所有している銀塩カメラを紹介するシリーズ記事。
今回は第四世代(世代定義は第1回記事参照)の
Voigtlander BESSA-R2C(2002年)を紹介する。
(注:例によって「フォクトレンダー」の独語綴りの
変母音の記載は省略している)
また、コシナ・フォクトレンダーは、1999年より
製品の展開を開始している為、本記事については、
「コシナ・フォクトレンダー20周年記念記事」
の一環としておこう。

装着レンズは Voigtlander SC Skopar 21mm/f4
(ミラーレス・マニアックス第6回記事等)
本シリーズでは紹介銀塩機でのフィルム撮影は行わずに、
デジタルの実写シミュレーター機を使用する。
まずSONY α7を使用するが、記事後半ではレンズもカメラも
変えてみよう。

以降はシミュレーターでの撮影写真と、本機の機能紹介写真を
交えて記事を進める。

本シリーズ記事で「第四世代」は「趣味の時代」と定義している。
2000~2004年迄のこの時代は、銀塩AF一眼レフ、銀塩MF一眼レフ、
銀塩レンジファインダー機、銀塩高級コンパクトカメラ、
デジタルコンパクト、デジタル一眼レフ、中判カメラ、APSカメラ、
水中カメラ、インスタントカメラ、パノラマ専用機、MINOX判機、
レンズ付きフィルム等、あらゆる種類のカメラが発売された時代だ。
本記事で紹介する「フォクトレンダーBESSA-R2C」は、そうした
中でも極め付きの変り種である。
ベースとなった機体は本シリーズ第25回記事で紹介した
BESSA-T(2001年)と似たり寄ったりの構造だ。
旧COSINA CT-1系のフレームからミラーBOXを取り除き、
二重遮光シャッター構造とした筐体金型は、様々なタイプの
レンジファインダー機を比較的容易に作り出す事ができた。
この第四世代にフォクトレンダーのカメラが多数発売された
のはその為である。(勿論、それが狙い目の構造変更だ)

まず最初にBESSAシリーズ(および同時代のレンジ機)の
カメラの年表を簡単に紹介する。
<1999年>
BESSA-L Lマウント ファインダー非搭載の目測式カメラ
KONICA HEXER RF KMマウント,1/4000秒シャッター
<2000年>
BESSA-R Lマウント 距離計連動型
NIKON S3ミレニアム 復刻版限定発売 Sマウント
<2001年>
BESSA-T VMマウント(本シリーズ第25回)
BESSA-T101 VMマウント ヘリアー101周年記念限定品
KONICA HEXER RF2001 限定発売品(現在未所有)
<2002年>
BESSA-R2 VMマウント、距離計連動型(以降全て)
BESSA-R2S NIKON S マウント
BESSA-R2C 旧CONTAX マウント
Rollei 35RF RMマウント BESSA-R2のOEM版
<2003年>
BESSAFLEX TM M42マウント機械式MF一眼レフ(後日紹介)
<2004年>
BESSA-R2A VMマウント 絞り優先 ファインダー倍率x0.70
BESSA-R3A 同x1.00(望遠用)
BESSA-R4A 同x0.52(広角用)
EPSON R-D1 BESSAをベースとした初のデジタル・レンジ機
<2005年>
BESSA-R2M VMマウント メカシャッター ファインダー倍率x0.70
BESSA-R3M 同x1.00
BESSA-R4M 同x0.52
ツァイス イコン BESSAをベースとしたOEM機 ZMマウント
NIKON SP 復刻版限定生産 Sマウント
だいたいこれ位であろうか・・
なお、この時代のフォクトレンダーのレンズ展開は極めて
数が多い、今回もそのあたりの紹介は割愛しよう。

2004年には各社からデジタル一眼レフが出揃い(別シリーズ
デジタル一眼レフ・クラッシックス参照)ユーザー層の興味は
急速にデジタル機へ移行、同時にこのあたりから、銀塩機の
趣味的なカメラの売れ行きも止まり、2005年以降の発売の
銀塩機は商業的に成功しているとは言えない。
まあ、この事実を持って、本シリーズ記事では「第四世代」を
2004年迄と定義している訳だ。

