『匠さん、F4の調子が悪いんです・・・』
撮影仲間のNさんからメールが来た。
そう、Nさんと言えば以前に、撮られ慣れる事の記事で登場してもらったが、
カワイイのに、写真に撮られることが大の苦手、という女性である。
そしてNさんのもう1つのトレードマークと言えば、ニコンF4である。
重量1.2Kg は超えるという超ヘビー級の銀塩一眼の名機、ニコンF4s に旧タイプの
大型の大口径標準ズームを手に、いつもNさんは撮影会に現れる。
(注:写真はNさんのF4sではなく、私のノーマルF4。 F4sはこれより大きく重い)
普通の女性であれば、F4どころか、その2/3の重量のF100でも重いと言い、
その半分の重量のF80でもやはりかさ張って重いと言って、ニコンUクラスの
(銀塩)普及機を持ちたがる、「それでは性能が足りないだろうに・・」と言っても
「いや、ワタシはまだカメラを上手く使いこなせないから・・」の一点張り。
機材に興味を持って無いことが明白である・・ 機材に興味が無いからいつになっても
メカやハードの知識がつかず、上達せず、感覚だけに頼って撮っていた初期の段階
が終って行き詰ると、簡単に写真をやめてしまったりする。
いまどきのそうした若い女性の中にあって、Nさんは、男性ですら持っていくのを
嫌がるニコンF4、F5クラスの超ヘビー級カメラを、文句の1つも言わず使って
いる姿がいつも印象的であった。
匠『・・・もしもし、F4のどこが調子悪いのかな?』
メールでは細かい状況がつかめないので、直接電話で聞いてみる、
色々聞いてみると電気的な故障のようだった。
そして、すでに近所のカメラ屋さんに持っていって修理を見積もってもらったら
3万円掛かると言われたらしく、それで私への相談であった。
匠「それで、今はカメラはどうしているの?」
Nさん「父のF5を借りてます・・」
匠「う~ん(汗) こないだ京都で撮影会があったと聞いてたけど、確かその時は
雨だったのでは? F4よりさらに重いF5では、傘を差しながらの撮影は
とても大変だったのでは? それに一緒に行った周りの人達は若い女性が
多かったのでしょう? F5ではさすがに、ちょっと浮いてたのでは?(苦笑)」
Nさん「ええ、それに今は父は出張中ですが、まもなく帰ってくるのでF5は
返さないといけないんです・・」
匠「だったらF4を直すか、買い換えるか、あるいは別のカメラを買うかだよね、
まず、そのF4だけど、(カメラ好きの)お父さんから譲ってもらったと
聞いているけど、何か思い出とか思い入れとかはあるカメラなの?」
・・・そう、ここがまず大事なポイントである、
『壊れたら、捨てて、新しいのを買ったらいいんじゃないの?』
という使い捨て文化は、今のデジタル時代になってますます加速しているように
思われる、メカに愛着が強い私ですら、たとえば自分の携帯が壊れたら、それを
修理して使おうとは思わず、これ幸いと、すぐに最新型を買いに走るに違いない・・
デジタルカメラだって携帯と似たようなものだ、3年も4年も前の古い機種などは
触る気もあまりおこらず、自然に壊れてくれたら「ああ、よく使った、もう十分」
などと言うに違いない・・(苦笑)
でも銀塩カメラはさすがに違う。 20年近くも前のF4ですら、未だに現役で
バリバリ使用できるカメラだし、当時の価格はとても高価なものだったので
なんらかの思い出や思い入れがあったら、それはなんとしても修理して使うのが
良いのだと思う。
Nさん「特に思い入れは無いんですよ・・ だから買い換えてもいいと思ってます」
匠「お父さん、カメラマニアと聞いているけど、ニコンのレンズを沢山持っているの?
