所有している銀塩一眼レフの名機を紹介するシリーズ記事。
今回は第二世代(自動露出の時代、世代定義は第1回記事参照)の
PENTAX LX (1980年)を紹介する。

装着レンズは、ロシア製 Jupiter-9 85mm/f2.0
(ミラーレス・マニアックス第26回記事参照)
本シリーズでは、紹介銀塩機でのフィルム撮影は行わず、
デジタル実写シミュレータ機を使用する。
今回は2機種、まずはPENTAX KP(2017年)を用いるが、
記事後半では別の機種および別レンズを用いる。

以降はシミュレーター機での撮影写真と、本機LXの機能紹介
写真を交えて記事を進める。
ただし、本機LXの時代のフィルムの発色は、まだあまり
良く無いと思われる為、シミュレーター機の設定も、
当時の雰囲気に近いものとしょう。

さて、本シリーズ記事ではPENTAXの一眼レフは初登場だ、
PENTAXの銀塩一眼レフの歴史は、その黎明期から長く続いてた
為、本機LX以前の機種も所有してはいたが、デジタル移行期の
2000年代前半に古い機種を全て処分してしまっていた。
あまりに古い機種は、もう実用価値が無いだろう、という判断
だったが、今から思うと持っておいても良かったかも知れない。
結局、本機LXが私が現在所有している最古のPENTAX機だ。
・・という事で、まず最初にPENTAXの一眼レフの歴史を
遡ってみよう。
1952年、当時の旭光学は、日本初の一眼レフである
アサヒフレックスⅠ型を発売する。
このカメラはクィックリターン式ミラーではなく、開放測光
でも無い。マウントはM37形式だ。
まあ、まだ実用的なレベルには達していない一眼レフだろう。
が、この1952年は、まだTV放送すら始まっていない時代だ、
よく一眼レフを発売できたものだ、と思う。
1954年、アサヒフレックスⅡB型でクイックリターンミラー
を初搭載。実用一眼レフとしてはこれが最初の機種であろう。
世の中に既にカメラは普及してたが、リコーフレックス等の
二眼レフや、バルナック・ライカのコピー機が主流の時代だ。
この年は、完成度の極めて高い「ライカM3」の発売年であるが、
勿論高価であり国内においては一般的では無い。
ニコンは、このM3を見て、レンジ機Sシリーズの将来展開を
諦め、一眼レフ「ニコンF」の開発を目指すが、その発売は
5年後の1959年だ。
他の世情では、この1954年に映画「ゴジラ」の第一作が
公開されている。
1957年、マウントをM42に変更し、カメラ名称も
アサヒペンタックスとなったが、これが現代にも続く
「ペンタックス」の名前の初登場である。
この機体は通称「AP」と呼ばれている。
この時代の家電製品の世情では「トランジスタラジオ」が既に
発売されていて大ヒットし、社会現象ともなった。
ちなみに、ソニー製のトランジスタラジオの性能(歩留まり)が
この時代に劇的に向上したのは後にノーベル賞を取る江崎博士の
「トンネル効果」の発見と、トンネル・ダイオードの発明による。
この物理学上の功績は、極めて重要な歴史的価値がある為、
後年、2000年代以降のトイカメラ(トイレンズ)等による、
周辺光量落ち(ヴィネッティング/ヴィグネッティング)を、
アート系カメラマン等が「トンネル効果」と呼んだ事に対して
「それは物理学(電子工学)の用語だ!!」と、
個人的には全く賛同ができなかった。勿論、当ブログでは
レンズのそれを「トンネル効果」と誤用する事は一切していない。
(注:技術分野では周辺光量落ちを他にも「シェーディング」と
呼ぶ事もあるが、ちょっと微妙に用語解釈が異なるとも思う)
1958年、アサヒペンタックスKの発売。このKはKINGという意味
であると、デジタル一眼レフ・クラッシックス第6回K10Dの
記事で書いた。その後60年たってもPENTAXのデジタル一眼レフ
にはKの型番が用いられているが、この機種がその元祖だ。
(今回もシミュレーターとしてPENTAX KPを使用している)
この翌年1959年には、ニコン初のフラッグシップ一眼レフ
NIKON Fが発売されている、PENTAXはこれまで一眼レフ分野で
他社に先行していた為、ライバル機の登場を意識した事であろう。
1960年には、「スポットマチック」という名称で、世界初の
TTL露出計を組み込んだ試作機が出品されたが、開発は困難を
極めたのか、その製品化は4年も遅れてしまった。