もう少しだけ深堀りすれば、ここでBESSAシリーズのレンジ機が
採用したL・M・S・Cマウントの、元々のメーカーと、だいたいの
製品展開時期を述べておこう。
<(旧)Lマウント>(L39マウント)
エルンスト・ライツ社製 バルナック型ライカのマウント
1930年代~第二次大戦を挟んで~1950年代に発売
(注:勿論、近年のミラーレス機用Lマウントとは異なる。
分類の為、本マウントは「L39」と呼ばれる事も多い)
戦後の日本では、ライカLマウントのコピー機が多数のメーカー
から発売、一説にはAからZまで全ての頭文字のカメラメーカー
があったとも言われている(注:多少オーバーな表現であろう。
以前、図書館でこの時代のカメラの記録を全て調べてみたが、
確かに非常にメーカー数は多いが、A~Zはカバーしていない)
これらは「機械式カメラ」であったから「工業製品」であり、
機械工場で作る事が出来た訳だ。(当時の日本の得意分野だ)
1960年代には、レンジ機から一眼レフへの転換が起こる、
その複雑な構造は中小の機械工場では対処できず、ここで
国内カメラメーカー数は激減した、ライカですらも一眼レフ化
は困難で、日本のメーカーの協力を仰いだりした。
その後1970年代のAE(自動露出)の時代になると。カメラは
もう「電気(電化)製品」となった為、ここでもまた、中小
メーカーは淘汰された。
例えば、これまで金属加工をやっていた熟練の職人に、
「明日からマイコン(CPU)のプログラムを作れ」と言っても
それはさすがに無理な話であろう。
1990年代のAF時代は、精密機械・電子の融合(メカトロ)だ。
ここでさらにAF一眼レフメーカー数は減少した。
2000年代のデジタル化時代ではカメラは「電子機器」となった為、
事業構造変革でメーカー数は減り、現代では数える程しか無い。

<Cマウント>(旧CONTAXマウント)
ツァイス(イコン)社製(旧)CONTAX機用のマウント
1930年代~大戦~1950年代
なお、監視カメラ(CCTV)用又はシネレンズの「Cマウント」
とは勿論、まるで形状が異なるが、両者を明確に区別する
カメラ用語は無いので注意が必要だ。
(参考:中古市場では本マウントを「旧CONTAX」と呼ぶ
場合も多々ある)
1960年代の一眼レフ化に対応できず、1971年頃には事業を
停止。すぐさま日本のヤシカが「CONTAX」商標を購入して、
1975年のCOTNAX RTSの発売に繋がる(本シリーズ第5回)
余談だが、戦前1930年代にライカとCONTAXが二大高級カメラ
として話題であった為、その後80余年を過ぎた現代においても、
これらのブランドが著名である理由となっている。
なお、当時の輸入価格の1000円前後は、現代の貨幣価値で
およそ300万円程度、勿論高価すぎるので実際に購入した人は
少ないであろう(だから後年には憧れのブランドとなった)
そして、この時代の国内外製カメラは「軍需製品」だったの
かも知れず(注:当時のドイツはヒトラー政権である)、
そもそも一般人向けの商品では無かった。
<Sマウント>
ニコン製Sシリーズ用マウント、CONTAX Cマウントの変更版
主に1950年代に発売(1959年にはNIKON Fで一眼レフに転換)
後年、再生産版、復刻版が発売されている。
Sマウント機はCONTAX機をコピーして開発されていた為、
CONTAXマウントとは形状互換だが、概ね焦点距離50mm未満
の広角レンズでないとピント互換性が無く、望遠系レンズでは
SマウントとCマウントではピント位置がずれて使えない。
なお、ミラーレス機、S/Cマウント機、S/Cレンズを併用する
場合、NIKON S用アダプターを用いるが、カメラとレンズの
組み合わせにより、オーバーインフ(無限遠以上)になったり、
最短撮影距離の増長、等の問題が発生するので十分に注意
(理解)する必要がある。
<Mマウント>
ライカ(ライツ)社製 M型ライカ用バヨネット・マウント
銀塩M型ライカとして1950年代~2000年代に展開
なお、ニコンがSマウント機の製造販売を中止したのは、
1954年発売のM型ライカ(M3)を見て、その完成度の高さから
「同じ土俵では戦えない」と判断し、一眼レフ(NIKON F等)の
開発を開始したからだ、と言われている。
また、ミノルタ(およびライツ銘)のMマウント機
CL/CLEは、各々1970/1980年代に展開された。
1999年~2005年頃、コニカ、フォクトレンダー、ローライ
エプソン、ツァイスから、各々Mマウントを採用したレンジ機が
発売されているが、これを「Mマウント」と言うと、また
「OLYMPUS M-1」(1972年)の時のようにライツ社からクレーム
が来る事を警戒してか? 各々KM、VM、RM、EM、ZMマウントと
称している。これらは全てMマウント互換である。
さて、ここまでがレンジ機のマウントのおおまかな歴史であるが、
本機BESSA-R2Cの時代では、事実上では「過去のマウント」と
なっている。しかし第一次中古カメラブームでの「興味と投機」
の動向は留まる事を知らず、M型ライカを始め、様々なレンジ機
にもマニア層の興味は及んでいた。

