さあ、劇団舞台処女(げきだんまちかどおとめ)の半年ぶりの
公演だ、会場は大阪・長堀橋の「船場サザンシアター」
状況はゲネプロ(Generalprobe=最終リハーサル)が
始まろうとしている所。

照明のチェック中、能らしきものを踊る役者さん、
同劇団の前作ではヤクザの親分役をやった”ヲタノ拓蔵”氏だ、
今回も和服だな、また、その手の役柄なのだろうか?
毎回の事であるが、舞台を撮影すると言っても台本やシナリオを
読んできている訳ではない、読んでおいた方が撮影には有利かも
知れないのだが、それだと「観客として見る楽しみが減るので・・」
という理由からだ。、まあ、それに加えて、一瞬も見逃さないぞ、
と集中して撮影できるのも逆に少しはメリットになるのでは
なかろうかと思っている。
さて、ゲネ(ゲネプロ)が始まった・・

この劇場の席数は数十と、さほど大きくない。
ただ、いまどきの演劇専用劇場の規模は、何処もまあこれくらの
規模が普通であって、何百もの席数のある劇場は、むしろ稀なのだ。
で、小さい劇場なので、本番中の撮影は困難だ。
勿論、デジカメのフラッシュは炊かないし、AF補助光すら出さない
ように設定している、それでも一眼レフはミラーレス一眼を含めて
シャッター音が出て、役者のセリフにかぶり、観客の観劇の邪魔になるし
シャッター音の出ないコンパクトでは、今度は液晶モニターが点灯して
やはり観客が気になってしまう。
なので、本番同様の最終リハ、すなわちゲネプロの撮影となるのだが、
ゲネの撮影は観客が入っていないので、撮影アングルの自由度が高い、
シャッター音は、もしかすると役者さん達が気になるかもしれないが、
撮影をしている事は皆わかっているので、そのあたりもまあ大丈夫だ。
ちなみに、この劇の撮影後、やはり色々と不便を感じたので、
高倍率ズーム搭載のレンズ固定式コンパクトデジタルカメラ
(=ネオ一眼という呼び方もある)の中古を購入した、近年のものは
最大ISO感度も1万を超えているので、舞台の撮影にも使える事と
加えて、シャッター音を完全に消すことができるからだ。
また、最新のミラーレス一眼では、メカ(機械)シャッターと電子
シャッターを切り替えることができ、電子シャッターを選べば
シャッター音を消すことができる機能を持ったものもある。
ちなみに、いずれの場合でもEVF(電子ファインダー)搭載機で
あることも舞台撮影では必須だ、EVFであれば撮影時あるいは
再生時にも、カメラの背面モニターの灯りが観客の邪魔にならない。

舞台はどうやら夫婦の夕食風景。
ご主人は能の師範風、そしてその奥様。
奥様を演じるのは”断寝俊太郎”氏、この劇団の重鎮であり、
演出家兼脚本家である。
ただ、この劇の原作(脚本)は”野田秀樹”さんという著名な
演出家の方だそうで、また、この劇の演出は、今回この劇団、
舞台処女(まちかどおとめ)の第五代団長に就任したばかりの
若き女優”安田明日香”嬢だ。
断寝氏は、事前に「この劇では、脚本も演出も無く役者に専念できる
ので楽だと思っていたが、そうでもなかった・・」ともらしていたが
まあ、楽ということはあるまい、実際、彼から来るメールは、いつも
午前4時とか、とんでもない時間のものばかりだ・・(汗)
さあ、舞台の家族構成はこれだけかな?いや、まだ始まったばかりだ。
会話の内容は、夕食後に奥様が、なにやらの用事で出かけるとの事だ、
しかし・・

ご主人も出かけるという。
そういえば、ご主人、先ほど誰かと電話で話しをするシーンがあった。
留守番が必要な状況だが、奥様もご主人も、何処に出かけるのか
詳しくは話そうとしない、会合だとか寄り合いとか、そんな風に
口を濁している、どうみてもこれは何か、人に言いたくない行き先が
あるという事だよね・・

