本シリーズは、所有している銀塩コンパクトカメラ
(ハーフ判、35mm判、APS判)を紹介していく記事だ。
今回は、1990年代の普及版AFコンパクト機
(35mm判フィルム使用)を2台取り上げる。
まずは、
OLYMPUS μ-Ⅱ (LIMITED)
原型は1997年に発売されたμ(ミュー)-Ⅱであるが、
本機は記念モデルとして外装の異なるμ-Ⅱ LIMITEDで、
1998年の発売だ。
他記事でもチラホラと何度か紹介した名機である。
本シリーズでは紹介機でのフィルム撮影は行わず、デジタル
のシミュレーター機を使う取り決めであるが、今回は
フルサイズ・ミラーレス機のSONY α7と、装着レンズは
スペックが同じOLYMPUS OM-SYSTEM ZUIKO 35mm/F2.8
を使用する。

なお、後述するが、この一眼レフ用交換レンズよりも、
本機μ-Ⅱの搭載レンズの方が高画質だ。

さて、オリンパスにおいては、第1回記事で紹介した、銀塩
PENシリーズは1980年代迄のロングセラーが続いていたが、
AF時代に入ると、さすがにPENの性能や仕様では古すぎた。
オリンパスはAFコンパクト機でもμシリーズ(1991年~)を
展開してヒット作となり、μの累計販売台数が1000万台に
到達したのを記念した限定モデルが、本機μ-Ⅱ LIMITEDだ。
(注:オリンパスでは、先年2018年に、銀塩PENシリーズの
累計販売台数データを1700万台→800万台に下方修正している。
銀塩PENよりもμ(ミュー)の方が売れたとは思い難く、この
1000万台の記念も、現代となっては信頼できる数字では無い)
これ以前、AF時代に入る前の1980年代には、オリンパスは
名機「XAシリーズ」を展開していた。
スタイリッシュで高性能なそれもまた人気が高く、これらの
結果、1980年代~1990年代には、オリンパスは一眼レフ
(OM)を殆ど新設計していなかったのにも係わらず、こうした
コンパクト機の人気によりカメラ事業が支えられていた状況だ。
XAシリーズも、ペンやOMと同じく天才設計者の「米谷」氏に
よるものだ。「XA」は所有していたが、デジタル時代に入って
知人に譲渡してしまい、現在は所有していない。
「XA」は元々人気の商品ではあったが、マニュアルで設定する
要素が多く、一般大衆向けには、やや敷居の高いカメラでも
あった。
後年、XAがマニア間で有名になったのは、1990年代発売の
「銘機礼賛」というカメラマニア向けの書籍の中に、
「オリンパスXAの女」という叙情的な名作エッセイがあって、
それを読んだマニアが、こぞって「XA」を欲しがった事がある。
この結果、1990年代後半には中古入手困難となってしまったが、
2000年代のデジタル時代になってポツポツとXAの流通が復活、
そして2010年代には、いったいどこからどう話が変わったのか?
「若い女性のフィルムカメラ入門機にXAは最適」という話となり
近年では、XAやXA2の中古が結構な数で流通していた模様だ。
「オリンパスXAの女」の原作は、主人公の浮気相手の若い女性が
浮気がバレた事から、彼女は一人でXAで写真を撮り始め、ついに
注目の新人写真家となるのだが・・(以下、ネタバレ省略)
・・という、まあ、ちょっと切ない話だ。
別に「若い女性はXAを使うのが良い」という話では無いのだが・・
余談が長くなった、私がそのロマンチックな「XA」を保有し
続ける事を辞めてまで、本機「μ-Ⅱ」を残したのは、私が
思うところの銀塩AFコンパクトの最高傑作機が本機「μ-Ⅱ」
であるからだ。

「μ-Ⅱ」(LIMITEDも同じ)の仕様だが、
35mm判フルサイズ銀塩コンパクト
レンズは、非球面35mm/F2.8、4群4枚(テッサーでは無い)
3点AF、最短撮影距離35cm(自動マクロ)
最高シャッター速度は非公開、非表示
高精度フラッシュ(オートカラーバランス、ソフトフラッシュ等)
見やすい実像式ファインダー、簡易防水機能、超小型軽量(140g)
と申し分が無い。
露出制御はプログラムAEのみだが、元々35mm/F2.8程度の仕様
のレンズで絞り値を色々と変更してもあまり写真表現効果は無い。
まあ、少し暗い状態か低感度フィルムでは、絞りが開放近くと
なり、近接撮影で使う事で背景を軽くボカして撮る事も可能だ。
(ただしシャッター速度が非表示なので手ブレには注意する)