1964年、アサヒペンタックスSPがPENTAX初のTTL測光機として
発売された。型番のSPはスポットマチックという意味だ。
ただし、絞り込み測光機であり、スポット測光でも無い。
そしてTTL測光機としても世界初ではなく、発売の遅延の間の
1963年に「トプコン REスーパー」が史上初のTTL測光+
開放測光機として発売されている。
REスーパーの価格は、レンズ付き 61000円と高価であった。
この1963年当時の貨幣価値は、現在の1/10程度と言われて
いるので REスーパーは60万円以上のカメラとなり、これは
一般向けとは言えない。さらに余談だが、REスーパー付属の
レンズはオート・トプコール58mm/f1.4であるが、このレンズ
は、2003年にコシナ社よりトプコール銘のまま限定復刻された。
(ミラーレス・マニアックス第20回、名玉編第1回記事)
で、1964年のPENTAX SPの発売時価格は51000円(ボディのみ)
と、REスーパーに負けじと高価だ。しかし、SPはロングセラー
機となった為、後年には物価変動で買いやすい状況になったの
かも知れない。結果的にSPは大ヒットし派生型シリーズも含める
と350万台という一眼レフ史上初のビッグセールスを記録した。
この年、1964年は、ご存知東京オリンピックの開催年である。
東海道新幹線が走り、白黒TVは既に普及、脱水式の洗濯機が
発売されたり、電気蚊取り器が出るなど、世の中は急速に
変化していた時代だ。
なお、本シリーズ記事では、このPENTAX SPの発売時点の
1964年をもって、一眼レフ第一世代(露出計内蔵の時代)と
定義している。

さらに余談だが、PENTAX SPは膨大な生産台数があった為、
後年の1990年代の第一次中古カメラブームの際には、
1万円台程度と安価な相場で完動機体が豊富に流通していた。
知人の上級カメラマニアの人は、SPの中古をなんと50台(!)も
集めていた模様であり「何でそんなに沢山買うの?」と聞くと、
マ「いや、微妙に仕様が違うんだよ、そこが面白い」
と言っていたが、さすがに多く集めすぎた模様だ。
しばらくして、中古カメラ店でマニア氏を見かけた、
マ「さすがに多すぎると思い、だいぶ減らしたよ」
匠「ふ~ん、で、今は何台?」
マ「30台くらい残っているかな? 2~3台持って行くか?」
匠「いや・・ いらないです(汗)」
まあ、1990年代後半は依然銀塩時代とは言え、SPはもう古い
時代のカメラだ、その頃には本記事紹介機のLXも使っていたし、
SPもSPFも一応持っていたので、さすがにもう不要だ。
さらなる余談だが、この頃か、あるいはもう少し後に見た映画で、
詳しい題名等は忘れたが、1960年代頃の日本を時代背景とした
作品があった。その映画の中の1シーンで、記者会見の模様が
あったのだが、その際、多数の新聞記者の持っているカメラが
全てPENTAX SPであった(汗) 確かに時代背景は間違っては
いないが、既にニコンやキヤノンの一眼もある時代なので、
記者全員がSPという事はあるまい。
匠「さては、中古が安いので、SPで買い揃えたな!(笑)」
と、画面に向かって、突っ込んでいたのであった。
さて、1960年代を通じて、SPや派生機は大人気であったが、
売れすぎた事による弊害も生じた。それはつまり次なる一眼レフ
の技術革新は、開放測光や電子シャッター、そして自動露出
(絞り優先オート露出)であろう事は明白で、各社ともその研究
を進めていたのだが、これをM42マウントのまま実現するのは
少々無理がある。なので、M42をすっぱり諦めて新マウントを
採用すればよかったのだが、SPシリーズが売れすぎた為に、
M42をなかなか止める状況にはなれなかったのではなかろうか?
結果、1971年のPENTAX ESではM42マウントのまま絞り優先AEを
実現したが、汎用マウントとしての互換性が失われてしまった。
このESの発売の1971年を、本シリーズ記事では、第二世代
(自動露出の時代)の開始年と定義している。