本機BESSA-R2Cに関してだが、まあ、相当にマニアックな
カメラである。
本機の2年前の2000年にニコンからS3が復刻されている。
それは極めて高価なカメラであった。
この頃には投機目的でカメラを購入するユーザー層も後を絶たず
(つまり、カメラ・バブル期だ)NIKON S3は、その多くが
投機層により購入されていた。(=実用カメラでは無い)
私は、復刻NIKON S3を実際に外に持ち出して撮っている人を、
約20年間で1度も見た事が無い。
なお、余談だが、近年、日本で数十年前に醸造された
ウィスキー(のセット)が、海外オークションで約1億円
の価格で落札された。投機対象商品となってしまったのだ。
作った方のインタビューでは「実際に飲んで貰えるか不安」
と複雑な心境だった模様だ。そう、お酒も当然飲んで楽しむ
ものだから、飾っておくだけとか、金儲けの対象となって
しまう事は、あまり良い気分では無いのだろう。
(復刻)NIKON S3も同様、写真を撮る道具ではなく、投機の
対象となっているし、おまけにメーカー側からも、そういう
様相が見られる(例:Sマウント交換レンズを新発売しない)
のは、実用派(撮影派)マニアから見たら複雑な心境だ。
現代ではさらにこの傾向は悪化し、カメラに限らず、他の
商品分野(例:万年筆等)でのブランド力を持つメーカー
は、定期的に特殊な仕様の限定商品を少数発売している。
勿論、それらは実用品ではなく、投機層が購入して、死蔵
しているだけである。まあ、それがブランド力を活かした
普通のビジネスモデルなのかも知れないが、実用的商品を
実用に使わない、という考えには、どうにも賛同出来ない。

Sマウントと形状互換の旧CONTAXマウントのカメラはどうか?
第一次中古カメラブームの際にはCONTAX機ではⅡa型やⅢa型
(1950年代)が、かろうじて実用機として人気があったが、
ゾナーやビオゴン等の著名なレンズをつけて、そこそこ高価で
取引されていた。
まあ、それはそうだろう、そういうカメラを買う人たちは、
大戦前の1930年代での「CONTAXの価格=家一軒」の説をずっと
覚えて(信じて)いて、それの実現を目的に購入した訳である。
(注:実際には、当時の軍事国家ドイツ製のカメラは、完全な
軍需製品(光学兵器)であるから、国外(敵国)流出を避ける
為に、あえて非常に高額な値付けとしていた可能性も高い)
「実用的に旧CONTAXマウントを使いたい」という理由で、
旧ソ連(ウクライナ)製のKIEV(キエフ)を購入するマニアも
多かった。これは1950年代~1970年代位まで生産されていた
比較的新しいカメラであり、殆ど旧CONTAXのデッドコピー品
である、レンズもジュピター銘はツァイスのレンズ構成の
(ほぼ)コピーであり、なかなかの描写力を持っていた。