この搭載レンズの描写力は只者ではなく、当時最高クラスだ。
1997年にTV放送が始まったアニメ「ポケモン」と、その登場
キャラクターの「ミュウツー」にちなんで、本機はマニアの間で
「ポケットモンスター」(=ポケットに入る超絶性能機)と
呼ばれていた高性能カメラである。
今回シミュレーターとして使用している、1970年代のオールド
レンズOM ZUIKO 35mm/F2.8とは、約20年もの時代の開きがあり
同じカタログスペックながらも、写りは雲泥の差があるだろう。

ただまあ、さらにそこから約20年が経過した現代においては、
「良く写る事だけがカメラ(レンズ)の価値では無い」という
風に世の中の考え方も変化してきており、なんとも言えない。
単純な話をするならば、この時代1990年代にはトイカメラ
なるものは殆ど流通しておらず、存在していたとしても、
それらは「低性能なカメラ」として、誰も見向きもしなかった
状況だ。当時は「高画質なものが良い」という性能至上主義、
とも言えたかも知れないが、まあ現代はそういう時代では無い。
余談だが、カメラの世界より15年もデジタル化が早かった音楽
(音響、楽器)業界では、1980年代に録音技術や楽器のデジタル
化が進み、その進化が、ある程度頂点に達した1990年代には、
”高音質化”に反発した「Lo-Fi」(低音質志向)の流行が、
既に生まれていた位である。
それは当初は、ずいぶん異質な物に思われたが、なんなく音楽
シーンに定着し、その後、音楽は「何でも有りの時代」となった。
高級なHi-Fiオーディオセットで高音質なクラッシックやジャズを
聞くという志向性は今やごく一部のマニアにしか生き残っていない。
現代で音楽を聴くのであれば、ポータブル・オーディオ機器に
高性能イヤホンを組み合わせた方が音質的には優れている場合も
多々あって、これが安価で手軽で簡便だし、元々の音源(ソース)
も、全てが必ずしも高音質を狙ったものだけでは無い。
これは別に、どちらの手法が優れている、とか言う話ではなく、
「ユーザーのニーズに応じて、多種多様な楽しみ方が出来る」
という環境/時代になって来ている、という事だ。
カメラや写真もいずれ、音楽・音響の世界と同様に雑多な用途に
分別変化していくと思うが、その最初の15年間の時代の開きが
ある為、現代においても、依然「高画質な写真は良い写真」
という文化や常識が残っている部分が大きい。
ちなみに現代では、映画やTV CMの世界では、とっくに映像の
個性化が進んでいて、だた単に高画質な映像ばかりでは、もう
誰も目に留めない時代である。
高画質化をアピールするのは、4K/8K TVの店頭デモ位であり、
それとて実際に購入しても、いつでもHi-Fiの映像コンテンツ
が見たい(あるいはそういうソースが常にある)という訳では
無いであろう。

余談が長くなったが、μ-Ⅱについて最後に1つだけ。
本機を2000年頃、酷寒の冬の北海道旅行で使った事があった、
他に色々と持っていった一眼レフ(機械式、AF式)等は寒さに
よる電圧低下やシャッター凍結等の動作不良を起こし、あるいは
室内の暖所との温度差でレンズに結露が発生して、使い物に
ならなかったが、本機μ-Ⅱは、簡易防水機能とか、それこそ
ポケットで暖めながら使える事などで、全く問題なく使用でき、
そのツアー中で最も頼りになるカメラとして活躍した。

さて、ここで本機の総合評価を9項目で示す。
OLYMPUS μ-Ⅱ LIMITED 1998年
【基本・付加性能】★★★★
【描写力・表現力】★★★★☆
【操作性・操作系】★★★
【質感・高級感 】★★★☆
【マニアック度 】★★★★★
【エンジョイ度 】★★★☆
【購入時コスパ 】★★★☆ (新品購入価格28,000円)
【完成度(当時)】★★★★☆
【歴史的価値 】★★★
★は1点、☆は0.5点 5点満点
----
【総合点(平均)】3.8点
かなりの好評価だ、この後の紹介の銀塩コンパクト群の中では
1,2を争うトップクラスである事は間違い無いであろう。
ちなみに、他記事では(評価の項目が違うが)本機は、
4点以上の高得点となった事もあり、疑う事無き名機である。

