現有している銀塩一眼レフの名機を紹介するシリーズ記事。
今回は第二世代(自動露出の時代、世代定義は第1回記事参照)の
KONICA AUTOREFLEX T-3(T3)(1973年)を紹介する。

装着レンズは、KONICA HEXANON AR 35m/f2.8
(ミラーレス第8回、第60回)を使用。
本シリーズでは、紹介銀塩機でのフィルム撮影は行わず、
デジタル実写シミュレーターとして今回はSONY α7を使用する。

以降はシミュレーターでの撮影写真と、本機T-3の機能紹介
写真を交えて記事を進めるが、例によってシミュレーターの
実写の内容は、記事の内容とは無関係であり、あくまで装着
レンズの描写力の雰囲気を紹介するものでしか無い。
これは本記事に限らず、本シリーズ記事で共通の方式だ。
それと、本機の時代は白黒フィルムとカラーフィルムの混在期
であるので、実写は両者を交える。
なお、本シリーズは時代が進むにつれシミュレーター機の画質を
少しづつ上げていく(この時代はまだ低画質だ)

なおKONICA ARレンズはフランジバックが短く、
ミラーレス機以外のカメラでは基本的には使用できない。
さて、本機AUTOREFLEX T-3だが、実は正式名が良くわからない
カメラだ(汗)
カメラ前部にはデザインされた文字で「T3」と書かれているが、
カメラ上部には「T-3」と書かれている。

「ハイフンの有り無しなんて、たいした差では無い」という
意見もあるだろう、事実、WEBサイトでの様々な記事でも、
カメラ型番は非常にいい加減である事が殆どだし、
公式情報に近いようなサイトですらも、過去機でのハイフンの
有り無しを間違っているケースが多く見られる。
まあ、私も以前は「どうでも良い」と思っていたのだが、
近年、ちょっと様相が違ってきている。
例えば、本記事でシミュレーターとして使っているSONY α7
(2013年)だが、この機種名にはハイフンは入っていない。
しかし、ミノルタ時代にα-7(2000年)という機種が存在し、
これは歴史的に非常に重要な、傑作機と言える銀塩カメラ
であり、本ブログでも何度も取り上げた事がある。
このように、ハイフンの有り無しで機種が全く異なるケースも
出てきたので、それを用いて正しくカメラを区分する事が、
少なくともマニアであれば必須となってきている。
何故ならば、今時の機種だけを使うカメラユーザーはいざしらず、
マニアは過去機も所有していたり、現役で使ってしまう事すらも
あるからだ、α-7とα7を混同していたら始まらない。

さて本機の名だが、「T3」が正しいという可能性が高いように
思われるが、本記事では便宜上ハイフンを入れて「T-3」としよう。
と言うのも「T3」と書くと、これも歴史上重要なカメラである
銀塩高級コンパクトの名機 CONTAX T3(2001年)と混同する
可能性があるからだ。
CONTAX T3も私は所有しているので、区別せざるを得ない。

さて、本機T-3をとりまく歴史であるが、まずKONICAは、
今から110年以上も前の1903年(ライト兄弟の初飛行の年)
から、国産初のカメラ「チェリー」を発売していた超老舗の
カメラ(光学機器)メーカーだ。
その後、六桜社、小西六と社名を変えながらも、「パール」や
「コニカ」という名前で、多数の本格的な高性能カメラを
発売していた。また、KONICAはフィルムメーカーでもあり、
特に「さくらフィルム」は、カメラが世間にも一般的になった
戦後からの時代では、知らない人は居ないくらいの知名度で
あった事だろう。
1960年代になると、コニカもMF一眼レフ(35mm判)の発売を
開始する、最初は「コニカF」シリーズであり、代表的機種の
コニカFP(1962年)は、露出計非内蔵だが、外付けが可能で
あった。