で、M42規格からの逸脱の問題があったからか、数年後の
1975年には、M42をついに諦め、現代にも続くバヨネット式の
Kマウントを採用する。
その最初の機種はK2,KX,KMであるが、このあたりは他の記事でも
歴史や機体を紹介した事があったと思うので詳細は割愛する。
(ちなみに、Kマウントのフランジバック長は、M42と同じであり
少しでも互換性を意識していたと思われる)
しかし、Kシリーズは結局短命となった。その少し前の1972年
には、オリンパスよりM-1(後にOM-1)が発売されていて、
その小型化思想は、市場にも他社にも強い影響を与えたのだ。
PENTAXも小型化に追従、OM-1を目標に、それよりも小さい
一眼レフの開発を始める。

1976年、OM-1に遅れる事4年で、OM-1よりも小型軽量な
PENTAX MXを発売する。これは小型のみならず、なかなか
格好良い名機であり、過去所有していたが、残念ながら
処分してしまった。(上写真はMXのミニュチュア玩具だ)
そして、Kマウントの交換レンズ群も小型化され、従来の
K(P)型からM型となった。
以降、1980年代初頭までMシリーズが展開されるが、その間、
PENTAXでは、それまでのM42マウントでは開発が出来なかった
「フラッグシップ機」の実現を、Kマウント転換時から構想する。
その後、5年の歳月を費やして完成した最高級機が、本記事で
紹介のPENTAX LXである。発売は1980年6月の事であった。

さて、長くなったが、ここまでが本機LXに至るまでの
PENTAX一眼レフの歴史である。
LXの意味だが、これはローマ数字の L(50) とX(10)であり
旭光学創立60周年を記念して付けられた名称だ。
当時のフラッグシップ機は、その要件として、
最高1/2000秒シャッター、交換式ファインダーやモーター
ドライブなどのシステム性、露出計はファインダーに内蔵、
AE機も勿論あった。
この要件に当てはまる機種は、CANON F-1(1971年、本シリーズ
第1回記事)、NIKON F2系(1971年、本シリーズ第2回記事)
MINOLTA X-1系(1973年、本シリーズ第4回記事)の3機種がある。
しかしF-1とF2は、発売からおよそ9年を経過し、次世代機への
モデルチェンジが迫っていた。
結局LXと同じ1980年にNIKON F3が、翌1981年にはCANON New
F-1が発売されるのだが、それらの話はまた続く記事に譲ろう。
PENTAX初のフラッグシップ機となったLXであるが、
例によって、フラッグシップ機の紹介は難しい、と言うのも、
交換パーツによって仕様も性能もずいぶん異なってしまい、
それらを全部記載していくと、きりが無いからだ。
なので、今回はもうバリエーションは思い切って割愛し、
私が使ってるタイプだけの説明としよう。

まず、本機LXのファインダーは、小型アイレベルファインダー
FA-2を選択している、標準的なFA-1よりも小ぶりで格好良く、
性能低下も最小限(絞り値表示無し、ホットシュー無し)だ。
交換スクリーンは全面マットのSE-20あるいはSE-60を使用した。
これらは微妙に仕様が異なり、装着するレンズの開放f値等
により、ピントの合わせ易さが異なる。
しかし、このいずれを使う状況においても、本機LXの
ファインダーのMF性能は、銀塩一眼レフ中、ベスト3に入る、
(他のライバル機は、CANON New F-1とMINOLTA α-9だ)
勿論、電子化スクリーン等でMF性能が大幅に低下したその後の、
どの時代の新鋭AF/デジタル一眼レフをもってしても、LX級の
ファインダーには及ばない、それほどの傑作ファインダーである。
このLXでのMF操作の快適さを一度味わうと、その後の一眼レフを
使うとがっかりしてしまう。
「見え」は、もう後年のカメラでは太刀打ちできない、ただし
MFの「快適さ」という点では、近年のミラーレス機による
高精細EVF+高精度ピーキング機能が優れる。ただ、この話も
ミラーレス機なら何でも良いという訳ではなく、機種は
限られるし、その話は本記事とは無関係なので割愛しよう。

