大阪府富田林市にある、楠妣庵観音寺(なんぴあんかんのんじ)を
目指して山道を歩く。

楠妣庵の楠の文字は、大楠公、つまり楠木正成(くすのきまさしげ)の
事である、妣というのは、なかなかFEP(フロント・エンド・プロセッサ
=漢字変換)では出てこないのであるが、奥様という意味であり、
まあ、偉い人の奥様の事時に使われる事がある文字らしい。
今日はまず、大阪南部の河内長野駅からバスで観心寺まで移動した、
観心寺は楠木正成、および楠木家の菩提寺であり正成の首塚があり
公式にも墓所となっているお寺だ。
そこから山越えの徒歩ルートで楠木正成の正妻の久子さんの開いた
お寺および生家の付近を訪ねてみようという考えだ。
前編で少し書いたように、両寺の道程は3km弱とさほど長くは
無いのだが、アップダウンが続き、歩道も無い車道ばかりで
写真的にも撮るものが殆どなく、バスも通ってなく、おまけに
今日は雨模様と、かなりの悪条件が重なっている。

それでも傘の中コンパクト片手にほんの少しの写真を撮りつつも
1時間ほど歩くと、楠妣庵観音寺の道標が見えてきた。
参道と思われる道を歩いていく・・先ほどの観心寺は、大楠公ゆかり
の寺として、参拝あるいは観光寺院としての体裁が整っているのだが、
楠妣庵観音寺の方は、寺と言うより、その名の通り庵というイメージだ。

また、楠妣庵は、隠れ紅葉名所ともなっている。
いや、そもそも、隠れ、とか、穴場とかいう言葉にはあまり意味が無く、
単に、観光ガイドに乗っているような、京都の有名スポットに対しての
意味でしか無い、もちろん「対して」と言うには、そんなに混雑する
所に皆が我も我もと集って、いったいどういう意味があるの?という
気持ちも込めてある。だいたい時期が来ればどこに行ったって紅葉は
あるのだから、まるで満員電車に乗っているような混雑するスポットに
わざわざ出かけても疲れるだけであろう・・
おまけにそんな疲れる思いをしたものだから「すごく綺麗だったね」
などと自分を無理に納得させるように感覚のすり替えまで行って
しまうようだったら、ますますなんだかおかしく感じる。

この時期、11月初旬ならば、さしもの紅葉隠れスポットも早すぎるのは
十分承知なのであるが、観光客が殆ど来ない場所でのんびりと
その場所の感覚や雰囲気を独占できるのも、また贅沢な楽しみ方
なのかも知れない。

さて、今日の撮影散歩のもう一つのテーマは、楠木正成の足跡を
辿る事であるのだが、残念ながらあまりそっちは進んでいない。
ただ、この辺りの甘南備(かんなび)という土地が楠木正成の奥様の
久子さんの生地であるということと、楠木正成が戦死した後、
岐阜に流れていった奥様が、この土地を偲んで、流転先の岐阜にも
甘南備や、このあたりの地名をつけていたそうだ。
しかし、今は岐阜県には甘南備という地名は残されていない様子だ。
けど元々は、「かんなび」と言うのは「神の火」という意味らしく、
神名火とか、神奈備という風に、違う字を使っている神社や山などは
全国に色々ある様子。ちなみに先般の寺社シリーズ記事の「一休寺」の
京田辺市近辺にも甘南備山という山がある。

