さて、時間が開いてしまったが、
画角論(1)の続編である。

まず、前回のおさらいだが、画角においては、各人の好みより、概ね2つの
焦点距離(注:35mm銀塩における)の系列のいずれかに別れるという説である。
第一系列 12、17、24、35、85、135、300、500・・・
第二系列 14、20、28、50、100、200、400・・・
(35mm)銀塩であれば、まあ、統計的にこのあたりの結論に収まったと思うが
さて、デジタルにおいてはこれはどうか・・
デジタル(一眼)では、35mm銀塩と同じ 36mm(横)x24mm(縦)の
フルサイズの撮像素子を持つカメラは極めて少ない。 その代表的なものは、
EOS 1Ds系やEOS 5Dである。 その他のほとんどのカメラは、焦点距離(画角)
換算が1.5倍前後のいわゆる APS-Cサイズの撮像素子を持つ。
実際のフィルム規格であるAPS(C)では、35mm銀塩の1.4倍であるので
この呼び名もどうかと思うが、まあそれでも慣用的に使われているのでしかたない。
また、一部のカメラは、1.3倍前後のいわゆるAPS-Hタイプと呼ばれる撮像素子を
搭載し、また、フォーサーズ規格では、銀塩のちょうど2倍の換算である。
まあ、そこで、一般的に使われているAPS-Cタイプのデジタル一眼を使うと仮定して、
銀塩の焦点距離を1.5倍にそれぞれ変えてみよう。 すると系列はこうなる
第一’系列 18、26、36、52、128、202、450、750・・・
第二’系列 21、30、42、75、150、300、600・・・
数字を見るとぐちゃぐちゃになってしまったようだが、良く見ると、銀塩での
第一、第二系列をひっくり返した形と共通点が多いのに気が付く。
それもそのはず、まあ、元々の焦点距離の系列は、たとえば焦点距離がちょうど
√2倍づつ変化するような形に並んでいて、それを1段おき、つまり2倍づつ
変化するように分類したものを、また√2倍に近い1.5倍にするのだから結果的に
第一系列と第二系列はひっくりかえってしまう。
ちなみにあまり厳密に計算をしてもしかたない、レンズの焦点距離なんて
あまり正確なものではなく、設計の都合で最大5%程度の誤差がある。
画角だって正確に焦点距離と適合しているわけではない、近年の高倍率ズーム
レンズなどでは、両端の焦点距離が28mmやら300mmと言っても、実際の画角は
単焦点の28mmや300mmと全然違う場合がよくある。
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なので、ここでの、結論は、
「銀塩一眼のレンズをデジタル一眼につけると個人の好みの系列が反転する」
ということである。
これは中級者以上において、特に単焦点レンズを長く使っていてその画角感覚が
しみついた人ほど、デジタルを使った場合の違和感は大きかったと思う。
だって(得意の)50mmをつけても、75~80mm程度の中望遠になってしまう。
50mmの画角を得ようとしたら(苦手の)35mmレンズを持ち出さなければならない。
また、逆の系列の人は、(得意の)35mmを持ち出して街中スナップをしようとすると
(苦手な)なんだか中途半端な50mmレンズに近い画角に戸惑いを隠せない。
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「だからフルサイズ一眼が欲しいんだ・・ でも高価なのであまり手が出せない」
「デジタルでは広角が全然足りないよ、しかたないから、10mmクラスから始まる
デジタル専用超広角ズームを買うしかないな・・」
「ポートレート用レンズが無くなってしまったよ・・ 今までの85/1.4は長すぎて
モデルさんとの距離がつかみにくい。 50/1.4があるけど、やはり85mmに比べる
とボケの量も質も物足りない・・」
・・デジタルにおいては、上記のような意見がさかんに聞かれるようになった。
で、これらはどれも正論だと思う。 でもこの逆もある。
「望遠域が延びたので、野鳥やらスポーツ撮影が楽になった、幸いにして手ブレ補正
技術も進化してきたので、超望遠でも手持ちで楽に撮れる」
「マクロの倍率が上がったね。 従来と同じ距離でも、1.5倍程度に写せる。
もっとも、背景のボケ量は同じだけどね・・だから同じ構図で撮ると引いて撮る
ことになって、その分ボケ量は減る場合がある点は注意する必要があるな」
こんなメリットも聞かれるようになった。
そして、50mmを主体とする「第一系列派」はデジタル一眼の普及とともに
35mm前後のレンズを標準の代替とするため、従来ほとんど売れていなかった
中古市場における 35/2.0クラスのレンズがいっせいに消えてしまった。
ミノルタの AF35/2.0などは、αの消滅危機もあったため、今では幻のレンズに近く
どこにもなくなってしまった。
今まで注目されていなかった、NIKON や PENTAX の35/2も市場から消滅・・
同様に、「第二系列派」は、85mmポートレートレンズの代替として、50/1.4や
50/2.8マクロなどの標準レンズを買い、これらも中古市場から消えた・・
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これらの系列の好みの問題を解決するには、フルサイズデジタル一眼があれば良いのだが、