1960年代後半より露出計を内蔵し、次いで自動露出(AE/EE)
を実現したコニカARシリーズが発売される。
ちなみに、AEとは「オート・エクスポージャー」つまり
自動・露出、であり、EEとは「Electric Eye」すなわち
電子の目、であって、これもほぼ同様に自動露出の意味で
使われる。
自動露出とは、それまでの手動露出ではフィルムの感度を
決めた後、絞り値とシャッター速度を露出値に合わせて
各々手動で設定してあげる必要があったのだが、その事自体、
外部露出計、内蔵露出計あるいは勘(かん)露出のいずれかを、
基準に絞りとシャッター速度を設定しなければならなかったのが、
自動露出機では、少なくともカメラ内に(反射式)露出計を
内蔵し、利用者が絞り値またはシャッター速度のどちらかを
手動で決めれば、他の要素が自動的に決まる仕組みであり、
撮影(露出設定作業)の効率化に大変役に立つ機能である。
なお、後年の「プログラム露出」では、絞りとシャッター速度
のいずれも手動設定する必要がなく、ISO感度だけ正しく設定
(又はフィルムからDXコードで自動読み取り)すれば、
完全自動の露出値で撮影ができるようになった。
(ただし利用者の作画意図はプログラム露出では反映しにくい)

現代のデジタルカメラでは、さらにAUTO ISO機能により、
初級中級層では、ほとんど露出の概念を理解する必要もなく、
正しい露出値で写真を撮影する事ができる。
露出の概念は、ISO(ASA)感度、絞り値、シャッター速度の、
たった3つで決まるものであり、これは1960年代であろうが、
現代であろうが、全く変わるものでは無い。
が、昔から殆どの初級カメラマンは、この露出概念を全く理解
できず、様々な誤解や誤操作を生むと同時に、中級レベルに
なってさえも依然露出概念を理解していない人が多い。
まあ、「勉強不足」と一刀両断してしまう事はできるのだが
殆どのカメラマンは、まともな写真教育を受ける機会が無く、
仮に、写真教室や先輩達から習った、または自習したとしても、
「蛇口から水を出してバケツに貯める」といった、まったく
訳のわからない概念的かつ理解も困難な説明手法しか、
教育的カリキュラムが用意されていない事が殆どであり、
これでは、本来単純で簡単な筈の露出概念を、ますます分かり
難くしてしまう要因にもなっている。
そして、露出概念が理解できたとしても、たとえば絞り値が
f2.8とかf5.6とか、一般的にはあまり使わない「変な数字」
になっている事が、初級層の次のハードルに繋がる。
これらは単に数値でしかなく、露出をあらわず、ある状態で
しか無いので、これらの数値の深い意味を考察する必要は全く
無いのだが、「数字に弱い人達」は「これらの数字を全部
覚えないと何もできないのだ」と、誤解してしまい、
まるで歴史の授業で多数の年号を全て語呂合わせで暗記する
作業のようなアレルギーや嫌悪感を生じてしまっている。
絞りの数字が、単に状態(程度)を示す「数値」でしか無い
という概念は、理系の人であれば、様々な技術・数理分野で
元々、ごくシンプルに理解できる事なのだが、カメラマンの
全てが理系人間であるという訳では無い。
また、数字が持つ真の意味を理解できないと、今度は逆に
「数値が高い方が優れている」という誤解にも繋がり、例えば
「2000万画素のカメラよりも3000万画素の方が必ず写りが良い」
とか、実際とは異なる変な方向に思考が偏ってしまう。
同様にレンズでも、開放f1.4の方がf2.8よりも必ず写りが良い、
といった誤解も出てしまう。
まあ、メーカーや販売側も性能を数字で示した方が、非理系人間
に対しても訴求力がある為、無理やりそうしたカタログスペック
を上げる事に注力してしまう事も問題があるが、私からすれば
原理が理解できないユーザー側にも責任が多々あると思っている。