そこに登場したのは、帰宅した娘さんらしき女性。
役者さんは、本劇団の若手看板女優の”田中愛”嬢だ。
劇団公演のここ4作程ではいずれも準主役級の役柄を努め、
表情や演技力といった才能に優れる女優だ。
主「おい、おまえ、ちょっと留守番してくれ」
娘「え~、いやよ、ワタシ、これから午後9時にハンバーガー屋で
激レアグッズをもらいに並ぶんだから・・」
ファーストフードと聞いて父親は嫌な顔をするのだが、どうやら
娘はそれが大好きな模様だ。
しかし、午後9時に新商品の発売なんて、そんなファーストフードが
あるのか? 娘の言動もかなり怪しい・・
どうやら、この3人の家族は、それぞれ人にも言えない秘密を
抱えている様子だ。
誰が残るか、という押し問答の末、奥様のバッグの中から、
なにやらアイドルグッズのようなうちわが発見されてしまう・・

奥「そうよ、私はこれから、ジャパニーズ(注:アイドルグループの
名前か?)のコンサートに行くんだから、キャーっ、サイコー!」
と、開きなおる奥様。
これで奥様の秘密はバレた、だか、まだ秘密のバレていない父と娘は
「いい年をして、そんな物を見に行くのか?」と、猛反発。

窮地に立たされる奥様であるが、そう簡単にはあきらめそうにない、
どうやら筋金入りの「ジャパニーズ」ファンのようだ。
そこに、ご主人に電話が、ご主人の友人らしき人からのようだ
主「うん、わかった、もう出る、ちょっと待っててくれ」
奥「ちょっと、アナタ、何処に行くのよ」
主「オレは町内会の集まりで・・ごにょごにょ、
オマエのようにアイドルを見に行く訳じゃあないんだよ」
どうもご主人、歯切れが悪い。
電話の会話の端々からの想像で、奥様と娘の鋭い追及がはじまる、
ご主人、いよいよ隠しきれなくなってきた。
主「そうだよ、ディスティニーランド(注:テーマパークか?)の
エレクトリカル・パレードを見にいくんだよ、8時に出ないと
間に合わないんだ」
奥・娘「いい年して、そんなものを見に行きたいんですか?」
主「何を言うか、エレクトリカル・パレードは最高の文化だ」
と言いつつ、ネズミらしき面を取り出してかぶるご主人。

さあ、二人の秘密がバレたことで、娘が有利かと思いきや、
娘もハンバーガーショップに並ぶ、という理由は、やはり
どうみても嘘っぽい。
家族は3すくみとなって、誰も動けない、皆、それぞれ好きな
ものなのだろうが、他人から見たら、つまらない理由だ、
自分が行こうとしている所が一番正当な理由に見えてしまう。
ついに、業を煮やした奥様と娘は、ご主人を外に出られないように
鎖でつないでしまう。

”ははあ、そういう事なんですか・・・”
舞台を見ていると、このあたりで劇の主旨に気がつき始める、
たとえば、このバラバラの家族は、鎖でつなぎとめていないと
それぞれが勝手なことをやってしまう、つまり鎖が絆となる、
あるいは、たとえば全員が鎖でつながれて身動きが取れなく
なってしまい、そこから悲喜劇が始まる・・
まあ、そんな調子だろうか?
観客目線に立てることは、事前に台本を読んでいないメリットだ。
逆に事前に読んでしまうと、なんだか舞台のアラ捜しをする
ような視線になってしまう危険性もあるかもしれない。
舞台を見ていて、ここで観客はこう思う、そんな風に、
考えたこと、感じたことも、記事に書いていくことができる。

主人は、「お願いですから行かせてください」と奥様と娘に
懇願するが、まあ、勿論それは通用しない。
殺風景な大道具の中、壁にかけられた、娘が生まれた時に撮ったと
思われる家族写真が、逆に、この家族の現在と対比されて面白い。
写真は、筋書きが見えてこない間は、広角アングルを比較的多用する、
今日持ってきているカメラは4台、銀塩35mm換算で24mm程度の
広角から同換算135mm程度の中望遠レンズを、それぞれつけている。
単焦点が3本、開放F値は、それぞれF1.8~F2.8の間だ。
ズームならいざ知らず、単焦点でのF2.8は暗いレンズに部類する、
舞台では、照明の暗さや役者さんの速い動きに対応するため、
できるだけ明るいレンズが必要だ、ただ、F1.2やら、あるいはF0.95
という超大口径レンズは、被写界深度(ピントの奥行き)が浅く、
かつMF撮影となる場合が殆どなので、撮影に集中力を必要として、
疲れる。 今日そこまでの大口径は持ってきていないので、
MFとAFを併用して、少し楽をしている。
実は、今日の撮影はこの1本だけではなく、他の劇も撮らないと
ならない、なので、まあ若干手抜きしているという事だ(汗)