惜しむらくは、本機は、単なる普及AFコンパクト機である為
現存している個体は少ないであろう事と、中古流通も殆ど無い
事である、今から入手するのは困難であると思える。
が、仮に無理して入手したとしても、20年前と今では時代が
異なる。当時の最高傑作機は、現代において使用したとしても、
最高のパフォーマンスを得られる保証が無いのは言うまでも無い。
そして、いくら良く写っても、現像するまでは、すぐに写真が
見られないのでは、やはりコントローラビリティは低いし、
フィルムの感度やシャッター速度と絞り値の関係で、本機が
良い写りを発揮できる状況も、現代のデジカメ程は幅広くは
無い。(夜間や室内ではまず無理)
---
さて、今回の2機種目
RICOH ELLE(エル)

1997年発売の、35mm判普及AFコンパクト機だ。
レンズは単焦点30mm/F3.5を搭載している。
シミュレーター機の選択は、ちょっと難しいのだが・・
RICOHつながりで、PENTAX KP(APS-C機)を使用し
レンズは焦点距離だけ似ている FA31mm/F1.8 Limitedを
少し絞って使ってみよう。

画角も画質も元のカメラとは、ずいぶんと異なるが(汗)
まあシミュレーター機の厳密性は本シリーズ記事での論点では
無いので、あくまで「雰囲気だけ」という事で・・

さて、本機ELLEの出自や保有理由を記載していくのは長い歴史が
あって非常に大変だ、できるだけかいつまんで話をして行こう。
本機ELLEのルーツは、隠れた名機「RICOH R1」である。
1994年に発売されたR1は、本機と同じ30mm/F3.5、4群4枚
レンズを搭載した超薄型AFコンパクト機だ。このカメラは
後に、超有名機 RICOH GR1(1996年)のベースとなる。
「R1」には、パノラマモードがついている。
パノラマ写真とは、1990年代前半に流行した撮影モードで
フィルムの上下を切り詰めて撮影し、それをプリントすると、
横3対縦1の比率の、非常に横長な写真となる方式だ。

(上写真はパノラマ写真の縦横比にトリミングしたもの)
ユーザーから見ればパノラマ写真は目新しさがあるし、カメラ
メーカー側は、その機構を搭載するのは技術的に難しく無いし、
DPE店側からすれば、その当時は「ゼロ円同時プリント」が始まり
かけていた時代であるから、なかなか利益構造が得られない
状況の中、パノラマプリントであれば、そこそこのプリント代が
取れたので、結果、皆が嬉しい(Win-Win)方式であった。
だが、通常の画角のレンズで撮った写真の上下を切り詰めても
横長なだけで、ワイドな遠近感のある写真にはならないのは当然だ。
そこで、「R1」には、パノラマモードとすると、上下から
フィルムを切り詰めるバリヤー(遮蔽幕)が出てくると同時に、
凹レンズが2枚追加され、6群6枚の24mm/f8のレンズとして
広角でダイナミックなパノラマ写真が撮れるという、凝った仕掛け
が内蔵されていた。
「R1」の翌年1995年に、小改良された「R1s」が発売されると
一部のマニア達は、新古または中古で安価になった「R1」を
入手した。実際にそれを使ってみると、汎用性の高い画角の
単焦点で、そこそこ良く写り、薄型で格好良い。
「これはコンパクト機としてなかなか優れているのでは無いか」
と、評価するようになったのだ。
ただ、当時はインターネットもまだ普及しておらず、あったと
しても「パソコン通信」の時代である。だから、こういう話は
殆どがマニア間での「口コミ」で広がっていったのである。
実はインターネットの普及の一因として、1995年1月に起きた
未曾有の大災害、「阪神淡路大震災」があると思われる。
この時、水道、電気、ガスなどのライフラインは途絶し、
電話の通信インフラも機能していなかった際、インターネット
だけは生きていたのだ。これが主な要因とは言い切れないが、
インターネット業界では、結構その話が伝説的に伝わっていて、
「インターネットは災害に強い」といった理由から、その後、
急速に、インターネットの通信インフラが整備されたのは、
確かな事実である。
ちなみに、この震災の時、ペットボトルの水が重宝された事から
それまで普及がまったく進んでいなかった、「普通の水」
(ミネラルウォーター)の販売が、その後いっきに広まった。
つまりそれまでは「水は水道管から出てくる、タダ同然のもの
高いお金を払って普通の水を買うなんて、とんでもない贅沢だ」
といった感じが世間一般層での常識であったのが、震災を機に
「水は貴重な物、命を救うもの、だからお金を出しても買う」
という風に市場認識が変化したと思われる。
(ちなみに現代では、さらに市場感覚が変化し、関西では、
大阪市、交野市、京都市等における水道水(高度浄水処理水)
が、逆にペットボトルで販売されている時代だ。
さらにちなみにだが、昨今のコロナ禍により、テレワークが
推奨され、TV電話通信等の普及が起こった。もう少し時代が
過ぎないとわからないが、これは恐らく、映像通信や、映像
サービスとしての歴史的なターニングポイントとなるだろう)

