劇団舞台処女(げきだんまちかどおとめ)の秋の公演、
「現代演劇パレードde回転寿司」の模様より。
今回は、5本立ての4本目の「玄朴と長英」の観劇記事。
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断寝「匠さん、次の公演では時代劇をやりますよ」
劇団”まちかど”の重鎮であり、また本作品の演出を
手がける"断寝(だんね)俊太郎”氏より、事前にそんな
話を聞いていた。
匠「え? 時代劇ですか? ふうむ・・」
時代劇と聞いて、まず想像したのは戦国時代もの。
この時代は個人的にはかなり詳しいので、まあ、有名武将の
武勇談のみならず、”忍城の水攻め”とか、かなりマイナーな
武将や、余り知られていない合戦が出てくる話でも願ったりだ。
あるいは、最近流行の、オリジナル解釈の破天荒な戦国もの
(やたらとイケメンの正宗や幸村などが、派手な格好をして、
奇抜な武器を持ち、時代の異なる武将と1対1のバトルをするとか)
・・なんていう世界観も、全く抵抗感は無い。
それとか、謙信や信長が実は女性だったとか、平成の高校生が
タイムスリップして信長になったとか、直江兼続が実は謙信の
子であったとか、本能寺の変の後、光秀が生き残って家康側近の
天海僧正になったとか、自衛隊が戦国時代にタイムスリップして
大暴れするとか・・ そういう戦国IF物でも全然オッケーだ。
あるいは、少し時代は下って、徳川将軍の時代、これもまた
近年流行の「男女逆転大奥」とか、そんなのでも面白そうだ。
さあ、ゲネプロ(最終リハ)にむけて、ステージには大道具の
セットが組まれている様子だ。
匠「ん? これは・・??」
騎馬隊でも鉄砲隊でもないよね、じゃあ、戦国時代じゃないね。
どう見ても大奥でもないよね(汗) すると、時代劇ってのは?
この劇は、19世紀の実在の蘭学者、伊藤玄朴(げんぼく)と
同年代の同じく蘭学者、高野長英(ちょうえい)の2人に
関する話で、同劇団では初の時代劇である。
匠「うう・・ 幕末か、このあたり、あまり詳しくないんだよね」
学生時代は理系で、日本史とか世界史は苦手分野であった、
しかし、戦国シミュレーションゲームにハマって、そのあたりの
時代に関する様々な本などを徹底的に読んで、様々なドラマや
映画やマンガなども見て、相当詳しくなった。
次に、第二次世界大戦に興味が出てきて、そこも同様に詳しくなった。
だが、まだ、幕末には興味が沸いて来ていないので、このあたりの
時代に関する本等は読み漁ってなく、知識は殆ど無い(汗)
「時代劇」と聞いて上がっていたテンションが下がるのを感じるが、
まあ、いつも内容を知らないで劇を見ているんだから、そういう
意味では他の劇と同じだ、まあ、舞台に集中するとしよう・・
”玄朴”を演じるのは、劇団舞台処女(げきだんまちかどおとめ)
の第三代団長の”藤原太郎”氏だ、「カッコイイ系」の役柄が多く、
安定した演技力には定評がある。
なにやら勉強をしている玄朴、まあ、学者さんだから当然か。
と、照明が突然暗くなり、ブルー1色の照明となる。
玄朴を訪ねてきたのは、不気味なお面をかぶった人物だ。
物取りか? それとも刺客か? 青の照明は不安感をあおる
為と思われるが、まだ、この侵入者の正体は見極めにくい。
照明が明転、侵入者は玄朴の部屋に上がりこんできている。
う~ん、見るからに怪しげだが・・
そして、侵入者は大声で”玄朴”の名前を呼びながら、
マスク(お面)を脱ぎ捨てる。
匠「ふうむ、ならば、こちらが”長英”という訳だな。
しかし、この歌舞伎役者のような隈取、これは受刑者かな?」
長英を演じるのは、同劇団第四代団長(前団長)の”宇野徳一郎”氏、
最近、同劇団の看板女優と結婚したばかりの新婚さんだ。
また結婚と同時に、団長は任期終了、そして宇野夫人は産休に突入。
名女優をお休みにさせるなんて・・ううむ、やはり受刑者だ(笑)
前団長の宇野氏の得意とする分野は、不気味な存在の役柄だ。
今でも印象に残っているのは、私が選ぶ同劇団の最高傑作、
「Parasitec Plant(寄生植物)」での、暗黒世界(?)からの
使者"土男”の名演(怪演)だ。
今回もまた、そんな風な怪演を見せてくれるのであろうか?