さて、ここで本機LXの仕様(基本性能)について述べておく、
マニュアルフォーカス、35mm判フィルム使用AEカメラ
最高シャッター速度:1/2000秒(機械式+電子式)
チタン幕フォーカルプレーン横走り
シャッターダイヤル:倍数系列1段刻み、4s~1/2000
X,B位置あり、AUTOMATIC位置あり
電池切れ時、X接点(1/125)以上の高速域
で機械式シャッター使用可
フラッシュ:非内蔵、シンクロ速度1/125秒 X接点
ホットシュー:交換式ファインダーの一部にあり
ファインダー:交換式、スクリーン交換可
FA-1使用時 倍率0.9倍 視野率95%/98%
使用可能レンズ:ペンタックスKマウント
露出制御:絞り優先、マニュアル、超低速
絞り優先時、最長125秒(!)まで連動可能
測光方式:TTLダイレクト測光(IDM測光)
露出補正:専用ダイヤルあり(±2EV、1/3段ステップ)
露出インジケーター:AE時LED方式、マニュアル時追針式、
電子シャッターと機械シャッターでLED
表示色が変化する、他に低速警告あり
露出メーター電源:SR44 2個使用 (LR44使用可)
電池チェック:電圧低下でLED点滅
フィルム感度調整:ASA6~3200(1/3段ステップ)
フィルム巻き上げレバー角:120度(分割巻上げ可)
セルフタイマー:有り(機械式)
絞り込みプレビュー:有り(ミラーアップ兼用)
ミラーアップ:可(この間でもAE撮影可能)
本体重量:570g(FA-1装着時)
発売時定価:11万2,000円
さて、このあたりでシミュレータ機を交換する。
カメラをフルサイズ機のSONY α7とし
レンズはPENTAX M100/2.8を使用する。
(ミラーレス・マニアックス第50回記事)

本機LXの長所だが、
まずは「工芸品」のような感触性能の高さや精密感がある、
巻き上げ感、シャッター音、交換式ファインダーの装着時の
精度、外装(シーリングによる防滴構造)そしてファインダー
の見え、フィルム装填のやりやすさ等、全てが一級品だ。
この感触性能を上回る一眼レフは恐らく他には存在せず、
レンジ機では、ライカ(M3)位だろうか・・

そして中身も凄い、自社開発チタン幕4軸横走りシャッターも凄い
のだが、ダイレクト測光という極めて珍しい方式を採用している。
この方式は確かオリンパスOM-2/3/4/10系(1975~1994)と、
本機LXのみに搭載された測光方式で、フィルム面から反射する
光を直接測光し、AE(絞り優先)時に極めて長時間に至るまで
露出制御が同調する、具体的には、例えばOM-2で60秒、
OM-2Nは120秒、本機LXでは、実に125秒までの自動露出が効く。
この特徴を活かし、銀塩時代、私は本機LXを「ピンホール母艦」
として利用した事も良くあった。ピンホール(レンズ)は、
開放f値が250前後と極めて暗く、ISO100~400程度のフイルム
では、その露光時間は、長い場合8秒~32秒程度となってしまう。
一般的な銀塩(MF)一眼レフでは、こうした超スローシャッター
の撮影は難しく、マニュアル露出モードとしても、そもそも
シャッターダイヤルには、そんな低速は無く、4秒あたりが
最大であった。
この為、B(バルブ)や、T(タイム露出)モードを使うのだが、
露光時間が適当になり、どうにも露出が合っているか不安である。
まあ外部露出計を用いていたが、自前の「ピンホール露出計算法」
を編み出し、簡単に露出値が計算できた。具体的にはf250前後の
ピンホールでは、同一感度の外部露出計をf8にセットした際の
シャッター速度の分母の数で1000を割る。(例;1/250秒では
4秒、1/125秒では8秒が適正露出。これは、ちゃんと数学的根拠
があるが、この証明は長くなるので割愛する)