さて、余談はともかく、「R1」や「R1s」を入手したマニアの
一部は、そのパノラマ機構に着目した。
「せっかく24mmの広角がついているのに、これをパノラマの
モードでしか使えないのは勿体無い」という視点である。
で、「R1」のパノラマ遮蔽幕を良く見ると、片側(上側)だけ
降りないように押さえておけば、下からも上がってこない。
そこで、マニアの誰かが、遮蔽幕を降りないようにストッパー
をつけることを考えたのだ。
これで、パノラマモードではなくR1/R1sを、30mm/F3.5と
24mm/F8の「二焦点切替式カメラ」として利用する事ができる。

この話をどこかから聞いてきた私も、慌てて「R1」を入手する。
そして、遮蔽幕をよく見ると、その下部にある小さい穴に、
爪楊枝を差込み、それを適切な長さでカットするだけ、という
ごく簡単な、30秒程で出来る改造を施すだけで、その「二焦点
カメラ」となる事を私も発見した。(上写真は本機ELLEだ、
本機にはパノラマ遮蔽幕は無いが、上記の穴は残っている)
嬉しくなって、R1に加えてR1sも入手、さらに後年には
「ローライ・プレーゴ・ミクロン」という、R1をローライの
ブランドでOEM化した製品(1995年製)も入手した。
その3台全てに、「爪楊枝改造」を施して使っていたのだ。
これらのカメラは、1990年代後半を通じて「旅行用」として
大変重宝した。30mmと24mmの広角系二焦点で風景撮りに
適し、しかも超薄型軽量であり、かつ安価だ(中古1万円程度)
旅先で紛失・盗難等のトラブルに見舞われても惜しくないし
海外旅行等でも、高価な一眼レフを下げていたら悪人に目を
つけられるリスクもあるが、この地味なコンパクト機ならば
全くその心配は無い。実際に何度かの海外旅行にも、R1系を
持ち出していたのだ。
ちなみに、FUJIFILM の「カルディア・トラベル・ミニ」
(1991年頃?)も、28mmと45mmの二焦点式であり、
このカメラも旅行用としてマニアには受けていた。
一度購入したが、あまり好みの描写ではなく(45mm側が
写りが悪い、という評判もあった)すぐに手放してしまい、
もっぱら「R1」系をこの目的に使った。
だが「R1」系も、しばらく使っていると、ちょっと気になる
点が色々と出て来た。
まず「R1」と「ローライ・プレーゴ・ミクロン」は、全く同じ
30mm/F3.5レンズを使っているが、これの写りがイマイチだ。
が、「R1s」は、そこそこ良く写った。
調べてみると「R1s」は、レンズのコーティングが変わっている
らしい。つまり「R1」の描写性能に問題があったから、RICOHと
しては、翌年にすぐ改良型の「R1s」を出した、という仕掛けが
理解できた訳だ(=R1sは、「ごめんなさい製品」である)
さらに問題点として、パノラマ機構を止めた24mm/F8の描写が
あまり良く無い。特に画面周辺の画質劣化が甚だしく、これでは
広角に改造した意味が無い。
これはまあ、改造をしたのは自己責任だし、メーカー側と
しても、本来のレンズ構成に、フロントコンバーター的に
2枚の別レンズが加わった状態に迄、画面全体での高画質が
保証できる話でも無い。
私は、これらの「R1」系に対し急速に興味を失っていた。
というのも「R1s」の翌年1996年に、同じリコーから「GR1」
が発売されたからだ。