なお、上記は正確に言えば「実用的に使いたい」のではなく、
「CONTAX機を買いたく無い」という理由が本音であろう。
どんな趣味ジャンルでもそうだが、上級マニアと言うものは、
世間一般にまで知られているようなブランドの商品を使う事を
非常に嫌う。他の人から初級マニアだと思われる事が嫌な点と、
そのブランドにおける歴史や紆余曲折等の裏話も知っているし、
どんな商品ジャンルでも、詳しければ詳しいほど、そうした
ブランド商品の弱点も(買っても買わずとも)まるわかりなので、
そこまで盲信的にブランドに付加価値を感じられないのだ。
それに勿論、ブランド品はコスパが悪すぎる・・
私も同様な理由で、中古カメラブームの際にKIEVとジュピター
を探していたのだが、結構品薄な上に、ブームに乗じて相場も
吊り上がっていた。もともとコスパが取り得の「ロシアン」だ、
高いロシアンを買っても意味が無い。
Cマウントジュピター85mm/F2(ミラーレス第29回)だけを
先に入手して、「さて、これを何につけようか?」と
思っていたところ、「コシナ(フォクトレンダー)より
新製品のCマウント機が発売」というニュースが飛び込んで来た
「だったら、これしか無いでしょう」と、BESSA-R2Cを購入。
当初、交換レンズはフォクトレンダーのSC21/4とSC35/2.5を
合わせて購入、まあ、これで当面は大丈夫だし、抜けている
28mmと50mmは追ってKIEV用のジュピターを入手する予定で
あった。
ところが、こういう買い方をするユーザーは少なかったのだ。
マニア層でも「家一軒が買えたCONTAX機」か「珍しいKIEV」を
狙う二通りしか居なかった。「実用的にBESSA-R2Cを買う」
というマニアは皆無に近く、結果的に本機は商業的には大失敗
したと思われる。
コシナ社もこれは誤算であろう。あれだけNIKON S3が売れたり
中古市場で旧CONTAX機が人気だったのを見れば、この手の
カメラ(や、その交換レンズの)ニーズが存在している、
と思うのは当然だ。
しかし、実際のところ、この時代のマニアは写真を撮るマニア
ではなく「投機で値上がりや転売を狙う」「買って一般層に
自慢する(=昔は家一軒買えたんだぜ)」「買って他のマニア
層に自慢する(=キエフだぞ、珍しいだろう?)」「憧れの
ブランドを買っただけで満足し、家に置いて眺めておく」の、
いずれかのバターンで占められていたのだ。
マニア道と、かけ離れていて残念な話だが、新製品のBESSAを
買った所で、そのいずれの満足感も得られなかった訳だ・・
コシナがNIKON S復刻ブームに乗って発売したSCマウントの
レンズも殆ど売れていなかった、誰も実際には写真を撮らな
かったのだから当然であろう。
その交換レンズも相当に高価だ、私が購入した2本の定価は
SC Skopar 21mm/F4 75,000円
SC Skopar 35mm/F2.5 55,000円
レンズの中身は、LやVMマウントで販売済みのものと同一だけど
それぞれ数万円割高になっている。これは「付加価値」であろう。
付加価値とは一般には「ユーザー側からの商品の魅力」のように
マイルドに定義されてはいるが、これはメーカーから見れば、
「高く売る為の理由」であり「利益そのもの」である。
高くても売れるのであれば、ビジネス的には理想的な訳だ。
だから「SやCマウント機のユーザーであれば、交換レンズを
高くても欲しがるかも知れない」というのは確かに正しい企画
方針であると思う。しかし、蓋をあけてみたら「実際には誰も
写真を撮っていなかった、だから交換レンズも要らない」
という、お粗末な話となってしまっていた訳だ。
投機層までが手を出さなかったのは「ニコンならば有名なので
素人にも高く売れるが、フォクトレンダーやらは聞いた事が
無いので、売るのに困る」という判断であろう。
なんとも、つまらない話だ。「マニア道」に外れる思想や
行為は個人的には賛同出来ない。このあたりで止めておこう・・
私も、裏のからくりが全て分かった時点で、急速にレンジ機
への興味は醒め、デジタル機へ対象を移していく事になる。