・・・ところで、古刹である楠妣庵は、小さいがなかなか落ち着いた
雰囲気のある、良い寺であるように思える。

薄暗く、雨天でさらに暗く感じるが、その雰囲気を出そうとすると
カメラの設定は、ビギナーの感覚とは逆の、マイナス補正となる。
露出補正は、プラスにすると明るく、マイナスにすると暗くなる、
というのがビギナーの直感であるが、まあそれは基本的には正しい、
ただ、カメラの露出計がどう振舞うか、という事を意識しないと
露出補正はできない。
つまり、原理はこういう事で・・カメラの露出計は、被写体が明るいと
それを暗く写そうとして、被写体が暗いとそれを暗く写そうとする、
だから、常に写真としては明るい場合も暗い場合も中庸な明るさに
なって写るわけだ。
被写体が白っぽい(反射率の高い)色が主体である場合はカメラの
露出計は迷い、「明るい」と勘違いして暗く写そうとする。その逆に
黒っぽい場合は、カメラは無理やり明るく写そうとする。
だから、まず露出計の迷いを中和する措置としては、白い被写体は
プラス補正、黒い被写体はマイナス補正、というのが基本的な設定だ。
そして、もう一つは意図的な露出補正、つまりこういう暗い階段の
ような被写体だと、これは色が黒とか以前に、暗いからカメラは明るく
持ち上げて平均的な明るさになるように写そうとする、でもそれでは
「雨の」とか「薄暗い神社の」とかいった雰囲気が消されてしまう。
だから、カメラの露出計に反発して、自分の意図では暗い状況を
表現したいのだから、カメラの露出計に対してマイナス補正をして
あげることになる。
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まとめると、露出補正は「絶対的な」写真の明るさを補正するのでは
なく、カメラの露出計がはじき出すであろう中間的な値を想定して、
そこから「相対的に」写真を明るくしたり暗くしたりする設定なわけだ。
だから、ある被写体状況によってカメラが被写体をどう見てどう写そう
としているか、がわからないと、露出補正なんか施しようが無い。
ビギナーはその経験あるいは知識が無いから、露出補正ができない、
わからない、とそうなるという事だ。
ちなみに「ここは露出補正をどれくらいにするのですか?」という
ビギナーの定番的な質問には、中上級者は絶対に答えないという事は
覚えておくと良いであろう、だってその人がどう撮りたいのかなんて
答えようが無いからだ、もし「ここはプラス0.7にしなさい」なんて
答える周囲の人は、その人自身もビギナーだ、という事になってくる。

さて、楠木正成も隠れ紅葉もなんだか不完全燃焼のような形になった
のであるが、まあ、そういうのはあくまで撮影の楽しみを増やすための
オマケのようなものなので、あまりそうしたサブテーマを完遂する事に
血道をあげてもしかたないであろう・・
雨の中の山道を歩いてきたので少々足が疲れてきている、ぼちぼち
帰路につくべきなのであるが、まあ、それにしてもバスは1時間に
1本しかなく、最寄り駅は7kmくらい離れている(汗)近鉄富田林駅だ。
他の交通機関は無い。 歩くか、バスに乗るか・・
タクシーなどという選択肢ははなから頭にはなく、仮にそうしかった
としても、このような何も無い場所に流しのタクシーなどは通らない。

富田林に長年住む友人にちょっと聞いてみた、「楠妣庵って知ってる?」
「ああ、甘南備のあたりでしょう? 聞いた事あるけど行った事はないよ」
地元の人ですら殆ど来ない、まあ、そういう類の土地である・・
バスの時刻まで40分ほどある、しかたない、富田林に向けて歩いて
みるとしようか、きっと2~3kmほど歩いた所でバスが追いついて
くるであろう、幸い雨ももうあがった様子だ、まだ撮り足りないし、
バス代も安くなるし(笑)

11月というのに、コスモスがまだ残る静かな雰囲気の道を歩く、
古道のようにも見えるが、そういうわけでもなさそうだ、ただ、
誰も通らない、観光客も1人もいない、そんなごく普通の田舎の道だ・・
しばらく歩きながら、バス停を見るたびに時刻表を確認する、
もう1停留所分くらい歩けるかな・・? 様子をみつつ歩く。
駅までの行程の半分弱を歩いたところで、バスが追いついてきた、
ガラガラと思いきや、あいにくの満員、どうやらどこかの学生の団体
さんがどこかからまとめて乗ってきたらしい、身内ばかりだと思って
ワイワイガヤガヤと非常にうるさい。マナー知らずでかなり気分が
悪い、日本人は、1人だと静かなのに、集団になるととたんに周囲の
状況などおかまいなしになる。大人数で群れている所には、絶対に
近づきたいとも思わない。
しかし、降りて次のバスを待つわけにもいかず、まあとりあえず我慢。

富田林駅に到着、このまま帰っても良いが、少しだけ寺内町のあたり
を廻って、隣駅の富田林西口駅から電車に乗って帰るとしようか・・

PL教団の塔が見える富田林独特の風景・・
結局今日は楠木正成がどういう人物であったのか、という事は
歴史の本を越える範囲では知る事ができなかった。ただ、まあ、
楠木正成やその奥様が生まれ、育ったという土地を廻ることで、
今後また何かの機会に楠木正成の事を知りたいと思った時や
新たな情報が入ってきたときに、この土地のイメージを掛け合わせ
より鮮明にその人物像を知るきっかけにはなったのであろう、
ま、それでいいということだよな・・ 食わず嫌いで知ろうとも
しなかった事と比べたら、これでも大進歩だ・・そう思っておこう。