この「GR1」は高級コンパクトの走りとも言える名機であり、
(注:上写真は、後継型の「GR1s」)
その描写力は「R1s」とは比較にならず、しかも「R1」系の
30mmと(使えない)24mmの両者をカバーしうる広角28mm
仕様だ。
私は、しばらくの間「GR1」と、その改良型の「GR1s」
(1998年)に夢中になり、いつのまにか、3台あった「R1」系
カメラは、全て譲渡したりして手放してしまっていた。
だが、2000年を少し過ぎた頃となって、当時発売されていた
各社高級コンパクト機も一通り買い揃えた頃、なんとなく、
それらに対する「過剰な期待」が重く感じるようになって来た。
と言うのも、本記事の1機種目で紹介した「μ-Ⅱ」の存在が
大きかったのだ。それは安価な普及機でありながらも、各社の
高級コンパクト機と同等か、下手をすれば高級コンパクトをも
上回る描写力を魅せてくれたのだ。
「だったら、高級コンパクトって何? 高性能レンズとか、
チタン外装とか言っているけど、結局、高いだけじゃん!」
と、捻くれた感覚を持つようにもなって来た。
折りしも1990年代にあれだけ流行った「第一中古カメラブーム」
は沈静化の傾向にあった。それはその当時からチラホラと出現
していた「デジタルカメラ(デジタル・コンパクト)」が実用の
レベルに近づいて来た事もあったし、あるいはカメラブームは
結局、その後期には「投機の対象」となってしまっていて、
まるで1990年頃のバブル期での土地の売買のように、業者等が
組織的な売買で価格を吊り上げていたような傾向も見られ、
おまけに、カメラブームに乗った大メーカーまでが、高価な
マニュアル機の新製品まで(=投機専用機として)作るように
なると、私は、それらに踊らされ、沢山の「高すぎるカメラ」
を買った事を深く反省するようになった。
いやまあ、カメラを買うのは、マニアならばやむを得ない、
それがカメラマニアの本能だからだ(笑)
しかし「無駄に高価すぎるカメラを買うのは良く無い!」と
強く思った。
「カメラは、その性能や価値に見合ったコストがあるはずだ」
私はそう考え、「コストパフォーマンスの悪いカメラ」には
以降、まるっきり興味が無くなってしまった。
ただ、コスパを意識する為には、それらのカメラの正しい性能や
価値を見抜く眼力が必要となる。それ以降、カメラについての
猛勉強が始まったのだ。
前置きが非常に長くなったが、やっと本機に関する話題だ。
2000年代初頭、「もう、つまらないカメラは買わない」と
思っていた私の前に、ひょっこりとRICOH ELLEの中古が現れた。

私は勉強した知識で、このカメラの購入前評価を行う。
「え~と、これの中身はR1sと同じだった筈だけど、パノラマが
省略されていたな。まあでも、たとえ遮蔽幕の改造をしても
”使えないパノラマモード”であれば、無くても同じかあ・・
これまでGR1sとか使ってきたけど、持っていくのが、どうも
”重いん”(大げさ)だよね、マニアとかが、”お、GR1ですね”
とか、わかったような、わからならいような話をして来るし・・
まあ、GR1のように気取って使う必要も無いシーンで良いかな?」
私は、中古カメラ店の店長に話しかける
匠「おっちゃん、このELLE(エル)って、いくら?」
店「女性向けでマニアには売れないしね・・ 4000円でいいよ」
匠「じゃあ買います」