さて、余談はこれくらいにして、本機T-3のようなAE/EE一眼
初期(1970年代)では、シャッターの電子制御が技術的に困難
であったので、シャッター速度を手動で決めて絞り値がそれに
追従する、いわゆる「シャッター優先AE」が主流であった。
コニカ「AR」の意味は、ARシリーズの最初の機種が、
AutoRex (1965年)であり、その略でARとなったのだが、
AutoRexは造語だ、自動とReflex(一眼レフの”レフ”)
の省略語だと思うが、Autoの名前の通り、コニカでは初めて
EE(シャッター優先)を実現した。
一眼でのEE機能の搭載はコニカは他社に比べて早い方だった
と思う。
「オートレックス」シリーズは、1960年代後半を通じて進化
したが、機種名称に統一感は無く、その時代の代表的機種は、
コニカFTA(1968年)であろう。
このFTAをベースに改良した機種は、New FTA(1970年)が
あるが、さらに改良したものが本機AutoReflex T-3(T3)
(1973年)である。
旧来のAutoRex名称が「AutoReflex」に改められたのは、
このあたりからコニカ製一眼の海外輸出が始まった事が理由
だと思われる。国内向けでは、言い難い「レフレックス」を
避けて「レックス」としたのだが、海外向けでは「レックス」
では、「恐竜か?」と思われてしまうかもしれない(汗)
正しい英語の「レフレックス」に直したのであろう。
T-3の3は、恐らく何かの機種から数えて3代目という事なの
だろうが、前述のように、この時代のARシリーズの機種名は
バラバラであり、この数字の意味は不明だ。

さて、本機T-3の長所だが、実はあまり無い。
シャッター優先EEを搭載しているとは言え、撮影技法上では
被写界深度をコントロールできる絞り優先の方が使い易い。
このすぐ後の時代で「絞り優先」と「シャッター優先」と
どちらが優れているか?という不毛な論争がカメラ界で話題に
なった模様であるが、デジタル一眼レフ・クラッシックス
第4回NIKON D70の記事で、その両者について詳しく分析を
行っている、まあ、つまり「どちらでも良い事」という結論だ。
シャッター優先が、撮影技法上使い難いと思った際、本機T-3
ではマニュアル露出も一応使えるのだが、生憎ファインダー内の
情報表示機構が、シャッター優先を優先した(変な表現だ・汗)
様子であり、たとえばシャッター速度は機械式で表示され
追針式露出メーターの背景には絞り値が表示されているものの、
レンズ側の絞り環を操作しても、どの絞り値になっているかの
表示が出ない。まあ、その表示は機械式では難しいのだが、
例えばニコンでは、ファインダー内の採光窓から、レンズの
絞り表記を「直読する」方式で、その問題を既に解決していた。
つまり、T-3のマニュアル露出では、絞り値不明のまま追針式
メーターを使うしかなく、そこで決まったメーター露出値に
対応する絞り値を、カメラの構えを解いて、絞り環を手動で
廻して設定する為、「操作性」が煩雑なのだ。
(ちなみに本機より40年後の2013年のNIKON Dfで非Aiレンズを
使う際にも、この絞りの「二重操作」が発生して使い難い)

よって本機の場合、基本的に「シャッター優先EE」で
使用するしか無いのだが、銀塩時代、私はこの撮影技法には
どうにも馴染めず、本機を持ち出して撮影する事は、あまり
無く、コニカAR機としてはAcom-1(1976年、現在未所有)
の方をメインとしていた。後年のそれに比べると、本機T-3
は大きく重く、使い難い印象が多かったのだ。
なお、シャッター優先とマニュアル露出を切り替える操作は、
EE対応ARレンズには、最小絞り位置にEEマークがあるので
そこに絞り環をセットするか否か、であり切り替えは容易だ。

それから、シャッター優先(自動露出)で撮るという事は、
当然「露出補正」操作が必須となる。
自動露出機構で示される露出値は、あくまで測光方式に応じて
一意に決められる「仮の値」であるから、撮影者の作画意図に
応じて露出補正はかけなくてはならない。これについては
この時代だからという意味ではなく、現代の高性能デジタル一眼
でも露出補正が必要な事は同様であり、まあ、写真を適正露出値
で、ちゃんと撮るという目的においては、現代のカメラでは
露出補正操作の必然性は減ったものの、写真表現的な意味
(例えば、ハイキー、ローキー、シルエット表現等)では
露出補正は依然必要なのだ。
さて、本機T-3では、なんと露出補正ダイヤルが無い。
まあ、これはこの時代なのでやむを得ない点がある、
そういう操作子や操作系の搭載は、もっと後年のカメラからだ。
じゃあ、露出補正ダイヤルが無い初期のAEカメラにおいて、
どうやって露出補正を行うか?、については、実は代替手段が
存在する。
これはすなわち「ISO(ASA)感度ダイヤルを廻してしまう」事だ。