舞台だが、案の定、奥様も鎖につながれてしまった。
自分が外に出られないのならば、他も巻き添えという事だ。
不自然な家族の”歪み”が、シナリオ上で強調されはじめた。
舞台照明は、先ほどからずっと”地あかり”と呼ばれる状態、
これはまあ、特別な見せ場のシーンで無い場合にデフォルトで
使われる標準的な照明パターンだ。
この「船場サザンシアター」は小規模ながら演劇用の本格的な
設備を備える劇場であり、市民ホールやライブハウスを演劇用に
転用している訳ではなく、観劇上の不満点は少ないであろう。
地あかり照明では、それぞれのカメラのISOを感度を、
それぞれの最高値より2段下に設定しておく、
具体的には、ISO3200の機種では、ISO800に、
あるいはISO12800の機種ではISO3200だ、
各カメラの最高感度ではノイズが多くなるので、その1つ下、
あるいは安全を見て、2段下とするのだが、勿論このあたりは
装着するレンズの開放F値ともからんでくる。
高感度の使えるカメラであれば、レンズはF2.8でもかまわなく、
そうでなければレンズはF1.4前後のできるだけ明るい方が良い。
そうした設定による欲しい結果は「シャッター速度1/250秒」だ。
舞台の撮影では、このあたりのシャッター速度が目安となり、
動いている役者さんを止めて写すには、どうしてもこれくらいの
シャッター速度が必要となる。役者さんの動きが遅い場合でも、
ボディーランゲージや表情の変化による表現は常に演技中に
行われているので、シャッター速度は1/125秒以上は欲しい所。
他の劇のゲネプロ中、演出の"断寝”氏より、
断「匠さん、ボクがデジカメで撮ると、ブレてしまうんですけど」
という話があり、
匠「どれどれ、設定を見せてください」
と断寝氏のカメラを見ると、感度がISO800となっている。
まあ、AUTO感度とかにしていないだけ、間違った傾向での設定では
ないのだが、このコンパクトデジカメは開放F値が3.いくつと、
やや暗い為、Pモードでも、この絞りの限界値にシャッター速度が
左右される。 試しに舞台に向けて見ると、1/15~1/30秒程度、
匠「ああ、これではブレますね、感度を思い切り上げましょう」
と、このコンパクトデジカメの最大のISO6400まで上げてみる、
これでシャッター速度は、1/125~1/250程度に上がった。
匠「これならブレませんよ、ただし、パソコンとかで拡大すると
若干ノイズが出るかもしれません。
それと、露出補正をマイナスに設定すると良いですよ、
舞台上(構図上)の暗い部分の面積に応じ、-0.3ないし-1位
かけると、シャッター速度もあがるし、スポット照明でも
役者さんの顔が白トビしませんし」
断「了解です、これで撮ってみます」
後で話しを聞くと、断寝氏や、他の役者さんが撮っても上手く撮れて
いるようだが、今度は電池が持たない。1つの劇(約1時間前後)が
終わると、バッテリーが空になってしまうようだ。
匠「ズーム操作を減らして、撮影後の確認再生も止めて、AF補助光も
OFFにして、おまけに手ブレ補正もOFFにして、多点(マルチ)
AFも止めて、さらには、こまめに電源を切って・・
(ちなみにこれらの設定は、舞台撮影においては、どれも正解だ)
まあそれらで若干電池の消耗は防げますが、やっぱ1台だと
無理かもしれません、複数のカメラを使うことですかね・・」

余談が長くなったが、さて、舞台の方は予想通りの展開で、
ついには娘さんまでが鎖に繋がれてしまう。
娘は、携帯でまた誰かと話をしているようだ、怒った父は、
携帯をどこかに放り投げてしまう。
携帯が通じないからか、次は家の黒電話にまたどこからか電話が・・

娘「はいはい、わかりました・・」
主「おい、いったい誰と何を話しているんだ?」
娘「誰でも良いでしょう!! はいはい、9時ですね、了解です」
娘の態度に怒った主人、黒電話のコードをぶった切って受話器を
放り投げる。
さあ、これで誰も動けなくなった。