それと、そのレンズは、AFばかり? MFもある? それから、それらの
レンズはまたNさんは使わせてもらえるの?」
・・・次の大事なポイントがここである。 つまり『カメラ本体よりレンズ』である。
いくら頑丈なF4とは言え、長期にわたって酷使していたらいつか壊れる時が来る
修理しても良いのだが、修理代と買い替えの値段とを比べたら割が会わなくなってくる。
デジタルカメラはもっと冷酷で、壊れるよりも前に、新機種との性能の差が大きく
なりすぎてカメラ本体の価値が急速に下がって使い物にならなくなってしまう。
ただしレンズは違う、いまだに40年やそれ以上前のM42や、レンジのライカの
レンズが現役でバリバリ使えるわけであり、つまりボディは何度も買い換えても
レンズは同じものを使い続けるわけである。
だから1つはボディよりもレンズを主に考えなくてはならず、自分の身の回りの
レンズ環境、Nさんの場合は父君のレンズ所有環境が、Nさんのカメラ選びに
大きな影響を及ぼす。
もう1つは、レンズに神経を払わないと機材への興味や知識が湧かないという事である
私が「オマケズーム」(最初からカメラについているキットズーム)をなるべく使わない
ように、と言い続けているのは、その性能的な問題よりも、オマケズームで満足して
レンズに興味が無くなってしまう、という心理的なデメリットを懸念しているのである。
Nさん「父のレンズはまた聞いておきますね・・」
匠「わかった、どうするかはそれから決めようか・・」
その数日後メールが来て、Nさんの父君は結構ニコンのAFレンズを沢山持っている
ことがわかった。
それなら機種はほぼ決まりだ、F4の買い換えか、F100、あるいはD70あたりの
デジタル一眼だ。
私はまたNさんに電話をかける。
匠「もしもし・・ 最も安くあがりそうなのは、D70の中古を4万以下で探す
ことだけど、Nさんはデジタルには興味が無いかな?」
Nさん「興味が無いわけじゃないですが、今はまだ時期が早いかな、
私は、ポジで写真をはじめたので、もうしばらくはフィルムでやりたいです」
匠「なら、F4の買い換えか、F100はどうかな?」
Nさん「F80というのも調べてみたのですが・・」
匠「う~ん、普通の人だったら、F80はオススメだけど、すでにF4で慣れていたら
F80はあきらかにかランクダウンすることになるから、軽いのはいいけど、
作りがとてもチャチに感じると思うよ。 それに、F80は以前使っていたから
わかるけど、あんなところも、こんなところも・・」
Nさん「なるほど、お話を聞いていると、F80は無いですね。
F4とF100、値段はどんなもんです?」
匠「F4は今は安いよ、4万円台で十分だ。 F100は程度で値段が変わるけど
5万から7万くらいかな・・ で、F4は、あんなところがこんな感じで、
F100は、こんなところが、こういう風で・・」
・・まあ、銀塩カメラを沢山使ってきた経験上、各機種の長所短所は頭の中に
入っている、単なるスペック上の差異だけではなくて、実際に使ってみないと
わからない点は山ほどある。 最終選択をNさんに委ね、電話を切った・・・
また数日後、Nさんからメールがあった。
『F100に決めたので、買いに行くのに付いてきてもらえませんか?』
『了解! じゃあ今度の土曜日にね・・』
さあ、久しぶりの買い物デートである(喜)
・・とは言え、いつものことながら、カメラの買い物デートには色気は一切無し(汗)
ひたすら中古屋を巡り、ひたすら値段と程度をチェックして、たとえ喫茶店で休んで
いても話題はこれから買うカメラの事、そして買った後は、ひたすらカメラの使い方の
講習会である・・ お洒落なレストランに行こうが、大人の雰囲気のバーに行こうが
デートの雰囲気は微塵も無い・・(苦笑)
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匠「Nさん、ちょっと撮るよ」カシャ。
匠「あ~、また動いたね~ (暗いから)シャッター速度が遅いところで
ブレブレだよ、あいかわらず撮られ慣れないなあ・・(苦笑)」
Nさん「アハハ、こないだの私が出てたブログ見ましたよ~
そうそう、こんな事言った、これも言ったって、思い出したらおかしくて・・」
匠「そりゃ、まあ、御本人のセリフが基になっているからね、
でも、少しは撮られ慣れて欲しいよね~(笑)
そんで、F100なんだけど、レンズもいるよな・・」
Nさん「まあ、それも以前少し相談したように、50ミリのF1.8があればそれを
一緒に買いたいな、と思っているんです」
匠「うん、でもまあ、単焦点の中古は最近少ないので、あるかどうかはわからないよ・・
それと、お父さんにレンズ借りれたのかな?」
Nさん「ええ、2本借りれました。 これとこれです。」
匠「おっ! AiAF20/2.8と、マイクロニッコールAiAF105/2.8か・・
なかなかどちらもいいレンズだよ、この2本で十分では?」
Nさん「でも、どっちも使うのが難しくて・・」
匠「うん、もちろん使いこなしが難しい部類のレンズだけど、そのへんの細かい点は抜き
にして、ズバリ、Nさんの撮り方では被写体との間合いが開きすぎているんだよ」
Nさん「間合い?」
匠「つまり、いつも被写体から遠くで撮りすぎているということ、
その撮り方では広角では散漫になるし、マクロはその特徴が発揮できない、
さらに言うと、被写体に近づくことで、被写体をあらゆる角度やアングルから
見て撮ることができるんだけど、離れれば離れるほど、アイレベル目線で
平面的な撮り方にしかならなくなってくるんだ」
Nさん「なるほどね・・ もっと近づいて撮るということなのかしら・・」
匠「まあ、撮り方は人によってそれぞれだから別にどう撮ってもいいんだけど、
これはこの2本のレンズの特徴と、今までのNさんの撮り方とを合わせて
考えてみると、自分でこれ以上近寄れない、というくらいに広角でもマクロでも
寄って撮る練習をしてみたらいいよ、きっと写真が変わるよ・・」
Nさん「これに50ミリが加わると、どうですか?」
匠「非常にバランスがいいね、3本持っていくならベストでしょう、
でも、もう1つ、今までズームばかりつかっていたから、画角感覚があまり
身についていなかった、これを機に、単焦点で画角感覚を掴むことと、
なるべく少ないレンズで撮る練習をしてみようか・・
もし50/1.8が今日見つからなかったとしても、20mmと105マクロの2本で
撮ったらいいよ、中間の画角の50mmは、普通は必須なんだけど、あえて
しばらく50mm無しで、色々な撮り方を身につけるのも良いと思うよ・・」
Nさん「難しそうですが・・ まあ、ともかく50ミリも探してみますね」
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ところで今日の予算だが、私は、F100を58000円と見積もり、50/1.8の中古が
もしあれば、12000円で、合計7万円、まあ予算オーバーした時に備えて
8万円以内でなんとか見つけよう・・という話をNさんにしていた。
ところが、F100の中古は各カメラ店で豊富にあるものの、価格が思っていた
よりも高く、64000円~7万円台半ばになっている。 以前よりも1万円ほど
高騰している様子であった。
そして思ったとおり、50mmの中古はどこにも無かった・・
匠「ついこないだまで家の近所の中古屋に50/1.8が安くあったのになあ・・
あっと言うまに売れてしまった。 こんな事なら見かけたその場で買って
おけばよかったよ。 中古は新品と違っていつでも買えるというわけでは
ないから一瞬の躊躇が命取りだよね、現金にぎりしめて、いつでも即金で
落として買うようにしないとなあ・・」
Nさん「F100も思ったより高いですね・・ え、あ、あのカメラバッグカワイイ・・」
匠「それはf64というメーカーでブランド品だよ、高いのでは? え? お?