かなり「裏ワザ」的な印象のある技法だが、原理的には正しい。
例えば感度ダイヤルをISO100として、その感度に適した
露出値がEEで得られたとしよう、これに露出補正を +1段
かけたいと意図した場合、「より明るくする」のであるから、
ISO感度ダイヤルを1段分、つまり2倍分、低くしてあげればよい。
具体的には、ISO感度を50に下げたら良い。
この時、カメラ内部では「ISO感度は? 50か、結構低いな、
じゃあ、ISO100の時より2倍ほど多目に光を取り込まないと
ちゃんと写らないだろうから、そういう露出値にしてあげよう」
と判断される訳だ。
ちなみに、このように「擬人化」して、カメラの動作原理を
理解する事は、子供っぽい事だと思われるかも知れないが、
非常に重要かつ理解しやすい概念であり、理系人間であれば、
必ずこういう思考法をしていると思う。
もともと機械動作のプログラミング等は、全てそのように、
機械の立場を考えながら設計するものであり、一般ユーザーで
「機械に弱い」と言うような人達は、「機械側の動作の概念」に
人間側の思考をシフトできないからである事が殆どだ。
この事を理解すれば、どのようなメカニズムやソフトウェア等も
動作概念を掴みやすく、「機械に強く」なる事ができると思う。
で、この操作が必要な為、本機T-3のISO(ASA)感度ダイヤルは、
ASA12~3200までの広範囲に対応している。
すなわち、当時の低感度ASA50のフィルムを使った場合、
25,12と、プラス2段までの露出補正が感度ダイヤルで可能だし、
高感度側では、業務用途等で仮にASA400フィルムをASA1600
への増感現像を行う前提では、T-3のASA3200設定で、さらに
マイナス1段の露出補正を行うのと等価になる、という事である。
そういう点では、さらにISO(ASA)感度ダイヤルの対応範囲は
広い方が望ましく、できればISO6~6400程度まであった
方が、あらゆる露出補正や増感現像に対応可能だとは
思われるが、実際の当時のフィルムが、ASA50やASA100が
主流であった状況で、そんな非現実的な調整範囲のASA感度
ダイヤルが実装されていたら、初級ユーザー層の混乱を招く
かも知れない、まあ、このあたり(ASA12~3200)が適切で
あろう。

余談だが、本機T-3には、ASA感度ダイヤルと同軸でDIN表記が
存在する。
ASAとは、アメリカの工業規格(American Standards Association)
であり、現代のISO感度と全く同じ数値表記だ。
なお、日本での読み方は、「アサ」「アーサー」、そして
「イソ」「アイソ」等と、特にベテラン層では呼ばれる事が
あるが、外国語でアルファベット3文字の省略語の場合、
「エーエスエー」、「アイエスオー」と、すべてアルファベット
のままで読まれる事が正しい。
例えば「UFO」を「ユーフォー」と読むのは日本人の慣習
であり、海外では「ユー・エフ・オー」と発音する。
DIN規格は、ドイツ工業規格(Deutsche なんとか・・・)
であって、こちらは、主に2ケタの数値で表され、
ASA100がDIN21、ASA200がDIN24、ASA400がDIN27に
対応する。(注:正確にはDINの単位は、°(度)がつくが、
本記事では省略する。また、ASAやISOには単位は無く、
単にASA100,ISO400等と記述する)
つまり、DINは1/3段刻みであり、この方が写真撮影技法的
には使いやすそうなのだが、あくまで独国流であるので、
日本では全く普及していない表記方法だ。
ただ、そのあたりは、フィルムを生産し当然海外にも輸出して
いたコニカである、ASAとDINはフィルムパッケージに併記されて
いたであろうし、本機T-3でも同じダイヤルながら、両者の
どちらも表示できるようになっている。
なお、日本においては、1980年代からISO感度表記に統一され、
その時代以後のカメラでは、全てISO感度設定の表記になって
いると思う。
それと、ポラロイドの600型インスタントフィルムは高感度
であるが、ISO640相当と、ちょっと中途半端な感度だ。
また、私は見たことは無いが、ISO20000の612型フィルム
というのも存在している模様だ。いずれもISO感度だと
中途半端な数字なのだが、DIN規格では、ISO640がDIN29
ISO20000がDIN44となっていて、ぴったりとした値なので
もしかすると、ポラロイド社では、米企業でありながらも
独DIN規格を念頭にフィルム開発を行っていたのかも知れない。