そういえば、宇野夫人の尚美さんもまた、舞台の上では、
強烈な存在感を持つ、極めて個性的な女優さんであり、
その演技は怪演という言葉がまさにぴったりであった。
夫婦通じるものがある。
今日は奥さんの分まで、頑張ってくださいよ・・ そんな風に
エールを送りたいと思った。
舞台のシナリオ上では、2人とも蘭学者、まあ、これは実際にも
史実通りということだそうだ。
2人は、ライバルであり、友人でもあるのだが、
長英の方は政治犯として投獄されていたようだ。
だが、牢屋火事が起こり、長英は脱獄、玄朴の所に姿を見せた
といった感じだ。
ちなみに、”脱獄”と言うが、牢屋が火事になった場合は、
罪人とは言えども、安全を確保するために、いったん放免、
その後、ちゃんと牢に戻ってきた者は減刑・恩赦する、などの
裁量措置が行われていたと思われるので、脱獄とは言わないと思う。
(確か、そんな話を”子連れ狼”だったか?なんかの劇画で
読んだ記憶がある)
長「やっぱ、シャバは良いなあ、お、葡萄酒があるじゃあないか」
罪人だけあって、学者と言えども、どうも態度が横柄な感じだ。
玄朴は、そんな長英に向かって、今の世の中がどんな風に
なっているのか、そんな話をしはじめる。
いまだ鎖国の時代とは言え、長崎などを経由して世界の様々な
情報が入ってきている、開国ももう近いと思われる。
そんな新しい風を海外の書物や、実際に外国人などに会って
肌で感じている玄朴、それに対し、おそらくは数年間も投獄
されていて世間に疎くなっている長英、その対比が面白い。
舞台の方は、第三代(前々)団長と、第四代(前)団長の、
演技の一騎打ちだ、なかなか熱が入ってきている。
ちなみに、同劇団の現団長(第五代目)は、若手女優の
”安田明日香”嬢となっている。
安田嬢の女優としての演技は、少し前の記事の”斑女(はんじょ)”
で紹介したように、本格派にして表現力に優れる。
若手ながら、これまでも”性転換した男性”から”売れない中年画家”
まで、様々な役柄を見事に演じ分ける技巧派でもあり、
現在の同劇団の看板女優でもある。
新世代には負けないぞ、とばかりの旧勢力(前々、前、団長)の
頑張りも、またこの劇の見所なのであろうか・・?
新しい蘭学の本を夢中で読み出す長英、
投獄されていたとは言え、彼もまた蘭学者なのだ。
外国語で書かれている本もまた、彼は意味を解する様子だ。
先ほど玄朴が言っていたように、新しい技術がどんどん
日本に入ってきている、長英はその変化にとまどっている。
特に長英が驚いたのは解剖学の進歩だったようだ。
解剖学、蘭学といえば「ターヘル・アナトミア」だよね。
幕末に疎い私でも、その名前くらいは知っている。
でも、それが玄朴や長英の時代と、どういう関係にあるのか?
「ターヘル・アナトミヤ」やその和訳の「解体新書」が
玄朴や長英の時代の前なのか、後なのか? それは知らない。
さらに、長英は気になる記述を見つけてしまう。
長「この書物に書いてあること、これは、天然痘の特効薬か?」
玄「そうだ、牛痘種痘法だ、これにより人間は天然痘に
対する免疫ができる。」
長「貴様、これをやったのか?」
玄「いや、まだだが、この種痘は必ず成功し、広まる。」
ふうむ、”ジェンナーの種痘”はこのころ伝わってきたのか。
後で調べると、伊藤玄朴は、種痘法を改良、実践し、
近代医学の祖と言われているそうだ、無名の学者だと
思っていたのが、なかなかの偉人であったという事か。
しかし、そもそも、おそらくはこの幕末の時代に詳しい人で
あっても、新選組とか坂本竜馬とか、そうしたあたりがメインの
興味の対象になるだろうから、伊藤玄朴とか高野長英とか
言われても、まず知らないだろうと思われる。
でも、この劇は明治時代の劇作家”真山青果”(まやませいか)
により、1924年(大正13年)に作られた劇だそうで、
それから何度も舞台で上演されたという事だ。
ちなみに、大正13年作とは、本ブログ観劇記事の1つ前の
記事「紙風船」とほぼ同時代の作品だ。
まあ、それはともかく、劇団”まちかど”の今秋の公演、
「現代演劇パレードde回転寿司」は、こうした近世の
(大正から昭和、平成にいたるまで)劇作品をチョイスして
アレンジしているということであり、本「玄朴と長英」にしても、
その選択の網にひっかかるということは、それなりに見所、
あるいはストーリー上の骨子としての重要なプロットが
あるに違いない。
ただ、私自身のこの時代の知識が少ないだけに筋書き上、
どこにどんな仕掛けが隠されているのか、そこがさっぱり
見えてこない、ただまあ、それだけの事だ・・
舞台に戻り、長英は玄朴に無心を、つまり金を貸してくれ、と
せがんでいる、30両とか言っていただろうか?
それだけあれば、しばらくは逃げて暮らせるとも言っている。
1両というのは、時代によって価値は異なってくるのだが、
江戸中期では、現代の貨幣価値で10数万円位と記憶しているが、
江戸後期(幕末)では、いくらくらいなのだろうか?
1両=3万円とか、そんな感じであれば、長英は現代の感覚で
「100万円貸してくれ!」と言っているのかも知れない。
長英は、火事で焼けた牢屋に戻る気はさらさら無いようだ、
後で調べると、この事件は史実なのだが、長英が人に命じて
牢屋に放火させたという説もある、その真偽は定かではないが、
これは、もしかすると、確信犯による”脱獄”なのだろうか?