つまらないカメラかどうかは微妙だ。
しかしコスパは抜群に良い、後日調べてみると1999年の発売で
定価は32,000円もしていたのだ。
「R1s」譲りのレンズであれば、そこそこ良く写る事は知っている。
普通に持ち出して撮っても高価なGR1系である事を心配せずに済む。
つまり、落としたり、壊したりしても気にならないという事だ。
なにせ初代GR1は落下破損させたり、GR1の構造上の弱点である
モーターが壊れたりして、散々な修理代出費を強いられたのだ。
「だからGR1sに買い換えた」とも言えるのだが、結局GR1系は
総額で結構な出費になってしまった訳であり、こういう点でも
コスパが悪いカメラを買うと酷い目に合う、と思っていた。
あるいは、他人の目というのもある。あまり注目されない
カメラは海外等では逆に危険度も低い、と先に書いたが、
他のケースとして、例えば最新の「GR1v」(2001年)等を
持って来て自慢しているような、初級中級マニアの集まりに
行ったとしても・・
マ「おや、お宅のGR1は、まだ古いGR1sかい?ボクのはGR1vさ」
などと、鼻につく嫌な事を言われないでも済む(笑)
匠「このカメラ知ってますか? GR1の原点であった、リコー
R1シリーズの、最終進化系ですよ~。
ELLEって、フランスの雑誌とか、ファッションブランドで
若い女性とかに有名なんですよ、ご存知??」
マ「へ~、そうなんだ・・(汗)」
と、逆に、初級マニア諸氏を煙に巻く事ができる(笑)
まあでも基本的に、「マニア道」としても、他人のカメラとの
比較などは、まるで意味が無い。
そもそも、カメラは写真を撮る道具であるし、そういう点を全く
無視した「機材マニア」(写真を撮らない)であったとしても、
それはそれで機材を収集する為の、なんらかの拘り(コンセプト)
があってしかるべきであろう。
ただ最新の高価なカメラを持っているだけで、それを自慢する
というのは、あまりにレベルの低い話であり、誰でも、お金を
出せば、それが出来てしまう事で、あくまで「初級マニア」
とか、「金満家」「好事家」といった世界の話だ。
それよりも、そのマニアが、いったいどういう観点から、その
カメラに目をつけたのか? といった論理性とかポリシーとか
趣味志向の話が聞けるのであれば、そのマニアの「価値感覚」も
合わせて見えてきて、とても興味深い話になる訳だ。
余談が長くなって、ちっとも性能の話とかは出て来ないのだが、
そういうのを必死に書く事は、もう辞めておこう。R1やR1sの
仕様とかは、世の中にいくらでも資料や情報が残っている。

最後に、本機の評価を上げておく。
RICOH ELLE 1999年
【基本・付加性能】★★
【描写力・表現力】★★★☆
【操作性・操作系】★★☆
【質感・高級感 】★★
【マニアック度 】★★★★☆
【エンジョイ度 】★★★
【購入時コスパ 】★★★★☆ (中古購入価格4,000円)
【完成度(当時)】★★★
【歴史的価値 】★★
★は1点、☆は0.5点 5点満点
----
【総合点(平均)】3.0点
評価は、ちょうど平均点になったが、マニアック度とコスパが、
飛びぬけて良い点数であったからだ、まあそれらを抜けば、
平均値以下の平凡なカメラであるのかも知れない。
しかし、1994年のR1から始まった「GRの血脈」は
カメラ史において非常に重要だ。
まず銀塩では、1996年には名機GR1に進化、そこから多数
の派生機が出てきて、デジタル時代に入ってからも、
2005年のGR Digitalとなり、さらには、2013年のGRや
2015年のGRⅡ・・と、現代にまで脈々と続く名ブランド
「GR」が、「R1」から始まったという事になる。
その「R1」の進化の中で派生して横別れした、最後の銀塩
機種が、本機「ELLE」である訳だ。
ちなみに最後に余談だが、本機「ELLE」には、姉妹機として、
2002年に発売された、ELLEのロゴが無い「RICOH R10」
という機種が存在した(中身は同じものだ)
これは銀塩末期の製品で、レアものであり、私も見た事が
無いのだが、その事はさておき、RICOHにはデジタル時代の
2008年に発売された高倍率ズーム搭載デジタルコンパクト
機の「RICOH R10」が別途存在している。
これ、もしかすると、全く同じ名称で被った(重複した)
カメラ名が存在する唯一の珍事例かも知れない・・(?)
だとしたら、むしろ珍しくて貴重か? 両者をコンプリート
するのは、とてもマニアックな話かも・・(汗)
(まあ、オススメはしないが・・)
ちなみに、MINOLTA α-7/α-9とSONY α7/α9は、
ハイフンの有り無しとメーカー名が違う。
同様に、PENTAX Z-50P(1993)とNIKON Z50(2019)も
メーカー名とハイフンの有無が違う。1990年代初頭の
PENTAX銀塩AF一眼レフZシリーズでは、パノラマ対応では
無い「Pなし」のモデルも多かったが、Z-50という製品は
偶然無く、Z-50Pがあるのみである。(注:NIKONでは
ミラーレス機Zシリーズにおいて、この時代のPENTAX Z
シリーズと微妙に被らない製品名を採用している模様だ。
PENTAX Z-1とZ-5は存在しているので、その理由から
NIKONの初代機は、Z6とZ7になったのではなかろうか?)
次回コンパクト機記事に続く・・