ところが、本機LXを使えば、AUTOMATIC(絞り優先)のまま
ピンホール撮影が出来てしまう、最長125秒まで自動で連動する
のでシャッター速度は一切気にする必要は無い。
おまけに、10秒以上の長時間露光となると、その間、急に日が
翳ったり陽がさして、想定していた露出値が大きく狂ってしまう
リスクもあったが、本機LXでは、そうした露光中の光線状況の
変化も、全て積算して露光時間を自動で決めてくれる。
さらに別の使い方では、ダイレクト測光はミラーアップ時でも
有効なので、ミラーアップ撮影が必要な非常に特殊なレンズも
AEで撮れるし、はたまた、前述のピンホールや妙な(笑)自作
のレンズですらも、自動露出で撮れてしまうのだ。
さらには、フラッシュの調光も、被写体から反射した光を
TTLで直接測れば自動で行える。
この測光原理では、露出計等の表示と矛盾が出そうなのだが、
本機LXの方式(IDM測光と呼ばれる)では、ミラー下部の
受光素子が常に光を測っていて、全体に矛盾が出ず、例えば
ファインダー等を交換しても何ら問題ない。
PENTAXの技術者は、この実現に「光の1粒を測るようだ」と
表現した、と聞き、かなりの高度な技術だと思われる。
これは、もの凄い機能だと思うのだが、何故かその後のカメラ
には採用された例は殆ど聞かない。
「フィルム表面の反射率が変わったらどうなるんだ?」という
心配性な意見も良くあったが、結局、銀塩時代の末期まで、
私はOM-2Nや本機LXのダイレクト測光を良く使っていたが、
何ら問題なく動作していた。
以降の他機への搭載が無くなったのは、構造が複雑すぎる
(コスト高)のであろうか? あるいは後年のAF機では
AF用の部品配置や構造が干渉するからであろうか・・

さて、他にもハイブリッドシャッターであるとかスクリーンが
良いとか、ストラップ吊り金具が横吊りの他、縦吊りもできる
とか、色々と細かい長所はあるが、ファインダー関係は
組み合わせが極めて多く、書き出すときりが無いのでこの辺で
やめておこう、ともかく総合的に良く出来た名機である。

逆に、本機LXの弱点であるが、
まず、最大の問題点は価格が高い事であろうか。
長期に渡って生産されたが、銀塩末期では確か18万円くらい
までの高額定価になっていたと思う、限定モデルのLX2000や
LXチタン、LXゴールドは、さらに高価で、もう実用範囲を
超えて「愛蔵品」という価格帯になってしまっている。
中古も高価であり、1990年代のカメラブーム時のLXの相場は
8~11万円程度、私は、相当値切って6万円で入手したが、
デジタル時代に入って銀塩機の中古相場が大幅に下落した後で
なお、LXは5万円以上の相場が普通であった。
2010年代からは3万円程度の安価な中古機体も出てきているが、
他のPENTAX等の銀塩一眼の相場が現代では数千円位なので、
依然、他機よりヒトケタほど高価だ。
が、この当時1980年代~1990年代でのLXの価格が高価なのは、
実際に作る手間や部品代がかかっているからだ。
後年、例えば2010年代の世の中全般での「商品」の価格は、
「いくらでなら売れるか?」という観点から値段が決められる。
まあ、商品は「モノ」ではなくソフト(アプリ)やサービスで
あったりする事も普通だし、そういうのは部品代などの原価
からは定価は決められない。
ハードウェアであってもしかりで、部品代よりも遥かに費用が
かかる開発費をどのように償却するか?でも値段の考え方は
大きく変わる。
デジタル一眼レフでも同様だ、どのカメラでも部品代自体には
大差は無く、その値段に見合うような「付加価値」があるか
どうかだ。
例えば、フルサイズ、超高感度、超高速連写、超高画素数等の
利用者から見て魅力的なスペックを並べて価格の妥当性を
作り上げる。
だが、その後でより凄い数値スペックを並べたカメラが出れば
そのカメラの価値は落ちる、よって「定価」は無く「オープン
価格」となっている訳だ。

