さて長文記事の再開である(汗) 辛口なので恐い人は読まなくてもよろしい(笑)
そして今回はやや難しい話である、生まれてこの方ズームレンズしか使っていない人には
多分簡単には理解できないであろう。
普及版ズームレンズ、・・・そうだな、一眼レフを買うとおまけについてくるような、
28-90mm/f3.5-5.6のようなスペックのズームレンズを使っていたとする、
例えばこのレンズの最短撮影距離は50cmだったとする。
(注:実際には、このスペックのレンズは無い。あくまで架空である・・が大同小異な筈
あるいはデジタル一眼の18-60mmなんてのも、銀塩に換算すると同じになる)
このようなレンズだと、レンズによる表現能力というのを殆ど生かすことができない。
たとえば、
★背景をボカした人物ポートレートが撮りたい
→背景がボケる条件は、望遠、開放、近接である。
望遠側は?たかだか90mmではなあ・・・、開放f値は?・・f5.6じゃあなあ、
★広角で遠近感を強調した写真が撮りたい
→パースペクティブ表現は、広角、絞り込む、近接する、である。
広角?たかだか28mm、絞り込む?・・まあ、それはできる。 近接?全然足りない。
★近寄って花や小物を大きく撮影したい
→最短撮影距離50cmでは話にならない。
だいたい広角側で50cmでも望遠側ではもっと寄れないのではないのか?
★望遠で迫力のある動物写真が撮りたい
→90mmでは無理である、最低でも300mm程度が必要。
★暗いところで、自然な光で雰囲気のある写真が撮りたい
→f5前後ではかなり無理がある、フィルムやデジタルのISO感度を上げても
限度があるし、手ぶれ必至となる。
そんなわけで、結局こうしたズームを使っていると、被写体から適当な距離にまず立って、
ズームを伸ばしたり縮めたりして、ああでもない、こうでもないといいながら、
いわゆる「構図」を考えてしまう。
それはまあ、しかたない・・他に表現技法の使いようが無いからである。
そして、この撮り方では間違いなく平凡な写真しか撮れない。
「構図」だけに注目した写真にしかならず、構図をどんなに工夫をしても個性ある写真や
自分の意図する感情表現などを、写真に込めて撮る事は難しい。
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そしてもっとまずいことは、そんな撮影技法では、構えてからシャッターを押すまでの
時間が非常に長くなりやすい。
観光地などで撮影する時、被写体の前でズームを伸び縮みさせている初級者の横で
観光客が「写真を撮っているから」と気をつかって待っていてくれる場合もある、
けど、初級者はいつまでたってもシャッターが切れず、やっと押したと思ったら、
自分が写真を撮ることに夢中になっているあまり、待っていた別の観光客に目も
くれず(気がつかず)、知らん顔して次にの被写体に向かう事も良く見る光景である。
まったく、少しは周りに気を配る余裕が欲しいものであるが、「撮影に集中していたから」
という言い訳もわからないでも・・・いや、やっぱりその言い訳は認める事はできない。
何故いけないのか? これは、撮影に入る前に構図を決めていないからである。
まず被写体を見つけた時点で、もうどう撮るか決めていなければならない。
どれくらいまで近寄って、どんなアングルで、どういう背景で撮るか。
あるいは、絞りをいくつにするか・・もちろんそれらは厳密でなくても良い、
いけない事は、適当な位置に立ってからズームを伸ばしたり縮めたりする事である。
あるいは、ある場所で立ち止まってきょろきょろと周りを見渡し、カメラのファンダーを
覗きながら被写体を探すことである。
「そんな事は普通にやっている事だ、何故いけないのかわからない・・」
・・まあ、そうだろう、じゃ、種明かしをしよう、ズームレンズを使っているからである。
「何故だ? ズームは色々構図が変えられるし便利だと教わった、どこが悪い?」
・・ちゃうねん、ズームレンズが悪いんじゃない、画角感覚が無いのにズームを使っている
のが悪いんである。
「なんだ、その画角感覚とは?」
簡単に言おう、広角レンズだったら例えば28mmが写る範囲、標準レンズだったら50mmが
写る範囲、中望遠だったら100mmが写る範囲の角度がわかっているかどうかである。
別に、この焦点距離に限らない、20mmや24mm、85mmや135mmや200mmも
わかっていればなお良い。
ついでに言っておくが、たとえば50mmの画角だったら、普通に立って目の前にある景色の
どれくらいが写るのか、というのを平面的に切り取れるだけなら画角感覚は不足である。
ローアングルで地上70cmの高さから撮った時に空や背景を含めてどれくらい写るのか?