さて、余談はこのあたりまでにしておき、ASA/DIN感度ダイヤル
を用いる露出補正技法は、若干高度ではあるが、中上級者には
広く知られた事であった。
ただし、ネガフィルムを使う場合では、±1段程度の露出補正は
フィルムのラティチュードと、DPE店でのプリント時の輝度補正
(手動、後に自動)で、殆ど効果が無かった為、現実に露出補正
が必要なケースは、ポジ(リバーサル)フィルムを使った場合や、
業務用途や特殊撮影(暗所等で、増感現像を行う際等)に
限られていたので、一般ユーザー向けの撮影技法では無い。
さて、このあたりで本機T-3の仕様(基本性能)について述べて
おく事にしよう。
マニュアルフォーカス、35mm判フィルム使用カメラ
最高シャッター速度:1/1000秒
シャッターダイヤル:倍数系列1段刻み、T(タイム)露出有り
フラッシュ:非内蔵、シンクロ速度1/125秒
アクセサリーシュー:ペンタ部に有り(取り外し可)
ファインダー:マイクロプリズム式 倍率0.78倍 視野率92%
使用可能レンズ:ヘキサノンAR系
露出制御:EE対応ARレンズで、シャッター優先可能
その他のARレンズの場合はマニュアル露出
追針式露出インジケーター:有り
メーター電源:1.3V水銀電池(HC)2個使用
電池チェック:電源スイッチレバーをC位置にする事で可
フィルム感度調整:ASA12~3200 DIN表記併用
フィルム巻き上げレバー角:162度(予備角30度)
セルフタイマー兼絞り込みレバー:有り(機械式)
多重露出可(ME:マルチ・エクポージャーレバーを使用)
本体重量:740g(注:やや重い)

ちなみに、本機T-3には後期型があり、ホット(アクセサリー)
シューはペンタ部に固定された(取り外し不可)という事である。
ただ、ホットシューが無い方が見た目が格好良いので、これが
出来なくなる点については「改悪」だったかも知れない。
と言うのも、私が思う本機T-3の最大の特徴は「格好良さ」
であるからだ。メカ(機械式)機ではなく、電気カメラでは
ある物の、MF銀塩時代の集大成のような素晴らしいフォルムや
質感の高い操作子、そして金属ボディの高級感は見事だ。
銀塩時代の中古価格は、性能に比べては高目の3万円であったが、
この格好良さは、なんとしても入手したいカメラであったのだ。
まあ、コニカARマウントでの実用機が他にあまり無かった事も
その理由であったかも知れない。
実際には前述の通り、小型軽量のACOM-1を持ち出して撮る
事が多かったのだが、そちらのカメラは本機よりも質感が劣る。
(だから、デジタル時代に入ると、ACOM-1は処分して、
本機T-3を残した)

