳細の話も、最小限にとどめておく
入手困難であるし、入手しても、これを正しく使う術(すべ)
が無いので、もう、どうしようも無いのだ。
機械式絞り羽根での「視野絞り」で使用して「ボケが綺麗だ」
とか評価しても、それは本レンズの性能の、ごく一部を
語っているのに過ぎない、ちゃんと使える環境が無いので、
全く評価の術が無いのだ。

けれども、国産CONTAXの歴史の最後を語る「生き証人」
として、本P85/1.4の存在意義、そして歴史的価値は極めて
高い。高価な(高価すぎる)レンズではあったが、これを
所有しつづける事、そして後年に、その歴史を伝える事は、
マニアとして必須の責務であろうとも思っている。
・・で、Nシステムにおけるプラナーは、本レンズNP85/1.4
と前述のNP50/1.4の、たった2本のみである。
(注:Nシステムには、645中判があり、そこに、さらに2本
のプラナーが存在していた模様だが、不人気システムであり
かつて一度も、新品、中古ともに見た事も無いという、幻の
レンズとなってしまっている)
そして、旧来のRTSマウントであっても、プラナーの数は
さほど多くは無い。特殊な限定版レンズ(例:P135/2等)
を除いては、P50/1.4、MP60/2.8が2機種(現在未所有)
P85/1.4、P100/2、MP100/2.8しか存在せず、このうちの
殆どは本記事で紹介しているし、MP60/2.8(C)もかつては
所有していた。投機対象となってしまった限定版レンズを
除いては、一般的に入手可能な京セラ版のCONTAX Planar
は、これで全部である。
「Planar」の総評であるが、いずれも、確かに描写力の
高いレンズであると思う。しかしながら、その高描写力を
引き出すには、ユーザー側に相当に高いレベルのスキルが
要求され、かつ、それに加えて膨大な数の試写(試行錯誤)
も必要だ、つまり「いずれも、そう簡単に使いこなせる
レンズでは無い」という事は確実に言えると思う。

で、CONTAX銘のPlanarは、下手をすれば、もう二度と発売
されない状況ではあるのだが・・
でもまあ、2006年からは、コシナ社がツァイスのレンズ
製造を引き継いでくれている。また、SONYもツァイスの
商標使用権を取得している。コシナ/SONYのブランドに
おいては、新設計のPlanarも色々と発売されているので、
現代においては、わざわざ、こうした古い時代のCONTAX版
Planarを探す必要も無く、新品で買える現行版Planarを
使えば良い、という事になるだろう。
ちなみに、コシナ版の新鋭プラナーは、もはやPlanarとも
名乗っていない。例えばOtusやMilvusの一部がそれであるが、
それらは、銀塩時代のPlanarの設計のテイストを、僅かに
引き継いではいるが、非球面レンズや特殊低分散ガラスを
ふんだんに使用した、とても現代的で贅沢な設計である。
「もはや、それらはプラナーとは呼べ無い、別物である」
という事からの新規名称なのかも知れない。
まあ、レンズ構成を見れば、1897年のダブルガウス型の
プラナーとは、まるっきり別物であり、例えば10群12枚
の複雑な構成をプラナーと呼ぶ方が、むしろ不自然であろう。
(注:カタログ上には「プラナータイプ」と書かれている)
しかしながら、そうした新鋭プラナー改のレンズ群は非常に
高価であり、中には定価が60万円を超えるものすらある
ので、そう簡単に入手できる状況では無い。
まあ、いつの日か、それらを入手する機会に恵まれたら、
ガンガンに使って評価するとしよう・・
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では、今回の「CONTAX PLANAR編」は、このあたり迄で。
次回記事に続く。