60cmまで近接したときに被写体と背景はどんなバランスになるのか? 2mの高さから
見下ろしてとったらどれくらいの地面の範囲が写るのか・・ といった具合に3次元的に
画角を理解しなければならない。
もちろん厳密でなくても良い、だいたいのところがわかれば良い。
「そんな事、簡単にはわからない。どうやったら身につくんだ・・」
・・ふむ、少なくとも否定はしないわけだな、結構結構、ならば簡単な答えを教えよう。
単焦点レンズを使うことである。
「単焦点なら90マクロを持っているぞ、それでいいのか?」
・・それでもいいが、それで風景や街中を撮った事があるのか? 無いだろう?
マクロだったら花や小物や虫ばかり撮ってるのでは無いのか?
それを使う近接撮影の時だけ、考えずに機械的にズームからカチャカチャと付け替えて
使っているのだけなのではないのか?
・・そうでは無い、まずは 50mmなら50mmのレンズをつけて、少なくとも丸1日の撮影、
できれば10回の撮影、あるいは3ヶ月・・・、ずっとそのレンズ1本で撮ってみたまえ。
そうすれば、ズームが効かないから、足で前後して構図を決めなければならないし、
変化をつけるためには、上から下から、横から撮ってみなければならない事がわかるだろう。
ついでに絞りやシャッター速度も変えて撮ってみれば、50mm1本でも意外なほどに
多くの表現が可能な事に驚くであろう。
「ううむ、今までズームを使って何を考えて撮ってたのだろうか?」
「おっと、足が完全に止まっていたな。」
「構図なんて、平面的な事しか考えてなかった。立体的な構図があるんだ。」
「背景のありかたなんか、考えてみたこともなかった。被写体しか見てなかった。」
「アングルに工夫がなかった、下から撮るとこんなに変わるとは・・・」
「絞りの変化でこんなに写真表現が変わるとは驚いた!」
「ファインダーが明るいのでMFでピント合わせが簡単だ、ズームはAFしか使えない」
・・・そんな風に思うだろう。よし、それなら50mmは卒業である。
次は28mm広角1本で練習したまえ、その次は90mm一本で練習したまえ。
「広角レンズで撮ると、被写体を同じ大きさにしても、背景の入り方が広いぞ!」
「ビルが傾いて写ったよ、これはおもしろいな」
「小物を広角で撮ったら形がゆがむ、ううむ・・・」
「望遠は背景がすごくボケて、しかもごく狭い範囲しか写らない。なるほど」
「電車を望遠で写したら短く写ったぞ、ふむふむ・・・」
「人物を撮ったら望遠の方が、その人の顔立ちが自然に写るぞ!」
そうやって3ヶ月で1本づつこなしていけば、1年もすれば、ある焦点距離のレンズと
いうのは、どうやって使うか、それぞれ十分に理解できていることであろう。
もうその時点では画角感覚ができている。
現在つけている単焦点レンズが何mmであっても、それ1本あれば撮影は困らない、
近寄って、離れて、上から、下から、背景を工夫して、ボカして、絞って、スローシャッターで、
被写体の形を整える、逆にくずす・・・ なんでもかんでも自在に撮れる。
そして、今の単焦点レンズに似合う被写体を、頭の中にその画角のファインダーを浮かばせ
ながら探している自分に気がつくであろう。それこそが画角感覚である。
だから、いざ被写体にめぐりあった瞬間、おそらくそこに近づくまでに、もう仕上がりの
画(絵)が見えている。 うまくすると絞り値やシャッター速度まで決めているであろう。
あとは構図を確認して、ピントを合わせてシャッターを切るだけ。
まあ、速ければおおむね2~3秒以内に撮影が完了する。
別に素速くシャッターを切れれば良い、というわけではない。
しかし、スナップ撮影ではシャッターチャンス優先という場合もあるし、
あるいはポートレート撮影やスポーツでも、考えている暇も無い時がある。
あるいは友人に頼まれた、大切な結婚式の場ではどうだろうか? 考えている暇があるか?