コニカのARマウント機だが、ACOM-1(976年)の後は、
初のワインダー内蔵機FS-1(1979年)が発売され、
その改良型FT-1(1983年)を最後に、自然に終焉する。
これはすなわち、1985年以降の一眼レフのAF化にコニカは
対応できなかったからであるが、「出来ない」と言うよりは、
あえて「しなかった」と考えるのが正解であろう。
と言うのも、コニカは1977年にはコンパクトカメラC35AFで、
世界初のオートフォーカス機能を搭載したコンパクト機
(一眼レフよりも早い)の発売を実現していたからだ。
コンパクト分野では、それ以前もコニカC35EF(1975年)で
世界初のフラッシュを内蔵し、「ピッカリコニカ」の愛称で
TV CMもやって大ヒットしていたし、同様にAF機のC35AFも
「ジャスピンコニカ」として大ブームを巻き起こしていたのだ。
まあ、AFモジュールは、米ハネウェル社(後に、AF特許訴訟で
ミノルタが敗訴した会社)の部品を採用してはいたが、
コニカ社にAF機を開発できる技術力は十分にあったのだ。
なぜ、AF一眼分野に参入しなかったのか?は推測だが、
カメラをAF化する事のみならず、交換レンズのAFも含めると
これの開発には、気の遠くなるような時間と膨大な費用を必要
とする。そして、それをやったとしても、市場には、既に
ミノルタを初め、AF一眼分野で先行するカメラメーカーが
ひしめいているのだ、この土俵で勝負をする事を避けた事は
むしろ賢明な判断であったように思える。
その後、1990年代においては、コニカはBigMiniシリーズ
等のAFコンパクト機に注力、ヒット商品となっていた。
1990年代後半のAPS(IX240)フィルムの新規格には当初コニカ
は非参入だったが、後にRevioシリーズで参入している。
その後、1990年代の第一次中古カメラブームを受け、
コニカも、往年のレンジファインダー型機を新開発した
ヘキサーRF(1999年)や、その限定版(2001年)を発売する。
限定版ヘキサーRF Limitedは50mm/f1.2レンズが付属して
いて、非常に高価(定価40万円)だったが、売れ残っていた
新品在庫を定価の半額+税(21万円)で購入した事があった。
しかし、レンジ機でf1.2の仕様は、ピントが合わずに、
いかにも使い難く、すぐに知人に譲渡してしまった。
2003年にはミノルタと合併し、コニカミノルタとなるが、
2006年にはαシステムをSONYに譲渡し、コニカミノルタは
100年以上にもおよぶカメラ事業から撤退してしまった。
2000年代のデジタル時代、さすがに、その時代に本機T-3に
フィルムを入れて撮る気にもならず、コニカのARレンズは、
フランジバックやマウント径の関係で各社デジタル一眼では
使用不可であった。ARシステムを何度か手放そうとも思った
のだが本機T-3の格好良さ(所有価値)もあって思い留まった。

2010年代になって、ミラーレス機+マウントアダプターにより
コニカARレンズが再度使用できるようになり、実に10年ぶりに
ARシステムが復活を果たす事となった。
現代では、コニカのカメラ製品は、マニアのみが注目する
状況である。中古品の流通は多いとは言えないが、皆無という
訳ではなく、事実、私も2010年代にAR28mm/f3.5レンズ
(ミラーレス第73回)を中古購入している。

さて、最後に本機T-3の総合評価をしてみよう。
評価項目は10項目だ(項目の意味は本シリーズ第1回記事参照)
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KONICA AUTOREFLEX T-3 (1973年)
【基本・付加性能】★★★☆
【操作性・操作系】★★★
【ファインダー 】★★☆
【感触性能全般 】★★★☆
【質感・高級感 】★★★★☆
【マニアック度 】★★★☆
【エンジョイ度 】★☆
【購入時コスパ 】★★☆ (中古購入価格:30,000円)
【完成度(当時)】★★★☆
【歴史的価値 】★★
★は1点、☆は0.5点 5点満点
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【総合点(平均)】3.0点
概ね高性能、高機能ではあるが、最高シャッター速度が
1/1000秒と低く、シャッター優先EEは使い易いとは言い難い。
高級感が極めて高く、銀塩カメラらしいフォルムであり、
写真を撮らないまでも、飾っておくだけでも所有満足度が
高いであろう。つまり「格好良い」カメラである。
まあ、現代での実用価値は殆ど無いと思うので念の為。
次回記事では、引き続き第二世代の銀塩一眼レフを紹介する。