しかし、フルサイズ一眼というのは、もちろん技術的にもコスト的にも、あるいは
今までのレンズのテレセントリック特性的にも問題があるため、なかなか普及しない。
ちなにみに、テレセントリック特性とは、従来の銀塩フィルムでは、レンズを通った
光がフィルム周辺において斜めに到達しても、フィルムは難なく感光していたのが
デジタルの素子では、斜めになればなるほど光を受ける量が減ってしまい、周辺の
Dレンジ(ダイナミックレンジ)が不足したりする問題である。
これは単純に周辺減光がおこるというものではなく、当然画像処理エンジンでは
そのあたりの補正はされていると思うが、もともと器が小さいところに入る光を
増幅するわけであるから無理が生じてもしかたがない。
だからテレセントリック特性に配慮したイメージサークルが大きく、かつ光の直進性が
強い後ろ玉を持つレンズが必要になるわけである。
一時期はこうした処置を施したレンズを「デジタル対応」と称して、従来レンズの
置き換えをメーカーも図ったわけであるが、まあ、その効果はあまり実感できるもので
なかったからか、現在ではそうした大騒ぎをすることは無くなった。
むしろ APS-Cにおいては、従来の銀塩用レンズにおいては、十分なイメージサークルを
持つため、レンズ中央部の画質が良い、つまり「美味しい」ところだけを使うことから
あわててデジタル専用レンズを新品で買うより、周辺に難があった従来のレンズを
中古で探した方が得策である、という賢い選択がマニアを中心に広まったのである。
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さて、では、銀塩からデジタルに変わった人達は、第一系列、第二系列の好みが
反対になる問題から逃げられないのであろうか・・・
いや、実は、最近では、フルサイズうんぬんとか、画角が変わって・・とか、
そんな話はあまり聞かなくなってきたのである。
その最も大きな理由は、「慣れ」だと思う。
銀塩を長く続けてきた人でも、デジタルを触って2年も3年もたてば、50mmという画角が
従来の75mmに相当する範囲しか写らなくても、あまり問題に感じなくなってきた。
つまり「これはデジタルの50mmだから銀塩より狭いんだ」と考えてそれに慣れれば
済む話であったのかもしれない。
またズームレンズ中心の現代の撮影技法においては、ズームの画角が変わったからと
言っても、望遠がちょっと伸びて、広角がちょっと足りなくなっただけだから、
そんなに違和感は感じていないのだと思う。
どうしても広角が足りないと思う人は、広角側に伸びたデジタル専用レンズを既に
買っているだろうから、その点でも不満は無い。
むしろせっかくデジタル専用レンズを買い揃えたのに、下手にフルサイズ一眼が
出てしまうと、そうしたデジタル専用レンズはイメージサークルが小さくてフルサイズ
には使えないため、フルサイズはいらない、という風潮も出てきている。
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私は、どうかと言うと、最近では、画角にこだわらなくなってきている。
銀塩時代は神経質なくらいに、単焦点レンズを買い揃え、やれ今日の被写体では
35mmにするべきか、いや28mmの方がいいか・・ などと言っていたのが、
今はそんなことは無く、28mmの広角コンパクトを1台持っていきさえすれば広角は
それで十分で、一眼は何mmがついていても気にしなくなった。
下手をすると銀塩135mm、デジタルで200mmという望遠を1本だけ持っていても、
それはそれで、その画角で撮れる被写体を探して撮るようになってきた。
これは、まあ、色々な理由があると思うが、
1)デジタルでの撮影技法ではフィールド(現場)での試行錯誤が可能になってきたこと
2)トリミングの自由度が増し、厳密な画角感覚があまり必要でなくなったこと
3)画角を最初に見てそれに合わせて被写体を探すという撮り方が出来るようになった
などであろう。
こうしてデジタルの撮影技法に慣れてくると、系列というものはあまり意味を
持たなくなってきたように思える。
そして、私が最近主力としているのは、50mm~135mmまでの大口径単焦点レンズ
である。 ボケ質に優れたものを選ぶことで、レタッチ作業ではどうにもならない
ボケ味(ボケ質)をカバーすることができる。
あとの要素は実際にはどんなレンズを使っても大差ないであろう、仮にレンズのクセが
あるとしても、それを理解した上で被写体を選べば問題は無い。
銀塩では試行錯誤ができず一発勝負みたいな要素があったので、レンズやカメラの
性能が悪いと、鬼の首を取ったように機材にウダウダ文句をつけるカメラマンやマニアも
多かったのだが、最近ではそれもずいぶん減ってきたように思える。
デジタルはまだ発展途上であり、撮影技法というのも単に綺麗な被写体を上手く綺麗に
撮るというようなものだけではなくなり、欠点や問題点をうまく出さないように
あるいは欠点を強調して作画表現に活かすなどの、そんな風に撮影技法も変わって
きているからだと思う。
だから、私も約2年前に、この画角論をブログ記事で書いてから今までは
あまり画角論を突き詰めて言うことはしなくなっていた。
画角論は、銀塩時代は確かにあったと思うが、デジタルにおいてはもうそうした
概念は薄まり、無くなりかけているのだろうと思う。