こんな時に画角感覚がなく、ズームをヘロヘロいじくっていては、まずまともな写真など
確率的にも撮れるわけが無い。迷いが生じたらもう間に合わない。
そして、たとえば28-90mmのズームレンズを使うのであれば、28mm,(35mm),50mm,(70mm),90mm
くらいの全部の(全域の)構図感覚を持ってなければならない。
それがあれば、あ、じゃ、この被写体は望遠で離れて、とか、広角で近寄って、とか
撮る前から判断できるし、必然的に被写体からの撮影距離も、絞り値などの設定も、
あらかじめ考えて被写体に対峙できる。
28-300mmなどの高倍率ズームは実に難しい。ズーミングをグワっと回すと、
広角から望遠までまったく違う世界が目に入る、だから、初級者はズームの中間域で
撮影することはめったになく、広角ならば28mm、望遠なら300mm、そのどちらかで
しか使えない。
広い風景は目いっぱい広角、遠くの被写体はめいっぱい望遠、そんな平面的な、
構図感覚とも呼べないような感覚しか身につかず、そんな調子では何年写真を
つづけてもちっとも上手くならない。
「よしわかった! 単焦点の練習をしよう、どのレンズを買えば良いんだ?」
・・基本的には全部である、全部使わないかぎり、ズームを使いこなせるレベルの
画角感覚は身につかない。
「しかし金が無いぞ、しかたないからズームを固定して使うけど、それでも練習になるか?」
・・まあできない事は無い、でも、きっと無理だろう。
何故かって? それは冒頭に述べたように、普及ズームではどんなに工夫しても、
ボケない、近寄れない、暗いところで写せない、などの根本的な弱点が解消できない
からである。まあ画角感覚は少しは身につく、でも、作画意図の変化には簡単には
対応できないから、どうしても片手落ちになってしまう。
「じゃ、なんで、ズームレンズをみんな買って使っているんだ?」
・・・わたしゃ、知りませんよ、そんな事(汗)
私はズームなんて殆ど使いませんよ、画質が悪く暗く大きく重く高いものを何でわざわざ使う
んですか? わけもわからずズームが欲しいとか言ったり、カメラ屋の素人店員が無責任に
勧めるのを真に受けて買ってるからじゃないんですか?
どんな立派なカメラ屋やカメラ量販店に行ったところで、良い店員にめぐりあうなんて
なかなか滅多に無い事、そういうニーチャンは、仕事が終わって家に帰ってからカメラの
勉強をちゃんとしてるんでしょうか? 店が休みの日はかかさず写真を撮ってますか?
むしろブロガーの貴方達の方がよほど写真に対して真面目に取り組んでいる事でしょう。
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それと、よく聞く「10倍ズーム」なんて言い方も、ちゃんちゃらおかしい。
いったい何が10倍なんですか? 意味がわかってますか?
それはズーム比のこと、焦点距離で望遠÷広角の事である。
だから、18mm-200mmも、28mm-300mmも35mm-350mmも50mm-500mmも
みんな同じ「10倍ズーム」
これらはレンズとしたら用途も異なる、それぞれまったくの別モノですわ。
なんでみな同じくくりで片付けるの?
そして、ちょっとカメラの事知ってたら、双眼鏡ではあるまいし「10倍ズーム」は野鳥が
10倍大きく見えるレンズで無いことは簡単にわかっている筈であろう。
これ(ズーム比)はもともとビデオの世界の用語である。
どれだけ広角よりになっているかとか、ズーム端の焦点距離がよりシビアに作画表現に
影響する写真(カメラ)の世界ではズーム比は使うべき用語では無い。
私などカメラに「3倍ズーム」などと書いてあった瞬間にそうしたカメラを手にする気力が
まったく失せてしまう。
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「匠はズームが嫌いなのか?」
そうではない、ズームはしっかり原理がわかっていて、かつ画角感覚、構図感覚という
ものをまず積まないと簡単には使いこなせないという事を言っているのである。
おまけに、ズーミングによって変化するパースペクティブ(遠近感)誇張効果や被写界深度
(ボケ)の変化は、どんなに高性能コンピューター(勘ピューター?)を頭の中に積んだ
超ベテランカメラマンですら、瞬時には計算できないほど複雑である。
だったら初級者にズームを持たせる事は、写真教育、いや写真界の発展の為にはむしろ
逆効果である。何故わざわざ初級者に難しいものを与えるのか?それは絶対におかしい。
どれだけ難しいか考えてみよう。
たとえば、28mm-90mm/f3.5-5.6 のズームレンズを絞り開放のまま50mmに
動かした場合にその絞り値はいくつになるのでしょうか?そしてその時の被写界深度は?
28mmの時にf3.5だったとは言え、50mmではまさかf3.5のままでは無いですよね?