しかしLXの時代は、まだ20世紀の「ものづくり」の概念が価格に
強く影響する要素が大きい。LXのまるで「工芸品」のような
精密な作りを実現するには、どれだけ職人芸的な手間がかかって
いるか・・ まあ、LXは「家電製品では無い」という事だ。
価格が高いのはやむを得ないであろう。後年に同様な概念で
作られた OLYMPUS OM-3Ti(1994)も定価は20万円ほどしていた。
普通、このように手間がかかる製品は「限定生産品」となる。
作るには、熟練の製造技能を持つ職人の確保等も必要だからだ。
が、本機LXは「通常生産品」として、長らくPENTAX銀塩機の
ラインナップの頂点に立ち続けていたのだ・・
ちなみに、OM-3Tiも大変だったようで、それ以前のOM-3から
10年の歳月が流れていた為、OM-3当時のノウハウや製造技術を
持った技術者や職人がもう居なくなっていた様子だ。
この「サンチ」は、時代が時代で、価格も高かったので、
数千台とかの数しか売れず、結果的に限定生産品と同様となり、
後年はレア品として高価に取引されていた。
(私は発売時に14万円程で購入したが、コレクション向きで
用途が無く、すぐに譲渡してしまっていた)

さて、本機LXの他の弱点だが、
カメラとしての弱点は殆ど見当たらない、まあ、性能的には
1/4000秒の高速シャッターが搭載されていれば、さらに良いの
だが、NIKON FM2でのその実現は、本機LXの2年後の1982年だ。
まあ、そういう意味では、LXの性能(スペック)には、
冒険的とか、他機より秀いでた特徴的な部分が少ない、つまり
地味である事は、弱点と言えるであろう。
この地味な点が課題で、発売期間では本機を数値的性能から
ばかり見て、あまり高く評価する人は少なかったと思う。
後は、修理が簡単では無い事も問題だ、
手間のかかる防水シーリング加工の為、基本的にメーカーでも
修理は嫌がる位だし、無理に頼むとかなりの高額となる。
が、機械式と電子式のハイブリッドカメラであるから、
仮に電子部品が故障した際でも、1/125秒~1/2000秒の
高速シャッターはそのまま使え、写真を撮る事は可能だ。
なお、本機LXは、電子部品の耐久年月はとうに過ぎている
だろうが、所有機体は、今の所、問題なく動作している。
まあ、今更銀塩機にフィルムを入れて撮影する事もまず無い
とは思うが、よく他の記事にも書いたのだが、もし、もう
フィルムが入手不能になる、という事になったら、私が最後に
フィルムを入れて撮影したいカメラは、本機LXであろう。

さて、最後に本機LXの総合評価をしてみよう。
評価項目は10項目だ(項目の意味は本シリーズ第1回記事参照)
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PENTAX LX (1980年)
【基本・付加性能】★★★★☆
【操作性・操作系】★★★☆
【ファインダー 】★★★★★
【感触性能全般 】★★★★★
【質感・高級感 】★★★★
【マニアック度 】★★★★☆
【エンジョイ度 】★★★★
【購入時コスパ 】★★ (中古購入価格:60,000円)
【完成度(当時)】★★★★☆
【歴史的価値 】★★★★
★は1点、☆は0.5点 5点満点
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【総合点(平均)】4.1点
高得点だ。
名機という枠を超えて、まぎれもない傑作機だと思う。
本シリーズ最高得点であり、恐らくこの得点を越える銀塩一眼は
出てこないか、あるいは同レベルでもう1機種ある位であろう。
評価点が低かったのはコスパのみであり、そのコスパも
もし相場が安い現代において入手するならば、殆ど問題は無い。
デジタルカメラから写真を始めた人達も、本機LXは必ず一度は
触っておく必要があると思う。本機と近年のデジタル一眼との
差異にきっと衝撃を受ける事だろう、それほどまでに、
本機LXには「カメラ」としての圧倒的な存在感がある。
この歴史的名機は、カメラマニアであれば必携だ、今更銀塩で
撮らないから、と入手に悩む必要は無い。後年の時代に引き継ぐ
べき価値のある、偉大な文化遺産であるとも思う。
次回記事では、引き続き第二世代の銀塩一眼レフを紹介する。