玄朴がお金を貸してくれなかったこと(まあ、これは当然だと
思うが)、そして、長英から見て玄朴が、最新の様々な学問に
触れているので差をつけられてしまったようにねたみを感じた事、
・・そんな事から、長英は、だんだん憤りを感じてきている。
そこに加えて、「シーボルト事件」の話題が出る。
匠「シーボルト! それか! なるほど、この時代だったのか」
シーボルトは、長崎出島に在住するオランダ人医師兼植物学者
であり、蘭学を日本人に教える塾(鳴滝塾)の先生でもあった、
玄朴や長英もシーボルト先生から、そこで最新の蘭学を学んでいた
という事であろう。
シーボルトは、帰国直前に、幕府が禁制している日本の詳細な
地図を持ち出したのがバレて、国外追放処分になる(後に
許されて、また来日する)それが「シーボルト」事件だ。
シーボルトと日本人妻の間の娘の「おイネ」は、日本人初の
女性産科医となった事でも有名だ(オランダおいね)
確かそのあたりのいきさつはTVの特集番組で見たことがある。
長英は、そのシーボルト事件をとりあげ、長英に迫る。
長「玄朴~! 貴様がシーボルト先生の事を幕府に密告したのか?
そうだろう? だとしたらゆるせん!」
ふうむ、これは、なかなか面白くなってきた。
当初は、無名の蘭学者のやりとりのどこが劇として面白いのだろう?
と思っていたのが、なるほど、種痘法を世の中に広めたり、
牢屋から脱獄したり、あるいは幕府をゆるがすような事件に、
この2人が関係していたとすれば、これはなかなか興味深い。
ますますヒートアップする長英、このままでは、玄朴を
斬り捨ててしまいそうな勢いだ。
長「貴様だけ、シーボルト先生の事件では処罰を免れた、
これは貴様が、そのことを裏で手引きしてたからじゃあ
ないのか?」
玄「いや、オレじゃあない!」
と、玄朴は必死の弁明。
もみあっていた2人であるが、そのとき、長英が玄朴の
ほっぺたに軽くチュッとキスをする。
ふうむ、つまり、この2人は、実際には仲がいいということ
なんだろうなあ、今はそれぞれ立場も状況も異なるのだが、
元は2人とも同じように蘭学者として大成することを目標と
共に歩んできたはずだ。
2人のも喧嘩はすぐ収まり、舞台奥から第三の登場人物が・・・
匠「ふうむ、ここまで元団長対決でひっぱってきたのに、
いまから出てくる登場人物って誰だろう?」
白塗りの顔、ゆったりとした足取り、この世の者ではない雰囲気だ、
その証拠に、玄朴と長英は、この登場人物に気がついているのか
どうかもわからない。
役者さんは”菊池義忠”氏、ベテランの俳優さんで今回は
チョイ役の客演であるが、これまで様々な本学的な舞台で
活躍してきたとの事だ。
匠「幽霊の役? で、背中に背負っている箱は何?}
匠「ああ、なるほど、解体新書なのね、すると、杉田玄白か」
杉田玄白は、おそらく玄朴や長英の時代よりちょっと古い人物
なのであろう、ただ、蘭学の祖となった重要人物であることは
間違いない、その杉田玄白が、幽霊となって、自分の遺志を継ぐ
後輩達の様子を見に来たという設定なのであろうか・・
舞台終了、この劇の原作は大正時代、という事で、やっぱり
多少は現代的なストーリー展開とは異なる雰囲気だ。
ただ、幕末のこの時代に詳しくない私が見ていたので、
「ふ~ん、なるほど、そうだったのか」という感想に終始して
しまったような事も言える。
まあしかし、観客にしても、竜馬や西郷隆盛が出てくれば、
「ああ、それ、知ってる、知ってる・・」となるだろうけど、
玄朴や長英というのは、少し知名度が低いので、同じ幕末の
話でも、若干難しいテーマに属するかも知れない。
そういえば、以前、旅行で長崎の出島も訪れたことがあるのだが、
そのときも、「ふ~ん、なるほど」で終わってしまったように思える、
やはり、自分が興味を持っていて、それについて詳しく掘り下げて
知っていないと、楽しめるものも楽しめない、という事なのであろう。
劇自体はよく出来ていると思う、元団長同士の迫力あるやりとり
は、さすがにベテランの味をよく出していた。
まあ、舞台を見終わった後、少しシーボルトなどについて調べて
いたら、だんだん面白みがわかるようになってきた。
知らないのはしかたない、が、そこで、「ふ~ん」で終わらず、
興味を持って調べれば、またそこからどんどんハマってくる
かもしれない、好奇心とか知識欲は、そういったほんの少しの
きっかけから始まる、そんな風にも思っている。
さて、次の記事はいよいよ5つの舞台のラストである「ボクサァ」
これは”戦隊モノ”の作品と聞いている。
「ん、戦隊モノって、赤レンジャーとか? それっていったい・・?」
まあ、それは記事掲載時のお楽しみということで・・