4.5くらい? いや4.8くらい?
f3.5のままはこのレンズでは設計上無理なんで、ズームを伸ばしたら勝手に暗くなる。
じゃ、50mmでf4.5だった時の被写界深度は、そのままズームを90mmまで伸ばして・・
おや絞りが勝手にf5.6にかわった・・・おまけに近づきすぎたから、ちょと2~3歩バック
してやろう・・いったいどの程度背景がボケるか、頭の中で計算することすら困難である。
さらにシャッター速度が変わる、最初に 28mm/f3.5でシャッター速度 1/125秒だったのが
90mmではf5.6だから、1段半落ちる、まあ、1/45秒っていうところか。
最初の28mmで1/125秒なら、どんな初心者でも手ぶれすることは無いが、
ズーミングをして、90mmで1/45秒なら、初心者は100%手ぶれする。
(手ぶれしないようには、すくなくとも焦点距離と同じシャッター速度の数字が必要)
おまけに、シャッター速度が落ちているから、本来止まって写るはずの、自転車あるいは
動物や人間や風にそよぐ花などのゆっくり動く被写体までもブレて写ってしまう。
そして、28mmから90mmまで変化させたら、被写体の大きさも違って写るのはもちろん、
おまけに背景の写る範囲もどんどん小さくなってしまう。
さらに、望遠になるほどピントがシビアになるのに、ファインダーはどんどん暗く
なっていき、MFでのピント合わせすらむずかしい、ピンボケに手ぶれ・・・最悪である。
ブレブレの写真を量産して、しかたないからその中から人に見せる写真を選ぶ、
「どう? このブレ方なかなか格好良く無い?」 ・・・頼むからそういうの止めてください。
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「難しい事はよくわかった、じゃなんで初級者にズームを勧める人がいるんだ?」
・・それも、わたしゃ知りませんよ(汗)
いつの頃からか、初級者がズームがついてないとイヤだと言い始めたからじゃないん
ですかいな? それも「ズーム」と「望遠」の区別すらついていないような超初心者に
限って「ズームがついていないと大きく写せないからイヤ」だと言って単焦点の
コンパクトや単焦点デジカメ、単焦点レンズを嫌った。 売れないものはメーカーも
作りたがらないし、良心的な店が単焦点を勧めて売っても「ズームが無かった」からと
初心者のユーザーに返品をくらう始末である、、、そんな事実を目の前で何度か見てきた。
そんなに大きく写したかったらら、私がこないだとっても安く買った600mm望遠ミラーは、
単焦点だけど、貴方のズームレンズよりもよっぽど大きく写せますよ!
「ズーム」と「望遠」の区別くらいは、どんなに初心者でも最低限きっちりつけて下さい!
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それから、初心者が、風景、たとえば建物やタワーの前に人物を立たせて、遠くから、
豆粒のように人物を小さく写す記念写真を撮っている光景をよく見る。
さすがに人物が小さすぎると思ってズームを伸ばしたら、人物は大きくなるけど、
今度は、背景がどんどん狭い範囲しか写らなくって、建物が入らず困ってしまう。
よってズームをびょ~ん、びょ~んと伸び縮みさせるのだが、いくら変えても人物も大きく、
背景も全部入れて写すことができない。 そんなので2分間も3分間も迷っている。
他の観光客は、20mも離れている被写体の人物とカメラマンとの間で、気をつかって
全員足止めをくらってしまう。
迷惑をかけて待たせたあげく、最後にはフラッシュを焚いて写す、、
・・おいおい、20mも離れていて、フラッシュが届くわけ無いだろう(汗)
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私は別に初級者の事を馬鹿にしているわけでは無い、だれでも最初はこうだろう。。
でも、向学心があれば、色々勉強したり、あれやこれや試したりしてみて、すぐに色々な
知識や技術や経験が身についてくるであろう。
最もいけないのは、何も勉強せずにただ枚数を取れば上手になると思っている事である。
それは1000枚撮れば中には良い作品が5枚くらいあるかもしれない、だけどそれは
恐ろしい時間と金の無駄使い、そんなことをするなら1万円台で中古の50mm単焦点を
買えば2~3ヶ月で奥義が身につくであろう。機材への投資を惜しんでそれ以上の無駄を
するのは最も馬鹿馬鹿しいことである。
私は性別で差別するのは大嫌いだが、初級者の女性は機材への投資を行わない人が
多い事は、統計的に言っても事実である。
そんな人はある程度のレベルまでしか上手にならない。
原因が女性だからではない、能力に性別は関係ない。