娘は、ここで不思議な事を言い出す。
娘「今夜、ハンバーガー屋の新商品なんか発売されないのよ、
実は、今日の9時に世界が終わるの」
主「むう、いったいそれはどういうことだ?」
娘「だから世界が終わってしまうのよ!」
書道教室の先生だったか?そのあたりの謎の人物に吹き込まれた
怪しげな情報らしい、いったいそれは危ない新興宗教なのか?
それとも・・
すると、娘は、まるで”秘密結社”で使うようなマスクをかぶり、
さらに、バッグから出した怪しげな薬を水に溶かして飲もうとする。

奥「なにそれ? もしや毒薬?? やめなさい!」
母親が制止するも、娘は聞かない。
謎の薬を飲んだ娘は、倒れこんでしまった。

主「なんという事だ・・」
時刻は午後9時、もう”ジャパニーズ”のコンサートも、
”ディスティニーランド”のエレクトリカル・パレードも間に合わない。
それに、もし娘の言った事が真実であれば、コンサートどころ
ではない、この世の破滅なのだ・・
ミサイルが落ちるのか、天変地異が起こるのか・・?
まあ、一瞬で世の中を終わりにする要素はいくつもある。
おまけに、娘もどうやら死んでしまったようだ。
様々な絶望感に打ちひしがれる夫婦。
書きそびれていたが、中盤のシーンでは、夫婦に最初の子供が
出来たとき、奥様は喜んだのだが、ご主人は一言「堕ろせ」と
冷たく言い放ったという。奥様はそれ以来、子供が出来た記念の
写真の額縁の裏に離婚届を隠し、いつでも判を押せる状態に
していたと言う。
やはりこの夫婦、色々とお互いの隠し事が多い様子だ。
舞台のシーン、
奥様は、毒薬と思われる液体をご主人に差し出す。

主「なんだ、オレにこれを飲めと言うのか?」
奥「そうよ、何もかも、もう終わりにするのよ」
ウワーッツ! と、そこに突然に起き上がる娘。

生きていたのか、まあそうだろうな・・
ここで娘が死んだまま、というのは、舞台のシナリオ的には
考えにくい、いまどきの観客は沢山のドラマや映画を見て来ている
ので、ストーリーのパターンを経験的に予想することができる。
午後9時に世界は滅亡しなかったが、ただ、ここで家族が置かれて
いる状況は依然最悪だ。

まず、全員が鎖で繋がり、身動きがとれない。
食事もできなければ、水も飲めない。
電話でどこかに連絡しようにも、娘の携帯は外に放り投げられ、
黒電話も主人が先ほどキレて壊してしまった。
大声をあげようにも、この部屋はご主人の能の稽古部屋で完全防音だ。
ゆるやかな死という感覚が家族に広がっていく。
そして、かわいがっている飼い犬「ピナ・バウシュ」をも巻き添えに
してしまう。

すべてに絶望していく家族達。
ちなみに、犬の名前の「ピナ・バウシュ」だが、
近年亡くなった、ドイツの舞踏家の名前だ。
(何故その名前なのかは、原作がそうなっているとのことで、
理由は不明だ)