なにこの値段・・ あ、棚ズレB級品かあ・・」
Nさん「このカメラバッグ、いいんですか? それで棚ズレB級品とは?」
匠「ああ、いい品物だと思うよ、でもたぶん小さなキズや汚れがあるということだ・・」
Nさん「どれどれ・・ わかりませんけど?」
匠「じゃあ買い! ちょうどNさんはカメラバッグが必要だったし、このメーカーなら
品質もいいし、それに、女性好みのデザインのものは少ないからね・・
これも中古と一緒で即買わないと、売り切れてしまうよ・・
でも私に考えがある、ここは30分だけ我慢して、他の店を廻ろう・・」
Nさん「はい・・ で・・考えって?」
匠「シーッ! 外で話す・・」
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他の店に行ってF100の最安値を探す、64000円あたりがそれだ。
62000円とかもあるが、ちょっと外観が汚い様子であった。
で、カメラバッグのあるお店、ここのF100の値段は69800円であったが、
この店は若干の値切りが効くお店であった。 しかも店長を捕まえて、女性が買うと
いう風に話を持ち出すと値引き率が高い。以前から何度かその方法を使った事がある。
さて、Nさんに作戦を持ちかける。
匠「あの店でバッグを買うんだ、で、その時に店長を捕まえてF100の値段を値切る
69800円が、もし65000円になったらまあ買いだ。 でも67000円にしかならない
なら、その時はバッグだけ買って出てくるんだ。 じゃあいくぞ」
Nさん「ラジャー!」
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匠「すみません、このバッグを下さい・・
それと、この子が(Nさんを前面に出す)カメラを始めたいというので、
あそこにあるF100はどうかと・・ でも、最近F100って少し高くなったんです
かねえ? 私はもうちょっと安く買えるつもりで彼女と相談していたのですが・・」
悲痛な表情で店長にうったえかける・・
店長「ああ、ニコンが銀塩をやめてから最近はF100は人気ですね・・
で、アレですか・・ う~ん、う~ん、バッグも買ってもらっているし
こんなところでどうでしょう・・ (電卓はじく・・)」
電卓の数字が 63000円を示していた。
やった! と思ったが大声は出せない、Nさんをちょっとツンツンとする(笑)
もちろんNさんもこの回答には大満足の様子。
匠「あ、じゃあ、これもらっていきます、ちょと動作だけチェックさせて下さいね・・」
中古カメラチェックは、もう何百回もやってきた・・ この分野では誰にも負けない
という自信がある・・・ そして手早くカメラに問題がないことを確認。
以前はこの中古カメラチェックの早業を見て「シロートじゃないな」と値引きして
くれた別の店の店長さんもいた。 ただ時代の波か、その店は今は無い・・
またあるお店では、愛想の悪い若いニイチャンの店員・・
どう見てもマケてくれそうにもなかったが、念のため中古チェックの超美技を・・
それでも何も気が付かない様子だった(汗)、この技を見て何も思わないのだったら
無愛想以前に、もうカメラの知識が無いとしか思えない・・ きっと価格の決定権も
無いだろうからと、値切り交渉もせずにその店を後にしたこともあった。
店長は「何かあったらすぐ連絡してくださいね」とNさんに名刺を渡していたが
横目でチラリとこちらを見て、軽く会釈・・ このカレシだったら大丈夫だろうな・・
という雰囲気である。 まあ、カレシと思われているなら嬉しいのだが(笑)
そんなわけで、Nさんは大満足で、f64のバッグにF100を詰め込んで帰っていった、
その後、年末年始でバタバタしていたこともあって、Nさんにはしばらく連絡を
とれないでいたが、最近約1ヶ月ぶりで会うことができた。
NさんはしっかりF100を使いこなしているようであった・・