上級機材に投資をしないから上手にならないのである。技術も経験も身につかない
ばかりか、おまけに「高いものを買ったからきちんと使いこなしてやろう」とか
「高いものを買ったから変な写真は撮れないぞ」とか、そういう精神的な向上心や
モチベーションすらなかなか沸いてこなくなってしまう。
まあブログの世界は自分の写真を人に見せるということで、元々かなり強いモチベーション
を持っている人が多い、だからこのデータは当てはまらない場合も多いが、街の写真教室
や同好会などでは、残念ながらほとんどこのパターンである。
マクロ欲しいとか、大口径欲しいとか、超広角欲しいとか、そういう人達は男女の区別なく、
まあ、向学心がある方だと思って間違いない、ただ、それも意味もなく欲しがって
いるだけでは、「このレンズを手に入れたら凄い写真が撮れるかもしれない」という
夢を見ているだけだったり、「高い機材を買って写真仲間に自慢してやろう」といった
不純な動機も無いとは言い切れないだろうから、それももう一度十分に検討しなおして
もらいたいのであるが・・・
「けど、私は良い機材を買っても使いこなせないから・・」という理由もよく聞く。
でも、今日の記事でそれは間違いだという事がわかっただろう、何故ならば、
初心者用ズームこそが表現力の範囲が乏しく、最も使いこなしが難しい機材だからである。
初心者用普及ズームレンズはまったく上達には役に立たないものだと思っておいた方が良い。
別に捨てろとは言わない、でも、まず単焦点を使って画角感覚を身に付けて、構図感覚を
身に付けて足でそれを調整し、撮影アングルの変化を身につけ、さらに絞りやシャッター
による表現を身に付けないかぎり、何年ズームレンズで撮っても決して上手になる事は無い。
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ただし、f値が2.8とかで固定しているズームレンズは別である、f値が固定という事は、
被写界深度の変化がズーミングによりリニア(直線的)に変化するし、フラッシュの
到達距離も、ズーミングで変化する事が無い、だから、ズームによる撮影条件の変化が
最小になって、仕上がりのイメージを頭の中で計算しやすい。
したがって、上級者がf値固定式ズームを買うというのは非常にわかりやすい。
別に、f2.8の大口径だから買うのでは無い、f4.0の小口径固定ズームだって同じ事。
だから、たとえば、70-200mmなんかの望遠ズームにしても、実用的な価値が本当に
わかっている「玄人」は、あえて重たいf2.8の大口径を買わず、f4.0の小型軽量のズーム
を選ぶのである。それは、それぞれのレンズを1日持ってみて撮影すればわかる。
重量級のズームは撮影の後半で体力の低下による集中力の減退が始まり、後半の撮影の
歩留まり(撮影した中から良い作品のできる確率)が極端に低下するからである。
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そして結果的にこれらのことをトータルで理解する事が初級者と中級者の境目である。
まずは画角感覚と構図感覚、アングルと、背景の入れ方、さらには表現技法・・・
「離れて立ち止まってズームを1分以上伸ばしたり縮めているカメラマンを見たら
初級者と思え・・」である、また同様に
「三脚を立ててからズームを伸ばした縮めているカメラマンを見たら初級者と思え・・」
これも当たり前である、何ミリでどの角度、どの位置から撮るか考えてからレンズを決めて
三脚を立てるので無いのか? そんな間違った撮影の仕方をしているから、日が暮れるまで
かかっても数枚しか写真が撮れないのである。
以前の記事で1日の撮影枚数が多いというコメントをいただいた、
別に多いのは自慢する事では無い、また、デジタルだから多いというのも一理あるが、
決してそれだけでは無い、被写体から被写体への撮影の合間に次の構図を考えている
から撮影枚数を多くできるのである。原理をよく理解して撮影すれば、デジタルの場合コスト
の制約が少なく、結果的に体力と気力さえ続けば、良い作品のできる確率も高くなる。
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写真解説:デジタル17mm(銀塩換算約25mm)とデジタル90mm(銀塩換算135mm)で
撮った2枚の写真の単純合成、撮った場所も全然違うが、100枚の写真の中からこの2枚を
組み合わせると面白い写真になると想像するのも一種の画角感覚であり、だから単純に
合成してもあまり不自然な感じにはならない。適当に合成してもうまくいかない。
もちろん2枚それぞれは十分に考えて撮影している。
ちなみにトンビ(鳶)は最近ブログで話題の京都・鴨川に生息する悪名高き鳶(笑)