デジタル機の台頭について少し書いておこう。
この時代より前、1990年代末から、すでに各社からコンパクト
デジタル機が発売され、普及していた。
いずれも写真を撮る、という目的には少々物足りず、主に
企業等での記録用途(ワードに写真を貼り付けてレポートに
する。メール添付で送信・共有する)等で良く使われていた。
バッテリーの持ちが悪いのも写真撮影に適さない理由の1つで
あり、数十枚程度撮るとすぐ電池切れになった。
2000年前後から、キヤノンやニコンからデジタル一眼レフの
発売が始まる。2002年の時点では、まだ業務用途専用の価格帯
ではあったが、2004年頃には、各社から低価格普及デジタル
一眼レフが出揃い、時代は一気にデジタルに変わっていく。
ところで、カメラのデジタル化は、まあ、こんな歴史であった
のだが、電子楽器のデジタル化は約15年も早い時代に行われた。
アナログ・シンセサイザーの発展は、1970年代が主で、
この頃の音楽シーンに多大な影響を与えたのだが、画像よりも
電子化やデジタル化が容易であった「音」の世界においては
1980年代にはCDが登場、シンセサイザーやエフェクターも
1980年代には多くがデジタル化していく。
このデジタル化が普及する直前の、1983年頃「MIDI規格」
が登場した、これは極めて歴史的に重要なポイントだ。
「MIDI」は、楽器間の情報伝達プロトコルである。
簡単に言えば、各社のシンセ同士を接続したり、コンピューター
等を使って沢山のシンセや電子楽器を同時に演奏・制御できる。
この規格は古いが、特に実用上の問題は無い為、その後30数年
経った現代においても依然採用されていて、古い電子楽器と
最新の機材を接続しても何ら問題が無く使える。
この規格の成立には、先年2017年に亡くなったローランドの
創業者である「梯(かけはし)郁太郎」氏の功績が大きい。
つまり、1980年頃に、世界中のおよそ全ての楽器メーカーを
廻って話を通し「メーカーを問わない共通規格を作る事」に
賛同を取り付けた訳だ。
楽器間でのやりとりのみならず、後年の通信カラオケの曲の
データとか、ショーやイベント等での音声や照明等を含めた
時間制御(タイムコード)等もMIDI規格をベースとしている。
非常に多大な功績であり、梯氏はこれで「グラミー賞」等を
受賞している。
カメラ界では、この梯氏のように、あるいは昔の「坂本龍馬」
のように、各社の規格や仕様や、利害関係等を取りまとめる
政治力と統率力を持った人は残念ながら現れなかった。
そもそも、1930年代のライカとCONTAXの「戦争」とも言える
意地の張り合いは、ライカとCONTAXの「操作性」や「用語表記」
を全て逆にしてしまい、その後CONTAXをコピーしたNIKON S
さらにはそこから発展したNIKON一眼レフ(現代に至る)では
他社と「操作性が全て逆」という使い難さを生じているし、
ツァイス系のレンズの焦点距離と絞り値表記も他社とは逆だ。
これ位ならまだしも、そもそもマウントが統一されていない。
1960年代には汎用マウントとしてM42規格が提唱されたが
大メーカーは自社マウントを優先して、当然乗ってこなかった。
2000年代後半には、続くミラーレス時代における汎用マウント
としてマイクロフォーサーズ規格が提唱されたが、これも
大メーカーには無視され、乗ったのは数社だけであった。
楽器のMIDI規格により、爆発的に楽器の売り上げが上がった訳
ではない。しかし、音響現場、楽曲制作現場、コンピューター
通信現場においては、MIDIの恩恵は計り知れず、それが無ければ
現代の音楽シーンは成り立っていなかった事は確かだ。

現代、デジタルカメラの市場は縮退が進んでいる
デジタルカメラの共通規格が制定できなかった事が主な原因では
無いのだろうが、ユーザー利便性が排除されてしまった事による
間接的な影響は無視できるものでは無いと思う。
つくづく、カメラ界で共通規格が生まれなかった事は残念な
歴史である。
余談が長くなったが、こうした話もまた、カメラ界にかかわる
「矛盾」の1つだと思う。
本機BESSA-R2Cの話に戻るが、まあ矛盾だらけのカメラだ。
「何でもあり、イケイケドンドン」のカメラバブル期で
あったからこそ発売された製品であり、まさしく1990年頃の
バブル経済を彷彿させる。