ただ、不思議な事に、いままでまったくお互いを理解できず、
信頼すらしていなかった家族の絆が、ここにきて急速に
深まっていく様子が見てとれる。
後半の劇の作りこみは予想通り悲喜劇調だ。
鎖に繋がれている家族の様子や会話はまるで喜劇であり、
でもその裏には家族の置かれている状況が悲劇的に表現され、
さらにはプロットとして家族の絆が描かれている。
舞台とは、本来インタラクティブ(双方向)なアートだと思う、
映画やドラマは、映画館や自宅で座って見ているだけだ、
しかし舞台は、生(なま)の物であり、その生とは、単なる
ライブという意味ではなく、観客はステージの上の役者の演技に
反応し、役者もそれに応えて演技やその表現を随時変えていく。
これは音楽におけるライブ(演奏)でもまったく同じだ。
今のこの撮影状況は、ゲネプロ(最終リハ)だ、
観客は誰も居ない、ゲネプロによっては、見学の他の劇団員すら
いない、観客の笑い声も、ため息も、ざわめきも、雑談も、咳払い
すら聞こえない。
私が撮影をしている状態での目線は、おおむね2種類ある、
1つはカメラマンとしての視点、しかしこれは、一般に想像する
であろう「舞台や役者を綺麗に撮ろう」というものではなく、
「舞台上の表現をいかに写真として切り出すか」という視点だ。
これはこれで説明すると長くなるだろうから今は割愛するが、
もう1つの視点は、演劇の観客としての目線だ、
この観客目線では、舞台(のストーリー)がどう進行していくのか、
見所はどこになるのか?そんな事を考えたり、あるいは舞台の
次の展開を予想し、その予想が当たったり外れたり、そうした事に
ステージと自分のインタラクティブな関係を楽しむ目線だ、
だからまあ観客は、前述のように笑ったり、感嘆したり、時には
泣いたりして、ステージ上の役者と自分を重ねて舞台を楽しんでいる。
しかしながら、カメラマンとして撮影しながらでは、たとえば、
大声をあげて笑って撮影を中断するわけにはいかない、
舞台に必要以上にのめりこむわけにはいかない訳だ。
だから、そんな場合、観客をダミーとして、自分とは分離した存在と
して客席に座らせておく(その事を想像する) そのダミー(仮想)の
観客が、笑ったり、驚いたりする様子を想像しながら、ステージを
見て(撮影して)いるという心理状態となる。
今回の劇、ダミー観客のウケはなかなか良いようだ。
「ああ、ここは大爆笑だろうなあ、ここはしんみりするかな?
そろそろネタがバレてきているかな? 劇は予定調和になるかな?
カタルシス(伏線が一気に結末で解決する事)が起きるかな?」
そんな風に自己から分離したダミー観客の心理状態を想像しながら、
その心理状態に合わせて、写真を撮っているもう1人の自分が居る。
具体的には、たとえば「ここ、ウケているから沢山撮っておこう」
とか、あるいは
「あ、この後、なにかが起こるぞ、ほら、もうすぐだ」と
ダミー観客の心情を捉え、心理的にも、カメラ的にも準備して、いざ
そのタイミングで連写するとか、まあ、説明しずらいが、そんな感じだ。
”さあ、いよいよラストシーンだよ”
ダミー観客目線が、そう言っている。
公演時間は、だいたい聞いている、今回の劇は70~75分だ、
だが、時計を見なくても、台本を知らなくても、もうだいたいの流れは
わかっている。もうすぐ終わりだ、それもあと1~2分・・
そこに、トントントン、とノックの音が聞こえる。
外「誰かいますか?」という外からの声。

奥「助けが来た」と喜ぶ奥様。
しかし、聞こえているのは、知らない人の声だ、
奥「あなた、誰ですか?」
外「え、いや、偶然通りかかっただけなんですけど、
どなたかいるのかなって・・?」
主「なんや、泥棒か?」
外「いや、失っ礼しました~(汗)」 去って行こうとする外の来客。
主「あ、ちょっとまって、もう泥棒でも神様でも何でもいい
から、誰か、ここから出してくれ~!!」
劇団舞台処女(げきだんまちかどおとめ)、公演「表に出ろいっ」
無事終了。
この劇は、なかなか一般ウケしそうな内容だった。
実は、今回の”まちかど”公演は全5編、と多数ある。
「現代演劇パレードde回転寿司」というサブタイトルで、
観客は好きな劇を1本、2本と観るシステムになっている。
順次紹介するが、喜劇からシリアスもの、時代劇など様々な
内容の劇をとりそろえ、土日は、各5編を上演する。
中には全部見ていくお客様もいるらしい。
お客様の多様なニーズや嗜好にも応えられるし、
劇団側としても、近年、団員の数がとても増えてきているので、
複数の劇で、若手団員の出演の機会や演出等の機会を増やせる
こともできる。また、各劇は3~5人程度の少人数で行われるので、
多人数での全体稽古という面倒さも回避できる。
まあ、一見してメリットの多いシステムなのだが、自分が出演
しない劇だからといって知らん顔をする訳にはいかず、やはり
ベテランや幹部団員達の負担は5倍になっているようだ(汗)

この記事の最後になるが、
こちらが、今回の劇場「船場サザンシアター」のオーナさん、
ゲネプロの様子をちょくちょく見に来られていて、さすがに
オーナーさんだけあって、演劇が大好きという雰囲気だ。
さて、次回は、三島由紀夫原作の演劇作品の観劇記事。
今回の劇とは、まったく違う雰囲気の舞台となる・・