さて、このあたりで本機R2Cの仕様だが、例によって
この手のカメラは、数値スペックはあまり意味が無い。
気になる仕様は、ファインダー倍率くらいのものだが、
そもそもレンジ機でピントを厳密に合わせる事は無理なので、
実用レベルに満たない性能のものを、比較したり評価したり
とかは、あまり気にする必要は無いであろう。
BESSA-R2C(2002年)
距離計連動型35mmフォーカルプレーンシャッター式カメラ
最高シャッター速度:1/2000秒
シャッターダイヤル:1秒~1/2000秒,Bulb
フラッシュ:非内蔵 X接点1/125秒
ファインダー:実像式逆ガリレオ透視ファインダー 倍率0.7倍
距離計連動範囲:0.9m~∞
使用可能レンズ:旧CONTAXマウント
巻き上げ角:不明、分割巻上げ可、トリガーワインダー装着可
露出計:TTL型三点合致LED方式(赤>赤○赤<)
露出計電源:SR44/LR44 2個使用
ISO感度:手動 ISO25~3300(1/3段ステップ) DXコード非対応
本体重量:520g(電池除く)
発売時定価:98,000円(税抜き)
このあたりでシミュレーター機のSONY α7の使用をやめ
代わりにμ4/3機PANASONIC DMC-GX7を使ってみよう。

また、レンズもSC Skopar 35mm/f2.5に交換する。
(ミラーレス・マニアックス第5回、補足編第3回)
これで「寄れない超広角」にストレスがあったのが解消できる。

ここで本機BESSA-R2Cの長所だが、
実のところスペック上では、あまり無い。
コシナの枯れた技術(長く作られ、信頼性が高く、低コスト)
をベースとした機体で、仕様も他のレンジ機や旧来のOEM用
一眼レフとほぼ同等だ。
OEM一眼タイプにあった問題点の「ミラーショック」は消えて
いて好ましいが、大きな長所だとは言えない。
内蔵ファインダーや外付けファインダーの「見え」は綺麗で
一眼レフとは一線を画するが、これは一眼レフとは構造が違う
ので当然だし、レンジ機全般の話で、本機だけの特徴では無い。
まあ、ファインダー像が綺麗であれば、確かに写真を撮っていて
気持ちは良いが、反面、上級者から見れば、ピント位置や
ボケ量、ボケ質が全く確認できないので「不安の塊」となる。
レンジ機はそうした精密撮影には全く向いておらず、のんびり、
アバウトに撮る心構えで無いと、とても撮っていられないのだ。
なお、初級者の一部には、レンジ機の綺麗なファインダー像
だけを見て「このカメラは良く写る」と大誤解をしている人が
結構多く居た。勿論そういう原理では無い事は言うまでも無い。
まあ、今時でもデジタル機のモニター再生画像の品質だけを
見て、このカメラは良く写る、と言う人は後を絶たない。
情けない話だが、それがいつの時代でも一般ユーザーの水準だ。
余談だが、ごく最近に聞いた話だ。シニア層で、風景写真を
デジタル一眼で撮っているビギナーが、撮った写真を全て
SDカードのままで保管している模様だ。何故PCに取り込んで
編集やバックアップを行わないのか?の疑問だが、その理由は
「パソコンにコピーすると写真の色が悪くなる」からだそうだ。
まあ、馬鹿馬鹿しいまでの話だが、これが典型的なビギナー層
のレベルであろう。

また本機では「付加価値」をつける為、他のBESSA機よりも
若干だが外装等に高級感がある、ただ、それも微々たるもの
であるし、大きな特徴であるとも言い難い。
他の特徴は無い、あえて言えば性能とか仕様ではなく、
こうした機種が発売された事に対する「歴史的価値」であり
加えて、全般的なマニアック度の高さであろう。
そこは満点を超えて加点を与えても良いくらいだ。

さて、本機BESSA-R2Cの弱点であるが、
まず価格の高さだ、定価98,000円は前年2001年のBESSA-T
(55,000円)の、ほぼ2倍だ。
まあ、BESSA-Tから比べるとファインダーを内蔵しているとか、
まるで工芸品のようなマウント工作の作りこみとかがあるが、
部品代等の原価の差は、さほど大きくは無い筈だ。
このあたりは21世紀型のビジネスモデルであると思う。
つまり、20世紀のように定価は部品代の原価から決まるのでは
無く、まず「いくらなら売れるか?」という企画があって、
それに必要な開発費を販売予定台数で割って償却し、それを
価格に乗せて、最後に利益が残るかどうかを判断して承認する。
この21世紀型製品の怖いところは、もし売れなかったら、
莫大な開発費が、モロに赤字として残ってしまう事だ。
この為、一見好調に見えるカメラメーカーであっても、
次期製品の為に、金がかかる新技術開発を「自転車操業的」に
繰り返していかざるを得ず、どこかでそのサイクルが一歩でも
狂ったら致命的な問題となり、事業そのものが破綻してしまう。
一見好調に見えたメーカーが、たった1つの失敗で、カメラ事業
が続けられなくなった例は、いくつもあるのだ。
このリスクを回避する為には、無難に売れる製品を作るしか無い、
だが、それはマニアから見れば魅力的な製品では無い。
あるいはユーザーから見て「付加価値」に見えるような超絶的な
性能の製品を出すとかだ。で、ある意味、それは広告塔であるかも
知れず、ハイエンド機の超絶性能で技術力をアピールするとともに
その新技術をスペックダウンして、普及機にまで乗せていけば、
十分に開発費を回収できるという事だ。
だが、ユーザーから見れば、価格の面からは、開発費の上乗せ
比率が高い製品は「コスパが悪い」と見なせる。
安価で高性能・高機能なカメラを買いたいのは当然であろう、
私の場合は「中古買い」で価格がこなれた高性能機を買う事で
コスパの問題を回避しようとしている。
しかし、ユーザー層の誰もが、こうした買い方をしたら
新製品が売れず、メーカーも儲からず、カメラ業界が破綻して
しまいかねない。まあこうした「飽和市場」は、なかなか難しい
問題で、そう簡単には答えが出る物では無いのかも知れないが・・

余談が長くなった、あと、本機BESSA-R2Cの弱点だが、
そもそも「レンジファインダー機である事」だ。
その問題点は、いくらでもあげられるのであるが、他の記事でも
色々書いてきた事だし、そして、レンジ機の弱点は百も承知で
購入しているので、そこは不問にしよう。
あえて1点だけ言えば、旧CONTAXマウント機の距離計連動範囲は
90cmからである、この為21mm等の広角レンズを使った場合でも
「遠くのものしか撮れない」という極端な撮影意図への制限が
出てきてしまう。まあでも、この点はやむを得ない、
そういう「前時代の撮り方」で対応するしかない訳だ。

さて、最後に本機BESSA-R2Cの総合評価をしてみよう。
評価項目は10項目だ(項目の意味は本シリーズ第1回記事参照)
Voigtlander BESSA-R2C (2002年)
【基本・付加性能】★★☆
【操作性・操作系】★☆
【ファインダー 】★★☆
【感触性能全般 】★★☆
【質感・高級感 】★★★☆
【マニアック度 】★★★★★
【エンジョイ度 】★★☆
【購入時コスパ 】★ (新品購入価格:104,000円)
【完成度(当時)】★★★
【歴史的価値 】★★★★★
★は1点、☆は0.5点 5点満点
----
【総合点(平均)】2.9点
マニアック度と歴史的価値以外は、まったく振るわない評価点
となったが、かろうじて平均点近くにはなった。
最も問題だったのは購入価格だ、何か付属品をつけて
この価格(10万円強)だったと思うが、これはほぼ定価である。
「コシナ」と言えば、1990年代には新品でも定価の7割引
とかが普通だったのに、なんとも強気な卸値である。
本機は販売台数が極めて少なかったと思われ、中古はレア品で
高値の相場となっている、現代においての実用価値は殆ど
無いので、無理して探したり購入する必要は無いカメラだ。
次回記事では、引き続き第四世代の銀塩カメラを紹介する。